悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
171 / 384
3、変革のシトリン

168、貴婦人たちの不倫事変2~わたくしはあなたを邪魔してさしあげる。これから、ずっと

しおりを挟む
 空国の預言者ネネイによりギスギス禁止を受けたサロンに、新たな話題を投入したのはカサンドラだった。
 
「殿方っていやですねぇ」
 視線が順番に貴婦人たちを巡り、カサンドラは優雅に扇をひろげて演説する。
「紅国の女王陛下は、これからは女性の地位を高く! 自由恋愛を推進! と仰せなのですっ! それなのに、時代遅れの価値観のままの殿方のなんと多いことでしょう」

 彼女が唱えるのは、夫シモンの不満だった。
 
「シモン様は私を人間だと思っていません。妻という名の駒か何かだと思っているのです――先日なんて、私の誕生日を無視して遊戯室でディオラマを直していて、お祝いを言ってくれなかったのですよ。あれは誕生日自体を忘れているのですね」
 
 すると、続々と紅国の貴婦人たちが夫の不満を唱え始めた。
 
「旦那様はわたくしが姑と喧嘩したときに姑の味方をするのです」
「あら、私の夫は私が嫁と喧嘩したときに嫁の味方をするのよ」
 正反対の立場の二人が「ん?」と一瞬考え込んでから「まあ、どっちにしても夫が悪い」と結論を出して。
 
「子供が生まれたら用済みだと仰り、その日からずっと何年も目も合わせなくなりました。寝室? 別ですわ~!」
「夫はチェスが得意で、初心者の私に相手をさせては得意げにチェス講座をするのですよ」

 数人が「チェスの方は実は惚気だったりしませんか?」と首をひねる。

「違いますわ、マウントというのです。夫は私にチェスの腕でマウントを取っているのです!」
 当人から反論が唱えられると、「そういえば我が家も」「貴国ではマウントというのですか、我が国ではハラスメントと呼びますの」「あら、我が国ではハラハラ面倒と呼ばれていますわ」と貴婦人たちの声が続く。

「私の家は夫の親族がマウントを交代でしてきますの。山脈ですのよ」
「実は我が家にも山脈がありますの……高いですわ」
「あら、我が家のマウント山脈だって高いですわよ」
 
 マウント山脈とはなにかしら。
 そして、なぜマウント山脈の高さを競い始めているのかしら?

 いや、フィロシュネーにもわかる。
 マウントとはマウンティング。
 動物が自己の優位性を示すために相手にまたがることをいう。
 人間の場合、物理的に上に乗っかるのではなく、「自分はあなたより優れていますよ」と言葉で上下関係を作ろうとするのだ。

(どちらかというとわたくしが高くそびえる山なのでは?)
 フィロシュネーは自分の言動を振り返った。
(わたくしは一番特別です。当たり前じゃなくって……? あら? それってマウント? 貴族社会における階級制度や名誉文化は、先祖代々受け継がれた大いなるマウント山脈では? 世の中はマウントでできているのでは?)
 
 ネネイが、「そうですね」と首をかしげている。 
「き……貴族社会での婚姻は……、政治のためにすることが多いのですし、空国や青国はもちろんとして、紅国でも男尊女卑の風潮はまだ根強く……よくあること、ですね」
 ホスト国であり照明落とし役のネネイが会話に参加したので、貴婦人たちは「この話は同調してもいいのだ」と認識した様子でますます話に花を咲かせた。

「しょせん、わたくしたちは後継を作るための道具でしかありませんのよ」
「恋愛は伴侶以外とするものですわね~」

 貴婦人たちが楽しげに笑う中、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人が重い口を開いた。
 
「あの方は……ソラベル様は、私に興味がありませんの……」

(あっ、ウィスカ様がモンテローザ公爵のお話を……)
 フィロシュネーはどきりとした。
 様々な噂のあるウィスカ・モンテローザ公爵夫人が夫であるソラベル・モンテローザ公爵の愚痴をこぼしたので、サロンの全員が身を乗り出している。

「ソラベル様のお心にはずっと別の方がいて、……見向きもされません……し、仕方のないことです。初婚ではないのですし、二百歳近く生きていらっしゃるのですもの、年齢差が大きすぎます……」

「ウィ、ウィスカ様……!」
 儚げな公爵夫人のいまにも泣き出しそうな声は、サロン中の同情を引いた。それを受けて、カサンドラが「私は味方です、ウィスカ様」と付け入るような気配を見せている。フィロシュネーは、「カサンドラの思い通りにしてはいけない」という勘のような感覚をおぼえた。

「そこで、私に提案が……」
「失礼しますわ、カサンドラ様」
   
 ここは青国の王族として黙ってはいられない――フィロシュネーはカサンドラの声を遮ってウィスカの隣に移動し、その手を取った。

 ほっそりとした手は、手首が折れてしまいそうなほど弱々しい。
「フィロシュネー姫殿下……」 
 泣きだしそうなウィスカの目を覗き込み、フィロシュネーは優しい笑みを浮かべた。
「ふふ、ウィスカ様。ご安心ください」
 頼るべきはカサンドラではなくフィロシュネーなのだ、とここにいる全員に知らしめるのだ。
「わたくしが力になります。青空と神鳥の加護のもと、聖女にしてエリュタニアの王妹にしてノルディーニュの友、フィロシュネーが、本日この場にお集りの皆さまに申しましょう、……わたくしは女性の味方ですの。当たり前じゃなくて?」

 サロン中の視線が集まるのを感じる。
 カサンドラは扇で口元を隠している。目が合うと「素敵」と微笑みの追従ついしょうを返してきたが、フィロシュネーは彼女の苛立ちを感じ取った。

(カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人……また悪さをしようとしましたのね? だったら、わたくしはあなたを邪魔してさしあげる。これから、ずっと)
 
 ダーウッドの話によれば、カサンドラたちは理由もあるが愉快犯的な部分もあるらしい。
 それならば、更生を期待するのも難しいだろう。

(捕まえちゃいましょう。前科もあるのだもの。証拠を集めて……)
 フィロシュネーは考えた。
 悪事を防ぐ。防ぎつつ、悪巧みの証拠を集める。そうして、裁くのだ。
 
 カサンドラは紅国の貴族夫人の身分を持っている。
 青国の在り方も以前とは少し違っていて、王族が絶対権力を振りかざして終わり、とはならない。
(いいじゃない。遊戯のよう)

 あなた、わたくしがダーウッドから《輝きのネクロシス》の企み事を聞いていると知らないのよね?
 わたくし、聞きましたのよ。

 ――フェリシエンとカサンドラがシューエンを篭絡した手口を、聞きましたのよ。

(うふふ……)    
 フィロシュネーは美しい瞳をサロン中に巡らせて、晴れ空を渡る涼風のように声を響かせた。
(わたくしは、許しません) 
 
「待遇改善を公爵に命じても良いですし、離婚して良い縁を探すのでも良いですわ。わたくしは、ウィスカ様や皆さまの幸せのために支援を惜しみません」

 具体的に何をするのかは一切口にしていないが、貴婦人たちは目を輝かせた。

「姫殿下、我が家のマウント山脈もなんとかしてくださいませ」
 
(あなたのおうちのマウント山脈をどうしろと言うの)
 内心でたじろぎつつ、フィロシュネーは覚悟を決めた。

「ここにいる皆さまは、わたくしの庇護と支援の対象です。なんとかしましょう」
 
 ――どうやって? 
(シュネー、言ってしまったわね? 王族の言葉は重いわよ。責任を取るのよ……?)
 
 内心冷や汗もののフィロシュネーだったが、サロンはおおいに盛り上がった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...