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番外編「第一皇子の健康によい話・前編」(SIDE:エミュール)

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   SIDE エミュール

 私の名はエミュール。
 本当はその後にデュとかノイスターとかかんとか長くて立派な名前が続くが、そこは本筋に関係ないので略しておこう。要するに帝国の第一皇子だ。
 
 私の身体の成長はローティーンで止まっている。
 そのせいもあって皇太子の称号を得ていない。
 そう、後継者がつくれるかどうか微妙な身体事情なのだ。皇太子にするにはなかなか致命的だよね。子供つくれない皇子が皇太子になれるぅ? 無理じゃない?

 しかし、健康によいことをすればまだまだイケるのではないかと思っている。
 頑張ればドリームカムトゥルーするかなう、そんな優しい世の中であってほしい……私はそんな夢見る成人男子なのである!
 
「殿下、ゼクセン公爵閣下が婚姻政策をすすめており、ランヴェール公爵閣下に政略結婚の話があるようですぞ!」
 
 あるとき、お気に入りの騎士レイクランド卿がとても面白い話を教えてくれたのだ。

「なんだって! あのアシルが結婚を。これは健康によい予感しかしない」
 アシルというのは、ランヴェール公爵の名前である。
 世間では「冷酷」とか「感情がない」とか「人間じゃないかもしれない」とか言われている男だ。まったく根の葉もないわけではなく、割と噂の通りだと私は思っている。感情はあるが。
   
 ランヴェール公爵家というのは、一言でいうと権勢名家(とても有力な勢力)。それも「自分たちが一番偉いですが、何か?」って感じの家柄だ。偉ぶっているし、実際偉い!
 
 同程度に権力を誇る由緒正しい家柄といえばランヴェール公爵家と犬猿の仲であるゼクセン公爵家がある。
 そちらは「皇族が一番偉いです。自分たちは皇族を支えるのが誇りです」って感じの可愛い臣下の家柄だ。だが、ランヴェール公爵家はあんまり可愛くない。歴史を振り返っても、ランヴェールは「皇族なんて知らない、こちらは好きにするのでそちらも好きにしてください」って感じだったのである。
 
 なお、私は現ランヴェール公爵のアシルという男とはなかなか良い関係を築いている。
 どうやってその関係を築いたのかは置いておくとして、「次の皇帝になりたいんだ。応援するって言ってよ! 言うだけでいい」「いいですよ」と支持表明させることまでできたのだ。これによって私は「第一皇子ってランヴェールとゼクセンに支持されてるんだって」「ゼクセンはともかくランヴェールはどうやって支持させたんだ」「喧嘩しないの?」とささやかれる猛獣使い的ポジションな皇子になったのである。私を皇太子にすることを渋っている父も、これには「うまいことやったなぁ」と感心しているようだった。

「あの鉄面皮が女性相手にどうやって会話をするのですかな! うひょひょ」
「レイクランド卿、笑い方がちょっと下品だぞ。でも気になるね。うひひ」
   
 レイクランド卿が面白がっている。
 他人の恋話コイバナというのは、楽しいものだ。健康によい!

「皆の者! ランヴェール公爵に詳しい私が教えてあげよう。アシルは女性が苦手なのだ……それというのも、子供の頃に女性の世話係にめちゃめちゃ怖がられて、悲鳴などをあげられたり『人間じゃない』と言われたりしたのがよろしくなかったらしいのだが」
 
 彼の過去に関しては、「太っていた」とか「病気だった」とかいろいろな噂がある――しかし私は真相を知っている!
 ドヤ顔で臣下にまつわるトリビアを披露しつつ、女性を苦手とするアシルという臣下の恋話を楽しむために我々「ひやかし隊」は現地へ向かったのである!
 

 
    番外編「第一皇子の健康によい話」


「本日は天気快晴で、よきかな、よきかな。運命の出会い日和ではないか。アシル、そなたはどうせ『今日から初対面の妻と暮らせ』とか言われてもどうしたらよいかわからない状態だろう。この私が恋愛指南をしてあげよう! まずはやっぱり最初が肝心だ。そのキラキラした美形フェイスで落とせ。その顔ならイケる」
「ランヴェール公爵閣下は顔が取り柄ですからな! ウンウン。その作戦は良いと思いますぞ!」
 
「ロマンチックに恋愛小説になぞらえて呼んでみるのはどうだい。ロメオとジュリエットってあるじゃないか。あれなんか敵対陣営同士の恋愛で、ピッタリじゃないか」
「ははは! エミュール殿下ぁ! ロメオとジュリエットは悲劇ですぞ!」
  
 作戦会議の後で、アシルの妻になる女性がやってきた。
 
 新しく公爵夫人になるレディ・ディリートは、アシルよりも六つ年下であった。
 
 家柄はゼクセン派のカッセル伯爵家。
 なかなかの名家であり、ブラントという現伯爵はゼクセン公爵の娘を「気に入らない男に目を付けられたからお前が娶れ」と言われてめとったことがあるほど、信頼されている。
 しかし、実家では不遇だったらしい。
 
 ディリートは私が普段接している高位貴族のレディたちよりも華奢な体格をしていて、痩せ気味だった。
 首や腕がほっそりとしていて、ちょっと力を入れたら折れてしまいそうな弱々しい感じだ。
 身にまとう衣装も、ずいぶんと質素で、何より黒一色である。
 「嫁ぎに来た」というより、「死ににきました。覚悟完了しています」って感じだ。
 なるほど、思えばランヴェールの地とは、ゼクセン派の彼女にとっては敵地である。これは可哀想かもしれない――私はそう思った。
 
 それにしても、可憐な女性だ。美人だ。
 黒衣装に引き立てられるような白い肌は透明感があって、儚げで、日差しの下に立たせていてはいけない気がしてしまう。
 
 顔立ちは愛らしく、幼さも残るような柔らかな雰囲気で、庇護欲をそそるではないか。
 けれど近づいてくる表情には並の令嬢がかもし出せないような神秘的な何かがある。なんだろう。なんだか普通じゃないオーラがある。
 鋭い氷の刃を心の奥底に閉じ込めているような。年齢よりも大人びているような色気もあるし、箱入り令嬢というより戦場帰りの兵士みたいな。このレディの過去はそんなに不憫だったのだろうか。どういう人生を歩んできたらこんな風になるのだろう? 私は大いに好奇心をそそられた。

「亡き母、ユーディトの遺言により、ゼクセン派の娘ディリートは第一皇子殿下に個人的な忠誠を捧げたく存じ上げます」

 さて、このディリートが大勢の使用人の中に紛れる私を迷わず「殿下」と呼び、「個人的な」忠誠を捧げるという。

 所作はとても美しく、声も麗しく、発音もきれいだ。
 なるほどゼクセン公爵の娘であったユーディトという女性がナバーラ国の黒太子から花嫁に望まれるほど魅力的だった、という逸話にも大いに納得いったのである。
 
 彼女のアメシストの瞳が、私だけを見ていた。

 眼と眼があった瞬間、稲妻に全身が打たれたような衝撃があった。

 聖女だ。
 神が彼女を通して、「これからもっと健康になれるから元気出せよ」と言ってくれた気がしたのだ。
 健康によい――彼女は、とても健康によい!
 
 ゼクセンの血脈の中でも才能ある者しか使えない希少な水魔法で生成された水は透き通っていて冷たくて、日差しにキラキラした。綺麗だった。
 無味の味は特別な感じがした。喉を通り、胃に落ちていく冷たさは、とても健康によい感覚をもたらした。

 
 これは……私が運命の出会いをしてしまった。
 すまないなアシル!
 
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