賢者様の恋指南ー勇者の恋を成就させます。ー

秋野 林檎 

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第1章  キリアン

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■■■■■■■■■


眼の前の鮮やかな渦はゆっくりとピンク色に染まり形を成し、やがて桜に包まれた遊歩道になっていった。

ここは…。


『キリアン!』

どこか甘さを含んだ明るい少女の声がした。走ってきたのだろう。少女の金色に輝く長い髪が緩く結んだリボンから何本が零れ落ちてきている、それを抑えながらまた少女は数メートル先にいる少年を呼んだ。

『キリアン!もう、待ってと言ってるのに!』

あぁそうだ。ここは…。

少年が答える前に俺が口にしていた
「だって、のんびりしてたら売り切れちゃうよ。」
『だって、のんびりしてたら売り切れちゃうよ。』

クスッ…毎回俺はそう言ってこの遊歩道を走り、オリビアは半泣きで追いかけていた。
そうここはこの町で一軒しかないロザリアさんのおかし屋へ行く途中の遊歩道だ。

おそらく10年前のあの日から3年後、今から7年前だ。俺が13歳でオリビアが11歳の頃だ。

「オリビア嬢の顔は明るいのう。」


遠ざかってゆく7年前の俺とエリザベスを見ながら、俺は爺さんの言葉に頷き。

「そういえばあの頃は、週に4回は、ロザリアさんの店に行ってたなぁ。」

爺さんは頭をひねりながら
「週に4回なら、毎度のことじゃろうに…分岐点はなぜこの日なんじゃろう。」

爺さんの言葉に俺はハッとした。

そうだ。あの日…桜が満開のあの日、泥酔した男に絡まれた俺達を…あの人が助けてくれたんだ。


俺達はこの日あの人に会ったんだ!


「……阻止しなきゃ。あの人が現れる前に、泥酔している男を押えれば…状況は変わる。」

「キリアンよ。わしにはなにがなんだか…だいたいあの人とは誰じゃ?」

「この日、俺とオリビアはマキシミリアン シュルツ伯爵に…騎士団長であいつの婚約者に…会ったんだ!」

「今から7年前じゃぞ?お主もオリビア嬢もまだ子供じゃ、会っても問題なかろうに…。なにかマズい事があったのか?」

俺は右手を握りしめながら息を吐くと、掠れた声が出てきた。
「マズい事になると思う。騎士団長に会ったこの日以来、オリビアは俺といてもぼんやりすることが多くなったんだ。これってあいつが騎士団長にひ、ひ、ひとめぼれしたという事じゃないか?!」

瞬間爺さんがフリーズした。その顔を横眼で見ながら俺は叫んでいた。

「とにかく!追いかけるぞ!」

「…やっぱり…お主は哀れな奴じゃのう。」

爺さんの憐れむ声を無視して、ふたりを追いかけていた俺はあることを思い出していた。それは、騎士団長の父君である前伯爵のことだ。

この頃だ。俺が13歳の頃だった。シュルツ前伯爵が王主催の狩猟で獅子に襲われ亡くなったのだ。だがそれは獣害では片付けられる問題ではなかった、なぜならシュルツ前伯爵の太ももには誰かが放った矢が刺さっていたからだ。シュルツ前伯爵の剣の腕もなかなかだったという、だからもし矢が刺さっていなければ、足が動けば、あんなむごい最後にはならなかったのかもしれない。

後に聞いた話だが、当時マキシミリアン シュルツ団長は、隣国に留学していたため騎士団に入団のは、17歳ぐらいだったという。そしてその翌年この事件が起こった。今でも語り草だ…。父親である前伯爵を襲った獅子を一撃で仕留めると、自分が羽織っていたマントを静かに前伯爵に掛け、王を始め、狩猟に来ていた貴族らに深々と頭を下げ(事故でございます。誤射をした方が誰であれ、父はその方を明らかにする気持ちはないと存じます。明らかにした場合、ここにいらした貴族の方々を調べなくてはなりません、ましてや今は隣国との間に不穏な空気が流れる中、代々騎士団長のお役目に携わる我が家が、誰かに狙われたとなると、民は動揺し、なかには国家転覆をたくらむ者の仕業ではと騒ぎだす者も出てくるやも…そうなれば国が乱れましょう。すべては国の安定の為、ゆえに父の死は事故でございます。それ以上もそれ以下もございません。ご迷惑をおかけしました。)と騎士団長は言ったという。

又聞きで知ったことなので、どこまでが真実かは定かではないが、今もって誰が誤射したのかは調べられてはいないのは、やはりシュルツ伯爵家が犯人捜しを拒んだという話は本当だろう。

そしてその後、爵位と騎士団長の家督を継がれたのだが、あの日は…そうだ、あの日は騎士団長の拝命を受けられた日だ。なんてこった!ただでもカッコいい団長が、式服でカッコよさがより増した日じゃんか!あぁ!マズい!!!


ようやく店の近くに来た、周辺は花見をする人たちが溢れていて、7年前の俺とオリビアは店の中を覗いているところだった。俺は息を整えるの待つことももどかしく、店に入ろうとした時だった。

「ちょっと待て!キリアン!どうやって阻止するんじゃ?!」

「あの時、俺とオリビアに酔っ払いに絡まれていたところをたまたま通りがかった騎士団長が助けてくれたんだ。だから、泥酔客を抑え込めば…騎士団長が出てくることはないはずだ。」

「なるほどな、で、その泥酔客をお主が抑え込むんじゃな。」

そう言って俺を見てくる爺さんに、俺は固まった。

「…抑え込むことはできるだろけど…でも…もし剣を抜かないといけないようなことになったら、俺は…自信がない。勇者のようにできない。」

「確かに…勇者マーベリックはかなりの剣の使い手じゃった。

「えっ?」

「驚いたか?まぁ、わしほどの賢者なら、剣裁きを見ずともすべてお見通しじゃ!」

「……剣は得意だ。でも騎士になるのに、人に向かって剣を抜くことが…怖いんだ。相手を傷つけ…いや殺してしまう事が…。」

「剣を抜くことが殺める事と絶対結び付くわけではないが、それなりに覚悟を持たねばならんし、慣れ過ぎてはいかん。だがのう、どうしても殺らねば自分を、大切な誰かを失う時にはその刃に力を籠めればならん。でも今はそのことはだけを肝に銘じておくことで十分じゃ。」

そう言って笑った爺さんは、背伸びをして俺の頭を撫でると
「しかしのう、キリアン。お主の運命を変えるのだから、泥酔客はお主がやるべきではないか?まぁ、泥酔客をどうしても止めきれないときはわしが魔法でとめてやるから、やってみたらどうじゃ。」


爺さんの言葉が胸に突き刺さる。でも…凍ってしまった心はまだくだけない。でも…。


「…爺さんの言う通りだ、俺の人生を変えるんだから俺がやるべきだ。」と言うと爺さんは嬉しそうに目を細め。

「お主とタッグを組むのは500年ぶりだからかワクワクするのう。だが騎士団長がここを通るのは変えられんぞ。つまりオリビア嬢は騎士団長を見る可能大、ひとめぼれの可能性大と言う事じゃ。どうやってオリビア嬢を騎士団長から目をそらせるんじゃ?騎士団長の動きはわしが見張ってはおくが…。」

「7年前の俺にやらせる。オリビアに話しかけさせ、できればこの場から連れて行くように言うつもりだ。」

店の入り口付近で、店主と話しているオリビアを見ながらそう言うと、背中越しの爺さんの変な声が聞こえた。

「ありゃ~!」

「どうしたんだ?」

「無理そうじゃぞ。ガキのお主は今忙しいようじゃ。」そう言って爺さんが示す先には…俺が、7年前13歳の俺が店の中で、難しい顔で両手に持った菓子を交互に見ている。

「なにやってんだ?」

「どうやら、右手に持った菓子か、左手に持った菓子か、どちらにすべきが迷っているようじゃな。」

「俺って…菓子を選ぶのにあんなに必死になる小僧だったんだ。」

項垂れる俺に爺さんは言った。
「13歳の男の頭の中はそんなものよ。」

はぁ~とため息をつくと、俺は7年前の俺へと足を向けた。
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