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緑山規夫の初めての愛
助教授 山波圭一郎
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研究室の仕事は思った以上に厄介で、膨大な資料と書類の山に埋もれるように仕事を進めた。
会話はほとんどなく、その部屋はキーボードを打ち込む音と紙がこすれる音だけしかしなかった。
当然、雅と如月が会話を交わすこともなく、淡々と時間は過ぎ、すべての仕事が終わるまでは翌日の夕方過ぎまでかかった。
雅と隼人は一度帰り、翌日また仕事を始めるというスタイルだったが、山波と緑山は仮眠をとるくらいでほとんど徹夜で、終わったころにはぐったりと、帰る体力も残っていなかった。
「どうする、ご飯でも食べに行くか?」
「いや隼人と帰ってから食べます。」
「そう、助かったよ、本当にありがとう。」
如月は早々に帰宅していて、最後に見送ってくれたのは山波助教授だった。
とてもまじめで勉強熱心な努力家。
緑山は冷徹と言っていたが、雅にはとても優しい男に見えた。
いつも品のいいスリムなスーツをきれいに着て、如月の代わりによく講義に立つが、わかりやすく歯切れのいい、よく響く声も雅は気に入っていた。
だが、よく考えると講義以外で、この人の声を聞くことはまずない。
いつも一人でいる。
話し掛けるものも誰もいないし話しかけたとしても、勉強以外の質問には一切応えず、冗談などは以ての外、そういう質問を投げた場合は、冷たい視線だけを残して去っていったという噂で生徒にはどちらかというと嫌われていた。
学校で山波の笑った顔を見たという人もいない。
そういった意味ではやはり冷徹なのかもしれない。
「谷中君。悪いが、緑山を送っていってもらえないか。」
その冷徹などという言葉のかけらも感じさせないほど、今日は穏やかな声でそして優しいまなざしで雅に話しかけた。
「いいですよ。」
「俺はいいよ。寮に泊まる。どうせまた学校ヘ来るんだ。」
「ここのベッドでは疲れが取れないんじゃないのか。」
「家でママの叱言を聞くより寝不足で辛いほうがましだ。」
「着替えは、昨日のブラウスをクリーニングに出しておこうか、明日までには出来るよ。」
「アレは捨ててくれ。あのスケベジジイの事を思い出すと反吐が出そうだ。」
「そんなやつと寝るな。」
「そんなやつとでも寝ないとやってられない気分だったんだよ。」
緑山は雅たちに一度手をあげると、細い首を自分の手で揉みながら、山波が借りている寮の部屋ヘさっさと入って行った。
その姿を包みこむような眼差しで見つめながら山波も続き、見送った雅と隼人も帰って行った。
部屋についた緑山は大きな溜息と共にベッドに服のままなだれ込んだ。
確かに疲労もあったが、それ以外にも言葉にするには少し難しい、モヤモヤとしたものに苛立っていた。
研究室の仕事が立て込むたびに何度かこの部屋には泊ったことはあるが、いつもは話をしている余裕もなく眠りにつく。
けれど・・・なぜか今日は無性に寂しく誰かに甘えたくて、とても一人では眠れそうになかった。
「風呂は入らないのか?」
「いいよ。明日シャワー浴びる。でも先生が一緒に入ってくれるなら入る。」
「あいにくだけど、ここの風呂は二人で入れるほど広くない。」
「じゃやっぱり入らない。」
「俺のマンションヘ行くか。ここより広いしゆっくり出来るぞ。」
「イヤ。女の匂いがするところで寝られない。」
「女なんか連れ込んでないよ。」
「ウソ。」
「勝手にしろ。」
山波は風呂に行ったが、緑山はベッドの上でふてくされ、枕に顔を埋めて転がっていた。
体も疲れていたし、目も閉じてはいたが、ねむってはいなかった
逆に頭が冴えて、後悔と欲望が頭を駆け巡り、心が沈み、苛立ちを募らせていた。
かといって当たるところもなく、一人で抱えるにも辛くなっていた。
目を開けると、風呂から上がった山波がソファーでタバコを吸いながら本を読んでいるのが見えた。
学校では見ない、タバコを吸っている姿がやけに大人の男に見えた。
どれほどその姿を見つめただろう山波は2本目のタバコに火をつける時、やっと緑山が自分を見つめていることに気がついた。
「起きたのか?」
「ずっと起きてた。」
「なら、声をかけてくれればよかったのに。」
「言葉が思いつかなかった。」
山波は素知らぬふりをして本に目を移した。
緑山はその山波吐く煙の行方をずっと見続けた。
そして、2本目のタバコを消した時、思いついたように声をかけた。
「ねえ先生。」
「ん?」
「服、脱がせて、シワになっちゃう。」
「自分でできないのか。」
「できない。」
山波は読みかけの本を閉じ、ベッドに腰掛け緑山のシャツのボタンを外した。
「男の服を脱がせるのは初めてだ。」
「気持ち悪い?」
「イヤ。」
「僕は男にしか脱がされたことがないよ。気持ち悪い?」
「イヤ。」
山波はとてもやさしく、そしてゆっくりとボタンを外し、片袖をするりとぬくと、丁寧に背中を抱き上げてシャツを脱がせた。
その間ずっと、山波から視線を外さず、瞬きさえも惜しんで顔を見続けた。
「いつもこんな風に女の服も脱がせるの?」
「その質問の答えを聞きたいか?」
「聞きたくない。」
ベルトに手をかけファスナーを下ろすと、細い腰を持ち上げズボンを脱がせ始めた。
「ねえ、先生。昨日、ママに紹介してもらった女社長に会ったの?」
「会ったよ。」
「楽しかった?」
「仕事だ。」
「でもやったんでしょ。」
「うん」
ズボンを脱ぎ終わるころ、緑山は涙を浮かべていた。
「如月のため?」
山波は何も言わず、今脱がせたズボンの筋をそろえてハンガーにかけた。
「ねえ先生。僕もお金を払ったら先生は僕を抱いてくれるの?」
「バカなこと言ってないで寝なさい。ひと眠りしたらご飯を食べに行こう。」
「じゃあ先生、一つだけ教えて。先生は好きな人がいないの?誰かを好きになったことはないの?」
「あるよ。ずっと昔から今でも忘れられない大好きな人が一人だけいる。」
「如月?」
「違う。あの人には返しきれない恩がある。ただそれだけだ。
好きな人は他にいる。けど、その人とは結ばれてはいけないんだ。」
「僕をその人の代わりに・・・・」
「もっと自分を大切にしなさい。今日は、君はとても疲れている。そばにいるから寝なさい。起きたらおいしいものを食べに行こうね。」
緑山に毛布を掛け、ベッドの下に座り顔を寄せて髪を撫でた。緑山は涙でまつげを濡らして眠りについた。
モヤモヤしていた心にほんの少しだけ心に陽が指したように、温かく感じられた。
会話はほとんどなく、その部屋はキーボードを打ち込む音と紙がこすれる音だけしかしなかった。
当然、雅と如月が会話を交わすこともなく、淡々と時間は過ぎ、すべての仕事が終わるまでは翌日の夕方過ぎまでかかった。
雅と隼人は一度帰り、翌日また仕事を始めるというスタイルだったが、山波と緑山は仮眠をとるくらいでほとんど徹夜で、終わったころにはぐったりと、帰る体力も残っていなかった。
「どうする、ご飯でも食べに行くか?」
「いや隼人と帰ってから食べます。」
「そう、助かったよ、本当にありがとう。」
如月は早々に帰宅していて、最後に見送ってくれたのは山波助教授だった。
とてもまじめで勉強熱心な努力家。
緑山は冷徹と言っていたが、雅にはとても優しい男に見えた。
いつも品のいいスリムなスーツをきれいに着て、如月の代わりによく講義に立つが、わかりやすく歯切れのいい、よく響く声も雅は気に入っていた。
だが、よく考えると講義以外で、この人の声を聞くことはまずない。
いつも一人でいる。
話し掛けるものも誰もいないし話しかけたとしても、勉強以外の質問には一切応えず、冗談などは以ての外、そういう質問を投げた場合は、冷たい視線だけを残して去っていったという噂で生徒にはどちらかというと嫌われていた。
学校で山波の笑った顔を見たという人もいない。
そういった意味ではやはり冷徹なのかもしれない。
「谷中君。悪いが、緑山を送っていってもらえないか。」
その冷徹などという言葉のかけらも感じさせないほど、今日は穏やかな声でそして優しいまなざしで雅に話しかけた。
「いいですよ。」
「俺はいいよ。寮に泊まる。どうせまた学校ヘ来るんだ。」
「ここのベッドでは疲れが取れないんじゃないのか。」
「家でママの叱言を聞くより寝不足で辛いほうがましだ。」
「着替えは、昨日のブラウスをクリーニングに出しておこうか、明日までには出来るよ。」
「アレは捨ててくれ。あのスケベジジイの事を思い出すと反吐が出そうだ。」
「そんなやつと寝るな。」
「そんなやつとでも寝ないとやってられない気分だったんだよ。」
緑山は雅たちに一度手をあげると、細い首を自分の手で揉みながら、山波が借りている寮の部屋ヘさっさと入って行った。
その姿を包みこむような眼差しで見つめながら山波も続き、見送った雅と隼人も帰って行った。
部屋についた緑山は大きな溜息と共にベッドに服のままなだれ込んだ。
確かに疲労もあったが、それ以外にも言葉にするには少し難しい、モヤモヤとしたものに苛立っていた。
研究室の仕事が立て込むたびに何度かこの部屋には泊ったことはあるが、いつもは話をしている余裕もなく眠りにつく。
けれど・・・なぜか今日は無性に寂しく誰かに甘えたくて、とても一人では眠れそうになかった。
「風呂は入らないのか?」
「いいよ。明日シャワー浴びる。でも先生が一緒に入ってくれるなら入る。」
「あいにくだけど、ここの風呂は二人で入れるほど広くない。」
「じゃやっぱり入らない。」
「俺のマンションヘ行くか。ここより広いしゆっくり出来るぞ。」
「イヤ。女の匂いがするところで寝られない。」
「女なんか連れ込んでないよ。」
「ウソ。」
「勝手にしろ。」
山波は風呂に行ったが、緑山はベッドの上でふてくされ、枕に顔を埋めて転がっていた。
体も疲れていたし、目も閉じてはいたが、ねむってはいなかった
逆に頭が冴えて、後悔と欲望が頭を駆け巡り、心が沈み、苛立ちを募らせていた。
かといって当たるところもなく、一人で抱えるにも辛くなっていた。
目を開けると、風呂から上がった山波がソファーでタバコを吸いながら本を読んでいるのが見えた。
学校では見ない、タバコを吸っている姿がやけに大人の男に見えた。
どれほどその姿を見つめただろう山波は2本目のタバコに火をつける時、やっと緑山が自分を見つめていることに気がついた。
「起きたのか?」
「ずっと起きてた。」
「なら、声をかけてくれればよかったのに。」
「言葉が思いつかなかった。」
山波は素知らぬふりをして本に目を移した。
緑山はその山波吐く煙の行方をずっと見続けた。
そして、2本目のタバコを消した時、思いついたように声をかけた。
「ねえ先生。」
「ん?」
「服、脱がせて、シワになっちゃう。」
「自分でできないのか。」
「できない。」
山波は読みかけの本を閉じ、ベッドに腰掛け緑山のシャツのボタンを外した。
「男の服を脱がせるのは初めてだ。」
「気持ち悪い?」
「イヤ。」
「僕は男にしか脱がされたことがないよ。気持ち悪い?」
「イヤ。」
山波はとてもやさしく、そしてゆっくりとボタンを外し、片袖をするりとぬくと、丁寧に背中を抱き上げてシャツを脱がせた。
その間ずっと、山波から視線を外さず、瞬きさえも惜しんで顔を見続けた。
「いつもこんな風に女の服も脱がせるの?」
「その質問の答えを聞きたいか?」
「聞きたくない。」
ベルトに手をかけファスナーを下ろすと、細い腰を持ち上げズボンを脱がせ始めた。
「ねえ、先生。昨日、ママに紹介してもらった女社長に会ったの?」
「会ったよ。」
「楽しかった?」
「仕事だ。」
「でもやったんでしょ。」
「うん」
ズボンを脱ぎ終わるころ、緑山は涙を浮かべていた。
「如月のため?」
山波は何も言わず、今脱がせたズボンの筋をそろえてハンガーにかけた。
「ねえ先生。僕もお金を払ったら先生は僕を抱いてくれるの?」
「バカなこと言ってないで寝なさい。ひと眠りしたらご飯を食べに行こう。」
「じゃあ先生、一つだけ教えて。先生は好きな人がいないの?誰かを好きになったことはないの?」
「あるよ。ずっと昔から今でも忘れられない大好きな人が一人だけいる。」
「如月?」
「違う。あの人には返しきれない恩がある。ただそれだけだ。
好きな人は他にいる。けど、その人とは結ばれてはいけないんだ。」
「僕をその人の代わりに・・・・」
「もっと自分を大切にしなさい。今日は、君はとても疲れている。そばにいるから寝なさい。起きたらおいしいものを食べに行こうね。」
緑山に毛布を掛け、ベッドの下に座り顔を寄せて髪を撫でた。緑山は涙でまつげを濡らして眠りについた。
モヤモヤしていた心にほんの少しだけ心に陽が指したように、温かく感じられた。
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