2 / 6
第一章 春告草
-弐-
しおりを挟む
団子屋を後にした二人が向かった先は、街の中心部。そこに、ひときわ目を引く立派な呉服店がある。
山深き神域にあるという紅梅の木。その女神から直々に授かったとされる「幻の紅染め」が評判となり、今や街の顔とも言える大店だ。
伝統的な反物だけでなく、手軽なレンタル着物や和雑貨も豊富に取り揃え、店内は常に観光客で賑わっている。
だが、それはあくまで「表向き」の顔。
「お帰りなさいませ! 若旦那様、伯さん!」
暖簾をくぐった瞬間、明るく元気な声が弾んだ。
出迎えたのは、まだあどけなさの残る十五、六歳の少年二人。
よく働く彼らの姿を、客たちは微笑ましげに眺めているが──まさかその正体が、山から下りて日の浅い「人ならざる者」だとは夢にも思うまい。
この店には、表の賑わいとは別の役目がある。
店内に張り巡らされた特殊な結界のおかげで、彼らのような未熟なあやかしも人の姿を保っていられる。
一郎は、忙しなく動き回る二人の少年に目を留め、優しく声をかけた。
「しの、ゆき。精が出るね」
「あ! お土産ですか?」
「そうだよ。後でみんなで食べよう。でも、その前に休憩にお行き」
一郎の言葉に、二人は顔を見合わせる。確かにその瞳には、隠しきれない疲労の色──というより、野生の眠気が滲んでいた。
「……はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、二人は「従業員以外立入禁止」と書かれた奥の暖簾へと消えていく。
「まだまだ、変化を維持するだけで精一杯のようですね」
傍らの伯が、愛おしむように目を細めて呟いた。
「無理もない。君のように器用な眷属ばかりではないからね」
一郎は苦笑しながら、彼らの後を追う。
渡り廊下を抜け、小さな庭に面した縁側へ出ると、先ほどの二人がすでに突っ伏していた。
「わかさま、やさしいねー」
「ねー」
ごろごろと。転がる二人の輪郭が、陽炎のように揺らぐ。
結界が深いこの奥座敷では、無理に人の形を保つ必要はない。
「おひるねしたら、またおみせもどろうねー」
「ねー」
やがて、動きが止まる。
そこに残されたのは、二人が着ていた着物──の、抜け殻。
いや、よく見れば折り重なった布が緩やかに上下し、中に「何かいる」ことが窺える。
もぞりと布が動き、黒く濡れた鼻先が外に出た。
鈍色と黒、二色の毛皮に包まれた、ふわふわとした毛玉が二つ。
着物に包まれていたのは子犬のように見えて、耳と足が違う。——子狼だ。
彼らは柔らかな日差しの中、重なり合うようにして心地よさそうに寝息を立て始めた。
「……ふふ」
その無防備な寝姿に、一郎は自然と笑みをこぼす。
彼らが結界の外で、伯のように完璧な人型を保てるようになるまでには、まだ長い時が必要だろう。
それまでは、この店が彼らの揺り籠であり、学び舎だ。
一郎と伯は並んで縁側に腰掛け、穏やかな寝息を立てる小さな眷属たちを見守った。
穏やかな冬の陽だまり。ここには、街の喧騒とは違う時間が流れている。
山深き神域にあるという紅梅の木。その女神から直々に授かったとされる「幻の紅染め」が評判となり、今や街の顔とも言える大店だ。
伝統的な反物だけでなく、手軽なレンタル着物や和雑貨も豊富に取り揃え、店内は常に観光客で賑わっている。
だが、それはあくまで「表向き」の顔。
「お帰りなさいませ! 若旦那様、伯さん!」
暖簾をくぐった瞬間、明るく元気な声が弾んだ。
出迎えたのは、まだあどけなさの残る十五、六歳の少年二人。
よく働く彼らの姿を、客たちは微笑ましげに眺めているが──まさかその正体が、山から下りて日の浅い「人ならざる者」だとは夢にも思うまい。
この店には、表の賑わいとは別の役目がある。
店内に張り巡らされた特殊な結界のおかげで、彼らのような未熟なあやかしも人の姿を保っていられる。
一郎は、忙しなく動き回る二人の少年に目を留め、優しく声をかけた。
「しの、ゆき。精が出るね」
「あ! お土産ですか?」
「そうだよ。後でみんなで食べよう。でも、その前に休憩にお行き」
一郎の言葉に、二人は顔を見合わせる。確かにその瞳には、隠しきれない疲労の色──というより、野生の眠気が滲んでいた。
「……はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、二人は「従業員以外立入禁止」と書かれた奥の暖簾へと消えていく。
「まだまだ、変化を維持するだけで精一杯のようですね」
傍らの伯が、愛おしむように目を細めて呟いた。
「無理もない。君のように器用な眷属ばかりではないからね」
一郎は苦笑しながら、彼らの後を追う。
渡り廊下を抜け、小さな庭に面した縁側へ出ると、先ほどの二人がすでに突っ伏していた。
「わかさま、やさしいねー」
「ねー」
ごろごろと。転がる二人の輪郭が、陽炎のように揺らぐ。
結界が深いこの奥座敷では、無理に人の形を保つ必要はない。
「おひるねしたら、またおみせもどろうねー」
「ねー」
やがて、動きが止まる。
そこに残されたのは、二人が着ていた着物──の、抜け殻。
いや、よく見れば折り重なった布が緩やかに上下し、中に「何かいる」ことが窺える。
もぞりと布が動き、黒く濡れた鼻先が外に出た。
鈍色と黒、二色の毛皮に包まれた、ふわふわとした毛玉が二つ。
着物に包まれていたのは子犬のように見えて、耳と足が違う。——子狼だ。
彼らは柔らかな日差しの中、重なり合うようにして心地よさそうに寝息を立て始めた。
「……ふふ」
その無防備な寝姿に、一郎は自然と笑みをこぼす。
彼らが結界の外で、伯のように完璧な人型を保てるようになるまでには、まだ長い時が必要だろう。
それまでは、この店が彼らの揺り籠であり、学び舎だ。
一郎と伯は並んで縁側に腰掛け、穏やかな寝息を立てる小さな眷属たちを見守った。
穏やかな冬の陽だまり。ここには、街の喧騒とは違う時間が流れている。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる