王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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王子様は言葉を失った。

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剣を握りなおし、勢いよくミランダの部屋に飛び込んだ俺は、眼の前の光景に…一瞬言葉を失った。

ミランダは怯える様子もなく、身振り手振りで話をしている。
そして…そんなミランダをローラン王は黙って見ている…こんな光景を俺は想像すらしていなかった。

唖然とする俺に、最初に声をかけたのは…ミランダだった。
「叔父様!!」

いつも元気なミランダにホッとしたと同時に、この状況がまったくわからなくて眉を潜めると、ローラン王はゆっくりと右の手のひらを顎の下に当て、ひじを右膝の上に乗せると

「ようやく来たか…ルシアン。」

ローラン王の嘲笑うようなその声に、ミランダはキョトンとした顔で、ローラン王を見つめていたが、だんだんと顔を歪めていった。



何が…一体なにが…あったんだ?

この場のおかしな空気はなんだ?

このふたりを繋ぐものなどないはずのに…だがこのふたりには、何か、そう何かがあるように思える。

なぜそんなことを思うのだろうか?


いや…しっかりしろ!惑わされるな!これも悪魔の力かもしれない。

今は…ミランダからローラン王を引き離すことだけに集中しろ!


「ローラン王…ミランダから…すぐに離れてください!」
そう言いながら、俺はまた剣を握る手に力を込めた。

「あぁ…もう用事は済んだことだし、そろそろ引き上げるつもりだったのだ。」

ローラン王はそう言って、木の上から飛び降りると
「だがお前は、そう簡単に私を引き上げさせるつもりはないようだなぁ。」

ローラン王はきつく握った俺の剣を見て、うっすらと笑みを浮かべ
「その剣では、私は死ぬ事はない。私を寂滅じゃくめつしたいのなら、あの…ロザリーだったか…あの女しかできないぞ。だが今は…あの女は動けまい。」


その言葉にミランダが叫んだ。

「それはロザリーに、なにかあったということなの!!」

ミランダの叫び声に、ローラン王は
「あの女も…守りたいと思っているのか…」そう呟くように言うと…ミランダではなく、俺に向かって

「私には悪魔の誘いも、天使の囁きも…聞こえはしなかった。」

「…それは…?」

ローラン王はクスクスと笑いながら
「ようするに、悪魔も、天使もあの女の前には現れては居らんということだ。あの女の魂は、体にしっかりと張り付いている。死にはしない。」

ローラン王は、ロザリーが助かるとなぜここで明言するだろう?

まるでそれは、問いかけたミランダに安心しろと…言っているように思える。


なんだろう。これは…

ミランダの問いに対して、わざと俺に答えたのは…?
ミランダの視線を感じているはずなのに、気づかない振りをするのは…?

まるでミランダを避けているようだ。


なぜ?

なぜ、避けねばならない?


まるで、ミランダにこれ以上関りあってはいけないと、自分を抑えているように感じる。


俺はローラン王を見た。
その姿を、そしてその心の中を見ようと、息をゆっくり吐くと…言った。

「なぜ…ですか?」

「なにがだ?」

「あなたはほんの短い時間の間に、まるで別人になったように感じます。」

「別人か?面白いことを…私は変わってなどおらんぞ。」


この人は…ずっと心を覗かれないように、いくつもの扉を作っているようだ。


そしてその鍵は…おそらくミランダ。


俺は木の上で、ローラン王を見ているミランダに眼をやり…
「ミランダ…ですね。」

俺はミランダからローラン王へと視線を移しながら
「ミランダはあなたにとっては鍵…人の心を思い出させる鍵なのでは…?」

ローラン王はまるで俺に、それ以上言わせないように大きな声で笑うと、俺に向かって剣を振り抜いてきた。

「…図星ですか?!」

その剣を受け止めながら答えた俺に

「……なんだそれは?意味がわからん。」

そう言って後ろへ下がると、自ら剣を地面に捨て、腰につけていた短剣を取り出し

「ルシアン。」

俺の名を呼ぶとローラン王は、短剣を自分の左胸に刺した。

「キャァ!」

ミランダの叫び声に、ローラン王の体がビクッと動いたが、すぐに俺を見ると笑いながら
「…あの小さな姫には衝撃的だったか…だがこれでは俺は死ぬことはない。」

俺が黙って頷く姿を見て、ローラン王はニヤリと笑うと、左胸から短剣を抜いた。
その瞬間、真っ赤な血が左胸から溢れ出し、ローラン王は膝をついたが、右手で左胸を抑えると立ち上がり

「さすがに心臓は…やりすぎたな。だが…ルシアン、例えお前のほうが剣の腕が上でも、心臓を刺しても死ぬ事がない私とでは、お前のほうが不利だ。」

そう言って、右手を外したローラン王の左胸からはもう血が止まっていた。


やはり…

この人はもう…

人ではないとわかっていても、見たくなかった。
この人が人ではないと思いたくなかった。



ローラン王は俺を見ていたが、後ろを振り返り、木の上のミランダをチラリと見て
「どうだ…。悪に見えるだろう。」

ミランダは顔をクシャクシャにして、涙を零すと頭を横に振った。

ローラン王は眼を伏せると「そうか…。」と小さく呟き、また…「そうか…。」と言うと、今度は大きな声で

「この70日は面白かった。実に面白かった。だが途中で悪いが…終幕までは居られんのだ。1000年もこの現世をひとりで彷徨わなくてはならんから、旅の支度に手間取りそうなのだ、だからここで失礼するぞ。」

「…あなたを行かせるわけには行きません。」

「…アデリーナを……見ただろう。私も同じだ。私を寂滅できるのは、あのロザリーだけだ。まさか寂滅されるために、ここでロザリーが回復するのを待っていろとでも言うのか?」


ミランダを見る眼に…、そして俺を見る眼に…、見えていたあの優しさは偽りではない。まだ人としての心があるのなら、なにか救う方法があるはずだ。
俺はこの人を…救いたい。


「わかっています。あなたを拘束することは難しいとは…。ですが!血の繋がったあなたを!…悪魔にしたくない。まだ心に人としての心が残っているあなたを!悪魔にしたくないんだ!」





幼い頃、母から言われた事があった。
『ルシアン、お願いがあるの。私の兄が…』

『ローラン国王様?』

母は頷くと優しく微笑み
『ローラン国王はとっても繊細な方で、とても傷つきやすいのに、自分では気が付いていないの。だから、傷ついて泣きそうな顔でいる時は、(心が痛いと言ってますよ。)と言って、一緒に泣いてあげて』

今まで、俺にはわからなかった。

母を亡くした俺を、励まし守ってくれたこの人は…強く見えていたから、そんな弱さがあるとは思いもしなかったが、母の言う通りだ、仮面をつけ、寂しさを、そして傷ついた心を覆い隠し…見せない。


今なら見える。
先のない思いに苦しみ、聡明なこの人が悪魔との契約を結んでしまうほど…この人は寂しかったということが…今なら見える。




母上…
あの時の約束を今、果たします。


「ローラン王…。いや伯父上。母が言ってました。あなたはとっても繊細な方で、とても傷つきやすいことに、自分では気が付いていない。だから俺に母は…もしもそんな時に、俺がローラン王の側にいたら、心が痛いと言ってますよと言って、一緒に泣いてあげてと…。」


ローラン王は大きく眼を見開き
「……お前の中にも…スミラはいたんだな。」


そう言って、しばらく俺を見ていたが…
「ならば、なおさら行かせてくれ。」

「なぜ?!」

「考えたいのだ。いろんなことを…な。」


ローラン王の言葉に対して、俺は次に言うべき言葉が浮かばなかった。そんな俺の代わりミランダが


「いいわ。このままブラチフォード国にいろとは言わない。でも!」

ミランダはそう言うと…両手を握り締め

「私がこの国の女王となったら、必ずブラチフォード国に来て。私が必ず悪魔との契約を破棄する方法を見つけるから!必ず!!それまで…この国を離れることを許すわ。」


ローラン王は唖然としていたが、ふっ~と息を吐くと、泣いているような…でもどこか笑っているような…なんとも言えない顔になって

「…その話、楽しみに待っている。」

そう言って、木の上のミランダを見たローラン王は…笑みを浮かべ、唇を動かした。

「・・・・」




そして…その姿はゆっくりと消えていった。






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