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幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」

324、心がある? 感情がある?/ お父さま、泣かないで。お父さま

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 コルテが反応できずにいると、まっしろなお姫さまはパクパクと口を動かし。

「……」

 自分の喉に手をやり、声を出した。

「きこえ、ますか?」

 ――聞こえる。とても可憐な声だ。

 聞いているだけで身も心も清められるような、きれいな声だ。
 ピュアな響きだ。
 
 ……耳を澄ませて一言一句聞き逃すまいと集中してしまうような、魅力的な声だ!

「……聞こえます、聞こえています。聞いています」
「まあ。すごい。わたくし、しゃべれます。わたくし、うごけます」

 コルテが答えると、お姫さまは白い両手を開いたり握ったりした。
 その動きで裸体の肩にかけていたコルテの外套がスルッと落ちて、白い肌が、無防備にさらけ出される。

「なっ!」
 
 コルテは顔を赤らめて目を逸らした。

 すると、今まで存在を忘れていたエルミンディルが視界に入った。

 待て。お姫さまが裸体だというのに、こいつときたらじーっと見ている!

「なんと、人形が人間みたいに……現実が信じられませんよ。コルテ様?」
「エルミンディル! 姫君の肌をじろじろと見るのではありません! 破廉恥な!」
「えっ――ぐえっ」

 コルテは両手でエルミンディルの頭をつかみ、強引に顔を背けさせた。
 ゴキッと音が鳴ったが、たぶん大丈夫だろう。

「アイタタタ。コ、コルテ様。破廉恥ってなんです? 人形でしょう? よく出来てはいますが……人形、ですよね?」

 エルミンディルが恨みがましそうに首をさすっている。

「どうしたの、ですか?」
 
 ほんわかとした声で問いかけて、お姫さまが林檎を差し出してくる。
 ああっ、無邪気。

 差し出されたのは、きらきら光る、黄金の林檎だ。
 
「姫君、は、裸ではいけません。外套でお体を隠してください」
「な、ぜ?」

 あどけなく問いかけるお姫さまは、なにもわかっていない様子だ。
 可愛い。あまりにも、可愛い。

「林檎、おとうさまが、おすきです。おいしいのですって。おいしいって、わかりますか? わたくし、わかりません。すきって、なあに。わたくし、むずかしい」

 ほわほわと言いながら、幼子のような無垢な手が林檎を口元に差し出してくる。

「おとうさまは、いつもみんなに、こうやって」
「ひ、姫君!? うぐっ」
 
 口の中に押し入れるようにして、林檎が突っ込まれる。

 コルテはよろよろと後退り、刺激的なお姫さまから距離を取った。林檎は美味しかったが。
 
「コルテ様、大丈夫ですか? この人形はなんなのでしょう、術者がどこかで操っているのでしょうか。林檎は吐き出したほうがいいのでは?」 
「何を言うんです、姫君はどう見ても人間……林檎は……」

 言い返そうとしたコルテの声が途切れたのは、すさまじく不穏な魔力の渦巻く気配が感じられたから。そして、魔力の波濤はとうがエルミンディルめがけて押し寄せてきたからだ。

「……『生存者』かっ?」
「コルテ様!?」
 
 コルテは咄嗟に身体を躍らせ、エルミンディルの前に立ちふさがって石を掲げた。

「――防げ!」

 この石を使うのは二度目だが、確信めいた「これで防げる」という思いがある。

 そして、その思い通り、石は光を放って魔力を防いでくれた。

 光が消えたあとで魔力が放たれた方向を見てみれば、虚空に浮く人影がある。

 長くボサボサの白銀の髪に、蒼白で不健康にも見える肌。
 お姫さまとよく似た特別な宝石みたいな瞳はどんよりとした絶望や孤独の闇を湛えている。

 姿勢は猫背で、ゆらゆらとしていて。
 青年のような、老人のような、――『生存者』だ。
 
「に……――に、ン、げ、ん? まサか。いるハずない。いルはずが、なぁい……。でも、いるウ……」

 声は、聴いた瞬間にゾッと鳥肌が立つような調子だった。

 この相手は、おかしい。
 普通ではない――それがファーストインパクトでわかる気配だった。

 けれど。
 
「お父さま!」

 まっしろなお姫さまが、あどけなく、可愛らしく声をあげた。

 その瞬間に、真っ暗だった絶望の奈落にサアアッと神聖で優しい光があふれたように、『生存者』は気配を変えた。
 
「……しゃべった」
 
 すとん、と着地した『生存者』は、あり得ない奇跡を見た顔であった。

 目を限界まで見開いて、ぽかんと口を開けて、ふらふら、よたよたとお姫さまに近寄った。

「しゃべ、しゃべった。いま、お前……人間みたいに、私を呼んだ? なんと言った? おとうさま? そう呼んだのかい」

 お姫さまがその腕に飛び込んで、ひらっと外套が地面に落ちる。

(ああ、お姫さま! また裸が見えてしまいます、俺の目に毒です!)

 危険人物を前におかしなことだが、コルテにとってはお姫さまの裸の威力の方がよっぽど脅威だった。

「うごいた。うごいてる。私を、見てる」
「はい。お父さま?」
 
 かわいらしくお姫さまが呼んで顔を見上げると、『生存者』の目から大粒の涙があふれた。

「こ、心がある? 感情がある? 意思が、ある? お前……す、す、すごおい。人間みたあい……」

 ぼろぼろと泣き崩れてお姫さまを抱きしめる『生存者』の肩や腕を、お姫さまが心配そうにぺたぺたと触れてさすっている。
 
「成功だ! 成功だ! 私はついに人間をつくれたぞ! 可愛い我が娘、我が姫……可愛い! ああ、なんて可愛いんだっ……!!」 
「お父さま、泣かないで。お父さま」

 『生存者』は、そんなお姫さまにしがみつくようにしてワアワアと号泣して喜んでいた。

 わけありの父と娘という雰囲気。
 感動的な気配だ。だが、コルテはお姫さまの裸の方が気になって仕方ない!

「エルミンディル、見てはなりませんよ」
「は、はい。はい」

 裸のお姫さまを見ないようにしながら、コルテは『生存者』が落ち着くのを待った。
 
(これはどうやら、特別なタイミングに居合わせたらしい)
 
 もしかすると聞こえてくる会話から察するに、たった今、あの人形に生命が宿った?
 心が芽生えた?

 泣きじゃくる『生存者』とお姫さまの会話を聞きながら予想をたてたコルテは、しばらくして自分の推測が正しかったことを知る。

 ――彼は、人形のお姫さまが人間になった瞬間に立ち会ったのだ。
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