俺が想うよりも溺愛されているようです。

あげいも

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日常

共に立つ-2-A-

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 業務を終えたあと。久しぶりに祖父と夕食を囲んだ。
 庭の隅に建てた離れ──以前の雑貨店よりもずっと広い。
 植栽の影になり、来客の目にも触れにくい配置だ。裏口も新設して、出入りの気遣いも不要にした。
「こんなことまでしなくていい」と祖父は困惑していたが、屋敷の者にも便利になるからと押し切った。
 侵入口が増える事にはなるのだが。その分警備を強化すれば問題ない、とルートヴィヒもエトガルもこともなげに話していた。
「……爺ちゃん、スープできたよ」
 中途半端に余った野菜やソーセージを刻んで煮込んだ簡単な料理だが、アルノシトにとっては食べ慣れた味。
 テーブルの鍋敷きの上に鍋ごとおく。食べたい分だけ皿によそって食べるのが、昔からのクベツ家のやり方だった。祖父も頷いて皿を並べたり、パンを置いたり。
 祖父が準備をしている間、アルノシトはジークの食事の用意。
 茹でた野菜を細かくほぐしたものをジークの皿に。軽く尻尾を振りながら食べ始める背中を撫でた後、席についた。
「いただきます」
 手を合わせてから食べ始める。屋敷の食事も勿論美味しいものではあるのだが。アルノシトにとっては、この味に勝るものはない気がしている。
 テーブルも椅子も雑貨店から運んできたもの。その他の家具も使えるものはすべて運び入れた。ここにいると、雑貨店で暮らしていた頃に戻ったような錯覚すら覚える。
 柔らかいランプの灯りに照らされ、あたたかな空気の中。アルノシトは意を決したように顔を上げた。
「あのね、爺ちゃん」
 声の響きに真剣さを感じたのだろう。祖父も食事の手を止める。
 まだ公式には発表されていないが、近々開かれるお披露目の席には──祖父とジークにも来てほしいと思っていた。
 そう伝えると、祖父は眉を寄せる。
「儂はともかく──ジークまで?」
「うん。来て欲しい」
 祖父が表情を曇らせたのは、ジークの身体に負担がかかるのではないか?ということだろう。
「ちゃんとジークの席も用意するよ。寝心地のいい毛布を敷いた特別席」
 自分の名前に反応して顔を上げる。笑顔を返した後、祖父の返事を待った。
「わかった。とはいえ、ジークの具合次第だが」
 それは当然。了承の返事を貰えて安堵しながら、アルノシトは静かに頷いた。以降は他愛のない日常の話。植えたハーブの目が出たとか、バラの剪定の話とか。
 ランプの灯りがゆるやかに陰り始めるまで話し込んだ後、既に眠っているジークの横へと毛布を敷いて寝転ぶ。
 穏やかに寝息を立てる毛皮を緩く撫でていると、眼の端が潤んでしまう。
──ジークがあの場にいられますように。
 そんなささやかな願いを胸に、アルノシトは静かに眼を閉じた。

       ◇◇◇◇◇◇◇

 ──数日後。

 ベーレンドルフ財閥による慈善基金設立。──その報道は、新聞の一面を飾り、テレビやラジオのニュースでも繰り返し流れた。

 同時にガラパーティーの開催。パーティーそのものは招待客のみの参加となり、非公開ではあるものの、基金の説明を含めた当主──ルートヴィヒのスピーチは放映される。
 その席でアルノシトの存在を公表する。
 そんな段取りを聞かされてはいたが、いざ、情報が公開された後の反応にアルノシトは正直逃げ出したくなっている。
 他意はないのだろうが。メイドや執事、その他の使用人も。家族の間でも話題ですよ、なんて笑顔で言われるたび、曖昧な表情を浮かべる自分がいた。
「どうした?」
 ルートヴィヒの寝室。シーツの中で寄り添いながら、髪を撫でる手をとめた。
「……俺が思っている以上に……ルートヴィヒさんは大きいんだなって」
「私が?」
 頷く。すり、と胸へと顔を埋めながら小さく息を吐き出す。
「覚悟したつもりでしたけど……新聞もニュースも、この話題ばっかりで」
 正直に言えば──怖い。
 素直な告白にルートヴィヒは一度だけ髪を撫でてから指を離した。改めて両腕でしっかりとアルノシトを抱きしめる。
「慣れてくれ、としか言えないことがもどかしいが──ベーレンドルフ家に入るというのは、こういうことだ」
 こればかりはルートヴィヒがどうにか出来るものではない。むしろ、彼はずっと一人でこの圧に耐えてきたのだと。そう思えば、自分の怖さなど大したものに思えなくなる。
「──少しずつでも。一緒に持てるように頑張ります」
 返事はない。だが、呼吸が笑みの形に変わったのを感じてアルノシトは眼を閉じる。

──この人の隣に立ちたい。そして、彼が背負っているものを共に支えて生きていきたい。

 その気持ちに揺らぎはない。今はそれだけで十分だ。
「ルートヴィヒさん」
「?」
「……練習、付き合ってくださいね」
 今までは従者として。だが、これからは共に立つ者としての言動が求められることになる。
 その練習につきあってくれと冗談めかした口調ではあるが、声音は真剣な色を帯びている。
 ルートヴィヒは静かに頷く。
 寝室に満ちた空気はあくまでも穏やかで。これから先、何があってもこの人とこの場所を守りたい。そう思った。
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