悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
186 / 384
3、変革のシトリン

183、姫殿下は、まだ十五歳であらせられるのですもの

しおりを挟む
 話し合いの結果。
 競売場の会場は変えることになり、ミランダは青王の婚約者候補から外れることになった。
 
(ミランダ本人がどう思うかしら……) 

 フィロシュネーが気にしていると、ハルシオンはずんずんとミランダに近寄って行った。

 こほん、こほんと何回か咳払いして喉の調子を整えるようにしてから大きな動作で両手を広げる様子は、フィロシュネーには芝居がかって見えた。

「ミランダ~! 突然ですが、ミランダには婚約者候補から外れてもらいまぁす!」

 その明るい声に、フィロシュネーは出会ったばかりのハルシオンを思い出した。

 以前よりも演技臭い。これはきっと、意識的に以前のように振る舞おうとしているのだ――フィロシュネーはそう思った。
 
「ハルシオン殿下……!?」 
「これは私の決定なので、拒否権はありませんッ、今からミランダはまた私の騎士です。はい、今から!」

 ――強引!

 周囲が呆気にとられる中、ハルシオンはぐいぐいとミランダを引っ張って客船に引き上げていく。

(ちょっと照れていらっしゃるのでは?)
 ほんのりと耳が赤くなっているのを見て、フィロシュネーは微笑ましい気持ちになった。

「びっくりしましたわね。何事ですの?」
「空国の王兄殿下はいつもあんなだよ」
 
 招待客たちがざわざわしている。

 空王アルブレヒトは「兄が驚かせてすみません」と声をかけて、事情を説明した。

「我が国の預言者ネネイが本日、預言をしたのです」

 朗々とした説明の声が注目を集めている。宴は人が多い――浜辺の宴会場の様子を見ていたフィロシュネーは、ふとサイラスが令嬢に囲まれていることに気付いた。

(もてている……)

 令嬢たちは頬を染めていて、フィロシュネーは複雑な気持ちになった。

(わたくしの婚約者は格好良いでしょう?)
 という、自慢に思うような気持ちと。
(でも、あんまり気を惹こうとしちゃだめよ……)
 という、もやもや、はらはらとした気持ちだ。
  
「フィロシュネー姫殿下」
「あ、……はいっ……?」
 ぼんやりと見ていると声をかけられたので、フィロシュネーはビクッとした。

 視線を向けると、サロンメンバーの貴婦人が数人集まっている。
 
「先ほどの件についてなのですけど……」
(先ほどの件?)
 
 フィロシュネーがきょとんとしていると、彼女たちはお互いに視線をあわせてもじもじしながら次々と言った。
 
「私は感謝しているのです。だって、夫は変わりましたもの」
「わたしもです」
「私の新しいパートナーは、すごく良い方なんです。倫理観もしっかりしています」
「意識改革は素晴らしいとおもいます! 今度もぜひ進めてまいりましょう!」
「先ほど言えればよかったのですが、保身に走ってしまって……次からは声をあげますわ」

「え……」
 フィロシュネーは目を丸くした。

「申し訳ありませんでしたわ」
「申し訳ございません」
 
 なにを言われているのかは、わかった。

 カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人に悪意のある言葉を言われたときのことを謝っていて、フィロシュネーに「フィロシュネーの対応に自分たちは満足している」と教えてくれているのだ。
  
「あ……ありがとう、ございますわ」

 自分自身、完璧な対応ではなかったと思っている。

 冷静になって「よくなかったかしら」と思っていた部分があっただけに、突然の好意に囲まれたフィロシュネーの胸には不思議な感動があった。
 
 自分のこころのじくじく痛んで弱くなっていたところを、不意打ちのように撫でてもらったみたいで。
 くすぐったくて。
 じぃん、と震えて、熱くなって、嬉しくなる。

(だって、わたくし……)
 こっそり、落ち込んでいたところがあったのだ。気にしていたのだ。

「……わたくし、本当は、自信をなくしていましたの。強引すぎたり、過激すぎる方策だったかしら、って……。至らないところもあると思いますけど、みなさまと一緒に今後のことを考えていきたいですわ」
 
 まつげが震えて、油断するとぽろりと涙をこぼしてしまいそう。
 フィロシュネーは鼻の頭をすこし赤くして、はにかむように微笑んだ。

 周りにいるのは、二十代や三十代、四十代の夫人たちだ。
 十五歳のフィロシュネーよりも、みんな大人で、年上だ。
 彼女たちは敬意と親しさのまざる笑顔で、代わる代わる、あたたかに言うのだ。

「姫殿下は、まだ十五歳であらせられるのですもの。ご年齢をかんがえると、至らないどころかとっても民や臣下を想っていらして、頑張っていらっしゃいますわ」
 
 ――励ましてくれるのだ。
 優しく、お姉さまみたいな温度感で。
 
「ええ、ええ。姫殿下は不遇な身分にある女性を救いたいというお気持ちを示してくださっただけでも、素晴らしいことなのですわ。そのお気持ちを示されたという事実だけでも、女性たちにとっては頼もしく、希望を感じさせてくれることなのです」

「最適な方策を練ったり、姫殿下のお考えを補佐して穴を埋めたり軌道修正するのは臣下の務めでもあるのですわ」

「結果的にあたくしたちは幸せですし、男性の意識を変えることは、世の女性のためにも間違いなく良いことだとおもいます」

 はっきりと味方の温度感で笑って、元気づけてくれるのだ。

「強引というのは、あの空国の王兄殿下みたいな方をいうのですわ!」
「まあ、うふふ! さきほども、すごかったですわねぇ」
「おほほほ……あの殿下はいつもああですの」

 ハルシオンと比較するようにして笑い、フィロシュネーの気持ちを軽くしようとしてくれている。

「あ……ありがとぅ……」

 このままでは、ほんとうに泣いてしまうのではないかしら、わたくし? フィロシュネーが顔を赤くしていると、貴婦人たちは別の方向をみてにこにこした。

「姫殿下の婚約者様がいらっしゃいましたわ」
  
 サイラスが令嬢たちの輪に背を向けてこちらへとやってくる。

「見ました? 私は見ていました。愛しの姫君のところに行くのでついてこないでほしい、と、後ろをついてくる令嬢にきっぱりお断りを入れていましたのを」
「きゃ、素敵じゃないですの~」

 フィロシュネーの周囲で貴婦人たちがはしゃいでいる。

「いつもサロンで姫が親しくしていただいている方々ですね。ご挨拶するご縁を嬉しく存じます」 

 サイラスが挨拶すると貴婦人たちは競うように挨拶をして、「今、あたくしたちはこんな話をしていました」と直前までのフィロシュネーにしてくれていた「夫が変わった話」や「新しいパートナーが良い人物である話」「意識改革が世の中の女性にとって望ましいと思われるという意見」を浴びせかける。

「アルメイダ侯爵夫人が噂していましたけれど、ノイエスタル神師伯様が婚約者である姫殿下に『まるで悪人』とおっしゃったというのは真実ですの?」
「まあっ、ひどい! どうして婚約者にそのようなことをおっしゃるの」
「姫様がおかわいそうですわ」

 その話す内容がだんだんと不穏になっていったところで、周囲がパッと暗闇に閉ざされる。

 空国の預言者ネネイの呪術だ。いつの間にか、近くにいる。

「キャーーーッ!」

 驚いて声をあげる貴婦人たちに「浜辺でも暗闇は提供できますので、争い事はなさらないようにおねがいします」と告げたネネイはささっと明かりを戻した。

「それでは、船旅を引き続きおたのしみください」

 締めくくる声は、いつもの弱気な雰囲気ではなくて、いたずらな少女な気配をまとっていて、表情は明るかった。

「……♪」

 空王アルブレヒトのそばに戻って行くネネイは、機嫌がいい。

(あれはきっと、ダーウッドの言葉よりも自分の言葉を重く扱ってもらえたのが嬉しかったのね)
 フィロシュネーは、そう思った。  

「油断しましたわ~! もう、預言者様ったら」
「くすくす、お外でも油断できませんわね」

 貴婦人たちは、もうすっかりネネイの暗闇にも慣れたようで機嫌を損ねることなく笑っている。

 ――旅って、不思議。

 潮風にさらさらと白銀の髪を遊ばれながら、フィロシュネーはその心地よさに目を細めた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...