悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
189 / 384
3、変革のシトリン

186、兄さんは恋をしたことがあるから/陛下は困った方ですな!

しおりを挟む
 空国のミランダ・アンドラーテ伯爵令嬢が婚約者候補から外れた。

「残る候補者はアリス様とカタリーナ様ですが、お兄様的にはどちらの方がよろしいとお考えですの?」
  
 綺麗な赤色のベリーソーダで喉を潤して、フィロシュネーは兄である青王アーサーに視線を向ける。
 アーサーとフィロシュネーは浜辺の宴の中、白テントで短時間だけ兄妹水入らずの時間を取ったのだ。
 
 もっとも、丸テーブルを囲むように配置された椅子に座るのは、アーサーとフィロシュネーだけではない。サイラスも同席している。
 アーサーは「お前はなぜ遠慮しないのか」という眼差しだが、サイラスは金のワイングラスを傾けて、堂々とまざっていた。

「……そうだな。シュネー、兄さんは、アリス嬢よりはカタリーナ嬢が婚約者がよさそうだと考えている」

 どうやら、アーサーは婚約者をカタリーナにする方向で考えている。
 フィロシュネーは妥当だと思った。アリスは見るからに兄に気がなさそうで、義務感たっぷりだったから。
 
(アリス様の外見は、紅国の女王陛下に似ていたのだけど……お兄様の好感度はカタリーナ様の方が上よね。カタリーナ様はモンテローザ公爵令嬢に似てて……わたくしが思うに、お兄様って、か弱い感じの令嬢がお好みなのでは)
 
 思えば、兄の初恋として有名なモンテローザ公爵令嬢は病弱であった。次に心奪われたらしき反応を見せた紅国の女王陛下は、ふらふらと倒れかけたところだった。
 
 そして婚約者候補のカタリーナは、もともとモンテローザ公爵令嬢に似ているアドバンテージがあったところに、刺されて海に落とされ、寝込むというトラブルがあったのだ。
 兄のハートを射止められる条件があるとすれば、それを十分満たしている――フィロシュネーはそう考えた。
 
 ――殿方は、儚げで弱々しい淑女に庇護欲をそそられる……。
 自分の愛読する恋愛物語の知識と照らし合わせ、アーサーとサイラスを順に見て、フィロシュネーは「まさに」と思った。
 
「わたくしは、応援いたします。カタリーナ様とお兄様はお似合いだとも思いますわ。……ご、ご参考までに、……」
「うむ?」
 
 フィロシュネーは声をひそめた。王族の瞳に好奇心の光をいっぱい輝かせて。

「す、好きですの? 好きになりましたの?」
「……」

 アーサーはそんな妹から視線を逸らし、ワイングラスを傾けた。
 
「シュネー、兄さんには特別、恋い慕う感情はない。兄さんは以前、恋をしたことがある――あれとは違う。あのような情は、二度と誰にも覚えぬであろう」
 
 アーサーの声には真実味があった。照れ隠しではなさそうだ。

「そ、そうですの。……で、でも、最初は愛のない政略結婚から始まる夫婦でも、あとから愛が芽生えたりするケースはあるようですから、これからですわね」
 
「シュネー、兄さんの結婚は、あくまで政治的な目的によるものだ……愛など、なくてもいいのだ。相手をないがしろにはしないし、悲しませたりもしないが、ほどほどに良好な仲であればいい……」
 
 兄の移り気な空の青の瞳には、形容しがたい情が揺れていた。
 
 喪失感のような。悲しみのような。
 後悔のような。淋しさのような。
 罪悪感のような。痛みに耐えるような。
 ――胸が締め付けられる、切ない感情だった。
 
(ああ。お兄様は、……亡くなった婚約者のモンテローザ公爵令嬢を、まだ愛していらっしゃるのだわ)
 フィロシュネーはそれに気付いて、目を伏せた。

 ……考えが足りずに、はしゃいで、兄のこころの繊細な部分に切り込んで、傷に触れてしまった。
 
「不躾なことを聞いてごめんなさい、お兄様」

 しゅんとなって謝れば、アーサーは慌てた様子で首を振って微笑みを浮かべた。

「いや、大丈夫だぞ、シュネー。シュネーはなんでも聞いていい。兄さんはなんでもこたえる。俺たちの間には、一切の遠慮は不要だ。……たった二人だけの兄妹なのだから」

 
 * * *

 
 兄との話を終えたフィロシュネーが宴から引き上げて客船の自室に戻ろうとすると、死霊がふわふわと足元を付いてくる。青国からついてきた死霊だ。
 
 死霊は、もやもやとした煙の塊のような体でなにかを抱えていた。冊子のように見える。なんだろう、と気にしながら、フィロシュネーはサイラスを見上げた。
 
「サイラス、死霊はどうして付いてくるのかしら」
「懐いているのでは」

 まるで小動物扱いだ。死霊は小動物とは違うでしょうに――もやもやした感情を胸におぼえつつ、フィロシュネーは自室に入った。

「こら。お前はいけませんよ」

 部屋に一緒に入ろうとする死霊を、サイラスがとがめる。

 死霊はもやもやした体を揺らし、愛嬌を感じさせる動きでさきほどから抱えていた冊子を差し出した。

「くださるの?」
 フィロシュネーは差し出されたものを受け取り、「ん?」と首をかしげた。

 それは、日記帳のようだった。
 
「ふむ? 姫に仲良くしてもらっている娘の日記、と伝えたいようですよ」

 サイラスが死霊の意思を教えてくれる。

「んっ……? わたくしと、仲良し……?」

 フィロシュネーはすこし考えて、サイラスと死霊を部屋の中へ招いた。
 

 * * *


 寄せては返す波の音、人々が宴を楽しむ声。
 
(楽しそうで結構。私はぜんぜん楽しくありませんが)

 青国の預言者と呼ばれる《輝きのネクロシス》の呪術師ダーウッドは、仲間であるカサンドラ相手にネネイへの恨みをこぼしていた。
 
 空国のミランダ・アンドラーテ伯爵令嬢が婚約者候補から外れた。
 しかも、競売場の会場も変えられてしまった。
 《輝きのネクロシス》が黄金の林檎を狙っていることまでばらされてしまった。

「あの小娘……預言と嘘をついて。アーサー陛下は、預言を聞くべきだとおっしゃって……私が預言を言わないように、牽制けんせいまで! あの陛下が! 私にですよ!」 

 悔しそうに震える涙目に、カサンドラは「あらあら」と肩をすくめる。
 
「ダーウッドぉ、やはり、あの子は殺しといたほうがよかったのではありません?」
「カサンドラ、私も今、そう思っていたところです」
「それにしても可哀想ね。青国の預言者ちゃんは、王様に味方してもらえなくてご機嫌ななめなのねぇ」
「……!!」
  
 カサンドラは爪に赤い塗料を塗りながら「せっかく会場に仕込みをしたのに。空国勢が会場を調べる前に痕跡を消しておこうと、今ワンちゃん一号がせっせとお片付けをしていますよ」と笑った。

 ワンちゃんとは、シェイドのことらしい。
 では二号は誰かというと、元青国貴族のシューエンだ。
 
「あの令息も、せっかくアーサー陛下に重用されていたのに……恩を仇で返すような振る舞いをして」

 ダーウッドは世を嘆いた。

「なぜ、世の中は思い通りにいかないのでしょう。ミランダ・アンドラーテ伯爵令嬢にしても、私が一番、気に入っていた令嬢ですぞ」

 過去の想い人に似た容姿の令嬢だと、代わりのようで嫌ではないか。あのミランダの方がよいではないか。
 主君想いで、健気で、能力も高い。しっかりしていて、母性的なところがある。

「競売はどうします? ダーウッド。警備はますます厳重になってしまって、日にちはない、と……。あなたが責任を取って黄金の林檎を手に入れてくださいます?」
「無茶を……私は、海が苦手なのですからして……」
「そもそも、なぜそれほど海が苦手なのです?」

 カサンドラが問うので、ダーウッドはトラウマを語った。
 
 そもそも、ダーウッドの生まれた家は、呪術の名家だった。
 入浴文化がない国であった。物心ついてからずっと檻の中にいた。
 身体は浄化の術で清潔に保っていて、水は飲むものでしかなかった。

「そのあと、青国の……あのソラベルですよ、彼が私を引き取ったあと、突然とんでもない広さの湯に沈めて、わ、わ、私は、あの海で死ぬかと……頭まで沈められて……上からも湯をかけられて」
「それは、お風呂ね……あら。いとしの青王があなたをお探しですよ」
 
 カサンドラが指さす方を見れば、自分を探す様子の主君がいる。つい先ほどまで、王妹となにか話していた様子だが、用事は済んだらしい。存在感のある青王の姿をみて、ダーウッドは口の端を笑ませた。

「陛下は、困った方ですな! 時間があるなら、婚約者候補に話しかけにいけばいいのに。あの方は少しおそばを離れただけで私をあのように探すのです。困った方です、まったく、まったく」
「あらあら、嬉しそうでなにより、くすくす」
 
 カサンドラに茶化されながら、ダーウッドはフードを深くかぶって自分の主君のもとに向かった。

(――嬉しそう?)
 
 そうだ。嬉しいのだ。
 
 あの青年王が自分を構いたがるのが、依存してくれるのが、気持ち良い。
 私が彼の一番だと感じる瞬間、特別な存在だと思うとき――私は嬉しくて、はしゃぎたくなるのだ。

 ……その自覚はなんだか罪深くて、ダーウッドはその本心を決して目の前の青年王には悟られてはならないと思った。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】完全無欠の悪女様~悪役ムーブでわがまま人生謳歌します~

藍上イオタ
恋愛
「完全無欠の悪女、デステージョに転生してる!?」  家族に搾取され過労で死んだ私が目を覚ますと、WEB漫画世界に転生していた。 「悪女上等よ! 悪の力で、バッドエンドを全力回避!」  前世と違い、地位もお金もあり美しい公爵令嬢となった私は、その力で大好きなヒロインをハッピーエンドに導きつつ、自分のバッドエンドを回避することを誓う。  婚約破棄を回避するためヒーローとの婚約を回避しつつ、断罪にそなえ富を蓄えようと企むデステージョだが……。  不仲だったはずの兄の様子がおかしくない?  ヒロインの様子もおかしくない?  敵の魔導師が従者になった!?  自称『完全無欠の悪女』がバッドエンドを回避して、ヒロインを幸せに導くことはできるのか――。 「小説化になろう」「カクヨム」でも連載しています。 完結まで毎日更新予定です。

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

処理中です...