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あずみ君、苛立つ
病院にて
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「あずみ君。」
鶴屋は、少し気を使って小さな声で読んでみた。
あずみは聞こえていたけれど、聞こえないふりをした。
「あずみ君・・・ごめんね。夕べ、早く戻らなきゃと思って頑張りすぎて、大学の門にぶつかっちゃって・・・気が付いたらこんな風で。」
「本当に鶴屋さんは使えませんね。」
「ごめん・・・」
「夕べ言いましたよね。もう行かなくていいから、今夜は寝ましょうって。あの時出かけなければこんな痛い思いしなくて済んだんですよ。僕だって、あなたがお風呂にお湯を入れてくれなかったせいで、夕べお風呂に入れていないんですよ。」
「ごめん・・・」
「という事で、この事故は鶴屋さんが全部悪いんですからね!隼人は半分僕のせいだって言ってましたけど・・・僕は夕べ止めましたからね。」
「そうだね、そうだった。ごめん・・・」
「じゃあ、そう言うことで、僕は帰りますから。」
「うん・・・・」
あずみは、帰るとは言ったものの、すぐに立ち上がって帰るなどという事はできなかった。
元気があるとはいえ、包帯を巻かれ痛々しくベッドに横たわる鶴屋を放置して帰っていいものが、やはりひょっとしたら半分は自分が悪いのではないかと心の中では反省していた。
「あずみ君・・・もういいよ、帰って。教授が気を使って付き添い当番を作ってくれたけれど、本当はこの病院は付き添いはいらないんだ。それに付き添いがいるほど重い病気でもないしね。」
「あ~でも、鈴木さんが折角ご飯を用意してくれたから昼まではいます。このまま持って帰るには重いので、食べて全部空っぽにしてから帰ります。」
「うん!」
あずみは、鶴屋がさっきより一層微笑んだ意味が解らなかったが、その微笑んだ鶴屋に座ったまま深々とお辞儀をした。それが今できるあずみの精一杯だった。
だが、10分もするとその状況にも飽きて来た。鶴屋は飽きて来たというより、大好きなあずみと同じ空間にいることに緊張しすぎて耐え切れなくなってきたのだった。
「あずみ君・・・もうご飯かな・・・?」
「まだです。まだ僕が来て三十分もたっていませんよ。お腹すいたんですか?」
「いや・・・」
「お腹空いていないのに食べると太りますよ。」
「え?そうなの?」
「知りません」
そこで会話は途絶えた。
鶴屋は何か話さなければと思えば思うほど緊張して息苦しくなった。
あずみの機嫌をこれ以上損ねたくない。けれど、2人きりになれたこのチャンスを何とか活かして、もう少し自分の評価をあげたい!と言うのが本音だが、気の利いた会話が何も浮かんでこない・・・
「あずみくんはどんなパンが好き?」
「え?パンですか?なんでもいいです。
敷いて言うなら鈴木さんが焼いてくれる少し厚めのバターがタップリにちょっぴりお砂糖とシナモンがかかったトーストが好きです。そして、鶴屋さんが買ってくるようなパンはあまり好きではありません。」
「・・・・もう少し勉強するよ・・・」
「あ、そういえば、大学のパンがおいしいって言ってましたね。」
「ああ、あれ!本当においしイんだ。購買で朝食用に売られているパンね。甘いパンならプリンのパンがオススメ!調理パンならミートソースの揚げパンかな。サンドイッチも野菜たっぷりでヘルシーなんだ。」
「なんでそんなおいしいパンを知っていながら、僕にはコンビニのジャムパンとかあんパンとかクリームパンなんでしょうか。」
「ご・・ごめん・・・大学のパンは、昼にはもう売り切れちゃうんだ。」
「だからと僕には、コンビニの売れ残りのパンですか。」
「そうじゃなくて・・・・今度、必ずご馳走するよ。大学の購買は昼で売り切れるけど、お店で買ってくるから!」
「お店があるんですか。」
「うん。大学のそばの商店街の中にあるよ。僕、田舎から出てきたばかりの時にぶらぶら散歩してて見つけたんだ。それから好きになって通い詰めて、大学にも週に4回入れてもらっているんだよ。」
「それは、鶴屋さんがお願いしたのですか?」
「そうなんだ。僕が週に4回そこでバイトする代わりに、週4回大学の購買に卸してもらうんだ。」
「バイトですか・・・・」
「あ、でもバイト代はちゃんともらっているよ。それにまかないはそのおいしいパンと、店長の手作りのスープ・・・いい事ばっかり!あそこのバイトは大好きなんだけど・・・もうやめなきゃだよな・・・・足が治るまで代わりのバイトを雇わないなんて、あの店じゃできないよ。だけど、代わりのバイトが来たら、僕なんて、もうお払い箱だろうな・・・」
「では、僕が鶴屋さんの代わりにバイトをしましょう。」
「いや・・・あずみ君には無理かな・・・」
「でも、新しいバイトが来たら鶴屋さんは困るんでしょ。足が治るまでのつなぎくらい僕にだってできますよ。
「いや・・・それは・・・・」
「僕がここにいてもやることもないし、そもそも鶴屋さんのために何かするなんてまっぴらごめんだし。だけど、何かしないとまた隼人に半分は責任があるとか言われちゃうし。なので、パン屋へ行きます。」
「いや、行くって言ったって・・・結構忙しいよ。できる?」
「さあ?どうでしょう?でも鈴木さんのお手伝いはできますよ。」
「まぁ鈴木さんはすごい人だけれども・・・でもなぁ・・・本当に大変だよ。」
「あ、わかった。鶴屋さんは、そのパン屋さんを僕に教えるのがいやなんですね。」
あずみは怪訝そうに鶴屋を見た。鶴屋はただ、本当にあずみのことを心配して忠告しているのにあずみにその思いは届かなかった。あずみがパン屋のバイトではなく、パン屋のおいしいパンにしか興味がないことくらい鶴屋にはわかっていた。
それをわかっていながらバイトに行かせるなんて、パン屋に失礼だという事も理解していたのだが、あずみに嫌われたくないばっかりに、パン屋の住所を教えてしまった。
「わかればいいんですよ。僕だってたまには役に立つんです。」
あすみは住所の描いた紙を受け取ると、さっさとコートを羽織り、足取りも軽く病室を出ようとした。
「あずみ君。今日から行くの?電話しておくからさ、明日からにしたら。」
「いえ、こういうことは、少しでも早い方がいいんです。あちらさんだって喜ぶでしょ。今頃、バイト探さなきゃな、なんて考えているかもですよ。ここで僕が登場すればみんな安心して幸せになるじゃないですか。」
「そうかもしれないけど・・・あ、もうちょっとしたら緑山さんが来るから、そしたら車に乗せって行ってもらったら?少し遠いよ。」
「ご安心を。今日はちゃんとお金を持っていますからバスに乗れます。それに、これから通うのですから行き方を覚えないとです。では!」
「あ、そうだ!鈴木さんのお弁当を・・・」
「それは全部鶴屋さんにあげます。今の僕の胃袋はおいしいパンでいっぱいになりたいと言っていますから。では、ごきげんよう。」
「やっぱり・・・」
とうとうあずみは病室から出て行ってしまった。鈴木の弁当でも引き留められなかったのに、鶴屋の言葉など届くはずもなかった。
鶴屋は悪い予感しかしなかった。今まで世話になったパン屋さんにたいして重罪を犯したような酷く重苦しい気持ちになり、その罪に耐え切れず、パン屋さんに懺悔の電話をした。
それがベッドの上で動くことができない鶴屋の、精一杯だった。
鶴屋は、少し気を使って小さな声で読んでみた。
あずみは聞こえていたけれど、聞こえないふりをした。
「あずみ君・・・ごめんね。夕べ、早く戻らなきゃと思って頑張りすぎて、大学の門にぶつかっちゃって・・・気が付いたらこんな風で。」
「本当に鶴屋さんは使えませんね。」
「ごめん・・・」
「夕べ言いましたよね。もう行かなくていいから、今夜は寝ましょうって。あの時出かけなければこんな痛い思いしなくて済んだんですよ。僕だって、あなたがお風呂にお湯を入れてくれなかったせいで、夕べお風呂に入れていないんですよ。」
「ごめん・・・」
「という事で、この事故は鶴屋さんが全部悪いんですからね!隼人は半分僕のせいだって言ってましたけど・・・僕は夕べ止めましたからね。」
「そうだね、そうだった。ごめん・・・」
「じゃあ、そう言うことで、僕は帰りますから。」
「うん・・・・」
あずみは、帰るとは言ったものの、すぐに立ち上がって帰るなどという事はできなかった。
元気があるとはいえ、包帯を巻かれ痛々しくベッドに横たわる鶴屋を放置して帰っていいものが、やはりひょっとしたら半分は自分が悪いのではないかと心の中では反省していた。
「あずみ君・・・もういいよ、帰って。教授が気を使って付き添い当番を作ってくれたけれど、本当はこの病院は付き添いはいらないんだ。それに付き添いがいるほど重い病気でもないしね。」
「あ~でも、鈴木さんが折角ご飯を用意してくれたから昼まではいます。このまま持って帰るには重いので、食べて全部空っぽにしてから帰ります。」
「うん!」
あずみは、鶴屋がさっきより一層微笑んだ意味が解らなかったが、その微笑んだ鶴屋に座ったまま深々とお辞儀をした。それが今できるあずみの精一杯だった。
だが、10分もするとその状況にも飽きて来た。鶴屋は飽きて来たというより、大好きなあずみと同じ空間にいることに緊張しすぎて耐え切れなくなってきたのだった。
「あずみ君・・・もうご飯かな・・・?」
「まだです。まだ僕が来て三十分もたっていませんよ。お腹すいたんですか?」
「いや・・・」
「お腹空いていないのに食べると太りますよ。」
「え?そうなの?」
「知りません」
そこで会話は途絶えた。
鶴屋は何か話さなければと思えば思うほど緊張して息苦しくなった。
あずみの機嫌をこれ以上損ねたくない。けれど、2人きりになれたこのチャンスを何とか活かして、もう少し自分の評価をあげたい!と言うのが本音だが、気の利いた会話が何も浮かんでこない・・・
「あずみくんはどんなパンが好き?」
「え?パンですか?なんでもいいです。
敷いて言うなら鈴木さんが焼いてくれる少し厚めのバターがタップリにちょっぴりお砂糖とシナモンがかかったトーストが好きです。そして、鶴屋さんが買ってくるようなパンはあまり好きではありません。」
「・・・・もう少し勉強するよ・・・」
「あ、そういえば、大学のパンがおいしいって言ってましたね。」
「ああ、あれ!本当においしイんだ。購買で朝食用に売られているパンね。甘いパンならプリンのパンがオススメ!調理パンならミートソースの揚げパンかな。サンドイッチも野菜たっぷりでヘルシーなんだ。」
「なんでそんなおいしいパンを知っていながら、僕にはコンビニのジャムパンとかあんパンとかクリームパンなんでしょうか。」
「ご・・ごめん・・・大学のパンは、昼にはもう売り切れちゃうんだ。」
「だからと僕には、コンビニの売れ残りのパンですか。」
「そうじゃなくて・・・・今度、必ずご馳走するよ。大学の購買は昼で売り切れるけど、お店で買ってくるから!」
「お店があるんですか。」
「うん。大学のそばの商店街の中にあるよ。僕、田舎から出てきたばかりの時にぶらぶら散歩してて見つけたんだ。それから好きになって通い詰めて、大学にも週に4回入れてもらっているんだよ。」
「それは、鶴屋さんがお願いしたのですか?」
「そうなんだ。僕が週に4回そこでバイトする代わりに、週4回大学の購買に卸してもらうんだ。」
「バイトですか・・・・」
「あ、でもバイト代はちゃんともらっているよ。それにまかないはそのおいしいパンと、店長の手作りのスープ・・・いい事ばっかり!あそこのバイトは大好きなんだけど・・・もうやめなきゃだよな・・・・足が治るまで代わりのバイトを雇わないなんて、あの店じゃできないよ。だけど、代わりのバイトが来たら、僕なんて、もうお払い箱だろうな・・・」
「では、僕が鶴屋さんの代わりにバイトをしましょう。」
「いや・・・あずみ君には無理かな・・・」
「でも、新しいバイトが来たら鶴屋さんは困るんでしょ。足が治るまでのつなぎくらい僕にだってできますよ。
「いや・・・それは・・・・」
「僕がここにいてもやることもないし、そもそも鶴屋さんのために何かするなんてまっぴらごめんだし。だけど、何かしないとまた隼人に半分は責任があるとか言われちゃうし。なので、パン屋へ行きます。」
「いや、行くって言ったって・・・結構忙しいよ。できる?」
「さあ?どうでしょう?でも鈴木さんのお手伝いはできますよ。」
「まぁ鈴木さんはすごい人だけれども・・・でもなぁ・・・本当に大変だよ。」
「あ、わかった。鶴屋さんは、そのパン屋さんを僕に教えるのがいやなんですね。」
あずみは怪訝そうに鶴屋を見た。鶴屋はただ、本当にあずみのことを心配して忠告しているのにあずみにその思いは届かなかった。あずみがパン屋のバイトではなく、パン屋のおいしいパンにしか興味がないことくらい鶴屋にはわかっていた。
それをわかっていながらバイトに行かせるなんて、パン屋に失礼だという事も理解していたのだが、あずみに嫌われたくないばっかりに、パン屋の住所を教えてしまった。
「わかればいいんですよ。僕だってたまには役に立つんです。」
あすみは住所の描いた紙を受け取ると、さっさとコートを羽織り、足取りも軽く病室を出ようとした。
「あずみ君。今日から行くの?電話しておくからさ、明日からにしたら。」
「いえ、こういうことは、少しでも早い方がいいんです。あちらさんだって喜ぶでしょ。今頃、バイト探さなきゃな、なんて考えているかもですよ。ここで僕が登場すればみんな安心して幸せになるじゃないですか。」
「そうかもしれないけど・・・あ、もうちょっとしたら緑山さんが来るから、そしたら車に乗せって行ってもらったら?少し遠いよ。」
「ご安心を。今日はちゃんとお金を持っていますからバスに乗れます。それに、これから通うのですから行き方を覚えないとです。では!」
「あ、そうだ!鈴木さんのお弁当を・・・」
「それは全部鶴屋さんにあげます。今の僕の胃袋はおいしいパンでいっぱいになりたいと言っていますから。では、ごきげんよう。」
「やっぱり・・・」
とうとうあずみは病室から出て行ってしまった。鈴木の弁当でも引き留められなかったのに、鶴屋の言葉など届くはずもなかった。
鶴屋は悪い予感しかしなかった。今まで世話になったパン屋さんにたいして重罪を犯したような酷く重苦しい気持ちになり、その罪に耐え切れず、パン屋さんに懺悔の電話をした。
それがベッドの上で動くことができない鶴屋の、精一杯だった。
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