賢者様の恋指南ー勇者の恋を成就させます。ー

秋野 林檎 

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第1章  キリアン

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7年前の俺の後ろ姿にため息をつき、その後頭部をコツンと叩いたら、変声期に入ったばかりの掠れた声でガキの俺が『ま、迷ってなんかいないぞ!』と言いながらふくれっ面で振り返った。だが俺の顔を見てその顔がキョトンとした顔に代わり、ボソッと言った。

『…兄ちゃん、誰?』

まぁ、俺自身今の状況を説明できないし、例え説明することができたとしても、7年前のガキの俺には理解はできなかっただろうな。時間もないし、ここは単刀直入でやるしかない。

「おい、キリアン。時間がない、早くオリビアをここから連れ出せ。」

『なんで俺とオリビアの名前を知ってるん?親父の知り合い?』

確かにそこも気になるだろ…。でも大事なところはそこじゃないんだよ!

ムカッとした。なんだかめちゃムカつく。
なのにガキの俺は、好奇心丸出しで目をキラキラさせて大人の俺の答えを待っている。

「はぁ~とりあえず、なぜ俺がおまえとオリビアを知っているかは後回しだ!いいかよく聞け!数分後におまえとオリビアに災難が起こる。だからその前にこの場を離れろ。わかったか?!」

俺の言葉にガキの俺は、ポカンとした顔でしばらく俺を見ていたが、俺の言っている事が理解できたのかゴクンと息を呑むと
『兄ちゃんは今話題の預言者なのか?』と言った。

「はぁ~?」

なぜ?なぜなんだ?なぜ預言者とかわけのわからん奴が、この場面で出てくる?

『だから、そんな変な恰好なんだな。しかしすごいよな!俺とオリビアの名前も知っていて、あっ!もしかして俺達に降りかかる災難って、例の天変地異のことなのか?』

…預言者?……思い出した。あの頃、天変地異がおき世界が滅亡するという予言し、(このお札を身に着けていれば、天上におわす神々があなたをお守り下さいます。)とか言って金品を要求する輩がいたな。後々人心を迷わす詐欺師ということで捕まったが…あれに、あれに俺が見えるのか?確かに似合ってない服装だけど、そんな変な奴に…。

あああ!!!こんなことに時間を使っている暇などないのに!くそっ!もうどうでもいいや。預言者だろうが、なんであろうが、なんでもなってやるさ!


そして大きく息を吸うと重々しく言った。

「そうだ。おまえの言う通り、俺はお前たちに降りかかる災難を祓うためにここに来た。もう時間がない、早くオリビアをこの店から遠ざけろ。」

『ラジャー!』

そう言うとガキの俺はオリビアのところへと走り始めたが、突然足を止め振り返り俺に向かって親指を上げると、突然叫んだ。

『みんな逃げろ!大規模な災害が来ると預言者殿が言っておられるぞ!』

そう言って、俺を指さした。

一斉に大勢の人の怪訝な眼差しが俺に集まり、ザワザワと人並が揺れた。

これって…マズくないか?この状況って人心を迷わしたと思われて、騎士団長が出てくる状況を作ってしまったんじゃないか?何か言わないと、言い訳をしないと。

「あ、あの、だからじつは…。」

繕うように言葉を探し始めた俺に、ひとりがクスクスと笑いだした。すると波のようにその笑い声は広がり、大きな笑い声になって、大勢の人の眼が柔和な眼差しへと変わり、人々は口々に『お兄ちゃん、弟を揶揄っちゃいけないよ。』『兄弟げんかでもしたのかい?』と言っては笑っている。


「あ、あのすみません。」そう言った俺の小さな声が、他の人に聞こえたかはわからないが、とりあえず謝罪を口にしながら、責めるようにガキの俺を見れば、あいつは仕事をやり遂げたという顔で俺を見ている。




そうだった。俺ってあんなガキだった。
という思いを持ち、そうなれると信じていた。だからガキの俺は、ここにいる全員を助けなくてはと思って叫んだんだろう。

…ぁ…あの頃の俺はただ剣の腕が日々上達することが楽しかったなぁ。
騎士に憧れていたオリビアに俺を認めて欲しいとがんばっていたよなぁ。

俺は一日でも早く騎士になりたかった、そのためならどんなにつらくても頑張れると思っていた。
そう、どんなに辛くてもだ。でも…俺は耐えられなかったんだ。


なぁガキの俺。おまえが14歳になる来年。今おまえが持っている熱い心は凍ってしまうんだ。


あ・は・は・は・・・・と乾いた笑いが口元から漏れ、俺は俯いた。




14歳だった俺は同期の誰よりも早く戦場に立つことになったことを喜んだ。騎士への道がまた一歩進んだと。だが戦場は地獄だった。錆びた鉄のような血の匂いと人形のように動かなくなった人、そして散らばる手足。俺は動けなかった。剣の腕前はあってもまだ子供だった俺は、戦場でのあの地獄に耐えられるほど心は強くはなく、
みんなを守るどころか…守られていた。俺は…足手まといだった。

同期の誰よりも戦場に立つ名誉を与えられたのは、俺が優秀だからとあの当時は思っていた、でも後々なぜだったのかわかった。あの頃戦況がだんだん悪くなり、人々の中には不満がたまりつつあった。そんな時、剣聖を出したロマーネ家の次男が、酔っ払いを取り押さえたところを多くの人が見て(剣聖だ。あのロマーネ家に新たな剣聖が出た)と噂になり、そのことが戦争継続を狙った軍部の上の方々に利用されたんだった。まぁ結局、最終的に酔っ払いの動きを止めたのは騎士団長だったし、戦場で立ち尽くしていた俺は、軍部の上の方々の思い通りにはならなかった。お粗末な話だ。

あれ以来、他国との争いもなく、一時はこの国を荒らし回っていた盗賊団も鳴りを潜め、騎士として剣を振るう機会がなくなったが、俺は…まだ。錆びた鉄のような血の匂いと人形のように動かなくなった人、そして手足が散らばるあの戦場から抜け出せない。理解していたつもりだった。騎士になりたいと思う先には、敵とはいえ人を殺めることに繋がっていることを。でも目で、鼻で、皮膚で感じたあの地獄が、俺を今の俺に変えてしまった。気弱な男に変えてしまった。

フウ~。と息を吐いた。

この日は、ただオリビアと騎士団長との出会いだけじゃない、俺があの地獄へ行く切っ掛けを作った日だった。
爺さんが言っていた分岐点はより深いものだった。

フウ~。
俺は変わりたい…いや13歳の頃の俺のようにという熱い気持ちを取り戻すんだ。


顔を上げれば、13歳のガキの俺が心配そうに見ている。

まだおまえにはあの戦場の地獄を耐えられるほど大人じゃない。だから今回は7年後の俺に任せろ。せっかくオリビアの前でカッコいい姿を見せるチャンスだったのに悪いな。あの戦場に行く切っ掛けの一つとなったこのもめ事は、大人になった俺が今回片づける。ガキの俺も、騎士団長も手は出させない。




ガシャン!


俺の足元に酒瓶が投げつけられ、周辺から悲鳴と罵声が飛び交う中、俺はなぜだか笑っていた。
なぜなら酒瓶が割れる音も、周辺からの悲鳴も罵声も、まるでこれから未来を変えるために、運命の歯車が動き出したように聞こえたからだった。




『おい!おまえらのおふざけのせいで、女と良い雰囲気が吹っ飛んでしまったぜ!おまえらのせいで台無しだ。』

7年前、因縁をつけられたのは覚えていたが、なんて言われていたかは思い出さなかったが、こんなくだらない理由で因縁をつけられたんだ。

これが切っ掛けで狂った人生の歯車を正常に戻させてもらう。
せっかく爺さんがくれたこのチャンス。この先の未来を変えるためにまずはひとつやり直す。


さて、新しい未来を創るためにやりますか。

思わず口元が緩んだ。そんな俺に男は肩を上下させながら荒く呼吸をすると

『何笑ってんだよ!』

「悪い、ようやく子供の頃のように、腹が据わったことが嬉しくてな。ありがとな。」




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