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4、奪還のベリル
243、両国の王が結婚して分裂国家をひとつの国に戻す、という勝手なお話が
しおりを挟む楽団の指揮者が指揮杖を振り、ワルツが始まる。
「私たちが親しくダンスを踊ることで、ニ国の関係は良好、と皆が安心することでしょう」
ハルシオンのリードは、優しくて控えめ。踊るというよりは一緒にのんびりと体を揺らしてリラックスしましょう、という雰囲気だ。
その白銀の髪が照明を浴びて、王冠の輝きに負けじとキラキラしている。
「二国の仲は昔からとても良好でしたから、心配している方などいらっしゃらないのではないかしら」
フィロシュネーは素朴な疑問を口にしたが、ハルシオンは「心配性の方々は、実にいろいろなことを心配するのですよね」と微笑んだ。
「空国が主催した航海でアーサー王が行方不明になられたので、責任問題だとか」
「ああ……」
「青国側の陰謀だとか」
「ええ……」
話題は物騒だが、リズミカルに床を踏み締めて踊る感覚は、気持ちよい。
靴音は軽やかで、けれど楽団の演奏するメロディのおかげで目立たない。
動きに合わせて視界が流れる。ハルシオンのリードは、優しくて控えめだ。
ダンスフロアの外側からフロアで踊るペアを見ている招待客たちが、ハルシオンの言葉を証明するようにざわざわしている。
「国王同士のダンスだ」
「過去に例のないことだぞ、素晴らしいではないか」
――注目されている。
フィロシュネーが気にしていると、ハルシオンはくすっと笑い声をこぼした。
「シュネーさん。ご存じですか。両国の王が結婚して分裂国家をひとつの国に戻す、という勝手なお話が、一部の臣下の間に出ているのですよ」
「えっ」
そよ風が誘うみたいにリードされて、フィロシュネーはくるりと回転した。
回転終わりのタイミングで自然に引き寄せるリードで二人の距離が縮まると、ハルシオンは「ほら、臣下が喜んでいますよ」とささやいた。
「遠い昔に分かれた国が、時を経てひとつに。と、そんなロマンを語る臣下もいるのです」
誘われて視線を向けると、なるほど、「お似合いですね」とうっとりした様子で微笑む貴婦人に、「歴史的な転換期かもしれませんな」と大声で笑う空国紳士たちの声が……。
(なんだか、随分とはっきり聞こえるような。距離があるからこんなに大きく聞こえないと思うけれど)
フィロシュネーが違和感を感じた瞬間、ハルシオンは「ネネイの呪術です」と種明かしをしてくれた。
「シュネーさんは、よくあれこれと物事のおかしな点や違和感に気が付きますね」
フィロシュネーは迷いながら、そっと問いかけた。
「ネネイは、ハルシオン様が呪術を使えないことを知っていますの?」
「さあ。私とネネイは、あまりお互いに立ち入った話をしないので。こちらからは伝えていませんが、気づいているのか、いないのか」
ダンスを見守る招待客の中、青国の預言者ダーウッドと並んでいる空国の預言者ネネイは以前よりも自信を感じさせる佇まいだった。
「二つの国に分かれているのも、私は良いと思いますがね」
ハルシオンは小声で言った。
「ええ。わたくしも、よいと思いますわ。その……以前、二つに分かれた真相を知ったのです」
「ふむ? 真相とおっしゃるには、歴史書に残された記録とは違う内容を知ってしまわれたのでしょうね?」
フィロシュネーは優雅なステップを踏みながら頷いた。
小声で自分が知った真相を話せば、ハルシオンは「その頃のオルーサは優しくて、他人の気持ちがわかる子だったんだね」と嬉しそうに呟いた。
「人はどうしても平等とはいかず、他人よりも自分が上でありたい、となりやすい生き物なのですよね……」
「わたくしは、今お兄様に王位をお返ししたくてたまりませんけど」
「気が合いますね。んふふ、私もです。……二つに分かれたことで心が救われた子たちがいるなら、よいのではないかと私は思います」
「……わたくし、そういう考え方をなさるハルシオン様も、優しい方だと思いますわ」
一曲が終わると、自称『紅国の預言者』という少年魔法使いが待っていた。
「次は俺の番ですが、その前に先ほどの無礼を謝ります」
抑揚に欠ける義務感たっぷりの声は、やっぱりどこかサイラスを連想させる。
「謝罪を受け入れましょう」
ハルシオンは子どもを相手にするような声色で言って「しかし、シュネーさんがあなたと踊る必要はないように思うのですよね」と首をかしげる。
少年魔法使いは、フィロシュネーを見た。
「約束をしました。そうですよね? 姫?」
眼差しが、やっぱりサイラスに似ている。
フィロシュネーは「そうね」と頷いた。
「わたくしは踊りましょう。約束自体は一方的でしたけどね……」
「では、一曲の間、休憩してから」
すでに、楽団は新しい曲を演奏している。
差し出されたドリンクで喉を湿らせながら会場の雰囲気を楽しんでいると、預言者ネネイが声を響かせた。
「みなさん、どうかそのまま、お聞きください」
呪術で拡声しているらしき声はよく通り、威厳があった。だが。
「あっ、いえいえ。ダンス、やめなくていいですっ、すみません……」
ダンスを止めかけたペアに慌てた様子で付け足した声は、ちょっと懐かしい気弱な雰囲気だった。
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