なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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閑話〜セオ&レオンハルトside






王太子の結婚式が終わり、即位の儀も幕を閉じた頃。


俺⸺⸺セオドリック・トレヴァントは、トレヴァント辺境伯領で執務に追われる日々を送っていた。



辺境伯爵位を譲り受けてからしばらくは引き継ぎに奔走していたが、度重なる儀式で王都へ行かなければならず、その度、当主代理として『異母兄』に留守を任せていた。


レオンハルトからしてみれば、父親から受け継いだはずの椅子を、突如現れた異母弟に奪われた形だ。

恨まれても仕方がないと思っていたし、仮に当主の座を奪い返そうと再び野心を持っても、上手くいくはずがないことを俺は理解していた。


セシリア様に鼻っ柱をぽっきりとへし折られたレオンハルトは、かつての傲慢さが嘘だったかのように静かだった。


余計な感情は挟まず、執務の引き継ぎや、先王陛下に命じられた通りに淡々と補佐をこなす姿を見て、これが異母兄の本質だったのだろう、と思った。



……それがどうなったら、あんなに鼻持ちならない男になれるのかは謎だが。



今、悩ましいのは呼び方だ。


さすがに今更、『異母兄あにうえ』などと呼ぶのは皮肉めいているし、かといって当主である俺が下手に出れば、威信に関わる。

ならば、本人に聞けばいい!とばかりに尋ねたら「普通に、レオンハルトと呼べばいい」と言われた。


お互いに『異母兄弟』だとは思えないのは同じだし、少し前まで『閣下』と呼んでいた癖が抜けきれず、どうにも落ち着かない……。



こんなこと、セシリア様に知られたら……。



『一貴族家の当主となった自覚が足りていないのではなくて?上に立つ者が下の者におもねるなど、お話にならなくてよ?』



……と、満面の笑みを浮かべ、ここぞとばかりに棘のある言葉でチクチクと刺してくるだろう。


そして後ろに控えているノインさんにも、『おや?教育が足りてませんでしたか?』と真顔で追い打ちをかけられるのだ……。



……言いたくねぇ……。



俺は深く溜め息を吐き、デスクの上に突っ伏した。



「閣下、いかがなさいました?」



ウォルターが俺の様子に書類を整える手を止めた。


つい最近まで平民だった俺には、『側近』と呼べる者がいない。


そこでセシリア様の助言で、王都邸タウンハウスから古参の家令であるウォルターを呼び戻した。

彼は、血縁上の父親が当主だった頃からのトレヴァント家を把握していることもあり、唯一頼れる相談役となった。



「いや……その、異母兄殿を何と呼ぶべきかと、思ってな……」



言い淀みながら本音を漏らすと、彼は白くなった顎髭を撫で、「ふむ」と一考した。



「何でもよろしいのでは?」


「は?」



俺の間抜けな声に、ウォルターは穏やかな表情を浮かべた。



「先代坊ちゃんと閣下は、いくら血の繋がりがある異母兄弟とは言えど、まだ『兄弟』となった時間があまりに短い。『家族』と言うのは血の繋がりだけではなく、共に積み重ねた『時間』で成るものです」



「まだ、『兄弟』と呼ぶには早すぎるのですよ」と、穏やかな声で言った。


ウォルターのその言葉は、俺の胸の中にすとんと落ちた。



無理に『兄』と呼ばなくていい⸺⸺。



俺は、レオンハルトを未だに『兄』と呼べない自分を狭量だと感じ、後ろめたく感じていたのかもしれない。



「そうか……そうだな。兄上と呼べなくて当たり前、か」



そう自分を許せた瞬間、自然と口元が緩むのを感じた。


ウォルターは満足げに目を細めて、そんな俺を見つめた後、すぐに表情を引き締め直して、次の書類の山を俺の目の前にドンと置いた。



「さて、余計なことを考えている暇はございません。さくさくと片付けてくださいませ」


「……鬼だな」



苦笑しながら、俺は言われた通りに再びペンを走らせた。




⸺⸺⸺





爵位をセオに移譲して、半年以上が経った。


ハインリヒの結婚式にも即位の儀にも、俺は参列しなかった。



トレヴァント辺境伯家の籍だけが残り、貴族ではあるが、今の俺は何者でもない。

そんな惨めさを抱えたまま、従兄弟殿の門出を心から祝福出来る自信がなかった。


どちらにせよ、当主さえ参列すれば儀礼上は問題ない為、俺は当主代理として領地に残ることにした。



爵位移譲後、新しい主人を迎えた本邸に残るのも居たたまれず、俺は離邸へ移り住んだ。

ユーリとハンスも付いてきてくれた。


セオが当主となり、辺境伯家騎士団を率いる立場となった為、俺は一介の団長となった。

団員たちは初めこそ戸惑っていたが、セオが地道に信頼を積み上げていたことで、すぐに落ち着きを取り戻した。



……こういう部分が、俺に足りていなかったところなのだろう。



『信頼』とは一方的に押し付けるものではなく、共に築き上げていくものなのだと、今更ながらに気付かされた。


当主となったセオは、俺の扱いに苦慮しているようだった。



それはそうだろう。


異母兄という事実を知っていることと、実際に関わることでは『距離感』が違う。

俺自身は『家臣』に徹し、セオを『当主』として見れば折り合いがつけられた。



騎士団の報告書類を携え、本邸の執務室を訪ねた。

見慣れた扉を叩き、中へ足を踏み入れる。


室内には、デスクに向かっているセオと、その背後に控えているウォルターの姿があった。



「失礼いたします。騎士団の報告書類を届けに参りました」



かつての部下であり、今は主君である異母弟に対し、俺はけじめをつけて敬語で接している。



「ああ、ありがとう。ウォルター」



セオは書類から顔を上げ、いつもの『人好きのする笑み』を浮かべた。

ウォルターを介して書類が渡される。



……これが、正しい上下関係の在り方なのだ。



「……では、私はこれで」


「ああ、待ってくれ」



その場を辞そうとした俺に、書類に目を通していたセオが呼び止めた。



「ずっと、何と呼べばいいか悩んでいたんだが。やはり、『異母兄あにうえ』と呼ぶのは違う、と思ってね。だから……」



「これからは『レオ』、と呼ぶことにするよ」と、セオは手を組み、その上に顎を載せながら、悪戯っ子のように微笑んだ。



……一瞬、何を言われたのか分からなかった。



驚愕に目を見開く俺に、「話はそれだけだ。もう行っていいぞ」と言葉を継ぐと、セオは既に視線を書類に戻している。


静寂の中、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。



「……承知した。セオ」



そう言い残し、俺は退室した。


背後でセオが驚いたように顔を上げた気配がしたが、俺は振り返ることはしなかった。



公の場では、これまで通り『主君と家臣』として振る舞う。


だが、私的な場では、あるいは『兄弟』として関わっていくのもいいのかもしれない⸺⸺。


そんな風に思えた。



後悔や、自省すべきことは尽きない。


だが、それと同時に、新しく始められることがあってもいいのかもしれない。



見慣れた廊下を歩きながら、俺は柄にもなく、少し口端を上げた。






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