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3、変革のシトリン
167、貴婦人たちの不倫事変1~ギスギス禁止でお願いします
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波音の穏やかな昼下がり。
フィロシュネーはネネイが主催する婦人専用サロンへと足を運んだ。
アリスを中心とした令嬢グループが、放火未遂事件について話している。
「アリス様は危うく罪人に仕立て上げられるところだったのですって? その割にご機嫌ですわね?」
「天才画家のバルトュス様が絵を描いてくださったのです……!!」
アリスは絵を自慢しながら、「この船には真実を暴く聖女様がいらっしゃるので、冤罪事件など起こせないのです」と笑った。
「フィロシュネー姫殿下が助けてくださったのです」
アリスの取り巻き令嬢たちが奇跡の使い手を見るような温度感でフィロシュネーを見てくる。
(ああ、この感じ。少しダーウッドの気持ちがわかるかも)
勘違いされている。なんかすごいことをしたのだろうと言う目で見られている。
謎のプレッシャーを感じつつ、フィロシュネーはミランダの隣に座った。
「姫殿下、青王陛下とお話しするときに姫殿下のお話をするととても喜ばれるのですよ」
ミランダはアーサーの話をしながらデザートを勧めてくれる。
「お兄様とお話が弾んだようでよかったですわ」
「ええ。陛下はとても大らかで話しやすい方ですね」
ミランダが勧めてくれる空国風の白桃パフェにスプーンをつけながら、フィロシュネーは複雑な気持ちになった。
「ミランダ、ハルシオン様はお元気?」
フィロシュネーが話を振ると、ミランダはパッと顔を明るくした。
「ハルシオン殿下はとてもお元気でいらっしゃいますよ。フィロシュネー姫殿下の婚約者候補ではなくなってしまわれたものですから、話しかけにくいと気にしておられて……」
「そ、そう」
「けれど、本当は姫殿下とお話したいと思っておられるのです。もしよろしければ、姫殿下の方から話しかけて差し上げてくださいますか」
「わかりましたわ、ミランダ――わたくしもハルシオン様とお話ししたいと思っていますの」
ミランダが嬉しそうな顔をする。『ハルシオンの幸せが一番嬉しい』という顔だ。
(わたくしがお話ししたい理由は「ミランダが婚約者候補になっている件についてどう思われますか」と聞いてみたいから、なのですけどね)
それにしてもパフェは美味しい。真っ白なクリームに爽やかな桃の果汁が合わさり、清々しい気持ちになる。
パフェの味が気に入ってスプーンを進めていると、アリスのグループが微妙に雰囲気が悪くなっていくのが聞こえる。
「でも……それってどうなのかしら。他のファンは距離感を保って絵を買うか、高額を投じて空国の後援会に入っているのでしょう?」
「ズルイですわ。マナーがなっていませんわ」
ひとりが疑問を呈すると、頷く者が現れる。すると、それに勢いを得たようにして賛同者が増えていく。
「ストーカーは良くないと思いますの」
「この絵、ご自分に似ていると思っています……?」
(あっ。アリス様が反感を買っていますわね)
そんな空気を敏感に察したのはフィロシュネーだけではなかったようで、狼狽えた様子の小声が耳に届く。
「ど、どうしましょう」
預言者ネネイの声がして顔をあげると、ぱちりと目が合った。
「照明、落とします?」
「ん……」
ネネイの目はフィロシュネーに「背中を押してください」と語りかけていた。
(なぜ、わたくしに?)
ネネイとは、個人的な交流がない。
フィロシュネーは困惑したが、その間にもサロンの雰囲気は悪くなっていく。
「アリス様って不躾ですのね」
「抜け駆けというのです、そういうの」
「婚約者候補の身分ですのに」
――照明を落とすとどうなるのか。
暗闇になることで、この方々はどんなリアクションをするのだろう。
と、フィロシュネーは好奇心をそそられた。
(ネネイ、試しに一度わたくしにやってみせてください)
フィロシュネーがこくりと頷くと、ネネイは即座に照明を落とした。
「あのぅ……ギスギス、禁止でお願いします……」
一瞬でサロンが真っ暗になる。暗くなるだろうと身構えていたフィロシュネーはそれほど驚かなかったが、他のメンバーたちはびっくりした様子で悲鳴をあげた。
「キャーッ!」
(ふふ、なるほど? 喧嘩どころではなくなったわね)
ミランダが肩を抱き寄せて護るようにしてくれているので、都市グランパークスにいた頃を思い出して、フィロシュネーは懐かしくなった。
それにしても真っ暗だ。これは照明を単に消すだけではなく、暗くなるような呪術を使っているに違いない。
「落ち着いてください……」
キャアキャアと騒ぐ貴婦人たちの声が、ネネイの声を聞いて少しずつ静かになっていくのもなんだか不自然だ。
「落ち着いたようなので、戻します……」
やがてネネイが神のように告げて、照明が元に戻る。すると、貴婦人たちは憑き物が落ちたように別の話を始めるのだった。
(……これ、精神に働きかけるような術を使っていないでしょうね……?)
ハルシオンがいつか使った呪術を思い出して、フィロシュネーはどきどきした。青国では精神に働きかける魔法はよろしくないとされているが、空国では当たり前に使われるのだ。
フィロシュネーはネネイが主催する婦人専用サロンへと足を運んだ。
アリスを中心とした令嬢グループが、放火未遂事件について話している。
「アリス様は危うく罪人に仕立て上げられるところだったのですって? その割にご機嫌ですわね?」
「天才画家のバルトュス様が絵を描いてくださったのです……!!」
アリスは絵を自慢しながら、「この船には真実を暴く聖女様がいらっしゃるので、冤罪事件など起こせないのです」と笑った。
「フィロシュネー姫殿下が助けてくださったのです」
アリスの取り巻き令嬢たちが奇跡の使い手を見るような温度感でフィロシュネーを見てくる。
(ああ、この感じ。少しダーウッドの気持ちがわかるかも)
勘違いされている。なんかすごいことをしたのだろうと言う目で見られている。
謎のプレッシャーを感じつつ、フィロシュネーはミランダの隣に座った。
「姫殿下、青王陛下とお話しするときに姫殿下のお話をするととても喜ばれるのですよ」
ミランダはアーサーの話をしながらデザートを勧めてくれる。
「お兄様とお話が弾んだようでよかったですわ」
「ええ。陛下はとても大らかで話しやすい方ですね」
ミランダが勧めてくれる空国風の白桃パフェにスプーンをつけながら、フィロシュネーは複雑な気持ちになった。
「ミランダ、ハルシオン様はお元気?」
フィロシュネーが話を振ると、ミランダはパッと顔を明るくした。
「ハルシオン殿下はとてもお元気でいらっしゃいますよ。フィロシュネー姫殿下の婚約者候補ではなくなってしまわれたものですから、話しかけにくいと気にしておられて……」
「そ、そう」
「けれど、本当は姫殿下とお話したいと思っておられるのです。もしよろしければ、姫殿下の方から話しかけて差し上げてくださいますか」
「わかりましたわ、ミランダ――わたくしもハルシオン様とお話ししたいと思っていますの」
ミランダが嬉しそうな顔をする。『ハルシオンの幸せが一番嬉しい』という顔だ。
(わたくしがお話ししたい理由は「ミランダが婚約者候補になっている件についてどう思われますか」と聞いてみたいから、なのですけどね)
それにしてもパフェは美味しい。真っ白なクリームに爽やかな桃の果汁が合わさり、清々しい気持ちになる。
パフェの味が気に入ってスプーンを進めていると、アリスのグループが微妙に雰囲気が悪くなっていくのが聞こえる。
「でも……それってどうなのかしら。他のファンは距離感を保って絵を買うか、高額を投じて空国の後援会に入っているのでしょう?」
「ズルイですわ。マナーがなっていませんわ」
ひとりが疑問を呈すると、頷く者が現れる。すると、それに勢いを得たようにして賛同者が増えていく。
「ストーカーは良くないと思いますの」
「この絵、ご自分に似ていると思っています……?」
(あっ。アリス様が反感を買っていますわね)
そんな空気を敏感に察したのはフィロシュネーだけではなかったようで、狼狽えた様子の小声が耳に届く。
「ど、どうしましょう」
預言者ネネイの声がして顔をあげると、ぱちりと目が合った。
「照明、落とします?」
「ん……」
ネネイの目はフィロシュネーに「背中を押してください」と語りかけていた。
(なぜ、わたくしに?)
ネネイとは、個人的な交流がない。
フィロシュネーは困惑したが、その間にもサロンの雰囲気は悪くなっていく。
「アリス様って不躾ですのね」
「抜け駆けというのです、そういうの」
「婚約者候補の身分ですのに」
――照明を落とすとどうなるのか。
暗闇になることで、この方々はどんなリアクションをするのだろう。
と、フィロシュネーは好奇心をそそられた。
(ネネイ、試しに一度わたくしにやってみせてください)
フィロシュネーがこくりと頷くと、ネネイは即座に照明を落とした。
「あのぅ……ギスギス、禁止でお願いします……」
一瞬でサロンが真っ暗になる。暗くなるだろうと身構えていたフィロシュネーはそれほど驚かなかったが、他のメンバーたちはびっくりした様子で悲鳴をあげた。
「キャーッ!」
(ふふ、なるほど? 喧嘩どころではなくなったわね)
ミランダが肩を抱き寄せて護るようにしてくれているので、都市グランパークスにいた頃を思い出して、フィロシュネーは懐かしくなった。
それにしても真っ暗だ。これは照明を単に消すだけではなく、暗くなるような呪術を使っているに違いない。
「落ち着いてください……」
キャアキャアと騒ぐ貴婦人たちの声が、ネネイの声を聞いて少しずつ静かになっていくのもなんだか不自然だ。
「落ち着いたようなので、戻します……」
やがてネネイが神のように告げて、照明が元に戻る。すると、貴婦人たちは憑き物が落ちたように別の話を始めるのだった。
(……これ、精神に働きかけるような術を使っていないでしょうね……?)
ハルシオンがいつか使った呪術を思い出して、フィロシュネーはどきどきした。青国では精神に働きかける魔法はよろしくないとされているが、空国では当たり前に使われるのだ。
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