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進展
しおりを挟む何だか温かく包まれているような心地よさの中で、幼い頃の事をふと思い出した。
小さい頃、母に「父のどこが好きなのか?」と聞いた事がある。
父は帝国近衛騎士団長で、顔の造形は男であるのにも拘わらず美しいと評され、身長も高く、がっしりとした騎士らしい身体つきだ。
しかし、いつも寡黙で表情が変わる事がなく、息子の自分でさえ笑った顔を見た事がないほど愛想がない。
遠くから見る分にはいいが、いざ交流しようとすれば、あまりの沈黙に耐えられない人が続出する、という話がセドリックの耳に届くほど酷いらしい。
なぜ、母はそんな父と一緒にいて平気なんだろう?
母が話しかけても、「あぁ」とか「そうだな」と無表情のまま一言で終わりなんて、自分が母なら嫌だ。
それでも、母は父が大切で本当に愛しているのが分かる。
そう母に説明すると、ふふっと笑いながら「確かに初めてお会いした時はあまりにも無表情で無口だから、とにかくお話しなきゃ!って一生懸命話題を探してお話をしていたの」と。
やはり、そうだったのか!と思ったが、「でもね、ある日、無理をする事を止めたの。そうしたら、今まで気付かなかったお父様の優しいところが見えてきて、ただそばにいるだけでホッとできたの」と、その頃を思い出すかのように遠くを見つめている。
そして、「話さなくても、側にいるだけで安心できる人に出会える事はなかなかないのよ」と、母は優しく微笑んだ。
その日から父が屋敷にいる時は、ずっと観察していた。
よく見れば、帰宅した父を出迎えた母を見た時や自分と訓練をしている時に、ほんの僅かだが口角が上がっている事に気付いた。
ある時は執務室の扉が少し開いているのに気付き、こっそり覗くと愛情表現が壊滅的な事に執事が小言を言っており、それを聞きながら眉間にギュッとシワを寄せて、「いや…」「分かっている…」など言い訳らしい言葉を並べていた。
言葉にしないと伝わらない事はたくさんあるが、母はそんな父を理解しているから、ほんの僅かな愛情表現に気付く事ができるのだ。
自分の家は「貴族らしい冷たい家」なんだと思っていたが、実際はちゃんと血の通った温かい家なんだと気付くと、それまで別に好きでも嫌いでもなかった父の事を感情表現が残念な人なんだと思えるようになり、前より好きになった。
そんな、昔の夢を見た。
⸺⸺⸺
「…ま……さま………ドラッケンベルグ侯爵子息様!」
誰かに名前を呼ばれながら、肩を軽く叩かれ、ハッと目を開けた。
寝起きの頭がぼんやりしているせいで、なかなか現状が把握できなかったが、少しずつ陽の光が暖かく、うっかり眠っていた事に気付く。
ようやく、脳が働き始めると自分に影がかかっている事に気付き、傍に立っている人に向かって顔を上げた。
「気持ちよさそうに寝ているところを起こしてしまい、申し訳ございません。昼休みが終わるチャイムが鳴ったのですが、気付いていらっしゃらないようでしたので余計なお世話をしてしまいました」
セドリックの傍に立ち、ミルクティー色の髪を輝かせ、にっこりと笑いながらセリーナが告げた。
「いや、助かった。ありがとう…その、もしかして起こす時、名前を呼んでくれただろうか?」
「あ、勝手にお呼びして申し訳ございません」
申し訳なさそうに謝罪とともに頭を下げられたが、セドリックは全く気にしていないどころか、存在を認識されていた事に胸が高鳴った。
「いや、構わない。こちらこそ、名乗らず申し訳ない。セドリック・フォン・ドラッケンベルグだ」
「いえ、こちらこそ。私はセリーナ・フォン・ヴァレンシュタインと申します」
カーテシーをしながら、セリーナが名乗り返してくれた。
貴族はお互いに名乗り合う事で、ようやく顔見知りとして認識される。
そうでなければ気軽に声をかけるなど以ての外である為、名乗りは重要なのだ。
「では、私はそろそろ失礼いたしますわ」
先ほどチャイムが鳴ったのであれば、そろそろ午後の授業が始まる時間だ。
セドリックを通り過ぎて、図書室の入り口へ向かうセリーナの後ろ姿に思わず呼び止めてしまった。
「あの!ヴァレンシュタイン嬢はよくここに来るのだろうか?」
「え?ええ、よくここにいる事が多いですが…」
不思議そうな顔で振り返り、セリーナは質問に答えてくれた。
「そうか…その、また私もここに来ていいだろうか?」
「私の場所ではありませんので、許可を求めなくても…」
「そうじゃない!そうじゃなく…また、貴女と会えないかと…」
自分の顔が苦痛に歪んだのが分かり、思わず俯きながら胸のあたりをギュッと握り締めた。
高位貴族として、騎士を目指す者として感情を隠せず俯く事など今までなかったのに⸺⸺
「かまいませんよ」
鈴の音のような声が聞こえ、ハッと顔を上げるとセリーナは笑顔で「では、また」と言い残し、その場を去って行った。
夢のせいだろうか。
眠ってしまったが、セリーナと一緒に過ごしたあの時間は、まるで、父と母の間に流れていたものと同じ気がした。
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