悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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3、変革のシトリン

166、そういう事情なら、ミランダのことは応援できませんわ

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 ――騒動の翌日。
 
 フィロシュネーは朝食を終えて船内の自室に引き篭もろうとするダーウッドを自分の部屋に引っ張り込んだ。

「わたくしが思うに、昨夜の騒動は《輝きのネクロシス》が関係していますわね? フェリシエンが怪しかったですし、他人に罪をなする手口がそれっぽいと思ったの」

 フィロシュネーが首をかしげると、ダーウッドはこくりと頷いた。
「昨夜は組織員も連携が取れていなかったようですな。まあ、フェリシエンは組織関係なく怪しい男ですが」
 
 では、やはり《輝きのネクロシス》の仕業だったのだ。
 
「あなたも参加していましたの……?」
「いえ」
 ダーウッドはふるふると身を震わせた。そして、さも『恐ろしい出来事に遭った』という風に語るのだ。
 
「アーサー陛下が海を泳いでみたいと仰ったのです。しかも小船で島々を巡り探検してみたいと……私は危うく小船に乗せられそうになったのですぞ……」

「そ、それは災難でしたわね……怖かったのね」
「それはもう。それはもう」
「素直でよろしい……お兄様には、あなたを小船に乗せたらダメって言って言っておきましょう」
 フィロシュネーはその現場を想像してそっと同情した。

 愚痴を言って満足したのか、ダーウッドは冷静さを少し取り戻した様子で話をしてくれた。
「カサンドラとシェイドが言い出してフェリシエンが渋々付き合ったらしいのは把握しています」
 
「国交に亀裂を入れようとしたの?」
「その理由もあるでしょうし、単に愉快犯というのもあるでしょうな、連中は」
 
 ダーウッドはそう言って船内の見取り図の数カ所を指す。
「ここがフェリシエンの部屋。ここがカサンドラの部屋。続き部屋にシューエンどのとシェイドがいて、集まるときは下層のカジノに……私は海が苦手なので、今回の旅では何もしないと言ってあります」
「正直に言うじゃない」
「どうせバレておりますから……」
 
 背中に哀愁が漂っている。フィロシュネーはくすくすと笑った。
 
「ダーウッドは何歳だったかしら? わたくし、小さい頃はあなたが神秘的ですごい存在だと思っていたのに、最近は同じ年齢みたいに思えてきてしまいましたわ」
「私は二百八十三歳ですが」
「そ、そう」
 
 二百八十三年生きるって、どんな感覚かしら。
 想像力を働かせようとして、フィロシュネーは挫折した。想像しただけで疲れる気がしたのだ。

「姫殿下。案外、気付いたら年月は経っているものですぞ。そして、思ったより自分の精神は成長しないのです」
 
 フィロシュネーの疑問を見透かしたように言ってから、ダーウッドは話題を変えた。

「姫殿下、アーサー陛下の婚約者候補についてはいかが思われましたか」
「ん……ミ、ミランダがいるのがちょっとびっくりでしたわ」
「婚約者候補たち……特にミランダ・アンドラーテ伯爵令嬢については、姫殿下も親しい方のようですし、お話をしておこうかと私も思っていたのです」

 そう言って共有してくれる情報に、フィロシュネーは驚いた。
 
「カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢は、アーサー陛下の初恋のモンテローザ公爵令嬢に似た外見をしています。それに、国内の勢力バランスを取る目的もありまして」

 なるほど、とフィロシュネーは頷いた。
 モンテローザ公爵令嬢を見たことはないが、白銀の髪に王族の瞳を持っていて、病弱だったせいで外見も幼くてとても華奢だったと聞いていたのだ。
 
「また、陛下が紅国でノーウィッチ外交官の職位を取り上げたので、分家のノーウィッチ家が反意を抱いている恐れがあり、主家パーシー=ノーウィッチ家の令嬢を婚約者候補にすることで人質……ではなく……機嫌を取ったわけですな」
 
 物騒な単語があった――政治の世界にはよくあることだ。フィロシュネーは笑顔を保ちつつ、続きを聞いた。

「アリス・ファイアハート侯爵令嬢は、紅国との外交強化に役立ちます。アーサー陛下が紅国で一目惚れをした疑惑があったため似た外見の令嬢を選びました。太陽神の信徒でもあり、興味深い……こほん」

 また不穏なことを言っている。
 確かに紅国の民が神様を信仰して魔法を使うのは、青国の魔法使いのあり方と違っていて興味深いが……。

(今はそれより、ミランダの方が気になるわ)
 フィロシュネーは先を促した。

「ミランダ・アンドルーテ伯爵令嬢は、空国との外交強化が見込めます。まあ、変態王とアーサー陛下が親しいので、わざわざ強化しなくてもよいのですが」

 ダーウッドは話を続けた。
 
「彼女、アーサー陛下が『ご自分が婚約してから姫殿下の結婚を許す』とご発言されたのを受けて、『ご自分がアーサー陛下を惚れさせて、姫殿下の縁談相手をハルシオン殿下に変更させることができないか』と分の悪すぎる賭けに出ているようなのですな」

「はっ……?」
 ――ミ、ミランダ?
 
 フィロシュネーは一瞬、理解できなかった。

 そんなフィロシュネーに言い訳するような猫撫で声で、ダーウッドは語る。
 
「主君想いなところが気に入りまして、……アーサー陛下を篭絡しようというのは気に入りませんが、したたかなのは私好みでしてな……?」

 ダーウッドはミランダがお気に入りらしい。
「わ、わたくしもミランダは好きよ」
「うむ、うむ。根は善良な人物で結婚後はアーサー陛下のことも守ってくれそうですし」

 安心した、という気配で、ダーウッドは説明を加えた。
 
「他の二人はソラベルが選んだのですが、正直、過去に恋をした相手に外見の似た候補者はどうなのかと思っていたものですから。アンドルーテ伯爵令嬢に機会を与えてはどうかと選んでみたしだいです」

 ――なるほど、なるほど。
 ミランダはハルシオンのためにアーサーを落とそうとしているのだ。
 そして、ダーウッドはそんなミランダを他の候補者より気に入っている、と。

「え、ええ……」

 だって、ミランダはハルシオンが一番大切なのだ。
 
 貴族令嬢なのだから政略結婚は珍しくないとはいえ、一番大切なハルシオンのそばを、そんな理由で自分から離れて他国の妃になるというのは……なんだか哀しいではないか。
 
 それでフィロシュネーの結婚相手がハルシオンに変えられても、フィロシュネーも困るではないか。
 
 兄アーサーにしても、ハルシオンのために利用されるだけの目的で惚れさせようとされるのは可哀想だし、失礼ではないか?

「ダーウッド、あなたはお兄様が可哀想だと思いませんの? ミランダは……わかりやすく言えば、ほ、他の大切な男性を幸せにするために、お兄様を誘惑して意のままに操ろうとしているということじゃない」

 フィロシュネーははっきりと宣言した。
「わたくし……そういう事情なら、ミランダのことは応援できませんわ」

「仰ることはわかります」
 ダーウッドは慌てた様子で共感を示しつつ、
「アンドルーテ伯爵令嬢も頑張っておられます。応援はなさらなくてもよいですが、アーサー陛下に彼女の思惑を吹き込んだりするのはやめてあげてください」
 と言うのだった。

(主君のために尽くす姿勢が気に入ったというけど、あなたはアーサーお兄様が大切ではないの?)
 フィロシュネーは問いかけたくなったが、我慢した。
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