23 / 77
第五章:旧街道の鬼火
23:ススキ野原の夢
しおりを挟む
一面のススキ野原が風になでられて、さざなみのように揺れている。
土間にある釜戸では根菜が煮えていた。鍋の様子をみていたが、戸外に広がる光景があまりにも綺麗で、目をうばわれる。黄昏に染まっていく空の赤さが、野原のススキにも映って、きらりとひらめいた。
葛葉が祖母と暮らした家は、集落の端にひっそりとたっていた。隣家まで距離があり、広大なススキ野原をこえた道の先に、ようやく人家が見えてくる。
秋になると辺り一面が銀色に染まり、やがて穂がひらいて黄金にかわる。
葛葉は祖母の帰りを待ちながら、食事の支度をしていた。
土間と板張りの部屋があるだけの小さな家。見慣れた囲炉裏。広くはないが、祖母と二人で暮らすには充分だった。
(……ああ、これは夢だ)
葛葉はぼんやりと、幼いころの記憶をたどっているのだと感じた。
(わたしはしっかりと眠っている)
可畏に命じられたとおり、きちんと眠りに落ちて休息がとれている。夢の中で幼い頃の記憶を見ながら、眠りへおちたことに安堵していた。
(なつかしい)
手元では、釜戸の鍋がぐつぐつと音をたてていた。木の蓋をもちあげると、ふわりと湯気がまいあがる。
土間に空腹を刺激する、あたたかな香りが漂った。
葛葉は釜戸にかけていた鍋を囲炉裏へうつす。祖母は集落へ行ったきり、まだ戻らない。
(葛葉、けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
ふいに思い出した約束。
それは祖母の口癖だった。ススキ野原は広大で、もっと幼い頃はとうてい一人で渡りきることなどできなかった。火の番ができるくらいに大きくなっても、祖母との約束はやぶれない。
一人で野原の先へは行けなかったが、葛葉はその先にある集落をしっている。
時折、祖母が手を引いて連れていってくれたのだ。集落では友達もできた。訪れるたびに、日が暮れるまで長屋の軒先で、いろんな遊びを教えてもらった。
「おばあちゃんは、まだ帰ってこない」
葛葉は囲炉裏のそばからはなれ、ふたたび土間へおりた。
斜陽で、ますます影が伸びていく。
心細くなって外へでた。
野原の小道を、果てが見えるところまで駆けていく。ススキの群生が失われる境界に、祖母の姿がないか目をこらした。
「あ!」
人影が見える。葛葉がさらに目をこらすと、声が聞こえた。
「こっちだよー」
黄昏にひかるススキ野原の果てで、誰かが大きく手を振っている。
「こっちにおいでー」
こどもの声。祖母ではない。もっと小柄な人影が手を振っている。
「こころぼそいのかー」
集落の友だちは、ときどき連れだって遊びにきてくれることがあった。
でも、もう日没もちかい。アレは集落の友だちではない。
「いっしょにあそぼー」
無邪気な声がひびいている。
(けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
祖母の口癖。今なら葛葉にもわかる。アレは妖の類だ。一面のススキ野原にも意味があった。魔除けだったのだ。
ススキには厄災をはらう力がある。広大な野原は葛葉を守っていた。
「こころぼそいのかー」
祖母が帰ってこない。それが心細かった。そんな葛葉の心をなぐさめるように、小さな人影が手をふっている。当時の葛葉は幼かった。
不安が、いともたやすく妖をよびよせる。
「こっちにおいでー」
邪気のかんじられない声。誘われるように、一歩を踏みだした。
そのとき。
「葛葉!」
突然、肩をつかまれた。
土間にある釜戸では根菜が煮えていた。鍋の様子をみていたが、戸外に広がる光景があまりにも綺麗で、目をうばわれる。黄昏に染まっていく空の赤さが、野原のススキにも映って、きらりとひらめいた。
葛葉が祖母と暮らした家は、集落の端にひっそりとたっていた。隣家まで距離があり、広大なススキ野原をこえた道の先に、ようやく人家が見えてくる。
秋になると辺り一面が銀色に染まり、やがて穂がひらいて黄金にかわる。
葛葉は祖母の帰りを待ちながら、食事の支度をしていた。
土間と板張りの部屋があるだけの小さな家。見慣れた囲炉裏。広くはないが、祖母と二人で暮らすには充分だった。
(……ああ、これは夢だ)
葛葉はぼんやりと、幼いころの記憶をたどっているのだと感じた。
(わたしはしっかりと眠っている)
可畏に命じられたとおり、きちんと眠りに落ちて休息がとれている。夢の中で幼い頃の記憶を見ながら、眠りへおちたことに安堵していた。
(なつかしい)
手元では、釜戸の鍋がぐつぐつと音をたてていた。木の蓋をもちあげると、ふわりと湯気がまいあがる。
土間に空腹を刺激する、あたたかな香りが漂った。
葛葉は釜戸にかけていた鍋を囲炉裏へうつす。祖母は集落へ行ったきり、まだ戻らない。
(葛葉、けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
ふいに思い出した約束。
それは祖母の口癖だった。ススキ野原は広大で、もっと幼い頃はとうてい一人で渡りきることなどできなかった。火の番ができるくらいに大きくなっても、祖母との約束はやぶれない。
一人で野原の先へは行けなかったが、葛葉はその先にある集落をしっている。
時折、祖母が手を引いて連れていってくれたのだ。集落では友達もできた。訪れるたびに、日が暮れるまで長屋の軒先で、いろんな遊びを教えてもらった。
「おばあちゃんは、まだ帰ってこない」
葛葉は囲炉裏のそばからはなれ、ふたたび土間へおりた。
斜陽で、ますます影が伸びていく。
心細くなって外へでた。
野原の小道を、果てが見えるところまで駆けていく。ススキの群生が失われる境界に、祖母の姿がないか目をこらした。
「あ!」
人影が見える。葛葉がさらに目をこらすと、声が聞こえた。
「こっちだよー」
黄昏にひかるススキ野原の果てで、誰かが大きく手を振っている。
「こっちにおいでー」
こどもの声。祖母ではない。もっと小柄な人影が手を振っている。
「こころぼそいのかー」
集落の友だちは、ときどき連れだって遊びにきてくれることがあった。
でも、もう日没もちかい。アレは集落の友だちではない。
「いっしょにあそぼー」
無邪気な声がひびいている。
(けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
祖母の口癖。今なら葛葉にもわかる。アレは妖の類だ。一面のススキ野原にも意味があった。魔除けだったのだ。
ススキには厄災をはらう力がある。広大な野原は葛葉を守っていた。
「こころぼそいのかー」
祖母が帰ってこない。それが心細かった。そんな葛葉の心をなぐさめるように、小さな人影が手をふっている。当時の葛葉は幼かった。
不安が、いともたやすく妖をよびよせる。
「こっちにおいでー」
邪気のかんじられない声。誘われるように、一歩を踏みだした。
そのとき。
「葛葉!」
突然、肩をつかまれた。
12
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
竜華族の愛に囚われて
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。
五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。
これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。
赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。
新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。
そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。
※某サイトの短編コン用に書いたやつ。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる