悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
133 / 384
2、協奏のキャストライト

130、私は選ばれないぞ、ばかなハルシオン

しおりを挟む
「え、ええ……っ?」
  
(いるの? 神様って、いるの? そんなはずない。いやいや、いないよ。いないって)

 神様がいないから、カントループはずっとひとりぼっちだったんだよ?
 神様がいるなら、なんでカントループを助けてくれなかったのかな? すっごく助けを求めてたんだよ? 
 誰か助けてくれ、苦しいって、ずっと叫んでいたんだよ?
 
(でも、……今のって、そうじゃないのか? すっごくすっごく、神様っぽくなかったか?)
 
 青年のハルシオンの心が混乱と感激に震える。
 その視線が、手が、サイラスへと向かう。 

「か、神様が、私を見守っている……っ? そうだ。そうだ。見てる。見てくれてる……っ」

 だから、このタイミングで声をかけてきたんじゃないか。
 見てるぞって。
 お前、それじゃだめだぞって、神様が言ってくれたんじゃないか?
 
「わ、わ、私は、好ましい人間になるんだっ……なりたかったんだ……」
 
 この心は、理解してもらえるのだろうか。
 声は、きいてくれているのだろうか。
 私は気にかけてもらっていて、より良い方向へと導いてもらえるのだろうか。
 
「……シュネーさんの大切な男を見捨てて、彼女に好かれるわけないじゃないかって、思ってたところで……っ」
 
 サイラスは、良い友人になれるかもしれない男じゃないか。
 でも、私は「死んでよかった」なんて思ってしまうんだ。

 情緒が乱れて仕方ない。
 自分という生き物に対する嫌悪と、失望と。
 神に対する畏敬の念と、感動と。
 たくさんの感情が自分という器の中で煮込まれて、どろどろだ。
 
「助ける。助ける。助けます」
 それで彼女が私のものじゃなくなっても、ここで見捨てるより、ぜんっぜんいい。
 その方がきっと、私は自分を誇ることができるんだ。
 
「し、し、仕方ないなぁ、ノイエスタルさん。むかつくなぁ、英雄。なんで死んだんだろう、よりによって私の前で。ああ、嫌がらせかな。そうなんだ、きっとそうだ」
 
 ハルシオンは彼の胸に手をあてて、魔力を注いだ。
 真っ白な光が神々しくあふれる。治癒、再生の秘術。カントループの……旧人類の秘術だ。

「ああ、私の幸せな未来が。シュネーさんとのラブラブでイチャイチャな生活が。手を握るだけじゃだめなんだ。キスをしたりして、えへへ、その先だって……子供は男の子と女の子をつくってさ。そんな未来がみえたんだよ。なのにさ……」 
 
 なのに、サイラスが息を吹き返す。
 
「あー、心臓が動いた。ああ、呼吸した。ああ……生き返っちゃったぁ……」

 胸が上下して、まつげが震えて。
 生き返った。そう思った瞬間に、ハルシオンの目から涙があふれた。
 
「う……」 
 吐息を唇からこぼして、うめくように小声を発して、目を開ける。

「うわあ、うわあ。私は今、自分の手でハッピーライフにつづく道を閉ざしたんだ……もう一回殺しちゃだめかな」
「は……?」

 ぱちりと目があって、ハルシオンは自分の腕で涙をぬぐった。
 ライバルに泣き顔を見せるなんて、腹立たしいではないか。恥ずかしいじゃないか。
 
「あ~~、むかつくんだぁ、この……おはようございます、ノイエスタルさん。いやぁ~、いきなり死ぬからびっくりしましたぁ。なんで死んだんです? 嫌がらせ? いや、本当に腹立たしい。殴っていいです? 殴りますね?」
「はっ?」

 一発くらい許されるだろう。
 ハルシオンはポコッとサイラスの頭を叩いた。

「はー、あー、手が痛いですぅ」
 ……心が痛いです!!
   
 シュネーさんの大切なサイラスは、私が守ったぞ。
 助けちゃったぞ。くそぅ。

「お、れは……」
「次に死んだら許しませんからね。死ぬとしても私のいないところで死んでくださいね、いいですか、いいですね? もう助けませんからね」

 ハルシオンは手を伸ばした。

 握手をするように。
 起き上がるのを助けるように、手を差し伸べた。

「殿下が……助けてくださったんですか」
「ええ、ええ! 恩に着てくださいねえええ!! 感謝して……!?」 

 ぐっと手を握って引っ張ると、サイラスは言いたくなさそうに「ありがとうございます」と礼を告げる。可愛げがない、感謝が足りない。でも、その悔しそうな顔に、少しだけ胸がく。

「私に助けられて悔しいのですかノイエスタルさん? 私に格好悪いところをみせたのが恥ずかしいのですかノイエスタルさん? シュネーさんに黙っててほしいですかノイエスタルさん? んっふふ! だぁめ!」

「ほう……そういうことを仰るなら、こちらにも返す言葉はありますよ。殿下は泣いておられたのを内緒にしてほしいですか?」
「おや、生意気なことをおっしゃる!!」
   
 ハルシオンがライバルだと思っているように、サイラスもハルシオンをライバルとして見ているらしい。
 対抗心や敵対心が感じられて、ハルシオンは楽しくなった。
 
(そうだ、死んだらこんな風に会話ができなくなるんだ。そういうのを私は一番よくわかってるはずなのに)

「一緒にシュネーさんのところにいきましょう、ノイエスタルさん。同時にせーのでさっきの私みたいに手を差し伸べて、どっちが選んでもらえるか試すのはどうです?」
「……いいでしょう」

 ああ、調子に乗って負け戦を申し込んでしまった。
 私は選ばれないぞ、ばかなハルシオン。
 この男の手が選ばれるのを見ながら、私は手を引っ込めることになるだろうね――
 
「はぁ……」
「はぁ……」
 
 ため息をついたら、なぜかサイラスも同じように息を吐いた。

「真似しないでくださいノイエスタルさん」
「真似したのはそちらです殿下」
 
 白馬と黒馬に乗って、肩を並べて駆けていく。
 
 二人の大切な姫は、向かう先でミストドラゴンと青国の騎士と兄と預言者に囲まれていた。

 別の方向からは、紅国の騎士団や空国の騎士団も移動してくる。

「姫」
「シュネーさん!」
 二人は同時に特別な名前を呼び、馬から降りた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...