【完結済】やり直した嫌われ者は、帝様に囲われる

紫鶴

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「あ……」

「駆。良く帰って来たな」



その人物はにこりとも笑うことなくそう言った。

男である。駆の父で福禄の当主である。

駆はどうにか震える体を抑えながらゆっくりと頭を下げた。ここで自分がへまをしたらこの二人が殺されてしまう。その圧力に呼吸が少し乱れるがぐっと唇を噛んで堪えた。



「はい、当主様」

「ああ、早く家に戻りなさい。其方の、私の息子がお世話になったね」

「いいえ、いいえそんな事ありませんよ」



晴臣は微笑みを絶やさず優しくそう声を出す。ばくばくと駆は心臓が飛び出そうなほど心臓を鳴らしながら早くこの二人から離れなければと素早く男のところに向かおうとしてくいっと服の裾を掴まれた。見ると掴んでいるのは久遠である。身を乗り出してじいっと男を見つめている。



「え、な、なんですか?」



思わず駆がそう言うと、じっとそれを見た晴臣が話し出す。



「うちの若君が、まだ貴方と離れたくないみたいです。もう少し付き合っていただけませんか?」

「え?」



先ほどの行動を思い出して駆は思わず久遠を見る。しかし、彼はじっと男を見ているだけでこちらに視線を全く寄越さない。



「どうか、もう少しだけ時間をくれませんか?」

「い、いや、それは……」



意図が分からずに混乱して、しどろもどろになっていると男がふむっと大きくそう言った。



「ならば我が屋敷に招待しよう」



男のその言葉に即座にだめだと声を出そうとして鋭く睨まれた駆はびくりと体を震わせた。恐怖が体を支配してうまく動かない。俯いて何もできずに顔を青くして、ぐっと目をきつく閉じて―――。



「あーま、ない」



久遠が声を出した。

たどたどしくそういった彼はすっと短い腕を伸ばして男の顔の部分を指さす。



「はるちゃ、あーま、ない」

「おやおや、それは大変ですね」

「ん」



そう言って晴臣が久遠をおろすと、久遠はさっと駆の着物を掴んでぐいぐい後ろに下がらせようとする。困惑して、駆が晴臣を見たが次の瞬間、暗闇でぎらりと鈍色の光が見えた。そして腐った何かの臭いとべちゃりという液体のような何かが落ちたような音。



「これは、ひどい。だいぶ腐敗が……」

「え、え?」



臭いは一瞬にして消えた。晴臣がそれに法術をかけたからである。

しかし、そんな事はどうでもいい。

駆の目の前には信じられない光景が広がっていた。



「とうしゅ、さま……?」



首を斬られている何か。晴臣の言う通りかなり腐敗して判別がつかないくらいにぐちゃぐちゃだ。駆はおえっと生理的に吐き気が込み上げてまたしても嘔吐をすると、ばさりと頭から上着を被せられた。



「いったん離れましょう。若君も見ちゃだめです」

「ん」

「……」

「失礼しますね」



呆然とした駆が、晴臣に抱えられ一緒に久遠も抱えてその場を離れる。一先ず、中央の方まで歩いていくと「晴臣さま!」っと焦った声が聞こえた。



「おや、鉄二。遅かったですね」

「遅かったですねではなく!何外出ているんですか貴方まで!」

「因みに兄様は、門の外です」

「あの馬鹿!!!!」



此方に走ってきた男、鉄二は晴臣の言葉に頭を抱える。そこで、晴臣の腕にもう一人見知らぬ子どもがいることに気が付いた。



「其方は……?」

「ああ、福禄の子供です。ところで、今どれくらい兵を出せますか?」

「300は集めます」

「分かりました。では、福禄の屋敷を囲んで中にいる者全員捕らえなさい。当主が、死体でした」

「はっ!」



晴臣の言葉に鉄二が素早く身を翻して行動に移る。それを見た晴臣は腕の中にいる駆を気づかわし気に見つめた。



「申し訳ありません、辛いでしょう……」

「い、え、いいえ……」



駆はそれしか言えず、ぼんやりとしながらあっと声を出した。



「あずにい……」

「? はい?」

「あずにい、あずにいが地下に、地下にいて!まだ、ま、だ……」



声を出すが勢いは無くなる。

先ほどの衝撃的な光景を目の当たりにして、果たしてあの梓は本物かどうかわからずにそれ以上言葉が続かない。

自分のせいで、死んでしまったなんてそんな事―――。

駆は、その計り知れない強い衝撃を拒絶するように静かに目を閉じる。

それ以上のことは、もう何も考えたくない。何もかも、忘れてしまいたかった。だからこのまま眠ってしまおうと駆はすべてを放棄しようとしたが、ぐいっと強く腕を引かれた。




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