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5、鬼謀のアイオナイト
358、「吾輩は、星の石の片割れを持っている」
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悪女カサンドラによる生命力吸収事件は、彼女の死という結末を迎えて落ち着いた。
生命力吸収事件を引き起こした敵対勢力の筆頭、アルメイダ侯爵夫妻は心中した。配下の呪術師、獣人のシェイドも主君夫妻のために奔走した末、力尽きている。
「姫様、よくぞご参列くださいました」
青国が主催した『事件の犠牲者を悼む鎮魂式』に出席したフィロシュネーは、長い睫毛を伏せて俯いた。
生命力吸収事件により、知人が何人も命を落としている。
例えば、ソラベル・モンテローザ公爵。
例えば、シューエン。
例えば、ミランダ。
「えっ。なぜ亡くなったの?」
いつ? どのように? ほんとうに?
気づけば、嘘みたいに簡単に知人が命を落としていた。「あの人が亡くなりました」という知らせだけを聞かされても、実感がぜんぜん湧かないのだけど。
――でもみんなが「ほんとうです」と言う。そして、その証拠ですと言わんばかりに鎮魂式をする……。
(サイラスも「嘘情報じゃないですか」って言ってたし、嘘だと思っていたのよね)
サイラス本人は何かを急いで探さないといけないと鬼気迫る様子で言って、とても忙しそうで鎮魂式にも欠席なのだが。
青国にきたらモンテローザ公爵が姿を見せて「あれは計略です。驚きましたか?」と言ってくるような気がしていたのだ。でも、そんなことはなかった。
「旦那様は、……見ず知らずの孤児を助けて……」
未亡人となったウィスカが声を詰まらせている。
「優しい方なんです。誤解されやすいけど、私は旦那様のお心のあたたかさを知っています……こ、子どもが生まれるのを、楽しみにしていらして――」
聞いているだけで辛くなる。周囲の婦人たちは、ハンカチを濡らしていた。
「釣られたんです、俺が。騒ぎが起きて。おそばを離れて……暗殺者がハルシオン様を狙って。ミランダさんは、守ろうとして……」
空国勢の集まる輪の中で、ルーンフォークが罪悪感をあらわに嘆いているのが見える。
なんと、あのミランダが死んだというのだ。
「俺が悪いんです。俺がそばを離れたから――」
病的に自責の念を口にするルーンフォークから、フィロシュネーは視線を外した。なんだか受け入れられない現実の風景すぎる。見ていられない、聞いていたくない。拒絶感がすごい。
ハルシオンも見るからに心痛が大きく、「休ませてあげてください」と言うのが精いっぱいなようだった。
「シューエン様に、お手紙で、お帰りをお待ちしていますって書いたんです。ずっと待っていますって書いたんです」
ああ、少し離れたところではセリーナが泣きじゃくっている。シューエンの家族が集まって沈痛な表情でいる。
あっちでも、こっちでも。
嘆きが溢れて、みんなが悲劇の中にいる。
(まるで、悪夢)
フィロシュネーは呆然としていた。
(これは、なに? 現実? 現実感が薄いわ。でも、現実なの、かしら……?)
そんな中、さらに悲劇が起きる。
「きゃああああああ‼︎」
会場の隅で、爆発が起きた。床も壁も強く振動して、ドォンという爆音が響いて――
「えっ――」
護衛の騎士たちが周囲を固めて守ってくれている。自分は、無事だ。でも。
……待って、ついていけない。
状況に理解が追い付かない。
そんなフィロシュネーの視界に、血濡れた知人が二人、折り重なるように倒れているのが見えた。
「あ……アレクシア……っ」
預言者ダーウッドの正体である、「アレクシア」――病弱な令嬢として知られるモンテローザ公爵令嬢アレクシアは、この日、父ソラベルの鎮魂のためにめずらしく公式の場に姿を見せていた。
「え……」
兄が血相を変えて治癒魔法の光を迸らせ、けれどそれが無駄なのだと誰もがわかるむなしさで、令嬢はくたりとしていて――微動だにしない。
「――……え?」
「陛下、魔法を使うのをおやめください。もう手遅れです」
「え……? え……?」
この一瞬の悲劇は、周囲から聞こえてきた情報を整理すると以下のような顛末であった。
『体調が見るからに悪そうで、ふらふらとする彼女を青王アーサーはずっと気遣っていた。
会場で爆発が起きて、病弱な彼女は周囲の誰よりも早くアーサーを庇った。
そして、命を落とした……』
冗談のような、悪夢のような、呆気なさすぎる悲劇的結末。
「あ……あ……、ありえない」
フィロシュネーは現実についていけないまま、護衛に連れられて部屋に戻された。
「まって、まって?」
いくらなんでも、ひどすぎでは?
いくら現実が物語とは違うといっても、こんなことある?
犯人はアルメイダ侯爵夫妻の一味で、彼らの死を悼む過激派らしい。
これまでの事件で捕らえた一味の者と共に、後日処刑されることだろう。
「わたくし、夢を見ているのかしら。なんだか現実がおかしいの……こんな悲劇的な現実、いやです……」
急展開すぎる現実を受け入れられない気分が、あまりにも強い。
「お心を休めてください、姫様」
医師が薬を処方してくれる。
気持ちを安らかに鎮めて、眠らせてくれる薬だろう。
「ええと、あの、待ってくださる? わたくし、眠る前にダーウッドに会いたいわ。わたくし、変な夢を見てしまったから。現実を確かめたいの」
当然の要求をすると、医師は悲しそうな表情をした。
――そんな顔、しないで。
「ねえ。預言者はどこ? ダーウッドは、またどこかで倒れていたりしないかしら。心配ね。だってあの子、いつも……」
いつも、無理をしていたから。
気づいたら目の前で弱っていることが多いから。
薬を飲まされて、夢うつつの狭間を漂うフィロシュネーは、自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。
【ああ……】
ぼんやりとした意識が、じわじわと虚しさや悲しさのような感情の波に冷やされていく。
【わけがわからない。わたくし、……今、どうなっているの?】
ぼんやりとそう思考したとき、自分以外の気配がした。
「寝台にいる。青国の貴様の部屋にいる。眠っている。眠らされている」
男の声だ。ふわーっと意識がはっきりしてくる。
「……んう?」
眠ってる? 夢の中?
声にならない自分の意思が波のように空間に揺れる。
「そうだな。夢の中だ」
男は導くように手を取った。その感触に、フィロシュネーは自分の体を認識した。
手がある。腕がある。肩があり、胸があり、足があって、頭がある。
「……はっ」
ぼんやりとした灰色の空間が辺り一面に広がっている。
地面もなく、ぽっかりと浮かぶようにして、自分と相手がそんな空間に浮かんでいる。
「ここ、どこ。あなたは……」
短い杖を手にした相手が深い緑色の髪をかきあげる。
深紅の瞳は、不機嫌そうだった。
「フェリシエン・ブラックタロン。……商業神ルートと呼ぶ者もいる」
夢の中で、フェリシエンの姿をした商業神ルートは重々しく頷いて一礼した。
それは様になっていて、貴族的で、洗練された美しく優雅な礼だった。
「吾輩は、星の石の片割れを持っている」
星の石は二つあり、そのうちのひとつが商業神ルートの手にある。
そう切り出されて、フィロシュネーはぽかんとした。
「えっと、ええと…………、ごめんなさい。なに? わたくし、もう何もかもが――わ、わかりません……」
……まったく、何がなんだかわからなかった。
生命力吸収事件を引き起こした敵対勢力の筆頭、アルメイダ侯爵夫妻は心中した。配下の呪術師、獣人のシェイドも主君夫妻のために奔走した末、力尽きている。
「姫様、よくぞご参列くださいました」
青国が主催した『事件の犠牲者を悼む鎮魂式』に出席したフィロシュネーは、長い睫毛を伏せて俯いた。
生命力吸収事件により、知人が何人も命を落としている。
例えば、ソラベル・モンテローザ公爵。
例えば、シューエン。
例えば、ミランダ。
「えっ。なぜ亡くなったの?」
いつ? どのように? ほんとうに?
気づけば、嘘みたいに簡単に知人が命を落としていた。「あの人が亡くなりました」という知らせだけを聞かされても、実感がぜんぜん湧かないのだけど。
――でもみんなが「ほんとうです」と言う。そして、その証拠ですと言わんばかりに鎮魂式をする……。
(サイラスも「嘘情報じゃないですか」って言ってたし、嘘だと思っていたのよね)
サイラス本人は何かを急いで探さないといけないと鬼気迫る様子で言って、とても忙しそうで鎮魂式にも欠席なのだが。
青国にきたらモンテローザ公爵が姿を見せて「あれは計略です。驚きましたか?」と言ってくるような気がしていたのだ。でも、そんなことはなかった。
「旦那様は、……見ず知らずの孤児を助けて……」
未亡人となったウィスカが声を詰まらせている。
「優しい方なんです。誤解されやすいけど、私は旦那様のお心のあたたかさを知っています……こ、子どもが生まれるのを、楽しみにしていらして――」
聞いているだけで辛くなる。周囲の婦人たちは、ハンカチを濡らしていた。
「釣られたんです、俺が。騒ぎが起きて。おそばを離れて……暗殺者がハルシオン様を狙って。ミランダさんは、守ろうとして……」
空国勢の集まる輪の中で、ルーンフォークが罪悪感をあらわに嘆いているのが見える。
なんと、あのミランダが死んだというのだ。
「俺が悪いんです。俺がそばを離れたから――」
病的に自責の念を口にするルーンフォークから、フィロシュネーは視線を外した。なんだか受け入れられない現実の風景すぎる。見ていられない、聞いていたくない。拒絶感がすごい。
ハルシオンも見るからに心痛が大きく、「休ませてあげてください」と言うのが精いっぱいなようだった。
「シューエン様に、お手紙で、お帰りをお待ちしていますって書いたんです。ずっと待っていますって書いたんです」
ああ、少し離れたところではセリーナが泣きじゃくっている。シューエンの家族が集まって沈痛な表情でいる。
あっちでも、こっちでも。
嘆きが溢れて、みんなが悲劇の中にいる。
(まるで、悪夢)
フィロシュネーは呆然としていた。
(これは、なに? 現実? 現実感が薄いわ。でも、現実なの、かしら……?)
そんな中、さらに悲劇が起きる。
「きゃああああああ‼︎」
会場の隅で、爆発が起きた。床も壁も強く振動して、ドォンという爆音が響いて――
「えっ――」
護衛の騎士たちが周囲を固めて守ってくれている。自分は、無事だ。でも。
……待って、ついていけない。
状況に理解が追い付かない。
そんなフィロシュネーの視界に、血濡れた知人が二人、折り重なるように倒れているのが見えた。
「あ……アレクシア……っ」
預言者ダーウッドの正体である、「アレクシア」――病弱な令嬢として知られるモンテローザ公爵令嬢アレクシアは、この日、父ソラベルの鎮魂のためにめずらしく公式の場に姿を見せていた。
「え……」
兄が血相を変えて治癒魔法の光を迸らせ、けれどそれが無駄なのだと誰もがわかるむなしさで、令嬢はくたりとしていて――微動だにしない。
「――……え?」
「陛下、魔法を使うのをおやめください。もう手遅れです」
「え……? え……?」
この一瞬の悲劇は、周囲から聞こえてきた情報を整理すると以下のような顛末であった。
『体調が見るからに悪そうで、ふらふらとする彼女を青王アーサーはずっと気遣っていた。
会場で爆発が起きて、病弱な彼女は周囲の誰よりも早くアーサーを庇った。
そして、命を落とした……』
冗談のような、悪夢のような、呆気なさすぎる悲劇的結末。
「あ……あ……、ありえない」
フィロシュネーは現実についていけないまま、護衛に連れられて部屋に戻された。
「まって、まって?」
いくらなんでも、ひどすぎでは?
いくら現実が物語とは違うといっても、こんなことある?
犯人はアルメイダ侯爵夫妻の一味で、彼らの死を悼む過激派らしい。
これまでの事件で捕らえた一味の者と共に、後日処刑されることだろう。
「わたくし、夢を見ているのかしら。なんだか現実がおかしいの……こんな悲劇的な現実、いやです……」
急展開すぎる現実を受け入れられない気分が、あまりにも強い。
「お心を休めてください、姫様」
医師が薬を処方してくれる。
気持ちを安らかに鎮めて、眠らせてくれる薬だろう。
「ええと、あの、待ってくださる? わたくし、眠る前にダーウッドに会いたいわ。わたくし、変な夢を見てしまったから。現実を確かめたいの」
当然の要求をすると、医師は悲しそうな表情をした。
――そんな顔、しないで。
「ねえ。預言者はどこ? ダーウッドは、またどこかで倒れていたりしないかしら。心配ね。だってあの子、いつも……」
いつも、無理をしていたから。
気づいたら目の前で弱っていることが多いから。
薬を飲まされて、夢うつつの狭間を漂うフィロシュネーは、自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。
【ああ……】
ぼんやりとした意識が、じわじわと虚しさや悲しさのような感情の波に冷やされていく。
【わけがわからない。わたくし、……今、どうなっているの?】
ぼんやりとそう思考したとき、自分以外の気配がした。
「寝台にいる。青国の貴様の部屋にいる。眠っている。眠らされている」
男の声だ。ふわーっと意識がはっきりしてくる。
「……んう?」
眠ってる? 夢の中?
声にならない自分の意思が波のように空間に揺れる。
「そうだな。夢の中だ」
男は導くように手を取った。その感触に、フィロシュネーは自分の体を認識した。
手がある。腕がある。肩があり、胸があり、足があって、頭がある。
「……はっ」
ぼんやりとした灰色の空間が辺り一面に広がっている。
地面もなく、ぽっかりと浮かぶようにして、自分と相手がそんな空間に浮かんでいる。
「ここ、どこ。あなたは……」
短い杖を手にした相手が深い緑色の髪をかきあげる。
深紅の瞳は、不機嫌そうだった。
「フェリシエン・ブラックタロン。……商業神ルートと呼ぶ者もいる」
夢の中で、フェリシエンの姿をした商業神ルートは重々しく頷いて一礼した。
それは様になっていて、貴族的で、洗練された美しく優雅な礼だった。
「吾輩は、星の石の片割れを持っている」
星の石は二つあり、そのうちのひとつが商業神ルートの手にある。
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