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あずみ
3.お料理教室に通う
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「それで今日はどんな御用でここへいらしたの?まさか、山波さんが妊娠したとか。」
「まさか・・・妊娠するとしたら僕だけど、それはないから安心して。
今日はね、教授の帰りが遅くなるから、あずみにご飯を食べさせてやってくれって言われたから迎えに来たんだよ。」
「それは晩御飯のお話ですよね。まだ朝ですよ」
「だから、お料理教室行って、そこで習って夜作るんだよ。二人で。」
「巻き添えですか。」
「違う。共同作業だ。」
「さあ、どうでしょう。」
「着替えておいでよ。」
「ワンピースと男の子のお洋服。どちらがいいですか。」
「どっちでもいいよ。僕はどっちのあずみも好きだから。」
あずみは、今日はチェックのシャツと赤いパンツで男の子の洋服に着替え、シュークローゼットに山ほど並んだ靴の中から、まだ新しい紺色のスニーカーを合わせた。
「新しいスニーカー買ってもらったの?」
「ええ、これを買ってもらったのは1年ほど前です。」
「一度も履かなかったの?」
「なかなかお出かけのタイミングがなくて。
やっと本日、日の目を見ることができてさぞかし喜んでいる事と思います。」
「何が。」
「スニーカーが。」
「それは良かった。」
緑山は半ば呆れていたが、どうしても一緒にお料理教室に行ってほしかったから我慢してぎりぎりの答えを返した。
「則夫君、ずいぶん小さな車ですね。しかもボロボロです。」
「そうなんだ。軽自動車って言うんだ。中古をローンで買ったんだ。素敵だろ。自分の力だけで買ったんだよ。」
「スーパーマーケットのアルバイトでですか。素晴らしい。」
「だろ。今は結婚式のお金を貯めてるんだ。」
「え、え、っ。それは素敵。幸せいっぱいだね。」
「そうなんだ。怖いくらい幸せなんだ。」
「そう。則夫君の暑苦しいノロケ話でお腹いっぱいで吐きそうです。
ここで吐いていいですか。」
「ダメだよ。あとちょっとでつくから着いたら嫌という程吐いていいから我慢しようね。」
「はーい。」
もうすぐとは言ったが20分ちょっとかかり、その間あずみは、山波との甘い甘いノロケ話をタップと聞かされウンザリしていた。
山波は緑山の恋人。
元々は如月の元で助教授をしていた。
緑山は如月と山波が務めていた大学の生徒で、如月の従兄弟と言うこともあって、論文やら研究のまとめやらを手伝っている間に、なんとなく、好きになり・・・大好きになり・・・一度は別れたけれど、やっぱり忘れられずに追いかけて、同棲生活がスタートしたばかりのまだ湯気が出そうなほど熱々な毎日を送っている。
「則夫君、途中何回か同じ道通りませんでしたか?」
「そうだったかな・・・はじめてくるところは迷っちゃうね。」
「ひょっとして、山波さんのお話がしたくてワザと道に迷ったふりをしていたのですか。」
「いやぁ・・・バレちゃった?誰かに言いたくって、言いたくって。
それでもまだまだ話し足りないかんじ。」
「そう。別れちゃえばいいのに。」
「残念。それ絶対ない。」
「へぇーすごい自信。何があっても今の幸せを死守する気か!」
「当たり前だろ!かかってこいよ。」
「望ところだ!」
緑山とあずみは訳の分からない闘志をむき出しにしたけれど、あずみには緑山の幸せオーラを打ち破る武器を持ち合わせていなかった。
(ふ、バカバカしい)
お料理教室に着いても、あずみのイライラは続いていた。
「はい、ではこのエプロンをお使いください。」
あずみは返事もせず、受付の人が差し出したエプロンをむしり取ると適当に体に巻きつけた。
「アレ、エプロンつけるのは初めて?」
あずみに声を掛けてきたのは、今日の講師の依田郁美だった。
依田はあずみが逆さまにつけたエプロンを外すと、手際よくエプロンを付け直した。
「初めてじゃないですよ。何度かつけたことあります。
ワザとです。ワザとこんな風につけてみただけです。」
「そう。君面白いね。この髪型もワザとなの。」
依田は笑いながらあずみの寝ぐせが付いた髪を撫でた。
「そうです。触らないでもらえますか。」
「ごめんなさい。この子、万年反抗期で・・・・」
緑山が依田とあずみの間に入った。
「この方は誰ですか?」
あずみは依田に指を指して言った。
「僕は依田郁美。ここの講師だよ。」
「あらそう。」
緑山は愛想笑いでふくれっ面のあずみを依田の前から隠した。
「あずみ、喧嘩しちゃダメだよ。男の人の講師ってなかなかいないんだから。
しかもここは生徒も男の人だけでしょ。こんなところあんまりないんだから。」
あずみにそっと耳打ちした
「はーい。わかりました。」
あずみも緑山の耳元でなるべく小声で返事をした。
そしてお料理教室はゆっくりと始まった。あずみと緑山は初めてということで二人だけのグループになった。
今日の献立は豚肉のピカタと温野菜サラダにワカメスープ。
緑山もあずみも真剣に取り組んだが、特にあずみは包丁を持つこともはじめてで、教えるのにとんでもないほど労力を要した。
「先生このピーマンはみじん切りでもいいですか?」
「あずみ君これはパプリカですよ。みじん切りではなく細長く切ります。」
「僕はピーマンが嫌いです。だから見えないくらい細かく切りたいです。」
「あずみ君パプリカはピーマンとは味が違うから大丈夫だよ。苦くないんだよ。」
「見た目が嫌いです。」
「じゃあ、緑山君にやってもらおうね。あずみ君はちょっと見ていてもらおうかな。」
「先生、僕もピーマンは嫌いです。」
「・・・あっそ・・・じゃあ僕がやろうね。」
依田はこんなに手のかかる生徒ははじめてで、時間通りにすべてのメニューを作り終わるのに必死だった。
それでも出来上がって試食の時間には、まるで自分達だけで作りあげたかのような喜びで大満足だった。
「それではまた来週です。」
「はーい。今日はどうもありがとうございました。」
そのまま緑山とあずみはスーパーに向かい、屋や早足で今日のレシピ通りの買い物をし、山波のアパートに向かい、作業に取り掛かった。
その間、二人は一言も交わしていない。なぜなら、何かを話すと全部忘れてしまいそうだったからだ。
「まさか・・・妊娠するとしたら僕だけど、それはないから安心して。
今日はね、教授の帰りが遅くなるから、あずみにご飯を食べさせてやってくれって言われたから迎えに来たんだよ。」
「それは晩御飯のお話ですよね。まだ朝ですよ」
「だから、お料理教室行って、そこで習って夜作るんだよ。二人で。」
「巻き添えですか。」
「違う。共同作業だ。」
「さあ、どうでしょう。」
「着替えておいでよ。」
「ワンピースと男の子のお洋服。どちらがいいですか。」
「どっちでもいいよ。僕はどっちのあずみも好きだから。」
あずみは、今日はチェックのシャツと赤いパンツで男の子の洋服に着替え、シュークローゼットに山ほど並んだ靴の中から、まだ新しい紺色のスニーカーを合わせた。
「新しいスニーカー買ってもらったの?」
「ええ、これを買ってもらったのは1年ほど前です。」
「一度も履かなかったの?」
「なかなかお出かけのタイミングがなくて。
やっと本日、日の目を見ることができてさぞかし喜んでいる事と思います。」
「何が。」
「スニーカーが。」
「それは良かった。」
緑山は半ば呆れていたが、どうしても一緒にお料理教室に行ってほしかったから我慢してぎりぎりの答えを返した。
「則夫君、ずいぶん小さな車ですね。しかもボロボロです。」
「そうなんだ。軽自動車って言うんだ。中古をローンで買ったんだ。素敵だろ。自分の力だけで買ったんだよ。」
「スーパーマーケットのアルバイトでですか。素晴らしい。」
「だろ。今は結婚式のお金を貯めてるんだ。」
「え、え、っ。それは素敵。幸せいっぱいだね。」
「そうなんだ。怖いくらい幸せなんだ。」
「そう。則夫君の暑苦しいノロケ話でお腹いっぱいで吐きそうです。
ここで吐いていいですか。」
「ダメだよ。あとちょっとでつくから着いたら嫌という程吐いていいから我慢しようね。」
「はーい。」
もうすぐとは言ったが20分ちょっとかかり、その間あずみは、山波との甘い甘いノロケ話をタップと聞かされウンザリしていた。
山波は緑山の恋人。
元々は如月の元で助教授をしていた。
緑山は如月と山波が務めていた大学の生徒で、如月の従兄弟と言うこともあって、論文やら研究のまとめやらを手伝っている間に、なんとなく、好きになり・・・大好きになり・・・一度は別れたけれど、やっぱり忘れられずに追いかけて、同棲生活がスタートしたばかりのまだ湯気が出そうなほど熱々な毎日を送っている。
「則夫君、途中何回か同じ道通りませんでしたか?」
「そうだったかな・・・はじめてくるところは迷っちゃうね。」
「ひょっとして、山波さんのお話がしたくてワザと道に迷ったふりをしていたのですか。」
「いやぁ・・・バレちゃった?誰かに言いたくって、言いたくって。
それでもまだまだ話し足りないかんじ。」
「そう。別れちゃえばいいのに。」
「残念。それ絶対ない。」
「へぇーすごい自信。何があっても今の幸せを死守する気か!」
「当たり前だろ!かかってこいよ。」
「望ところだ!」
緑山とあずみは訳の分からない闘志をむき出しにしたけれど、あずみには緑山の幸せオーラを打ち破る武器を持ち合わせていなかった。
(ふ、バカバカしい)
お料理教室に着いても、あずみのイライラは続いていた。
「はい、ではこのエプロンをお使いください。」
あずみは返事もせず、受付の人が差し出したエプロンをむしり取ると適当に体に巻きつけた。
「アレ、エプロンつけるのは初めて?」
あずみに声を掛けてきたのは、今日の講師の依田郁美だった。
依田はあずみが逆さまにつけたエプロンを外すと、手際よくエプロンを付け直した。
「初めてじゃないですよ。何度かつけたことあります。
ワザとです。ワザとこんな風につけてみただけです。」
「そう。君面白いね。この髪型もワザとなの。」
依田は笑いながらあずみの寝ぐせが付いた髪を撫でた。
「そうです。触らないでもらえますか。」
「ごめんなさい。この子、万年反抗期で・・・・」
緑山が依田とあずみの間に入った。
「この方は誰ですか?」
あずみは依田に指を指して言った。
「僕は依田郁美。ここの講師だよ。」
「あらそう。」
緑山は愛想笑いでふくれっ面のあずみを依田の前から隠した。
「あずみ、喧嘩しちゃダメだよ。男の人の講師ってなかなかいないんだから。
しかもここは生徒も男の人だけでしょ。こんなところあんまりないんだから。」
あずみにそっと耳打ちした
「はーい。わかりました。」
あずみも緑山の耳元でなるべく小声で返事をした。
そしてお料理教室はゆっくりと始まった。あずみと緑山は初めてということで二人だけのグループになった。
今日の献立は豚肉のピカタと温野菜サラダにワカメスープ。
緑山もあずみも真剣に取り組んだが、特にあずみは包丁を持つこともはじめてで、教えるのにとんでもないほど労力を要した。
「先生このピーマンはみじん切りでもいいですか?」
「あずみ君これはパプリカですよ。みじん切りではなく細長く切ります。」
「僕はピーマンが嫌いです。だから見えないくらい細かく切りたいです。」
「あずみ君パプリカはピーマンとは味が違うから大丈夫だよ。苦くないんだよ。」
「見た目が嫌いです。」
「じゃあ、緑山君にやってもらおうね。あずみ君はちょっと見ていてもらおうかな。」
「先生、僕もピーマンは嫌いです。」
「・・・あっそ・・・じゃあ僕がやろうね。」
依田はこんなに手のかかる生徒ははじめてで、時間通りにすべてのメニューを作り終わるのに必死だった。
それでも出来上がって試食の時間には、まるで自分達だけで作りあげたかのような喜びで大満足だった。
「それではまた来週です。」
「はーい。今日はどうもありがとうございました。」
そのまま緑山とあずみはスーパーに向かい、屋や早足で今日のレシピ通りの買い物をし、山波のアパートに向かい、作業に取り掛かった。
その間、二人は一言も交わしていない。なぜなら、何かを話すと全部忘れてしまいそうだったからだ。
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