帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第四章:第七都クラウディア国立公園

19:距離感の確認方法

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 ようやく目的地に到着すると、ルカは肩に寄り掛かったまま眠っていたスーを起こした。彼女はぎょっとした様子ですぐに立ち上がり、がばりと頭を下げる。

「申し訳ありません! 殿下!」

「どういたしまして」

「殿下の肩をかりて、眠ってしまうなんて」

「……私は美しい寝顔が見られて良かったですが?」

「!!」

 気にする必要はないと笑いかけても、スーは恥じ入って肩を竦めている。ルカは小さく笑いながら、彼女の手をとって車外へと連れ出した。

 自然がそのままの広大な敷地を前にして、スーが再び歓声をあげて目を輝かせている。

「サイオンに少し似ています」

 居眠りをしていた失態による落ち込み具合から、さっそく立ちなおっている。帝都の都会的な街並みではなく、自然の景観へ導いて正解だった。

 車が駐車したのは湖にかけられた橋の中ほどである。目の前では大きな滝が、吸い込まれそうな迫力をもって流れていた。水しぶきが陽光を受けて、美しい虹を描いている。

 クラウディア国立公園の面積は帝都の約三倍であり、そのまま第七都の全容となる。

 敷地は皇家の所有となっているため、ルカは一般には公開されていない特別な場所を選んで、スーを案内することにしていた。

 ここからは徒歩になる。湖底がみえるほどに澄み切った湖を横目に歩くと心が洗われた。

「スー、お腹がすいていませんか?」

 到着は予定通り昼過ぎになった。スーは空腹具合を確かめるように腹部に手を添えた。

「言われてみれば、少し」

「この先に小さな館があります。そこでお昼にしましょう」

「はい」

 館へ向かって歩き出すと、スーが「あの」と声をあげる。

「今日は、殿下と手をつないでも良いでしょうか?」

(ーー手をつなぐ……)

 思いもよらない問いかけに、ルカは反応が遅れる。

 まっすぐに自分に向けられる好意。なぜか煩わしいとは思わない。
 駆け引きも計算もない素直な関係に、心地のよさを覚える。

(いつぶりだろう。……こんなに心が緩んでいるのは)

 スーを息抜きに連れ出したのに、自分の方がはるかに気持ちを緩めている。

(今は何も考えずにーー)

 彼女の素直さを受け入れていたい。
 顔を真っ赤にしてルカの顔をうかがっているスーに、彼は自然にほほ笑んだ。

「もちろん喜んで」

 彼女とは腕を組むより手をつなぐほうがふさわしい。ルカは迷わずスーの手をとった。

「……ありがとうございます、殿下」

 滝の水音に紛れそうなほど、小さな声だった。
 つないだ手まで紅潮している。白い肌はすぐに血色を反映するらしい。

 並んで歩きだしながら、ルカはふと思いついた提案をする。

「スー、そろそろ私のことも、殿下ではなくルカと呼んでいただけませんか?」

「わたしが? 殿下のお名前を?」

「はい」

「もちろん喜んで!」

 ぱっとスーの顔色が華やぐのを見ながら、ルカは続ける。

「スーが私の名を呼ぶ。私はそれであなたとの距離をたしかめます」

「距離?」

「はい。もし、あなたがこの先、私への好意を見失ったら、その時は再び殿下とお呼びください。私はそれで全てを察します」

 ルカはもう一度微笑んで見せた。
 直後、つないでいるスーの手にぎゅうっと力がこもる。抗議の証のような、激しい力だった。

「殿下はいつも他人行儀な笑い方をされます!」

「殿下?」

「あっ、違います! あの、ルーー」

 言いかけて、カッと彼女の顔が赤く染まる。名を呼ぶことを恥じらっているのが手に取るようにわかった。

「ル、ルカ様!」

「はい」

「すぐにそうやって壁を作ってしまわれるのは、殿下の方です」

「殿下?」

「あっ! 申し訳ありません。とにかく! 何度でも申し上げますが、私は殿下のことが大好きなのです! これからも絶対に変わりません!」

「殿下?」

「あっ! 違っ……」

「ーーこれは、慣れるまでややこしいことになりそうだな……」

 独りごとにも、スーが過剰に反応する。

「ややこしくなどありません! 私はずっと殿下をお慕いしております」

「殿下……」

「あっ!」

 誤りを繰り返して戸惑っているスーが可笑しい。ルカは笑い出しながら「とりあえず猶予期間を設けましょう」と提案した。

「ですから、わたしは殿下のことを嫌いになったりいたしません!」

「ーー殿下」

「あっ! でも殿下もわたしのことを王女とーー」

「また殿下」

「あっ!」

「ルカ」

「る、ルカ様」

「そう、もう一度」

「ルカ様」

 珍獣に芸を教えるような複雑な気持ちになったが、スーの様子に笑いをかみ殺しきれず、ルカは再び声をあげて笑っていた。
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