影の女帝

シエル

文字の大きさ
9 / 39

進展

しおりを挟む




何だか温かく包まれているような心地よさの中で、幼い頃の事をふと思い出した。



小さい頃、母に「父のどこが好きなのか?」と聞いた事がある。


父は帝国近衛騎士団長で、顔の造形は男であるのにも拘わらず美しいと評され、身長も高く、がっしりとした騎士らしい身体つきだ。

しかし、いつも寡黙で表情が変わる事がなく、息子の自分でさえ笑った顔を見た事がないほど愛想がない。
 

遠くから見る分にはいいが、いざ交流しようとすれば、あまりの沈黙に耐えられない人が続出する、という話がセドリックの耳に届くほど酷いらしい。


なぜ、母はそんな父と一緒にいて平気なんだろう?


母が話しかけても、「あぁ」とか「そうだな」と無表情のまま一言で終わりなんて、自分が母なら嫌だ。


それでも、母は父が大切で本当に愛しているのが分かる。

そう母に説明すると、ふふっと笑いながら「確かに初めてお会いした時はあまりにも無表情で無口だから、とにかくお話しなきゃ!って一生懸命話題を探してお話をしていたの」と。


やはり、そうだったのか!と思ったが、「でもね、ある日、無理をする事を止めたの。そうしたら、今まで気付かなかったお父様の優しいところが見えてきて、ただそばにいるだけでホッとできたの」と、その頃を思い出すかのように遠くを見つめている。


そして、「話さなくても、側にいるだけで安心できる人に出会える事はなかなかないのよ」と、母は優しく微笑んだ。



その日から父が屋敷にいる時は、ずっと観察していた。

よく見れば、帰宅した父を出迎えた母を見た時や自分と訓練をしている時に、ほんの僅かだが口角が上がっている事に気付いた。


ある時は執務室の扉が少し開いているのに気付き、こっそり覗くと愛情表現が壊滅的な事に執事が小言を言っており、それを聞きながら眉間にギュッとシワを寄せて、「いや…」「分かっている…」など言い訳らしい言葉を並べていた。


言葉にしないと伝わらない事はたくさんあるが、母はそんな父を理解しているから、ほんの僅かな愛情表現に気付く事ができるのだ。


自分の家は「貴族らしい冷たい家」なんだと思っていたが、実際はちゃんと血の通った温かい家なんだと気付くと、それまで別に好きでも嫌いでもなかった父の事を感情表現が残念な人なんだと思えるようになり、前より好きになった。
 


そんな、昔の夢を見た。




⸺⸺⸺




「…ま……さま………ドラッケンベルグ侯爵子息様!」



誰かに名前を呼ばれながら、肩を軽く叩かれ、ハッと目を開けた。
 
寝起きの頭がぼんやりしているせいで、なかなか現状が把握できなかったが、少しずつ陽の光が暖かく、うっかり眠っていた事に気付く。


ようやく、脳が働き始めると自分に影がかかっている事に気付き、傍に立っている人に向かって顔を上げた。



「気持ちよさそうに寝ているところを起こしてしまい、申し訳ございません。昼休みが終わるチャイムが鳴ったのですが、気付いていらっしゃらないようでしたので余計なお世話をしてしまいました」



セドリックの傍に立ち、ミルクティー色の髪を輝かせ、にっこりと笑いながらセリーナが告げた。

 

「いや、助かった。ありがとう…その、もしかして起こす時、名前を呼んでくれただろうか?」


「あ、勝手にお呼びして申し訳ございません」



申し訳なさそうに謝罪とともに頭を下げられたが、セドリックは全く気にしていないどころか、存在を認識されていた事に胸が高鳴った。
 


「いや、構わない。こちらこそ、名乗らず申し訳ない。セドリック・フォン・ドラッケンベルグだ」


「いえ、こちらこそ。私はセリーナ・フォン・ヴァレンシュタインと申します」



カーテシーをしながら、セリーナが名乗り返してくれた。


貴族はお互いに名乗り合う事で、ようやく顔見知りとして認識される。

そうでなければ気軽に声をかけるなど以ての外である為、名乗りは重要なのだ。



「では、私はそろそろ失礼いたしますわ」



先ほどチャイムが鳴ったのであれば、そろそろ午後の授業が始まる時間だ。

セドリックを通り過ぎて、図書室の入り口へ向かうセリーナの後ろ姿に思わず呼び止めてしまった。



「あの!ヴァレンシュタイン嬢はよくここに来るのだろうか?」


「え?ええ、よくここにいる事が多いですが…」



不思議そうな顔で振り返り、セリーナは質問に答えてくれた。



「そうか…その、また私もここに来ていいだろうか?」


「私の場所ではありませんので、許可を求めなくても…」


「そうじゃない!そうじゃなく…また、貴女と会えないかと…」



自分の顔が苦痛に歪んだのが分かり、思わず俯きながら胸のあたりをギュッと握り締めた。


高位貴族として、騎士を目指す者として感情を隠せず俯く事など今までなかったのに⸺⸺



「かまいませんよ」



鈴の音のような声が聞こえ、ハッと顔を上げるとセリーナは笑顔で「では、また」と言い残し、その場を去って行った。




夢のせいだろうか。



眠ってしまったが、セリーナと一緒に過ごしたあの時間は、まるで、父と母の間に流れていたものと同じ気がした。





しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...