あずみ君は今日も笑わない

富井

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波乱のあずみ君

約束は破られる

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あずみは、あの日のあの夜、晴れて恋人となった如月と甘く濃く激しい初めての夜を迎える・・・はずだった。

その夜に二人は見つめ合い、この世の中にある、ありとあらゆる愛の言葉をささやきながら抱きしめ合い、お互いの全てを指で、肌で、唇で確かめ合い、広いベッドであんなことやこんなこと、思春期の妄想の全てが現実になる・・・予定だった。

あずみは、如月が朝食の時に「昼で帰って来るから買い物に行こう」と言われたことに心を躍らせ、いそいそと髪を梳かし、時間をかけて洋服を選び、昼近くには靴を選んで玄関でお出迎えの準備をし、ドキドキしながら昼を迎え、刻々と時間は過ぎ夕方になり、あっという間に景色は闇に包まれた。

少し肌寒く感じたのと、心細さで、あずみは待機場所を玄関から居間へ移した。
その日は、お手伝いの鈴木も休みで、大きな屋敷にあずみは一人。
静かすぎる部屋と、腹ペコを紛らわせようとテレビをつけ、少し熱めのお湯を呑んだ。
いつもの席でいつものように・・・

如月薫はあずみの義理の兄で、あずみがこの家にやって来た時からずーっと狙っていた。
くるくると大きな瞳で見上げられることが至福でつい、色々、買い与えたりべたべたと甘やかしてあずみを手名付けたまではよかったが、ここで痛恨のミス!あずみのところに遊びに来ていた従兄弟の緑山規夫の友人、谷中雅と恋に落ちてしまったのだった。
そのことが原因であずみとは溝ができてしまったのだが、なんやかんやあり如月薫はその溝を埋めるべく努力に努力を重ね、あずみもあずみで、ただ悲しんでばかりいるかわいこちゃんではく、それ相応の仕返しをし、紆余曲折を重ねた末、無事あずみをその腕に抱き二人だけのあまーいハジメテの夜を迎える予定だった。そう、あずみだけでなく、如月薫にしても、わくわくドキドキのお楽しみのお約束だったのだ。

如月があずみの元に一刻も早くと思いながら孤軍奮闘しているその時、あずみは、屋敷の裏のゴミ捨て場にいた。

今朝、如月が「臭くて汚いから捨てなさいね。」と言われて、一度は捨てたあのダルダルのスエットを探していた。あのダルダルのスエットは、あずみが持っている唯一の部屋着で、今日、新しいものを買ってもらえる予定だったが、それは予定のままで終わり、今着替えるものがなかったので拾うことにしたのだ。

暗くてよく見えなかったから、そこら辺をぐちゃぐちゃに荒らして、まるで烏がゴミをあさるように、ぐちゃぐちゃにしてやっとスエットをみつけた。

「うぇ、きったない・・・・」

だが、そのダルダルのスエットを指先でつまみ、洗濯機にほおりこむと洗剤をドバドバッといつもより多めに・・・と言っても、ふだんから洗濯などはしたことがないから、本人は適量を知らないのだが・・・入れ、ピッとボタンを押した。

「これで良し!」

その後、ゴミを片付けようとは思ったが、あまりの散らかり様で自分には無理だと判断すると、ゴミ置き場の電気を消した。

あずみは洗濯が終わるまではおとなしく如月を待とうと心に誓った。

洗濯は乾燥までが洗濯だ!結構長い!
いくら何でも、その間には帰って来るだろう。

そう心に言い聞かせ、広い屋敷の広い居間で、一人、端っこの席にポツンと座り、大好きなお笑いのテレビを見ながらお湯をすするのであった。

ピピピピピ・・・・

それから小一時間ほどたち、無情にも洗濯の終わりを告げるブザーが鳴った。

「結構速いな・・・・」

あずみは仕方なく洗濯場へ、ダルダルのスエットを迎えに行った。
ひょっとして洗濯が終わっただけで、乾燥はまだなんじゃない?
等と思っては見たが、ぱかっと扉を開けると、そこにはダルダルのスエットがホカホカに洗い上がっていた。

「はぁ・・・・」

あすみは深くため息をつくと、おしゃれしたかわいい洋服を脱ぎ捨て、ダルダルのスエットに着替えた。襟首が伸び、袖は右と左の長さが違い、ウエストもビローンと伸びて、パンツもウエストは手で押さえていないと落っこちてしまうほど伸び切った、いつものダルダルスエット。ちょっと違うのは洗い立てでちょっといい匂いがすることと、乾燥器のぬくもりがあること。そのちょっと暖かいのが、やけにムカついて今まで我慢していた空腹にさらに拍車がかかった。

だが、本日はお手伝いの鈴木はお休みで、あずみの腹ペコを気遣ってくれるものは誰もいない。
如月と外食の予定だったから、作り置きのお惣菜やパンの買い置きもない。

あずみはキッチンに行くと何か食べられるものを探すため、開く扉の全てを探った。そして冷蔵庫から頂き物のハムをみつけ、それだけでは体によくないと思い、キュウリとキャベツとマヨネーズをゲットして居間へ戻った。

居間へ戻ると、大きな食卓テーブルに、如月の部屋から運んだ布団を敷き、そこへ転がってテレビのボリュームを大きくし、結構大きなボンレスハム丸ごとにかじりついた。

「かたい・・・」

いつも、お手伝いの鈴木さんが冷蔵庫からバン!と、まな板に置き薄―く、薄―く、花びらのように1枚1枚切り分けた物がサラダの上にハラハラっと載っているだけで、こんな風にまるかじりするのは当然初めてだ。薄くてペラペラで頼りない味に思えたが、こうしてまるかじりすると、案外しつこいお味で、すぐ飽きた。その後はキュウリをかじってみたり、きゃべつを一枚一枚はいではマヨネーズをつけてかじってみたが、健康を考えて野菜も・・・というより、虫になったような感じがしてそれもやめた。

枕元にかじりかけのハム、キュウリ、キャベツを並べたまま、布団の中でゴロゴロとしていると、枕からふわっと如月の香りが何処からか漂い、あずみは今日叶うはずの色々を思い浮かべながら一瞬、悶々とした気分になったが、叶わなかった悲しさと独りぼっちの寂しさに腹ペコが拍車をかけて涙がポロポロと溢れて来た。

「お兄様の嘘つき・・・・」

悔し紛れにいっそ眠ってしまおうと思ったものの、如月の香りとハムの香りで眠ることもできず、ただただ泣いた。
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