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2、協奏のキャストライト

130、私は選ばれないぞ、ばかなハルシオン

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「え、ええ……っ?」
  
(いるの? 神様って、いるの? そんなはずない。いやいや、いないよ。いないって)

 神様がいないから、カントループはずっとひとりぼっちだったんだよ?
 神様がいるなら、なんでカントループを助けてくれなかったのかな? すっごく助けを求めてたんだよ? 
 誰か助けてくれ、苦しいって、ずっと叫んでいたんだよ?
 
(でも、……今のって、そうじゃないのか? すっごくすっごく、神様っぽくなかったか?)
 
 青年のハルシオンの心が混乱と感激に震える。
 その視線が、手が、サイラスへと向かう。 

「か、神様が、私を見守っている……っ? そうだ。そうだ。見てる。見てくれてる……っ」

 だから、このタイミングで声をかけてきたんじゃないか。
 見てるぞって。
 お前、それじゃだめだぞって、神様が言ってくれたんじゃないか?
 
「わ、わ、私は、好ましい人間になるんだっ……なりたかったんだ……」
 
 この心は、理解してもらえるのだろうか。
 声は、きいてくれているのだろうか。
 私は気にかけてもらっていて、より良い方向へと導いてもらえるのだろうか。
 
「……シュネーさんの大切な男を見捨てて、彼女に好かれるわけないじゃないかって、思ってたところで……っ」
 
 サイラスは、良い友人になれるかもしれない男じゃないか。
 でも、私は「死んでよかった」なんて思ってしまうんだ。

 情緒が乱れて仕方ない。
 自分という生き物に対する嫌悪と、失望と。
 神に対する畏敬の念と、感動と。
 たくさんの感情が自分という器の中で煮込まれて、どろどろだ。
 
「助ける。助ける。助けます」
 それで彼女が私のものじゃなくなっても、ここで見捨てるより、ぜんっぜんいい。
 その方がきっと、私は自分を誇ることができるんだ。
 
「し、し、仕方ないなぁ、ノイエスタルさん。むかつくなぁ、英雄。なんで死んだんだろう、よりによって私の前で。ああ、嫌がらせかな。そうなんだ、きっとそうだ」
 
 ハルシオンは彼の胸に手をあてて、魔力を注いだ。
 真っ白な光が神々しくあふれる。治癒、再生の秘術。カントループの……旧人類の秘術だ。

「ああ、私の幸せな未来が。シュネーさんとのラブラブでイチャイチャな生活が。手を握るだけじゃだめなんだ。キスをしたりして、えへへ、その先だって……子供は男の子と女の子をつくってさ。そんな未来がみえたんだよ。なのにさ……」 
 
 なのに、サイラスが息を吹き返す。
 
「あー、心臓が動いた。ああ、呼吸した。ああ……生き返っちゃったぁ……」

 胸が上下して、まつげが震えて。
 生き返った。そう思った瞬間に、ハルシオンの目から涙があふれた。
 
「う……」 
 吐息を唇からこぼして、うめくように小声を発して、目を開ける。

「うわあ、うわあ。私は今、自分の手でハッピーライフにつづく道を閉ざしたんだ……もう一回殺しちゃだめかな」
「は……?」

 ぱちりと目があって、ハルシオンは自分の腕で涙をぬぐった。
 ライバルに泣き顔を見せるなんて、腹立たしいではないか。恥ずかしいじゃないか。
 
「あ~~、むかつくんだぁ、この……おはようございます、ノイエスタルさん。いやぁ~、いきなり死ぬからびっくりしましたぁ。なんで死んだんです? 嫌がらせ? いや、本当に腹立たしい。殴っていいです? 殴りますね?」
「はっ?」

 一発くらい許されるだろう。
 ハルシオンはポコッとサイラスの頭を叩いた。

「はー、あー、手が痛いですぅ」
 ……心が痛いです!!
   
 シュネーさんの大切なサイラスは、私が守ったぞ。
 助けちゃったぞ。くそぅ。

「お、れは……」
「次に死んだら許しませんからね。死ぬとしても私のいないところで死んでくださいね、いいですか、いいですね? もう助けませんからね」

 ハルシオンは手を伸ばした。

 握手をするように。
 起き上がるのを助けるように、手を差し伸べた。

「殿下が……助けてくださったんですか」
「ええ、ええ! 恩に着てくださいねえええ!! 感謝して……!?」 

 ぐっと手を握って引っ張ると、サイラスは言いたくなさそうに「ありがとうございます」と礼を告げる。可愛げがない、感謝が足りない。でも、その悔しそうな顔に、少しだけ胸がく。

「私に助けられて悔しいのですかノイエスタルさん? 私に格好悪いところをみせたのが恥ずかしいのですかノイエスタルさん? シュネーさんに黙っててほしいですかノイエスタルさん? んっふふ! だぁめ!」

「ほう……そういうことを仰るなら、こちらにも返す言葉はありますよ。殿下は泣いておられたのを内緒にしてほしいですか?」
「おや、生意気なことをおっしゃる!!」
   
 ハルシオンがライバルだと思っているように、サイラスもハルシオンをライバルとして見ているらしい。
 対抗心や敵対心が感じられて、ハルシオンは楽しくなった。
 
(そうだ、死んだらこんな風に会話ができなくなるんだ。そういうのを私は一番よくわかってるはずなのに)

「一緒にシュネーさんのところにいきましょう、ノイエスタルさん。同時にせーのでさっきの私みたいに手を差し伸べて、どっちが選んでもらえるか試すのはどうです?」
「……いいでしょう」

 ああ、調子に乗って負け戦を申し込んでしまった。
 私は選ばれないぞ、ばかなハルシオン。
 この男の手が選ばれるのを見ながら、私は手を引っ込めることになるだろうね――
 
「はぁ……」
「はぁ……」
 
 ため息をついたら、なぜかサイラスも同じように息を吐いた。

「真似しないでくださいノイエスタルさん」
「真似したのはそちらです殿下」
 
 白馬と黒馬に乗って、肩を並べて駆けていく。
 
 二人の大切な姫は、向かう先でミストドラゴンと青国の騎士と兄と預言者に囲まれていた。

 別の方向からは、紅国の騎士団や空国の騎士団も移動してくる。

「姫」
「シュネーさん!」
 二人は同時に特別な名前を呼び、馬から降りた。
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