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26、優しい声ではありませんか。

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「……というわけで、ナイトくんは元通りですの」

 学園でふわふわになったナイトくんを見せると、周りから視線が寄せられました。噂話をする声も。

「あのぬいぐるみ、しばらく見なかったな」
「なんか久しぶりに見ましたわね」
「火災で焦げて修繕していたらしいよ」
「まあ。それは……元通りになってよかったですわね」

 優しい声ではありませんか。

 ところで、このお声。
 聞き覚えのある声の方向を見てみると、いつかアミティエ様やわたくしの陰口を叩いていた、噂好きなご令嬢グループの中のひとりではありませんこと?

 ご令嬢のお名前は確か……ミシェイラ様、でしたかしら。
 一緒にいるのは、婚約者のご令息でしょうか。

「あっ」
 ぱちりと目が合うと、ミシェイラ様はバツの悪そうなお顔になりました。

 微妙な気まずさの中、ナイトくんは新しい騎士衣装のマントをひらりと翻し、ほてほてとご令嬢に近付いていきました。
 そして、ぬいぐるみのふわふわした手をスッと差し出したのです。

「え、……え?」
 戸惑うご令嬢がわたくしの顔を見ました。それが、なんとも情けない感じの困り果てた表情で。

「やるな、ナイトくん。強請りカツアゲか」
「オヴリオ様。その発想はちょっと」
 
 違うと思いますのよ? 

「前から思っていましたが、オヴリオ様は流行小説に染まりすぎですわ」
「だって、面白いじゃないか」
「それは、ええ。はい」

 オヴリオ様はさておき、わたくしはミシェイラ様に声をかけました。ナイトくんの主として、放置しておくわけには参りませんもの。
 
「えぇと……ミシェイラ様。ナイトくんは、たぶんミシェイラ様に手を取ってほしいようですの」
「は、はい?」
「な、仲良くしたいんじゃないかしら。たぶんですけど、ミシェイラ様が『元通りになってよかったですわね』と優しく仰ってくださったから」
「ま、まあ。そうですの?」

 ミシェイラ様は満更でもなさそうに口元を緩ませて、ナイトくんの手に自分の手を重ねました。

「ナイトくん。わたくしと仲良くしてくださるの?」
 ミシェイラ様が問えば、ナイトくんは「そうそう」って感じで首を縦に振りました。
 そして、わたくしをちょいちょいと呼んで、わたくしとミシェイラ様との手を重ねさせたのです。

「ああ……えっと……」
 周りの視線が恥ずかしいではありませんか。

「なんですの、この儀式みたいなのは」
「なんでしょうね」

 わたくしとご令嬢は顔を見合わせました。ミシェイラ様はとっても困り顔で。ちょっともじもじなさっています。
 
「ナイトくんがすみません」
 
 これは一応、謝ったほうがいいのでは? そう思って呟けば、ご令嬢はふふっと笑ってくれました。
 
「いいえ……なんだか、和みましたわ……その、以前はごめんなさい」

 重ねた手はちょっとだけ指先が震えていて、冷たくて。 
 二人して首を振って、どちらからともなくへにゃりと笑って。

 わたくしたちは、友達未満だけど仲直りしたような、そんな微妙な間柄になったのでした。


 ◇◇◇
 
 
 
 ランチタイムにサロンに行くと、トムソンはピアノを弾いていました。

 元々、トムソンはピアノが好きだったのです。
 弾き終えた彼に拍手を送ると、トムソンはぺこりと頭を下げて、ノートを手にしました。
 
「トムソン、素敵な演奏でしたわ」
「メモリア」
 
 トムソンは、わたくしにニコリと笑顔を向けました。
 以前よりも自信をつけたような、男らしさが増したような、そんな笑顔です。
 
 トムソンが座るソファに近付いて、わたくしが隣に座ろうとすると、そのポジションにナイトくんがぽふっと置かれます。
 オヴリオ様が置いたのでした。

「おお、我が弟よ。心が狭い」
 
 ユスティス様が意味ありげに仰り、ナイトくんを退かしてわたくしを座らせて。
「私はアミティエが反対側に座っても全然気にしないぞ」
 と言いながら、ご自身が反対側に回ってトムソンの隣に座ります。

 右側にユスティス様、左側にわたくし。
 そんな両側を順に見て、トムソンは「何これ?」としきりに首をひねり。向かい合う場所にアミティエ様とオヴリオ様が座ると、周囲に他の学生たちも集まってきます。白ネコのレティシアさんも「うにゃっ」とネコの声で鳴いて、トムソンの膝の上にあがりました。賑やかです。
 
 身分が上の方々にかしこまりながら、トムソンは以前より男の子らしさを感じさせるようになった声を響かせました。
 
「ピアノを弾く時間が減って、ピアノの先生に怒られてたんですよ。でも、お父様は『人生は一度だけだから、やりたいことをするといい』って言ってくれたんです」
 
 トムソンはそう言って、小説の続きを配布しました。
 
「もうちょっとで終わると思います」
 
「にゃ~あっ」 
 白ネコのレティシアさんが励ますように鳴いてトムソンのノートを覗き込むと、学生たちは「このネコ、いっつも小説読んでる。わかってるのかな」と微笑ましそうな顔をしました。

「ミルク飲むか~? ミネット」 
「ミミ、こっちおいで」
「ポピー、カレーパン食べる?」
「カレーパンは食べないでしょう」
 
 ミネットとか、ミミとか、ポピーとか。
 学生たちは、皆思い思いの名前で白ネコのレティシアさんを呼んでいます。
 白ネコのレティシアさんは、全部の名前に「うにゃ」とか「みゃあ」とかお返事をして、学生たちを喜ばせました。
 
 ミルクを差し出したり、ネコじゃらしを振ったりしている顔はどれも優しくて、あたたかです。
 
 ――でも、こんなに人がいては、呪いのお話やレティシアさんのお話はしにくいですわね。

 ……いえ。レティシアさんのことはともかく、呪いについてはお話しても大丈夫かしら。

 自問自答の末に、わたくしは思い切って言ってみました。

「トムソン、わたくし、悪役令嬢の呪いが気になっていますわ」
「えっ」
「呪いは、どのようにして解けますの?」
「うーん」

 トムソンは「書いてからのお楽しみって言いたいところだけど、実はお父様と一緒に考え中で」と言って、現在の最有力候補だという解呪方法を教えてくれました。

「やっぱり、王子様のキスとかがいいかなって。御伽噺の定番だけど、ロマンがあるかなって」
 ――王子様のキス、ですって!

 その場合、オヴリオ様には誰がキスをしますの? わたくし? わたくし、キスできるかしら? 聖女のアミティエ様のほうが効果が高いんじゃないかしら? なんて言ってキスしたらいいのかしら? お話の中の悪役令嬢だったら、なんて言うかしら。

 
 ……『いいこと、目をお閉じなさい。わたくしがキスしますから、大人しくするのよ』?

 ……『これは呪いを解くためなんだから、仕方なくするんですからね』?
 

 キスってそんな風にするものかしら!
 なんだか、ロマンがありませんわ。
 もっと甘酸っぱく、ロマンチックに。最初はやっぱり、お相手に格好良くリードしていただいて……、

 腰を抱き寄せられたりして。
 肩に手を置かれて。
 耳の下から首筋にかけて、手を添えられて。
 
 ちょっとずつ顔が近づいて――ハッ……何を考えていますの。わたくし。

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