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ローゼンベルク公爵
しおりを挟むローゼンベルク公爵家は中立派の家門である。
帝国皇族は代々とても優れた者が多く臣下として諌める機会は少なかった。
…そう、五年前以外は⸺⸺
忠誠は皇帝陛下に捧げているが皇族派にも貴族派にも属さず、あくまで帝国の為に存在する。
その矜持は娘であるマルガレーテにも強すぎるくらい引き継がれている。
それがダリウスには少し煩わしかったのかもしれない。
マルガレーテとダリウスは学院に入学してから、しばらくはそれなりに上手くいっているかのように見えた。
お互いに帝国貴族としての責任感を持ち自分よりも下位の者たちの模範となるべく行動していた。
しかし、それはブライトン伯爵令嬢という異物と出会った事により少しずつ崩れていった…
⸺⸺⸺
ローゼンベルク公爵家当主の執務室には現在、客人たちがいる。
一人はダリウスの父であり宰相のカスティエール公爵、もう一人は娘と同い年のヴァレンシュタイン女子爵⸺⸺
ローゼンベルク公爵は、今までヴァレンシュタイン女子爵と直接関わった事はなかった。
カスティエール公爵の先触れには『マルガレーテ抜きで話がしたい』と書かれていたので婚約の話かと思っていたのだが、そこに一緒に現れたヴァレンシュタイン女子爵の存在に困惑した。
「ローゼンベルク公爵、突然の訪問への対応感謝する。お分かりかと思うが、こちらはヴァレンシュタイン女子爵殿である」
「ごきげんよう、ローゼンベルク公爵様。ヴァレンシュタイン女子爵、セリーナ・フォン・ヴァレンシュタインですわ。以後、お見知りおきを」
カスティエール公爵が紹介すると鈴の音のような声でセリーナは挨拶をし、とても下位貴族である子爵家とは思えないほど美しいカーテシーをした。
その堂々とした態度や彼女が纏う空気感に只の者ではないという事を感じた。
「…あぁ、ローゼンベルク公爵家当主、アルフォンス・フォン・ローゼンベルクだ。子爵の手腕は耳に入っているよ」
「まぁ、どんなお噂かしら。怖いですわねぇ」
閉じたままの扇子を口元に当てながら、くすくすと鈴の転がるような声で笑った。
「悪い噂ではないよ、その年で堅実かつ素晴らしい領地運営をされているとか…頭が下がるよ」
ローゼンベルク公爵は一見、朗らかな印象を受ける。
しかし、朗らかなだけの人間が公爵家の当主、しかもいざとなれば皇帝陛下にも苦言を呈するような度胸はないだろう。
「で、今日はどういった用件かな?私は婚約の話かと思ってたんだが、ヴァレンシュタイン女子爵が一緒となると違うのかな?」
「ふふっ、さすが単刀直入ですのね。そうでなければ、五年前に陛下に物申す事など無理ですものね」
「…何故、その事を?確か、貴女はまだ爵位を継承したばかりだと思うのだが?」
ローゼンベルク公爵はセリーナの言葉に表情を消し、声色も警戒心を滲ませた。
「当然ですわ、だって…あれを処分したのは私ですもの」
「なっ!!」
「当然でしょう?だって…わたしとレイちゃんの母を殺したのだから、それを処分する権利はあるでしょう?」
五年前…それは帝国内を揺るがし、影を落とした事件が起きた。
皇帝陛下の唯一無二である皇后が毒殺されたのだ。
いつもは泰然自若な皇帝も当然の事ながら泣き崩れ、犯人への憎悪も隠そうとせず激怒した。
犯人は分かっていたが証拠がなかった。
証拠がない以上、罰する事は国法として認められない。
しかし、皇帝はそれでも処刑を断行しようとした。
それを止めたのがローゼンベルク公爵である。
その後、証拠を集め断罪し、表向き皇后と同じように毒杯で処刑された。
しかし、高位貴族一部のみが知る事ではあるが本当は毒杯ではなく、帝国の影である『影の皇帝』が悍ましい程の残酷な方法で処刑されたのである。
「…ヴァレンシュタイン女子爵…貴女は影の皇帝なのか?」
「このお方は第一皇女殿下であられるのだ。影の皇帝は代々皇位継承を持つ皇族がヴァレンシュタイン子爵を継承する事になっている」
「第一皇女殿下だと!?」
驚きながらもローゼンベルク公爵は立ち上がり、恭順の意を示す為に跪こうとしたが、それはセリーナに止められた。
「それは止めてくださる?今日はただのヴァレンシュタイン女子爵として伺ったのに、そのようにされて誰かに見られてしまうと困ってしまうわ」
頬に手を当てながら、わざとらしく困ったような表情を浮かべた。
「この事は陛下と私、そして騎士団総長と魔術師団総長、あとはドラッケンベルグ近衛騎士団長しか知らない。口外はしないで欲しい」
「…承知している」
いくら中立派のローゼンベルク公爵家だとしても、綺麗事だけで国の運営ができない事は理解している。
ヴァレンシュタイン子爵家は必要悪なのだ。
「今日はね、カスティエール公爵家とローゼンベルク公爵家の婚約に関してきたの」
セリーナが本題を切り出すと、ダリウスとアメリアの様子やマルガレーテに冤罪をきせて婚約破棄を企んでいる事を話した。
内容を聞くにつれて、ローゼンベルク公爵の表情はどんどん厳しくなっていき、そして手は強く握り締められていた。
「誠に愚息が申し訳ない…あれらは廃嫡・廃籍が決定された。それだけではなく、マルガレーテ嬢を不要に貶めた者たちも処分される事が決まっている。それ故、婚約はこちら有責で破棄にし慰謝料を支払いたいと思っている」
苦々しい表情で、そう言うとカスティエール公爵は深く頭を下げた。
「あれらはもはや帝国貴族に相応しくないわ。ローゼンベルク公爵令嬢には無駄な時間を取らせてしまったから、もしよければ私の方から新しい婚約者候補を何人か紹介いたしますわ。ただ、発表はあれらがローゼンベルク公爵令嬢を断罪するまで待って頂きたいの」
「カスティエール公爵、頭を上げてくれ。謝罪は受け取るよ。断罪まで待つという事は膿を出し切るのですか…」
はぁ、と一つ溜め息を吐くとソファーの背に体を完全に預け、手を目元に置きながら顔を上に向けた。
「ごめんなさいね?さすがにこれを見逃すわけにはいかないの。これが他国のスパイだったら帝国が荒れてしまっていたかもしれないもの」
セリーナは目元を細め微笑んでいるが、紫色の瞳が妖しく輝いていた。
それを見ると、あれらに慈悲が与えられない事を理解した。
「…承知しました。本人の気持ちを優先したいので婚約者候補の紹介は今は大丈夫です。必要な際はこちらからお願いさせて頂きます」
それを了承し、その場で婚約破棄の書類にお互いサインをした。
そして、先日頼まれたモンタギュー商会長からの謝罪の手紙とお詫びの品などを渡し、セリーナとカスティエール公爵はローゼンベルク公爵家を後にした。
断罪のその時は刻一刻と迫ってきていた⸺⸺
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