悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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幕間のお話4

225、カピバラもいいけど、ハゲタカも可愛いと思わないか?

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 サン・エリュタニア青国せいこくで誰もが名前を挙げる大貴族といえば、ソラベル・モンテローザ公爵だ。
 青年と中年の間くらいの外見年齢で、自然を思わせる緑の髪をしている。瞳は、綺麗な橙色だ。ボタンや装飾の上品な足首丈のロングコートを纏った姿は風格がある。
 
 モンテローザ公爵の邸宅の応接間は、金色と青色が溢れる内装だ。

 天井がまず、黄金の華麗な装飾に覆われていて、円状の額の内側には神話を描いた名画が飾られている。絵画を愛する者は、この応接間でついつい上を見上げて見惚れてしまう。
 カーテン、ソファのファブリック、絨毯は青地に金糸装飾が凝らされていて、統一感がある。
 ミルク色の壁は金色の装飾が華やかで、壁にかけられた大きな鏡が、昼でも燈りっぱなしの燭台の光をきらきらと映している。
 窓は大きく、明るい日差しがこれでもかと室内の明るさを引き上げていた。

 ――目も眩むような、眩く高貴な部屋なのである。
 
「王都の名が『ステラノヴァ』、王城『サファイアキープ』。これまで、我が国は文化的に他国に遅れを拝していましたが、まずはこの名前をつけることから始めましょう」

 ソラベル・モンテローザ公爵は、にこやかに書簡を差し出した。
 自分の邸宅の応接間へと招いた相手――モンテローザ派の反対派閥筆頭であったパーシー=ノーウィッチ公爵へと。

「名前をつける。それがなんだというのか……まあ、反対はいたしませんがね」
  
 書簡を受け取るアーシバルド・パーシー=ノーウィッチ公爵は禿頭の壮年男性で、瞳は北方の冬空を思わせる碧眼だ。
 最近、愛娘カタリーナが結婚したばかりで、内心に寂しい思いを隠しているパパである。

 そんなパーシー=ノーウィッチ公爵へと、モンテローザ公爵は「ありがとうございます」と微笑んだ。そして、意外なことを言った。

「私は、妻が後継ぎを産んだのちに引退する予定です。ですがその前に、国内外の憂い事を少しでも減らしたいと思っておりましてね。例えば当モンテローザ家といえば、国内においては貴殿の家と、国外ではブラックタロン家との確執がありますが、次世代に引き継ぐにあたって、私は二家との仲を改善したいのですよ」

 パーシー=ノーウィッチ公爵はパチパチと目を瞬かせた。
 確かに、目の前のモンテローザ公爵家当主には、隣国のブラックタロン家当主と懇意にしているという噂がある。
 
 青国貴婦人たちの間では『青薔薇公爵が黒薔薇を愛でている』と喜ばれていて、パーシー=ノーウィッチ公爵の細君も「あらやだ、そんな、殿方同士で」と頬を染めて「それで、詳しいお話を聞かせてちょうだい」と噂の輪にまざっては、夫に報告してくるのだ。それはそれは、嬉しそうに。

「貴公と黒薔薇殿との仲は、妻も興味津々でございました。次は私と噂になろうとおっしゃるのですね」
「ご令息と噂になるよりはよいでしょう」
「妙な噂にならぬ付き合い方をなさっては、いかが」
「普通に付き合っていたはずなのですが、噂というのは勝手に妙な風に転がるものですからねえ」
 
 会話は弾む。
 中身の薄い、無駄な会話だ。時間がもったいない。しかし、これで二人は親しみを互いに深めているのだ。
 人間関係とは、頻度と時間である。パーシー=ノーウィッチ公爵家では、そう教育している。
 
 気が合おうと合うまいと、会話する頻度が高い人物は、親しみを持ってしまうのだ。
 モンテローザ公爵も当然、それを踏まえてパーシー=ノーウィッチ公爵と過ごす予定をどんどんと追加するのだろう。彼は加減を知らぬところがあるから、その頻度がおかしなほど高くなって誤解されやすくなるに違いない。

 明日も、明後日も、昼も、夜も。
 空いた時間を見逃すことなく埋めてきやがる。場所も変え、趣向も変え。親しい友人同士でもうんざりするような交流を迫るのだ。なんて危険な男だろう。狙われたら最後だ。

「預言者ではありませんが、預言しましょう」

 自分の予定を脳内で確認しながら、パーシー=ノーウィッチ公爵は預言した。

「貴婦人らは新たな噂話に花を咲かせますよ。青薔薇公爵が禿げた壮年男にまで食指を動かした、と」
「彼女ら、貴殿をなんの花にたとえて呼ぶでしょうね。気になるなあ」

 モンテローザ公爵はどうでもよさそうに相槌を打ち、視線を扉の方向に向けた。

「失礼。妻を紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」
「夫人公認の仲になってしまいますな」
「公認の仲にならないように事前にそういう関係ではないと説明しようと思いまして」

 なんとモンテローザ公爵は、妻に誤解されるのは嫌なのだと言う。
 パーシー=ノーウィッチ公爵は驚いた。この目の前にいる男に、そんな感性が備わっていたのか、と。
 それに、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人はお飾り夫人として有名でもあったので。

「ウィスカでございます」

 楚々とした風情で室内に入り、挨拶をしたウィスカ・モンテローザ公爵夫人は、なんとお腹が大きかった。

「懐妊しまして」

 モンテローザ公爵は、ふんわりとした微笑みを浮かべた。
 余裕と気品たっぷりの、上位者の微笑だ。
 
 どうだ、めでたいだろう。祝え――そんな凄まじい圧力をひしひしと伝える、恐ろしい暗黒微笑だ。
 
「……おめでとうございます」

 うっすらと額に汗を浮かべつつ、パーシー=ノーウィッチ公爵は祝辞を唱えた。この圧力に晒されて「夫人、たった今私は預言したのですが、我々はこれから衆道の噂をされますよ。公認でよろしくお願いいたしますね」という軽口を言えるものか。殺されてしまう。

「ウィスカ。アーシバルド殿とは、これから仲よくしようと思っているんだ。カピバラもいいけど、ハゲタカも可愛いと思わないか?」

 だというのに、圧力をかけているモンテローザ公爵自身はなにやら誤解を生みそうな言い方をする!

「大変、結構でございますね。応援しております……」

 ウィスカ夫人は、本気か冗談かわからない声色でそうコメントをして頭を下げた。とても美しい所作だ。儚げで、なんとなく陰があって、不憫な感じだ。夫モンテローザ公爵がこんな人物なのだから、大変だろう――憐れ。パーシー=ノーウィッチ公爵は、ウィスカ夫人に同情的な視線を送った。
 
 そんなパーシー=ノーウィッチ公爵を見て、モンテローザ公爵は満足そうに肩を揺らし、喉をくっくっと鳴らした。
 
「お前が不憫なので、パーシー=ノーウィッチ公爵は優しそうな顔を見せてくれたよ。お手柄だ」
「……ソラベル殿……」
「ほら、ごらん。今はしょんぼりした負け犬のような顔だ。可愛いだろう」
 
 上位者の声色で余裕たっぷりに言われて、「こちらが上位だ。わかるだろう?」と視線で釘を刺すように圧力をかけられると、もはや「失礼な」と怒る気にもならない。 
 自分は負けた――心の底で、そんな思いを抱きつつ、パーシー=ノーウィッチ公爵はかしこまって禿頭を下げたのだった。
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