【完結済】やり直した嫌われ者は、帝様に囲われる

紫鶴

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美味しそうなご飯の匂いがする。



厨では一人の、見覚えのある・・・・・・男が何か、料理を作っていた。そっと気配を消してゆっくりと近づいたはずがくるりと彼が振り返ってしまう。どうやら自分がいたことに気づいていたようだった。最近になって少しばかり表情が緩んできた。いい兆候である。彼には出来ればもっと自然に笑顔になって欲しいが、きっと無理な願いだろう。



「お腹すいたんですか?」



そう言う彼にいや違うと首を振ろうとしたが、その前に口元に丸くて白いものが目の前に差し出される。

これは何だろうか。彼の作るご飯はいつも美味しいが今作っているものは初めて見る。



「あーん」



そう言われて反射的に口を開く。自分がいかにこの環境に慣れてきていることを自覚した。悪い気はしない。



あ、美味しい。



***



目が覚めた。

まだ時刻は真夜中で家の中は静まり返っている。数人の警備兵たちが部屋の前にいるのを感じながらふわあっと欠伸をした。



(いやあ、最近の夢は平和的でいいんだけど……)



久臣はそう思いながら苦笑をする。

前までは、悲惨な夢ばかりで気分が悪くなるものばかりだった。それが彼の宿命であることは分かっているがそれはそれ。



(どうにかして欲しいとは思ったけど、これはこれで夜中にお腹すくんだが)



久臣はもう一度欠伸をしてくうっと小さな腹の虫を鳴らす。それから深い深いため息をついた。

考えるのはまだまだ小さい自分の息子のことである。



最近ずーっとにこにこだった息子は彼のお友達が急にいなくなってしまってから瞬時に今までの無表情で何を考えてるか分からない顔に戻ってしまった。泣きわめきもせずじっとただ見つめる。あんなにおしゃべりだった小さなお口は完全に閉ざして首を振るだけしか反応を示さなくなった。

だからここ最近は、はいかいいえで答えられる話しかできない。それ以外を求めようとするとふいっとそっぽを向いて去ってしまう。



何より、ご飯を食べない。



前まではとりあえず膳の半分は食べていた(お友達が一緒にいた時は分け与えていたが、最後は全部お利巧に食べていた)が今は固形物を受け付けないのか長く咀嚼をした後にべえっと吐き出してしまう。だからおかゆのようなものや汁物が食卓に乗っているがそれでも一口、二口で終わりにして代わりに水ばかり口にする。苦肉の策でその水に極限まですりおろした果物を混ぜておくと顔をしかめるが大人しく飲み干すのでもっぱら果物を買い占めてどれが一番よく飲み干してくれるのか注意深く見ている。



さて、そのお友達であるが名前は毘沙門静紀。いくら息子がなついていたとしても得体のしれない子を傍に置くわけにはいかないので彼の素性は調べ上げた。

名家に生まれたのが運の尽きともいうべきか、法術が使えないために毘沙門一族に秘匿されていた。

彼の装いや態度を見るに屋敷内での立場は明らかだ。あそこは頭が固いし、その上一年後に優秀な弟が生まれたため風当たりが強いはずだ。

何より、顔が似ていない。

服装をとっても名家の息子だなんて思わないだろう。久臣も最初は何処かの物乞いかと思っていた。



ただ、育ちが悪いだなんてことはない。環境は劣悪なはずなのに礼儀正しく、教養もある。その環境でどうしてそんないい子に育ったのか疑問なくらいだ。



(報告では、しーちゃんと対峙した妖魔は消えたらしいし、何かしら俺の知らない力を持っているのは確かなんだけどね。それにあの刀も……)



静紀が持っていた子供に不釣り合いな大太刀。何かしら法術がかけられている特別なものだと思うが特殊な構造なのか詳しく調べる事は出来なかった。近日中に専門家を呼んで調べさせる予定だったが跡形もなく消えてしまった。



探させたいが、それよりも考えることがある。



(しーちゃん、どこ行った!!)



数日前までは毘沙門の屋敷にいる事は知っていた。毘沙門の監視役から報告を受けていたので確実だ。そして、妖魔狩りに行ったことも。

名家の為、定期的に妖魔狩りに行くことは義務となっている。この前は毘沙門の担当であった。それに加えて一応霊峰院の術者がついていくのだが、まさか、それに子供を連れていくとは思わなかった。



(いくら優秀とはいえ五歳の子供に行かせるか……?)



それの侍従だと言ってついていったのも子供。確実にそれが静紀であることは明白である。

そして偶々偶然、二番目の弟である九郎が駆り出されたので頃合いを見て捕まえろという指示を出していた。本人が嫌がるようなら気絶させて連れてこいとも。



(まあ、くーちゃんがごはん食べなくなったって言えばきっとついてきてくれると思うけど)



ただ、そこで予想外の事が起きた。

三部隊に別れて行動し妖魔を襲撃したが、突然妖魔が強くなった。報告によれば、複数いた妖魔は共食いを始め、残ったものが桁違いの力を発揮したという。ただ、とある瞬間・・・・・から弱体化してどうにか倒すことが出来たらしい。



そして、九郎が瀕死状態で発見された。左肩から切断されてその部位は見つかっていない。出血がひどく、助からないかもしれないという状態で奇跡的に生還。容体は安定しているが、まだ寝たままである。しばらくすれば目が覚めるというが……。



その為、詳しい状況はまだ分かっていないのである。



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