ナレア王女の物語

加茂晶

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3. ミーアとの再会

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 小屋の中には、ミーアがいました。ナレアより一歳年上のミーアは、お姉さんのような存在でした。でも、ミーアは孤児院にいた頃から病気のため、いつもベッドで寝ていました。そして、この時もミーアは干草の上で横たわっていました。
 ジョアンに養子の話が出た時、ジョアンは、
「妹のミーアも一緒に養子としてくれて、ミーアの病気を治なおしてくれるなら。」
との条件を付つけて、ミーアも連れて行ったのでした。ナレアは、それまで二人が兄妹だなんて聞いたことがありません。ミーアの病気を心配していたジョアンの、作り話なのでした。
 だから、二人が兄妹として一緒に養子になることが決まった時には、
「これでミーアの病気が治療出来る。」
と、ジョアンは泣いて喜こんでいたのに…。ミーアは、孤児院にいた頃より顔色が悪く、治療してもらえたようには見えません。それどころか、鞭で打たれたような傷がいくつか見えました。
 赤ら顔の男は、ナレアと気絶したジョアンを引きずってくると、ミーアが寝ている干草の上に投げ出しました。そうしておいて、
「これで、オレにも運が向いて来たぜ。」
と言うと、小屋に外から鍵をかけて、どこかへ行ってしまいました。小屋には一つだけ窓がありましたが、格子がはめられていて、外へ逃げ出せそうにありません。
 ミーアは、困惑しているナレアに話しかけました。
「ナレア、お久ひさしぶりね。あなたは王城に行ったと聞いていたのに、なぜこんな所にいるの?」
そこでナレアは、王城をこっそり抜け出して王都に出たこと、ジョアンの姿を見たけど話かけられずにつけて来たことを説明しました。
 すると、ミーアはため息いきをついて、言いました。
「王城の外は孤児院と変わりなく、多くの人はお腹を空かせているわ。いや、あの孤児院みたいに良い人ばかりではないから、もっと大変。王都の表通りは、見かけでは活気があるけど、本当はみんな生きて行くのがやっとだと思うわ。」
 それから、孤児院を出てからのできごとを話してくれました。
「私たち二人を引き取った町の鍛冶屋の夫婦は、その後間も無く、借金の形に工房を取られたの。義理の父は、ジョアンを工房でこき使おうとしていたらしいけど、思わくが外れたみたい。義理の母は、私を治療して値を上げてから、奴隷として売り払うつもりだと言っていたわ。だけど、貧乏に嫌気がさして家を出て行ってしまったのよ。」
 とんでも無い話でした。でも、その後の話はさらにナレアを驚かせました。
「義理の父と言うのが、さっきの男よ。父は動けない私を人質にして、ジョアンにスリをさせているの。かわいそうなジョアンは、私のためにここから逃げられず、本当に申し訳ないと思っているの…。」

 ミーアは自分の話が終わると、今度はナレアに王城での生活を聞かせて欲しいとせがみました。
 ところが、ナレアが話そうとした時、突然小屋に数人の騎士が入って来て、そのうちの一人がこう叫んだのです。
「通報のおかげで、ナレア姫を発見した。でも、姫は既に犯罪者どもに殺されていたぞ。」
ナレアは混乱しました。私が殺されたって、どう言うこと?
 でも、ミーアは直ぐに状況を理解しました。
「父と騎士達はグルだわ。ジョアンと私がナレアをさらったことにして、父は通報者として賞金をもらうつもりよ。そして、孤児から王女になったナレアに反感を持つ騎士達は、私達があなたを殺したことにして、あなたを殺してしまうつもりだわ。早く逃げて。」
ミーアの声の最後の方は絶叫でした。
 ナレアは、ますます混乱してしまいました。それに、騎士達に小屋の入り口を固められ、ナレアが逃げられるところはありません。
 ついに、一人の騎士に体を押さえつけられて、もう一人が剣を振りかざして来ます。ナレアは叫びました。
「デネボラ、助けて!」
すると、小さなぬいぐるみだったデネボラが、たちまち光り輝やく巨大なライオンの姿になりました。ナレアが夢の中でいつも見て来た、デネボラの姿です。
 デネボラは「ガオー」とひと吠えすると、その鋭どい前脚でナレアに襲いかかった騎士を剣ごとはじき飛ばし、後ろ脚でナレアを押さえつけていた騎士を蹴り飛ばしました。ナレアを危機から救ったデネボラは、その長い尻尾で残りの全ての騎士と赤ら顔の男を打ち倒しました。
 こうしてデネボラは、今度は夢ではなく現実の世界で、ナレアを救ってくれたのです。その後、ナレアとミーア、それにまだ気を失なっているジョアンを、長い尻尾を使って大きな背中に乗せると、騎士達と赤ら顔の男を尻尾でしばり上げて、空へ飛び立ちました。
 ナレアとミーアは、空から見える王都や王城の眺めにうっとりしましたが、王城にはあっという間に着いてしまいました。すると、気を失った騎士達と赤ら顔の男を縛りあげていた尻尾の端が、自から城壁に巻き付き、デネボラから外れました。デネボラは、新しく生えてきた尻尾で三人を下ろすと、元のぬいぐるみの姿に戻りました。
 ナレアが、ぬいぐるみになったデネボラをだきしめて頭をなでながら、
「助けてくれてありがとう。」
と言っているうちに、お城の人達がかけ寄って来ました。ナレア王女が突然いなくなって、お城は大騒ぎだったのでした。
 ナレアはお城の人達に、縛り上げられている騎士達と赤ら顔の男を監獄に、ジョアンとミーアを客室に案内するように告げると、両親であるニコル三世とメアリー王妃に報告に行きました。

 王と王妃は、失踪したナレアをとても心配して、食事がのどを通らないほどでした。無断で一人で城を出たナレアをしかった後、ナレアの話を聞いた二人は考え込みました。
 ライオネル王国の貴族達や、外国の王様たちからは、国民を大事にし過すぎていると言われる二人でした。それでも、国民はまだ貧しいことを思い知らされました。
 それに、ナレアに反感を持っていた騎士達の存在も、二人には驚きでした。ライオネル王国は王、貴族、騎士、平民の身分に分けられてはいるけれど、便宜上のことと考えていました。ですが、少なくとも一部の騎士は平民に対して差別意識をもつことが、今回の事件ではっきりしました。
 そこで、今回の問題を起こした赤ら顔の男とナレアに直接おそいかかった騎士二人は無期懲役、それ以外のこの件に関わった騎士を追放して平民とし、騎士団も縮小することにしました。そして、騎士団の縮小で浮いたお金で、貧しい人々に与える食糧を買うことにしました。
 ジョアンについては、自らスリをして来た罪を申し出たため、罰として終生ナレアの護衛をさせることにしました。また、その「妹」であるミーアも連座で、罰としてナレアのお付きの女中として働かせることにしました。もちろん、その前に治療して働けるようになってから、との猶予付きです。
 そして、ミーアは主人となったナレアから、デネボラの活躍を秘密にするよう言われました。もっとも、この事件の関係者…騎士達や赤ら顔の男、ニコル三世とメアリー王妃、それにジョアン…ですら、自分が見たり聞いたりしたことを信じられなかったのです。だから、ミーアがデネボラの真の姿を話しても、誰も信じないでしょうけど。
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