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第三話 失われた真実
第五章:2 夢と現V 2
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回想を断ち切るかのように、頭上から鮮やかな声がする。いつのまにか、広間の先に黄帝が姿を現していたようだ。更に深く頭を垂れて、彼女は平伏す。気を許すと急激に蘇った具合の悪さで姿勢が乱れそうになり、ぐっと気を引き締めた。
「そなたの顔を見るといつも安堵する。朱桜、面を上げて私にその顔を見せてくれないか」
響く声は溌剌としていて、凛と広間を貫く。彼女は重い体を励ましながら、ゆっくりと顔を上げた。
真っ先に視界に飛び込んでくる美しい金色。長く伸ばされた金髪は結い上げられて、見事な細工で飾られた額飾りに映える。迷いのない黄金の双眸。それだけで圧倒されてしまう。
美しい方だと彼女にも思える。
けれど、闇呪の君とは似ても似つかない顔貌。黄帝と彼が同じ腹から生れ落ちたという話を聞いたことがあったが、類似点はないに等しい容姿だった。
最初の印象はそうではなかったような気がする。
黄帝を初めて拝したときは、彼女も面立ちがどこか彼に似ていると感じたのだ。それは謁見を繰り返す内に費えてしまった感想だった。
金と闇。
あまりにも凄絶な対比が、彼らを同じに見せることを許さなかったのかもしれない。
心は既に眩い輝きよりも、艶やかな深さに奪われている。
彼女は初めて眩しすぎる黄帝の輝きを目にした時のように、その美貌に感動を得られない。どんな殿方と出会っても、彼女は彼と比べてしまうことを自覚していた。相手が黄帝であっても例外ではない。
初対面を果たした時でさえ、彼女にとっては金色の輝きよりも漆黒の艶やかさの方が印象的だと感じられた。
なぜだろうと思う。恐れるべき闇色の深さに惹かれているのだ。
輝く金色を前にしても、琴線に触れる物がなかった。黄帝だけではなく、この金域の輝きの全てが、彼女に馴染まない。
まるで紛い物に囲まれているように、違和感に包まれた。きっと自分は、あまりの輝きに気後れしているのだ。緋国で表舞台に立つことを禁じられてきた影響なのかもしれない。
彼女にはそう思えた。
「朱桜」
眩いばかりの美貌で微笑み、見事な衣装の裾を捌きながら、黄帝が颯爽と歩み寄ってくる。
その時。
「陛下、お待ち下さいませ」
背後で優しい声が響いた。彼女は振り返ることも出来ず、どんどん重くなる体を辛うじて支えていた。思わず喘ぐように呼吸をすると、するすると間近で衣擦れの音がする。
「姫君は加減がよろしくありません」
熱に浮かされたように朦朧とした頭でも、その優しく美しい声に触れると、胸に一筋、切ない痛みがよぎった。
聞き覚えのある声。
きっと誰もが、一度耳にすれば忘れることが出来ないくらいに甘い。
慈悲深く美しい先守――華艶の美女。殿方なら、誰もが彼女の魅力に惹かれるだろう。比類なき美貌と豊満な肢体は、これほど慈愛に満ちた微笑みすらも妖艶に見せる。
自分が想いを寄せる闇呪の君にとっても、特別な女人。
それを思い出すと、少しだけ切なくなった。
彼女は差し出された華艶の白い手に支えられる。ひんやりとした柔らかな掌が額に触れた。華艶が優しい力で身体を抱き寄せてくれる。
「姫君、いかがなさいましたか」
彼女を覗きこむ華艶の美しい双眸は、深く柔らかな紫紺。
ああ、と彼女は思う。闇呪の君が抱いた想いが手に取るように判る。
彼が想いを恐れていたのも無理はない。
華艶の美女を恐ろしいのだと語った、彼の哀しげな告白が理解できる。
内に秘められた想い。
この人への想いを断ち切ることは容易ではないだろう。大きな塊を引き摺るように、未練が残るに違いない。きっと彼も狂おしいほどの想いが恐ろしかったのだ。
今なら自分にも分かる。こんなにも彼に惹かれてしまった自分には。
(だけど、……私を翼扶として)
彼はその恐ろしく感じるほどの想いを断ち切ってくれたのだ。
届かない至高の恋にけじめをつけて、これからは縁を結んだ后を慈しむという決意を明らかにした。
決然と心を決めるまで、彼にとっては血を吐くような思いだったのかもしれない。
あるいは、まだ心を残したままであるかもしれない。
けれど、そんなことはもう良い。過ぎた日を振り返ったりはしない。
彼は選んでくれたのだから。
偽りではなく、自分を。
証はここに在る。胸の中に灯る温かな光。彼に与えられた真実の名。
これからを共に生きるという誓い。
それだけを、信じる。信じられる。
――朱桜、君が私に真実を教えてくれた。生きるということを。
その意味を。
混濁する意識の中に、彼の言葉が蘇る。
(はやく戻りたいのに。会いたい――、闇呪の君に伝えたい)
自分を満たす、この溢れるばかりの想いを。
(はやく)
想いを打ち明ければ、彼は笑ってくれるだろうか。
喜んでくれるだろうか。
(伝えたいのに、……はやく)
「これは……、なんということ。身体が熱い。すぐに牀の用意を致しましょう。陛下、よろしいでしょうか」
華艶の言葉が、謳うような美しい声が遠ざかる。彼女には黄帝がどのように答えたのか聞き取ることができなかった。華艶の腕に抱かれて、緊張の糸が切れてしまう。
ふつりと意識が途切れた。
「そなたの顔を見るといつも安堵する。朱桜、面を上げて私にその顔を見せてくれないか」
響く声は溌剌としていて、凛と広間を貫く。彼女は重い体を励ましながら、ゆっくりと顔を上げた。
真っ先に視界に飛び込んでくる美しい金色。長く伸ばされた金髪は結い上げられて、見事な細工で飾られた額飾りに映える。迷いのない黄金の双眸。それだけで圧倒されてしまう。
美しい方だと彼女にも思える。
けれど、闇呪の君とは似ても似つかない顔貌。黄帝と彼が同じ腹から生れ落ちたという話を聞いたことがあったが、類似点はないに等しい容姿だった。
最初の印象はそうではなかったような気がする。
黄帝を初めて拝したときは、彼女も面立ちがどこか彼に似ていると感じたのだ。それは謁見を繰り返す内に費えてしまった感想だった。
金と闇。
あまりにも凄絶な対比が、彼らを同じに見せることを許さなかったのかもしれない。
心は既に眩い輝きよりも、艶やかな深さに奪われている。
彼女は初めて眩しすぎる黄帝の輝きを目にした時のように、その美貌に感動を得られない。どんな殿方と出会っても、彼女は彼と比べてしまうことを自覚していた。相手が黄帝であっても例外ではない。
初対面を果たした時でさえ、彼女にとっては金色の輝きよりも漆黒の艶やかさの方が印象的だと感じられた。
なぜだろうと思う。恐れるべき闇色の深さに惹かれているのだ。
輝く金色を前にしても、琴線に触れる物がなかった。黄帝だけではなく、この金域の輝きの全てが、彼女に馴染まない。
まるで紛い物に囲まれているように、違和感に包まれた。きっと自分は、あまりの輝きに気後れしているのだ。緋国で表舞台に立つことを禁じられてきた影響なのかもしれない。
彼女にはそう思えた。
「朱桜」
眩いばかりの美貌で微笑み、見事な衣装の裾を捌きながら、黄帝が颯爽と歩み寄ってくる。
その時。
「陛下、お待ち下さいませ」
背後で優しい声が響いた。彼女は振り返ることも出来ず、どんどん重くなる体を辛うじて支えていた。思わず喘ぐように呼吸をすると、するすると間近で衣擦れの音がする。
「姫君は加減がよろしくありません」
熱に浮かされたように朦朧とした頭でも、その優しく美しい声に触れると、胸に一筋、切ない痛みがよぎった。
聞き覚えのある声。
きっと誰もが、一度耳にすれば忘れることが出来ないくらいに甘い。
慈悲深く美しい先守――華艶の美女。殿方なら、誰もが彼女の魅力に惹かれるだろう。比類なき美貌と豊満な肢体は、これほど慈愛に満ちた微笑みすらも妖艶に見せる。
自分が想いを寄せる闇呪の君にとっても、特別な女人。
それを思い出すと、少しだけ切なくなった。
彼女は差し出された華艶の白い手に支えられる。ひんやりとした柔らかな掌が額に触れた。華艶が優しい力で身体を抱き寄せてくれる。
「姫君、いかがなさいましたか」
彼女を覗きこむ華艶の美しい双眸は、深く柔らかな紫紺。
ああ、と彼女は思う。闇呪の君が抱いた想いが手に取るように判る。
彼が想いを恐れていたのも無理はない。
華艶の美女を恐ろしいのだと語った、彼の哀しげな告白が理解できる。
内に秘められた想い。
この人への想いを断ち切ることは容易ではないだろう。大きな塊を引き摺るように、未練が残るに違いない。きっと彼も狂おしいほどの想いが恐ろしかったのだ。
今なら自分にも分かる。こんなにも彼に惹かれてしまった自分には。
(だけど、……私を翼扶として)
彼はその恐ろしく感じるほどの想いを断ち切ってくれたのだ。
届かない至高の恋にけじめをつけて、これからは縁を結んだ后を慈しむという決意を明らかにした。
決然と心を決めるまで、彼にとっては血を吐くような思いだったのかもしれない。
あるいは、まだ心を残したままであるかもしれない。
けれど、そんなことはもう良い。過ぎた日を振り返ったりはしない。
彼は選んでくれたのだから。
偽りではなく、自分を。
証はここに在る。胸の中に灯る温かな光。彼に与えられた真実の名。
これからを共に生きるという誓い。
それだけを、信じる。信じられる。
――朱桜、君が私に真実を教えてくれた。生きるということを。
その意味を。
混濁する意識の中に、彼の言葉が蘇る。
(はやく戻りたいのに。会いたい――、闇呪の君に伝えたい)
自分を満たす、この溢れるばかりの想いを。
(はやく)
想いを打ち明ければ、彼は笑ってくれるだろうか。
喜んでくれるだろうか。
(伝えたいのに、……はやく)
「これは……、なんということ。身体が熱い。すぐに牀の用意を致しましょう。陛下、よろしいでしょうか」
華艶の言葉が、謳うような美しい声が遠ざかる。彼女には黄帝がどのように答えたのか聞き取ることができなかった。華艶の腕に抱かれて、緊張の糸が切れてしまう。
ふつりと意識が途切れた。
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