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本編
Ep.82 契約違反
昨夜、ヴィクトリアに『魔法契約』の変更を願ったが、当然聞き入れられることはなかった。
思い返せば、口から出た言葉は我ながら醜い言い訳ばかり。
『カルミアを側妃として娶りたい』
ただ、それだけだというのに、ヴィクトリアを『唯一』と定めた誓いを違えた疚しさから目を逸らした結果が、あの様だ……。
彼女にそんな狡さを指摘され、激しい自己嫌悪で心が折れそうだ。
「陛下、スターリング伯爵令嬢がお見えです……」
侍従の複雑そうな表情でのカルミアの来訪の報告に、私は視線を逸らしてしまう。
私の言動に思うところがあるだろうに「言ったところで」と、思われているのか諫言されることもない。
カルミアを側妃に迎えようとしていること……いや、世継ぎが既にいるのに側妃を迎えようとしていること。
もっと根本的に、ヴィクトリアと双子から逃げていること……。
侍従の冷ややかな沈黙が、今の私の立場を雄弁に物語っていた。
「……通してくれ」
私の言葉に軽く溜め息を吐いて、扉を開ける気配を感じた。
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
執務室に入室して来た可憐なカルミアの微笑みに、澱んでいた空気が一気に澄んだ気がした。
彼女の顔を見た瞬間、強張った身体が解け、心が安らぐのを感じる。
ソファに向かい合って座り、若い令嬢が好む初摘みのフルーティーな紅茶の香りを楽しみながら、二人で束の間のひとときを過ごす。
「……あの、陛下。 王妃陛下にお許しは、いただけましたか……?」
恐る恐る問いかけるカルミアに、私は昨夜の顛末を話さなければならなかった。
せっかく浮上した気分が再び下降してしまったが、仕方がない。
未婚の令嬢と二人きりにするわけにはいかない、と言わんばかりに顔を歪ませる侍従と彼女の侍女を、睨みつけながら手で払うような仕草で強引に退室させた。
未婚の令嬢が、異性と密室で二人きりになったということが知られれば、カルミアの醜聞となる。
分かってはいるが、これから話す内容の秘匿性が勝った。
「……すまない。 これから話すことは王城内でも極一部しか知らぬことだから、決して漏らさないで欲しい」
「……分かりました」
一切の感情を乗せずに、カルミアの瞳を真っ直ぐ見据えながら告げると、彼女も真剣な表情のまま頷いたのを確認し、私はヴィクトリアと『魔法契約』を交わしていることを打ち明けた。
ヴィクトリアの他に妃や愛妾を生涯持たないこと、継承権は彼女の子|ののみに与えられること。
それ故、カルミアを側妃として迎えるには、契約内容を変更しなければならないということ。
「……あの、何故、王妃陛下以外の妃を迎えることが出来ないのに、継承権の契約項目があるのでしょう? それに、何故こんな契約があることを他の方は知らないのですか?」
「ああ。 それは、あの時はクララがいたからだ。 セシリア……ブランシェ侯爵と婚約破棄した際に、クララを新たな婚約者として宣告してしまっていた為、再び解消や破棄という形を取ることが出来なかった。 それ故、すべて内密に処理することとなったのだ」
そう、あの時はこれが最良の判断だった。
私が説明を終えると、カルミアは黙ってしまった。
それもそうだろう……ヴィクトリアが契約変更を認めなければ、彼女を『側妃』として娶ることは出来ないのだから……。
「……あの、契約変更をしなければならないことは、分かりました……。 それ以外、もしくは、王妃陛下が契約変更せざるを得なくなる方法は……ないのでしょうか……?」
理解したと言いつつ、潤んだカーネリアン色の瞳が、必死に私に縋りついてきた。
彼女も、もう後がないのだ。
「手がない、ことは……ない」
「どんな方法でしょうか?」
「……既成事実を……作る……」
最悪の場合の手を考えていなかったわけではなかった。
ただ、それは『国王』の名にも傷を付ける行為でもあり、クロンヴァルト帝国との間に亀裂が入る危険性も高い。
子への継承権に関する項目が契約にあるが、他の女との性行為が禁じられているわけではない。
そこが、あの契約の『穴』だと気付いたのだ。
「……カルミアは未婚にも拘わらず、異性……しかも国王の閨に侍った、という醜聞が間違いなく出る……。 それに、実行しても王妃に認めて貰えない可能性もある……どうする?」
一つ一つ、この計画のリスクを説くと彼女の顔が、どんどん青ざめていくのが分かった。
だが、これしか方法がないのも事実だ。
少しの沈黙の後、カルミアは覚悟を決めたように顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめた。
決行は、今夜だ────。
ヴィクトリアに悟られないように、普段通りに彼女と双子たちと夕食を共にし、「今夜は執務が残っているから先に休んでくれ」と伝えた。
この間にカルミアは国王の私室側で、密かに閨の準備を整えている。
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私室へ戻り、湯を浴びて、初夜の『蜂蜜酒』を喉に流し込んだ。
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昼間の令嬢らしく整えられたドレス姿ではなく、扇情的な薄い夜着を身に纏う彼女の姿に、私の理性は一気に焼き切れ、気付けばベッドに組み敷いていた。
初めて交わす口づけは、彼女も飲んだであろう蜂蜜酒の味だった。
化粧が落とされ、いつもより幼さを残す顔を見れば、カーネリアンの瞳は潤み、頬を上気させ、艶めかしい吐息を漏らしている。
ヴィクトリアとの初夜の時よりもはっきりとした意識のまま、優しく彼女を溶かし、自らを中へ埋め、『初夜を完遂』する為に子種を放った、その瞬間────。
「ギャアァァァッッ!!」
「へ、陛下っっ!?」
身体の芯から灼けつくような、今まで味わったことのない激痛が全身を駆け抜けた。
寝台から転げ落ち、獣のように咆哮している私に、もはやカルミアの悲鳴など耳に入らなかった。
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バンッ!!!
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激痛に霞む視界の中に現れたのは────感情の一切を排した、ヴィクトリアの姿だった……。
ああ、知られてしまった……。
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「お前の言葉など、どうでもいいのよ。 さっさと連れて行きなさい」
「いやぁぁあ!!」
泣き叫ぶカルミアが引きずられて行くと、再び室内に静寂が戻った。
彼女を庇うことも、ヴィクトリアへ言い訳を並べることも出来ず、私は絶望の淵にいる。
薄れゆく意識の狭間で、私を見下ろすヴィクトリアがどんな表情をしていたのか。
それを知る術もなく、私は暗闇に沈んでいった。
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