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幕間のお話4

224、ギネスには子供が生まれ、黒馬と白馬は恋をして、サイラスは恋敵と文通する

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 季節がめぐり、世界情勢が変化する。自分もまた、変化している。
 
 紅国での公式年齢が二十六歳、実年齢は三十歳になったサイラス・ノイエスタルは、ク・シャール紅国の王都ミスティカにあるギネス・シルバーレイク三十四歳の家にいた。
 
 なんと、ギネスに子どもが生まれたのだ。女の子である。

「モニカというんですよ。可愛いでしょう!」

 デレッデレに蕩け切った幸せそうな顔をして、ギネスが赤子を抱き上げる。がしっと掴んで、豪快に抱き上げて、はしゃぐように揺らすギネスに、赤子は悲鳴をあげた。火がついたように泣いた。

「うぎゃあああ、おぎゃああああ」
「ほーらほら、モニカちゃぁああん。お父様でちゅよー、お父様のご主君でちゅよ~!」
「ふぎゃあああああ!」

 赤子は元気いっぱいに泣いていた。
 抱き上げられたのが悲劇で、生命の危機に瀕していると世界中にアピールするような悲鳴であった。
 
「あ、あなた。いけませんわ」

 ギネスの妻があわてて夫の手から赤子を救出する。すると、赤子はぴたりと泣き止んだ。

「元気いっぱいでしょう~! 可愛いでしょう~!」
「ギネスは赤子の扱いを学んだほうがいいのでは」

 サイラスは呆れつつ、シルバーレイク夫妻に祝いの言葉と贈り物を渡した。

 赤子モニカは、健やかだった。
 顔色がよく、やわらかで丸っこい体と顔をしていて、可愛い。

 サイラスは、自分より年下の子どもに慣れていた。
 青国の故郷の村では、年少の子どものために身を粉にして働いていたのだ。
 
 村でサイラスが世話をした赤子たちは、皆、モニカよりも弱々しかった。
 明日には死んでしまいそうで、心配だった。目を離せないような、それでいて、見ているのがつらいような。そんな存在だった。 

 サイラスは、そんな弱々しい生命をなんとか生かしたいと思ったものだ。村のためにあれこれとしていた原動力は、今にも死にそうな、放置できない弱者たちだった。思えば、彼らのおかげでサイラスの現在があるのだ。懸命に生きようとして、金を稼ごうともがいて、仕事をして――今のサイラスになったのだから。
 
 昔の自分を思い出し、サイラスは携行した鞄を手でおさえた。
 その中には、他国からの手紙が入っている。
 
 青国にいる婚約者、フィロシュネーからの手紙。
 彼女に内密で探し当てた、サイラスを裏切った幼馴染メアリの子がいる孤児院からの手紙。
 空国からの手紙もある。
 
 シルバーレイク家の外に出ると、空はからりと晴れていた。
 どこかの家の料理の香りを含んだ風がふわりと吹いて、サイラスの黒髪を揺らす。

 街道は物々しい雰囲気で、この一帯には女王の旗やカーリズ公爵の旗が多く掲げられている。
 武装した騎士たちが巡回し、物陰の隅々まで目を光らせている。現在、紅国は派閥争いが激化しており、内乱に発展しそうな危うい情勢だ。

「ひひん」
 待たせていた相棒の黒馬ゴールドシッターがいなないて首を振り、親愛の情を伝えてくる。
 
「待たせたな。帰ろうか」

 サイラスはひらりと愛馬の背に乗った。
 視界が高くなり、愛馬が歩きだす足取りにあわせて、心地よく背が揺れる。

「空国から手紙も届いているんだ。お前が気に入った白馬とつがうことができるぞ」

 相棒を喜ばせてやろうと思って、サイラスは打ち明けた。
 空国の厩舎に預けている間に、どうも黒馬ゴールドシッターは異国の白馬に恋をしたらしいのだ。

 その馬は、調べてみると、サイラスの恋敵であるハルシオンの馬だった。微妙な案件だが、他ならぬ愛馬のためである。
 政変が各国を襲い、大混乱の最中に、「遠慮していては望みは叶わない。希望は伝えるのだ」と思い切ったサイラスは、ミランダ経由で多忙極まりないハルシオンに手紙を出した。

 兄アルブレヒトが行方不明になり、責任重大な立場で余裕がないであろうハルシオンに「俺の黒馬があなたの白馬に恋したので、娶せてください」という手紙を送りつけるのは、空気が読めていないと自分でも思った。だが、ハルシオンはこころよく返事をくれた。

「ノイエスタルさんの黒馬はお目が高いですね、私の愛馬は可愛いお姫様ですから、心を奪われてしまって、今はさぞかしおつらいことでしょうね?」
 というような内容だった。

 手紙には黒馬の恋心に同情を示すような内容だけで、「どうぞ。お譲りしますよ」とは書いてくれていなかった。
 
 そのため、サイラスは再び手紙を書かないといけなかった。
「そう思うなら、ください」
 という内容の手紙を再び書いて、ミランダに頼み、またハルシオンに渡してもらった。

 すると、あのハルシオンときたら。
「ノイエスタルさんは、なぜ毎回ミランダ経由で手紙を渡すのですか? むかつきます」
 などという、意味不明な機嫌の損ね方をしたのだ!

 なにがいけないのだ。面倒なハルシオンめ。
 お互い忙しいのだから、変な拗ね方をしていないでさっさと「白馬をどうぞ」と書け。
 
 サイラスはむすりとしながら、手紙を送った。

「俺は実はミランダ嬢と親しいのですよね。個人的に。ですから、彼女を頼るのです。直接手紙を送りつけてほしいのですか? 嫌です。まるで親しい関係のようではありませんか。俺とあなたは、親しくありません。わかったら、納得してくださいね」

 完全に喧嘩を売っている。
 自覚しながらも手紙を送ると、今度は「白馬は譲りましょう」という返事がもらえた。ただし「ノイエスタルさんが浮気をしていると、私の姫に伝えます」という余計な文言付き!

 私の姫とは、フィロシュネーのことだ。サイラスにはわかる。
 それだけに、腹立たしい。

「私の姫とは、とんでもない暴言。かの姫君は俺のです。しかも、事実と異なる情報を流して姫君のこころを惑わそうなどと、とんでもない。外交官を通して問題扱いにしますよ」

 と、返事を書いて送ったサイラスは多忙な日々を過ごしながら「どうだ返事を書いて来るだろう、早く返事を寄こせ」と待った。
 
 返事は、すぐに来た。
 サイラスは「待っていたぞ」と飛びついて、手紙を読んで、また反論を書いて送った。
 ハルシオンが「全面的に私が悪かったです。ごめんなさいノイエスタルさん。反省しています」と書いても許してやらぬと思った。その考えはあちらも同じ様子で、ハルシオンは喧嘩腰の手紙を返し続けた。

 だから、二人の文通は延々と続いた。

 こちらが文句を言えば、あちらも返してくる。
 外交問題にしてやるぞと言いつつ、どちらも個人間の喧嘩のまま、とどめている。

 手紙を交わすうちに、サイラスは気づいた。
 
 自分たちは、お互いにじゃれあうようにして「俺はむかついています」「私もですよ」と、怒りを発散しあっている。日々のストレスを一緒になって発散しているのだ。
 
 自分が気付くのだから、あの聡明なハルシオンはとっくの昔に自覚しているだろう。
 
 そんなわけで、本日までサイラスとハルシオンは、お互いに自分の国の問題に対処するために大変多忙な身の上でありながらも、永遠に続きそうな文通での喧嘩をし続けている。
 

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