なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.64 変化した関係性





私はヴィクトリアと、ファーストダンスから三曲連続で踊った。


同じ相手と踊るのは未婚で婚約者相手であれば、二回までが限度だ。


それ以上は、『不適切な関係』だと疑われる。

だが、夫婦となれば制限がなくなるのだ。


充足感と共に一度休憩をする為、彼女の手を取って、王族席へと戻る。



「ヴィクトリア、喉が渇いたのではないか?」


「そうですわね。さすがに少し」



彼女は疲れを微塵も見せず、ふんわりと微笑んだ。


侍従から差し出されたシャンパンを一つヴィクトリアに手渡し、私も自分のグラスを一気に飲み干す。

心地良い刺激が喉を通り、火照った体に染み渡った。


休憩していると、ダンスの合間に父上や私たちのところへ、諸外国の貴賓や国内の貴族たちが次々と祝福に訪れる。



「王太子殿下、妃殿下。本日はおめでとうございます」


「ああ。祝いの言葉を感謝する」



挨拶と祝福の言葉と共に、ヴィクトリアの美しさを称えながら、他国の大使や王族たちの言葉の端々には、我が国だけではなく、その後ろ盾となった帝国との繋がりを得ようとしているのが透けて見えた。


そんな中、会場が僅かにざわめいたが、すぐにふっと静まり返った。


彼らの後ろに視線を向けると、人波を割って歩み寄って来たのは、クロンヴァルト皇帝夫妻だった。


さすが大国の皇帝、というべきか。


白地のジャケットには金糸の刺繍が施されており、その上に羽織る真紅の重厚なマントにも、金糸で皇族の紋章があしらわれている。


皇帝の隣を歩く皇后もまた、金色の艷やかな生地に、荘厳な銀糸の装飾が眩いドレスを纏っていた。



『失礼するよ。やあ、久しぶりだね、ハインリヒ王太子』



周囲の貴族たちが一斉に一礼をして、その場を辞する。


皇帝は五十代のはずだが、驚くほど若々しく、一見すると穏やかそうな人物に見える。

だが、その微笑みの奥には父上とは違う、圧倒的な威厳。



『お久しぶりです。クロンヴァルト皇帝陛下、皇后陛下。本日は遠路遥々お越しいただき、感謝申し上げます』


『可愛い娘の結婚式ですもの。何をおいてでも参りますわ』



皇帝とは、以前参加した帝国の夜会で挨拶をしたことがあった。


私は胸に手を当てて深く頭を下げた。

隣のヴィクトリアも完璧なカーテシーで礼を尽くす。


親子とはいえ、公の場では礼節を欠かすことは許されない。



『顔を上げなさい。ヴィクトリア、素晴らしい式だったね。皇后と同じくらい女神のように美しいよ』


『ふふっ。お父様、ありがとうございますわ』



皇帝が娘を見つめる瞳には、隠し切れないほどの慈愛が溢れている。


帝国の皇族は結束力が強いと聞いたが、どうやら本当らしい。



『……ヴィクトリア。幸せにおなりなさい。そして王族として、常に臣民のことを第一に考えなさいね』



皇后が涙を浮かべ、ヴィクトリアの手を両手で優しく包み込んだ。


母の言葉に彼女は真剣な表情で頷き、その様子を満足気に皇帝が見守っている。


目の前の光景に、私はヴィクトリアとの明るい未来を重ねた。



私の家族は、よくある貴族家と変わらない。


父上は『父』としてよりも『国王』という役割であったし、母上も『王妃』という役割をこなしているようにしか見えなかった。


セシリアと結婚していたら……きっと、父上と母上のような夫婦、家族となっただろう。


だが、この温かな愛情が溢れる家族の中で育ったヴィクトリアとならば⸺⸺。


そう思うだけで、胸の奥が温かくなった。


皇帝夫妻は『では、またね』と言い残し、城内に用意した貴賓室へと戻って行った。



「……いい両親だな」



思わず溢れた言葉に、ヴィクトリアは一瞬だけ目を大きく開いた。


だが、すぐにふんわりと微笑み返し、『ええ』とだけ短く答えた。



その後も、大勢の客人たちの挨拶は続いた。


母上が『静養』に向かわれてから初めて伯父上とも会った。


予想外に降って湧いた前公爵夫妻と、妹である母上の『不始末』に追われたせいか、顔はやつれ、疲労も隠し切れずに滲み出ており、礼服も少し草臥れて見える。


その瞳はどこか仄暗く、全く感情が読めない。

一言二言、言葉を交わしたところで、ただ淡々と一礼して去って行った。


胸の奥底に鉛のような重い物が残り、その後ろ姿を何とも形容しがたい複雑な感情を抱えたまま見つめていると、次にアーサーと夫人が現れた。


クララとのことがあってから、アーサーとは以前のような親密さは戻らなかった。


アーサーは、王家に牙を剥けることなく、真面目に淡々と宰相補佐として職務をこなしてはいるが、昔のような私への笑顔は消え、事務的な言葉を交わすのみ……

このまま順当にいけば、私の即位後は宰相となる。


アーサーとシャーロット夫人は祝いの言葉を述べ、その場を辞した。



伯父上、アーサーと、かつて身近にいた者たちが離れていくような寂しさが、一瞬、胸をよぎる。


だが、その感傷に浸る間もなく吹き飛ばす人物が現れた。



多くの視線を集め、私たちの前へ現れたのは⸺⸺『女侯爵』となったセシリアだった。



彼女の瞳の色である翡翠色の生地で仕立てられた、体の線を強調するスレンダーなドレス。


胸元には彼女の髪色と同じ銀糸で緻密な刺繍が施され、スカートにはダイアモンドが星のように散りばめられている。

黒のレースのロンググローブをはめたその姿は、隠し切れない妖艶さと気品を放ち、真っ直ぐに私を見据えた。



「王太子殿下、妃殿下。ご機嫌麗しゅう存じます。本日は、誠におめでとうございますわ」



慇懃な一礼と共に、祝福の言葉が述べられる。



「……ああ、ありがとう」


「まあ!ブランシュ女侯爵、顔を上げてくださいな。本日も美の女神の如く素晴らしいですわ!」


「妃殿下、ありがとう存じますわ」



ヴィクトリアの弾んだ声に、セシリアは『お手本』のような完璧な微笑みを返した。


確かにトレヴァント辺境伯夫人だった頃よりも、その美貌に磨きがかかっている。

周囲の視線を確認すれば、男女問わずセシリアの美しさに目が釘付けになっていた。


セキトフ辺境伯との交渉報告以来の再会だが、未だに気まずさが残り、緊張で体に力が入る。



「王都に屋敷を構えられたとか。ぜひ、お茶会にご招待させてくださいな」


「もちろんですわ。喜んで参上いたします」



二人の会話に、私は入る隙間もなかった。


ふとした瞬間、翡翠色の視線が私に向けられ、心臓が大きく跳ねた。

だが、その視線は何事もなかったかのようにヴィクトリアへと戻る。



「それでは、そろそろ失礼させていただきますわ」



僅か数分のことではあったが、セシリアは一礼すると、鮮やかにドレスの裾を翻し、去って行った。



ようやく、硬直していた体から力が抜ける。

息苦しさを吐き出すように、私は深く息を吐いた。



隣でヴィクトリアが微笑みを崩さないまま、凍てつくような視線を向けていたことさえ⸺⸺私は気付かずにいた。








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