なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.59 祝祭の影






トレヴァント辺境伯家とセキトフ辺境伯家の騒動は、レイヴンクレスト王国内で瞬く間に大きな注目を集めた。


トレヴァント家に秘匿されていた『夫人』の存在と、その血を引く子の存在。


王妃とその両親である前公爵夫妻、そして先代国王夫妻により、その夫人が長年虐げられていたこと。


それが原因で、セキトフ辺境伯家との『不可侵協定』が破棄寸前まで追い込まれたこと。


その責任を取る形で王妃と王大后が王領にある修道院へ送られ、トレヴァント辺境伯であるレオンハルトも爵位を異母弟へ委譲することになったこと。


そして何より、辺境伯夫人であったセシリアが、不当な扱いによる『白い結婚』を理由に婚姻が無効となり、更にセキトフ辺境伯との『不可侵協定』の交渉の功績によって『侯爵位』を叙爵されたこと⸺⸺。



貴族の中には、セシリアに爵位を叙すること……それもいきなり『侯爵位』を与えるなど「行き過ぎではないか?」と異を唱える者たちもいた。


だが、王家による不当な婚約破棄と、その後の王命による強制的な婚姻への『償い』だと言われてしまえば、誰もが口を噤むしかなかった。



何より、セシリアの尽力でヴァンガルド公国との戦争が回避されたのだ。

万が一、戦火が広がれば、各貴族家は多額の軍備負担に加え、援軍として愛する息子や私兵を差し出さなければならなかったかもしれないのだ。


それを思えば、彼女への栄誉に異議を唱えることなど、自らの首を絞めるに等しかった。


セシリアは今や王家からも一目置かれる存在となったブランシェ女侯爵である。


彼女に表立って敵対しようとする者は、ほとんどいなかった。





戦争の危機が去ったことで、ハインリヒとヴィクトリアの結婚式も予定通りに執り行われることとなった。


ウエディングドレスは、アーサーに手配させた新しく開発された白い生地を用いたAラインのドレス。


胸元には緻密な模様の刺繍が施され、スカートには真珠とダイヤモンドが散りばめられた豪華なものだ。

白は教会が『清純』と定めている色である為、そのドレスを身に纏ったヴィクトリアは、さぞ聖女のように美しいであろうことは誰もが想像出来た。



ヴィクトリアは王太子妃としての公務に加え、母上が『静養』で不在となった分の執務、更には結婚式の準備まで完璧にこなしていた。


私もまた、トレヴァント辺境伯家の後始末や、婚姻後に即位することが決まったことで、父上からの執務の引き継ぎに追われる日々だ。


だが、どんなに多忙を極めていた中でも、ヴィクトリアとの『ティータイム』だけは出来る限り欠かさずに続けており、時間がない時でも、彼女はお茶や茶菓子を差し入れて私を労ってくれた。


私は、彼女のような女性と婚約出来たことを、人生で最大の幸せだと感じている。


執務室の扉が叩かれ、返事をするといつも通りにヴィクトリアがお茶を運んで来た。



「ハインリヒ様。そろそろ休憩にいたしませんか?」


「ああ、もうそんな時間か」



彼女の穏やかな微笑みに触れると、それまで強張っていた体が解けるのを感じた。


何気ない会話を交わし、穏やかな妻となる人が傍にいる。


かつて『愛おしい』と思っていたクララは言うまでもないが、セシリアと婚約していた時よりも、ずっと深い『幸せ』というものを噛み締めていた。



「もうすぐ結婚式ですわね。待ち遠しいですわ……」



ヴィクトリアはハーブティーを口にし、うっとりとした表情で窓の向こう側へ視線を向けている。


その姿は、まるで私との未来に思いを馳せているように見えた。



「ああ。私も待ち遠しいよ」



私はそんな彼女を愛おしく見つめる。


結婚式まであと一月半⸺⸺。



ちょうど、本格的に社交期間シーズンが始まる頃だ。


春の柔らかな日差しの中、美しく咲き乱れる花々に囲まれ、女神の如く美しいヴィクトリアは、きっと多くの国民の祝福の声に包まれるだろう。


その光景を思い浮かべ、私はハーブティーの入ったカップを口に運びながら、密かに口元を緩めた。





⸺⸺⸺





「結婚式の準備は整ったわね」


「はい。皇女殿下のお申し付け通りに」



結婚式の書類の束を捲りながら、私は侍女へ問いかけた。


ドレス、宝飾品、会場の設営、パレードの経路の警備など……確認すべき事は多岐にわたる。



王族の結婚式は貴族のものとは次元が違う。


教会で婚姻誓約書へ署名するだけではなく、同時に王太子妃となる為、その叙任儀式も兼ねている。


そして、それが終われば国民へのお披露目として王城へ戻る道すがらパレードをし、到着後はバルコニーから国王により、国民へ王太子の婚姻が成立したことと王太子妃の披露をするのだ。


その後、夜には貴族や各国の貴賓を招いた祝いの宴が控えている。



王家主催の夜会は、基本的に国内の全貴族に招待状が送付され、必ず参加しなければならない。


理由なく欠席するということは、王家へ叛意ありと見做されてもおかしくない為、貧困に喘ぐ貴族でさえ、この時ばかりは家財を投げ打ってでも衣装や宝飾品を整え、参列するのだ。



そして、王太子夫妻は夜会の途中で退席することとなっている。


何故なら、『初夜』があるからだ。



王族の義務の一つに『子孫繁栄』がある。

故に子作りは必須であり、最も重要なものだ。


更に王族に嫁ぐ者は托卵を防ぐ為、厳格な処女性が求められており、式の招待状が各国へ送付される前に『処女膜』の確認検査をしなければならない。


そして初夜が完遂された翌朝には、医女による『事後確認』が行われ、純潔の証と、王太子の子種が確実に注がれたことが精査されるのだ。



「……あちらの準備も、抜かりはないかしら?」


「はい。念の為の備えも整えてございます」



腹心の言葉に、私は満足げに頷いた。



「もうすぐなのね……」



手に持っていた書類をローテーブルの上へ置き、恍惚とした表情を浮かべる。


これまでの事を思い浮かべると、感慨深い気持ちでいっぱいになった。



ようやく……ようやく、長年の悲願が叶う。



皇族としての義務をよく理解していたからこそ、一度は諦めようとしたこともあった。


けれど、どうしても、どうしても諦めきれなかった。



「当日の失敗は、決して許されないわ」



そう呟いた声は、鋭く冷たく部屋の中に響いた。


この部屋の中にいるのは、私の腹心の者たちだけ。


私の積年の願いと、この計画の重要性をよく理解している。



侍女を始めとする腹心たちは、私のその言葉に一礼をし、静かに恭順の意を示した。





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