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第1章 キリアン
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「俺の家、ロマーネ子爵家は剣聖と呼ばれるほどの騎士を出した家で、俺はそんな家の次男坊なんだ。残念ながら自慢できるのはそれだけだ。その後は世間を驚かす剣士は出ていない。でも親父も兄貴も国の為、王家の為とひたすら剣を磨き、すべては剣に通じると思っている。要するに我が家は俺も含めて、ただの剣術バカで他の事はトンチンカンなんだ、でも、それでも貴族や上流階級などの財産・権力・地位を持つ者は、それ相応の社会的責任や義務を負うというノブレス・オブリージュという道徳観だけは怠ったことはない。他の貴族から見ればまだまだだと思われるだろうが…我が家も無骨ながら頑張っている。その一つが35年続けている孤児院への訪問と援助なんだ。」
俺の話に爺さんは黙ってうなずいた。
気が付いたんだろう。俺とあいつとの出会いが孤児院だということに…。それがどういう意味なのかを…。
俺は目を閉じ、あの日を思い出すように言った。
「10年前の夏、シスターに連れられた8歳のあいつに…記憶をなくしたあいつに、オリビアに出会ったんだ。」
「ではオリビアという名は?」
「多分、親父だ。前に孤児院の前に、置き去りにされていた乳飲み子の名付け親になって欲しいと、シスターが親父に頼んでいたのを見た事があるからな。」
「…そうか…。」
顔を顰めた爺さんは、頭に手をやり
「名は親がくれる最初のプレゼントじゃ、名もつけられず置き去りにされた乳飲み子も哀れじゃが、両親がつけてくれた名を忘れてしまったオリビア嬢も哀れじゃ。記憶から無くしてしまうほど、辛いことがあったんじゃろうな…ぁ!もしかして犯罪に巻き込まれたのか?」
「わからない。オリビアは記憶がなかったしな。ただ当時、近隣ではかなり腕の立つ盗賊団が、村や隣国との街道を通っていた馬車など襲うという事件が多発し、実際、孤児院では盗賊に襲われ家族を亡くした子供がたくさんいたから、盗賊団と関係ないとは思えないんだけどな。」
「わしもそう思うな。関係がありそうじゃ。それでその後オリビア嬢の記憶は戻ったのか?」
俺は頭を横に振った。
「そうか…記憶は戻ってはいないのか、さてどうなんじゃろうな、記憶が戻るというのは、楽しかった事ばかりじゃないからのう、残酷な場面をも思い出す事じゃからな。果たして思い出すのが良いのかわからんのう。」
親父達もそう言っていた。やっぱり多くの人はそう思うんだな。
俺は…あいつはそんなに弱い奴だとは思えない。でも記憶が戻らないことに関して、あいつは10年経った今でも何も言わない。本当にそれがあいつの答えなんだろうか。
10年前か…。もうあれから10年か…。
負けないと言っているかのように、青く光る強い眼差しを思い出した。
「では、行くか。お主とオリビア嬢との出会いの場へ、いやお主の(ふぁーすときっす)が奪われたあの日に。」
ぼんやりしていた俺は思わず「えっ?」と声を上げると、ニンマリ笑った爺さんが言った。
「時空酔いに気をつけろ。」
そう言われた瞬間、周りの景色が歪み形をなくすと、いろんな色となって渦を巻くように俺の周りを覆っていった。
■■■■■■■■■
ゆっくりと眼の前の鮮やかな渦は、形を成してきた。
ここは…。
あわてて周りを見渡した。ペンキが剥がれた黄色の滑り台、片方の紐が切れたブランコ、花壇の近くにはセントラル孤児院と書かれている立て札、ここは10年前のセントラル孤児院?
でもペンキが剥がれた滑り台は先週俺がブルーのペンキで塗った、ブランコは8年前に新しく作り直したから…。
本当に10年前に戻ってきたのか?
セントラル孤児院と書かれている立て札に「ここは…でも…」と言いながら瞬きをし、眼を擦る俺に爺さんが俺の手を引っ張り
「お主の10年前の記憶はここからか?とにかく見つかったらいかぬから隠れるぞ。」
そう言って爺さんは俺を茂みの中を引っ張ると、茂みの隙間を指さし「覗いてみてみろ。」と言った。
指の先には、数人の子供らと走り回っている10歳の俺がいた。
「えっ!俺?!ガキの頃の俺が…。」
「そりゃぁ、10年前にいるからのう。」
「・・・」
「なんじゃその顔は。とにかくあっちじゃ。あっちを見ろ。」
爺さんは両腕で俺の頭を右に動かした。
そこにいたのは院長先生のローラさんとそして8歳のオリビアが、親父と向かい合っている。
セピア色だった思い出が一気に色づいた。
確かあいつと初めて会ったあの日は、孤児院に来たばかりのあいつを院長が親父に紹介していたんだ。
そして俺は…そうだ。孤児院の顔見知りの子達数人とその周辺で遊んでいたんだ。
『キリアン。』
少し若い親父の声が俺を呼んだ。
鬼ごっこの佳境に入っている時に親父に呼ばれたものだから、少し不満げな顔で振り向いた俺と、あいつと偶然目が合ったんだ。青く光る強い眼差しだった。だが、すぐに驚いたように瞳を揺らし、体を震わせると突然俺に近づいて来て…。
そして……何か…そうだ、なにか言ったんだ!
でもやっぱり思い出せず、ぼんやりと10年前の俺達を見ていた。
そんな俺の耳に、爺さんが言った。
「…事故じゃな。」
「事故?」
「キリアン、お主も今見ておったろう?緊張しておまえに挨拶しようと歩き出したオリビア嬢を、あれはどう見ても、オリビア嬢が緊張のあまりつまずいてバランスを崩したところに、お主がいたという状況じゃ、そしてたまたまお主の唇に(どっきんぐ)した。これじゃな。しかし(ふぁーすときす)が事故とは…哀れじゃのう。」
爺さんの声に、俺の頭の中はファーストキスが事故、哀れな男、という言葉に埋め尽くされて、あの時のあいつの言葉がより記憶の奥底に埋もれて行った。
俺の話に爺さんは黙ってうなずいた。
気が付いたんだろう。俺とあいつとの出会いが孤児院だということに…。それがどういう意味なのかを…。
俺は目を閉じ、あの日を思い出すように言った。
「10年前の夏、シスターに連れられた8歳のあいつに…記憶をなくしたあいつに、オリビアに出会ったんだ。」
「ではオリビアという名は?」
「多分、親父だ。前に孤児院の前に、置き去りにされていた乳飲み子の名付け親になって欲しいと、シスターが親父に頼んでいたのを見た事があるからな。」
「…そうか…。」
顔を顰めた爺さんは、頭に手をやり
「名は親がくれる最初のプレゼントじゃ、名もつけられず置き去りにされた乳飲み子も哀れじゃが、両親がつけてくれた名を忘れてしまったオリビア嬢も哀れじゃ。記憶から無くしてしまうほど、辛いことがあったんじゃろうな…ぁ!もしかして犯罪に巻き込まれたのか?」
「わからない。オリビアは記憶がなかったしな。ただ当時、近隣ではかなり腕の立つ盗賊団が、村や隣国との街道を通っていた馬車など襲うという事件が多発し、実際、孤児院では盗賊に襲われ家族を亡くした子供がたくさんいたから、盗賊団と関係ないとは思えないんだけどな。」
「わしもそう思うな。関係がありそうじゃ。それでその後オリビア嬢の記憶は戻ったのか?」
俺は頭を横に振った。
「そうか…記憶は戻ってはいないのか、さてどうなんじゃろうな、記憶が戻るというのは、楽しかった事ばかりじゃないからのう、残酷な場面をも思い出す事じゃからな。果たして思い出すのが良いのかわからんのう。」
親父達もそう言っていた。やっぱり多くの人はそう思うんだな。
俺は…あいつはそんなに弱い奴だとは思えない。でも記憶が戻らないことに関して、あいつは10年経った今でも何も言わない。本当にそれがあいつの答えなんだろうか。
10年前か…。もうあれから10年か…。
負けないと言っているかのように、青く光る強い眼差しを思い出した。
「では、行くか。お主とオリビア嬢との出会いの場へ、いやお主の(ふぁーすときっす)が奪われたあの日に。」
ぼんやりしていた俺は思わず「えっ?」と声を上げると、ニンマリ笑った爺さんが言った。
「時空酔いに気をつけろ。」
そう言われた瞬間、周りの景色が歪み形をなくすと、いろんな色となって渦を巻くように俺の周りを覆っていった。
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ゆっくりと眼の前の鮮やかな渦は、形を成してきた。
ここは…。
あわてて周りを見渡した。ペンキが剥がれた黄色の滑り台、片方の紐が切れたブランコ、花壇の近くにはセントラル孤児院と書かれている立て札、ここは10年前のセントラル孤児院?
でもペンキが剥がれた滑り台は先週俺がブルーのペンキで塗った、ブランコは8年前に新しく作り直したから…。
本当に10年前に戻ってきたのか?
セントラル孤児院と書かれている立て札に「ここは…でも…」と言いながら瞬きをし、眼を擦る俺に爺さんが俺の手を引っ張り
「お主の10年前の記憶はここからか?とにかく見つかったらいかぬから隠れるぞ。」
そう言って爺さんは俺を茂みの中を引っ張ると、茂みの隙間を指さし「覗いてみてみろ。」と言った。
指の先には、数人の子供らと走り回っている10歳の俺がいた。
「えっ!俺?!ガキの頃の俺が…。」
「そりゃぁ、10年前にいるからのう。」
「・・・」
「なんじゃその顔は。とにかくあっちじゃ。あっちを見ろ。」
爺さんは両腕で俺の頭を右に動かした。
そこにいたのは院長先生のローラさんとそして8歳のオリビアが、親父と向かい合っている。
セピア色だった思い出が一気に色づいた。
確かあいつと初めて会ったあの日は、孤児院に来たばかりのあいつを院長が親父に紹介していたんだ。
そして俺は…そうだ。孤児院の顔見知りの子達数人とその周辺で遊んでいたんだ。
『キリアン。』
少し若い親父の声が俺を呼んだ。
鬼ごっこの佳境に入っている時に親父に呼ばれたものだから、少し不満げな顔で振り向いた俺と、あいつと偶然目が合ったんだ。青く光る強い眼差しだった。だが、すぐに驚いたように瞳を揺らし、体を震わせると突然俺に近づいて来て…。
そして……何か…そうだ、なにか言ったんだ!
でもやっぱり思い出せず、ぼんやりと10年前の俺達を見ていた。
そんな俺の耳に、爺さんが言った。
「…事故じゃな。」
「事故?」
「キリアン、お主も今見ておったろう?緊張しておまえに挨拶しようと歩き出したオリビア嬢を、あれはどう見ても、オリビア嬢が緊張のあまりつまずいてバランスを崩したところに、お主がいたという状況じゃ、そしてたまたまお主の唇に(どっきんぐ)した。これじゃな。しかし(ふぁーすときす)が事故とは…哀れじゃのう。」
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