あずみ君は今日も笑わない

富井

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波乱のあずみ君

怒られる

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けれどやっぱり眠ってしまったようで、あずみは、出勤してきたお手伝いの鈴木に叩き起こされた。

如月は、寝具についてはとても神経質で、鈴木がこの家で働くようになってからずーっと、敷布団のふわふわ感、掛布団のふっくら感、毛布のしっとり感についてとても気を使ってきた。シーツは薄手のオーガニックコットン、掛布団カバーはシルク。なのにあずみが布団に転がって何やら食べたものだから、マヨネーズやらキャベツやらキュウリやらのシミでへんな迷彩柄になっていた。

あすみも同じく如月が寝具にうるさいことは知っていたが、如月を困らせてやりたい、朝、この光景を見て如月がどのくらい怒るか、そして、僕はこれほど怒っているんだぞ!という反抗的態度を形に表してみただけの、ほんの出来心だったのに、如月より早く鈴木が出勤してくることは全くの計算外で、鈴木が目ん玉をひん剥いてあずみをしかりつけるなどと言うことも全くの想定外だった。

「とにかく!あずみさんは顔を洗ってきなさい!」

とヒステリックに怒鳴られ、二度寝しかけた脳みそがビシッと目覚めた。

それからはシーツの手あらいや布団干し、昨日散らかしたゴミ置き場の掃除など、様々なお手伝いをさせられてすっかり忘れていたが、もう昼も近いというのに、いまだに如月は帰って来なかった。
あずみは、布団をダメにしたお仕置きとして、今日一日は鈴木のお手伝いをさせられていた。部屋中の雑巾掛から、夕飯の買い出しまでガッツリ手伝わされた上に、お勉強の時間はいつもの倍。おかげで楽しみにしていた夕方の時代劇の再放送を見ることができなかった。

如月が嫌いなダルダルのスエットのまま、如月のいない1日を過ごし、何の連絡もないまま、今日が終わろうとしていた。

鈴木が夕食の準備をし、居間の大きなテーブルにあずみの分だけがぽつんと並べられた時、悲しさを通り越して、怒りがこみあげて来た。そして、ある程度の時間になると鈴木も帰宅し、広い屋敷にあずみは、独りぼっち。怒りをぶつける相手も、愚痴を聞いてくれる相手もなく、食べることで怒りを紛らわせようと、シチューのお代わりと、3杯目のご飯のお代わりを自分でよそい席に戻ったところで玄関のチャイムが鳴った。

(あ!お兄様!)

このチャイムであずみは今まですごく怒っていたことが嘘のように悦びに変わり、飛び跳ねるように玄関に向かった。

「お帰りなさ・・・・」

「あ、どうも・・・こんばんは!」

カギを開け、元気よく飛び出てみたらそこに立っていたのは如月の教え子の、さえない大学生の鶴屋だった。


「なんだよ!お前か!何しに来た!」

あずみは今までの怒りに加え、さっきのちょっと喜んでしまった自分に腹が立ち、そこに現れた鶴屋にその怒りの全てをぶつけた。

「何しにって・・・教授が、あずみ君に電話をかけても取らないから様子を見てくるように頼まれたんだ。」

「電話?鳴ってない!!」
「あ、教授があずみ君のスマフォは教授の机の引き出しに入れたままだから、出して持っているようにと言ってたよ。また電話するからって。」

「なんだそれ!」

つい先日、あずみはバーで知り合った男の家に転がり込んでいた、何事もなくすぐに帰っては来たのだが、それからもなんやかんやあって如月にスマフォを取り上げられていたのだった。だが、別にスマフォがなくたってあすみは全く大丈夫、若いけどそれほどスマフォ依存症でもない。なぜなら、あずみにはつながる友達がいないからだ。電話帳には如月と従兄弟の緑山のほか、お手伝いの鈴木くらいしか入っていない。

SNSも一度は登録したが、投稿してもイイネをしてくれるのは鈴木くらい。そして鈴木の投稿フォロワー数が1000を超えた時、あずみはアカウントを削除した。

ゲームもやっては見たが画面が小さすぎて面白くない、家のPCでやっているほうがよっぽど面白い。だから、あずみにとってのスマフォはたまに外に出る時の道案内役くらいでしかないのだ。

「だったら自分でこの手に渡しに来いっ!大学に帰ってそう言え!」
「あすみ君・・・僕が教授にそんなこと言えるわけないでしょ。じゃあ、教授の部屋から僕が取ってくるよ。」
「お兄様の部屋に鶴屋ごときが入るのかよ!僕だってそうそう気安く入れてもらえなかったのに!ましてや大切な書類が山ほど詰まってる引出しを開けるだなんて大それたこと・・・鶴屋がやるんだ~へぇ~じゃあ、取って来いよ。」

あずみは思いっきし意地悪をしてみた。
そしてもっともっと意地悪がしたくなった。

「そんな・・・でも、教授からは部屋に入っていいって許可をもらってきたから・・・うん、大丈夫だよ。引出しだって、ベッドの脇の使っていない引出しらしいから!」

意地悪が出来なくなった。

「あそこにはお化けが出るぞ」

「僕はそう言うのあんまり怖くないんだ。どっちかっていうと生きている人のほうが怖いかな。じゃあ、取ってくるよ。」

あずみは困った。

「ちょっと待てよ。お茶淹れるよ。それ飲んでからにしろよ。」
「え?ほんと!感激だなぁ・・・うん。待つ。」

あずみはやむなく鶴屋を居間へ通した。そして、ゆっくりお湯を沸かし、適当にお茶を選んで適当に淹れた。
いつもならお湯の温度や茶葉、カップも慎重にゆっくり選ぶのに、手に取ったものを適当に淹れた。それよりも、頭の中はどうやって鶴屋に意地悪をするか考えるのに必死だった。

「はいっ、どうぞ、お茶です。」

「ありがとう・・・感激だな・・・・」
鶴屋は頬に流れる涙を袖口で拭いながら、差し出されたカップを受け取った。
「うん。いい匂いだ・・・・」
「泣くなんて、大げさな。お茶なんて、いつも淹れてますでしょ。」
「いや、こんなに何度もここへ来ているのにあずみ君にお茶を煎れてもらったのは初めてだよ。鈴木さんに麦茶を出してもらう事は何度かあったけれどね。」
「あら、そうでしたか。まあ、このお茶が最初で最後だと思って味わって飲んでください。」
「うん、そうする・・・・ん~おいしい!この香りも・・・とてもいいね。」
鶴屋は感激のあまりまた涙がこぼれた。

「そんなおおげさな・・・」

あずみはふとさっき手に取った紅茶の缶を見た。銘柄を見ずに適当に手に取ったそれは、いつも普段から飲んでいる安いお茶ではなく、如月が特別な時に飲む、最高級のお茶だった。

(うげっ・・・・しまった!)

イジワルするつもりが、すっかりもてなしムードになっていた。


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