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(こぼれ話)ベティ・ベルタエル王国

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 ○ベティはあの時……

 エリザベス・パルクロワ。『包囲殲滅の悪魔』と呼ばれた過去を持ち、男爵家クラスの講師でもあるジュール・テクトニカの他人の視界を共有するという魔法の後継者筆頭である。ちなみに次席はジュールの遠縁にあたるミランダ・エッシャーである。 
 城砦崩壊時、どの視界を辿っても悲惨な未来しか無い状況を悟って完全にパニクるも、一歩引いた目線でありながら、指導者としての才覚をいかんなく発揮したディレク皇子の的確な指摘によって、ベティが大事にしている兵達の身の安全を確保することに成功する。しかし無傷というわけにもいかず、フローラ(可憐)に泣きついて傷兵を癒やしてもらうのだった。この時点でフローラの魔力量は85%→50%に落ちる。
 さらにその後、魔族ザナキアによりもたらされた大破壊により、更に大量の死傷兵が出ることになり、またもやパニックを起こしてフローラに泣きつく。この時の無理な治療によってフローラの魔力は50%→5%まで落ち込んでしまった。流石に2度目は死に掛けの人間が多すぎたようで、フローラはガス欠寸前となる。
 更に今度はディレク皇子によりジュリエッタの救援要請が入る。救援に何とか駆けつけたフローラではあったが、ザナキアの邪魔によって近づけず、割と考えなしにほぼ残り全部の魔力をザナキアへと叩き込んでしまい、5%→0%となる。そして精も根も尽き果てて動けなくなった。この時に思わずフローラが回復に走り回ったツケであるとの発言を、ベティがたまたま拾ってしまう。ベティはフローラや帝国の命運を尽きさせたのは自分であると自覚し、更に念押しするかのようなザナキアの言葉を受け、ベティの心は完全に折られることとなる。
 ……そして、魔王リッキーによって魔族達が一蹴された後、傷心のベティは集められた兵の遺体を前に立ち尽くしていた。

「お、おい、誰か声かけろよ」「お前が行けよ」「何言えば良いんだよっ」

 いつもキラキラした目で自分達を見つめ、ベティの助言が功を奏して強くなった兵が居ればドヤ顔ではなく誇らしげな表情をし、皆の心を癒す小さくも可愛らしい天使であり、暖かく優しく見守る慈母のようでもあり、むさ苦しい男の多い騎士団に降りた暖かい光をもたらす女神である。多少大仰ではあるが、それが騎士団の男共のみならず女性陣を含めての共通認識であった。……しかし今、悄然としたベティは愛する夫を失った妻の様にも、大事な息子を亡くした母の様にも見え、とにかく今の彼女からは悲壮感しか感じられなかった。そのため、彼女の事は心配しているものの、どう声を掛けていいやらと、行動する事を躊躇していたのだったが……。

「うっ……うぶゎああぁぁあああぁぁああんっっ!!」

 突然始まったベティの大号泣に、騎士団はぎょっとするのだった。

「あああああっっ!! ああああああんっっ! ああっあああっ……あああああああっっ!!」

 その小さな黒髪の少女の誰憚ること無く慟哭する姿に、兵達はそれまで忘れていた、いや考えないようにしていた友人や同僚の突然の死を嫌でも認識させられた。やがて静かにその悲しみは少しずつ伝播していき、騎士団の面々も涙を流すのだった。
 やがてベティが泣き疲れてシャクリ上げるだけになった頃、フローラの祖父マクシマスと父ゼオルグがベティの下にやってきていた。二人が居た場所とはかなり距離があるのだが、どうやら『お話』の後、魔王リッキーによって送ってもらったようだ。
 マクシマスはベティに近寄って行くと、

 パンッ

「………………」

 突然ベティの頬を叩き、ベティはきょとんとした表情でマクシマスを見やる。

「「「「「………………ちょぉぉぉおおお!?」」」」」

「黙っていろ!!」

「「「「「 !? 」」」」」

 鬼将軍の右腕による一喝に、女神を叩かれた野郎共が上げかけた抗議の気炎が吹き消された!

「なぁ? ベティ嬢。儂は以前、自分の立場を敵国に置き換えて物を考えるように言ったな? そしてお主はそれを学ばんと将官への道を希望した。……お主は確かに兵達の心を掴み、最高の指揮官となったやも知れぬ。じゃが、いちいち兵一人一人の安否を気遣うようでどうする? 聞いたぞ、まともに指揮ができなかったと」

「………………はい」

「もしもお主がまともに動かない、物を考えられない間に更に大勢の兵が死んでいたら……お主はどうなっていた?」

「(ビクッ)」

 マクシマスの指摘に凹みまくるベティを見かねた兵が、思わずと言った感じでマクシマスに声を掛ける。

「しょ、将軍、その位で……」

「儂はベティ嬢を諭しておるだけよ。この子を怒っておるわけではない。………………むしろ、怒っておるのはお主等の方よ」

 ピシッ

 振り返った鬼将軍の怒り納めやらぬ表情に、声を掛けてしまった兵は思わず小さな悲鳴を上げる。

「自分達を大事にしてくれる可愛らしい指揮官が誕生して舞い上がっておったか? 何一つ見落とさない神童っぷりに安心しきっておったか? 頼もしい指揮官ぶりに全てを任してしまえば良いと思考放棄したか!?」

 ビリビリビリッ

「「「「「(ヒイィィィッッ!?)」」」」」

「阿呆か! 貴様等は!! 見ろ! この少女を! ただの! 子供だ! どれだけ! 優秀であろうと! 我等の方で支えてやらねばどうする! ……我等が死ねば、この心優しい少女がどれ程に嘆くと、何故思わなんだ?」

「「「「「 !? 」」」」」

 鬼将軍の問いかけに、ようやく自分達が持ち上げているのがどういう人物だったのか、認識を改めた兵達は視線を一度ベティに移し、目を腫らして泣いていた少女を確認すると視線を落とした。一部は膝から崩れ落ち、頭を地に擦りつけて謝罪の言葉を繰り返すものまで居た。

「お主等も、ベティ嬢も、互いに依存し過ぎた。依存するのは人間としての有り様としては否定もせんし、むしろ信頼関係においては好感がもてよう。しかし将官として、司令官としては失格じゃな。勿論、兵共も言うまでもない」

「………………」「「「「「………………」」」」」

「ま、という事でというのもおかしいが……お前達には是非我が義父上殿のシゴキを受けて貰いたいと思っている」

「「「「「……っぎゃあああああ!?」」」」」

 苛烈で知られる鬼将軍のシゴキを受ける事が確定した帝国兵には南無としか言えない。皇都を守る兵達をこの時程羨んだことはない、とは彼等の弁である。一方の守りを言いつけられた兵は、ベティと一緒に戦場に出れた兵達を羨んでいたりしたのだが、まぁそれは良いだろう。

 〇鬼将軍ずはフローラ達の見送りにおらんかったやん?

「見送らずとも良かったのか?」

「……俺から娘を奪うあの男を見たら、奪還するために襲い掛かりそうなので止めておきます。何より腹が立つ!」

「……良く言った。今度見かけたら二人して襲ってやろうぞ」

「……義父上殿。自分で言っておいてなんですが、二人してやったらフローレンシアにもカレンにも嫌われませんかね?」

「……どうしよう?」

「どうしようて……」

 まだわだかまりは溶けてなかった。

 ○泣きついてきたはずのベルタエル王国は何してたん?

 レアムがベルタエルに宣戦布告してきた直後。

「なぁ、宰相。ベルタエルはどうなると思う? それとアレさぁ、魔族名乗ってたけど本当かなぁ?」

「魔族の名乗りは本当でしょうな。当方の集めた名だたる勇士達が、どれだけ頑張ってみても傷一つ負わせられずに終わったのですから。しかも腕の一振りで形も残らぬとなると……武力では何ともなりません、というよりできません。いっそ滅びるやも知れませんな」

「……どうにかならん?」

「魔族の相手なんぞ帝国しかできんでしょう。であれば、あの魔族も言ってましたが帝国に泣きついてみるしかないですなぁ。ただ……」

「それ名案。採用」

「……おほん。ただ、ここ何代にも渡って迷惑掛け通しであった我等の要請を受け入れるかどうか」

 この宰相、常識人であったがため、前国王や前王太子には疎まれて閑職に追いやられていた。現国王はちゃんと意見を述べてくれて尽くしてくれる人物を探していた所、条件に合致したので即採用されている。……前王太子が鬼将軍にやられて前国王はやる気をすっかり無くし、あれよあれよという間に崩御した。残ったのは帝国許すまじと気炎を上げる、現国王にしてみれば「お前等アホか?」と疑わざるを得ない者を排除したら、この宰相だけだった、という話だったりする。

「……僕のせいじゃないのに。……どうしても無理かなぁ?」

「泣きそうな顔で聞かんで下さい。泣きつくにしても魔族の情報は伏せるしかありませんな」

「……何処かに援軍を頼んでもいいが、自分の存在を隠しておけって話? どっちにしろ滅ぼされるんじゃ意味ないんじゃない?」

「皆殺しと奴隷との違いですが……前者がよろしいですか? 付き合えと仰るのなら付き合いますが……」

「後者でお願いします」

「……はぁ、王様。お気持ちは分かりますが、せめて私の前でも王様らしくあって下さい」

「無理言わないで!? 鬼将軍の時は兄貴のせいで俺まで殺されるところだったんだよ!? 転がり込んできた王位なんて欲しければあげるよ!? あ! それ良い! 宰相! 今日からお前が国王!」

「……んな話が通るわきゃ無いでしょうが。殺されるの前提で王様になりたい者が何処におりますやら」

「……ですよねー」

 こんな感じで既に心を粉砕されていた二人であったのだった。尚、魔族の事を伏せておいた事を後日謝罪したのだが、

「ベルタエル国王様の親書のお陰で魔族が存在する可能性を考えられたので不問です」

 とジュリエッタから返答があり、国王と宰相は腰砕けに安堵するのだった。ちなみにその救援要請の親書には、

「レアムから1人の男が宣戦布告しにやってきた。鬼将軍の怖さを嫌という程知った自分が、金に物を言わせて集めた勇士が一斉に襲いかかるも、一切傷を付けることができず、かつ腕の一振りで形も残らないという惨状を生み出して帰っていった。お願いです。滅亡しそうです。助けてください」

 といったものだったが、書面は妙に軽いお願い口調で書かれていたが、内容は重かった。アシュカノン皇帝はどうしたものかとジュリエッタにのみ、この内容を伝えた。というかそんな所業、普通の人間にできるわけがないので、ジュリエッタは準備を講じていたというお話。ジュリエッタが周りに伝えなかったのは、大事になるのを避けるため、なにより流石に半信半疑だったからである。だって魔王経験者なんだもの。綻びがあるなんて思いもよらなかったのが実情。
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