影の女帝

シエル

文字の大きさ
22 / 23

ローゼンベルク公爵

しおりを挟む


ローゼンベルク公爵家は中立派の家門である。

帝国皇族は代々とても優れた者が多く臣下として諌める機会は少なかった。


…そう、5年前以外は⸺⸺



忠誠は皇帝陛下に捧げているが皇族派にも貴族派にも属さず、あくまで帝国の為に存在する。

その矜持は娘であるマルガレーテにも強すぎるくらい引き継がれている。


それがダリウスには少し煩わしかったのかもしれない。


マルガレーテとダリウスは学院に入学してから、しばらくはそれなりに上手くいっているかのように見えた。


お互いに帝国貴族としての責任感を持ち自分よりも下位の者達の模範となるべく行動していた。


しかし、それはブライトン伯爵令嬢という異物と出会った事により少しずつ崩れていった…



⸺⸺⸺



 
ローゼンベルク公爵家当主の執務室には現在、客人達がいる。


1人はダリウスの父であり宰相のカスティエール公爵、もう1人は娘と同い年のヴァレンシュタイン女子爵⸺⸺


ローゼンベルク公爵は今までヴァレンシュタイン女子爵と直接関わった事はなかった。

カスティエール公爵の先触れには『マルガレーテ抜きで話がしたい』と書かれていたので婚約の話かと思っていたのだが、そこに一緒に現れたヴァレンシュタイン女子爵の存在に困惑した。



「ローゼンベルク公爵、突然の訪問への対応感謝する。お分かりかと思うが、こちらはヴァレンシュタイン女子爵殿である」


「ごきげんよう、ローゼンベルク公爵様。ヴァレンシュタイン女子爵、セリーナ・フォン・ヴァレンシュタインですわ。以後、お見知りおきを」



カスティエール公爵が紹介すると鈴の音のような声でセリーナは挨拶をし、とても下位貴族である子爵家とは思えない程の美しいカーテシーをした。
 
その堂々とした態度や彼女が纏う空気感に只の者ではないという事を感じた。



「…あぁ、ローゼンベルク公爵家当主、アルフォンス・フォン・ローゼンベルクだ。子爵の手腕は耳に入っているよ」


「まぁ、どんなお噂かしら。怖いですわねぇ」



閉じたままの扇子を口元に当てながら、くすくすと鈴の転がるような声で笑った。



「悪い噂ではないよ、その年で堅実かつ素晴らしい領地運営をされているとか…頭が下がるよ」



ローゼンベルク公爵は一見、朗らかな印象を受ける。

しかし、朗らかなだけの人間が公爵家の当主、しかもいざとなれば皇帝陛下にも苦言を呈するような度胸はないだろう。



「で、今日はどういった用件かな?私は婚約の話かと思ってたんだが、ヴァレンシュタイン女子爵が一緒となると違うのかな?」


「ふふっ、さすが単刀直入ですのね。そうでなければ、5年前に陛下に物申す事など無理ですものね」


「…何故、その事を?確か、貴女はまだ爵位を継承したばかりだと思うのだが?」



ローゼンベルク公爵はセリーナの言葉に表情を消し、声色も警戒心を滲ませた。



「当然ですわ、だって…あれを処分したのは私ですもの」


「なっ!!」


「当然でしょう?だって…私とレイちゃんの母を殺したのだから、それを処分する権利はあるでしょう?」




5年前…それは帝国内を揺るがし影を落とした事件が起きた。


皇帝陛下の唯一無二である皇后が毒殺されたのだ。

いつもは泰然自若な皇帝も当然の事ながら泣き崩れ、犯人への憎悪も隠そうとせず激怒した。


犯人は分かっていたが証拠がなかった。
証拠がない以上、罰する事は国法として認められない。
しかし、皇帝はそれでも処刑を断行しようとした。


それを止めたのがローゼンベルク公爵である。

その後、証拠を集め断罪し、表向き皇后と同じように毒杯で処刑された。


しかし、高位貴族一部のみが知る事ではあるが本当は毒杯ではなく、帝国の影である『影の皇帝』が悍ましい程の残酷な方法で処刑されたのである。



「…ヴァレンシュタイン女子爵…貴女は影の皇帝なのか?」


「このお方は第1皇女殿下であられるのだ。影の皇帝は代々皇位継承を持つ皇族がヴァレンシュタイン子爵を継承する事になっている」


「第1皇女殿下だと!?」



驚きながらもローゼンベルク公爵は立ち上がり恭順の意を示す為に跪こうとしたが、それはセリーナに止められた。



「それは止めてくださる?今日はただのヴァレンシュタイン女子爵として伺ったのに、その様にされて誰かに見られてしまうと困ってしまうわ」



頬に手を当てながら、わざとらしく困ったような表情で言った。



「この事は陛下と私、そして騎士団総長と魔術師団総長、あとはドラッケンベルグ近衛騎士団長しか知らない。口外はしないで欲しい」


「…承知している」



いくら中立派のローゼンベルク公爵家だとしても綺麗事だけで国の運営ができない事は理解している。

ヴァレンシュタイン子爵家は必要悪なのだ。



「今日はね、カスティエール公爵家とローゼンベルク公爵家の婚約に関してきたの」



セリーナが本題を切り出すと、ダリウスとアメリアの様子やマルガレーテに冤罪をきせて婚約破棄を企んでいる事を話した。

内容を聞くにつれてローゼンベルク公爵の表情はどんどん厳しくなっていき、そして手は強く握り締められていた。



「誠に愚息が申し訳ない…あれらは廃嫡・廃籍が決定された。それだけではなく、マルガレーテ嬢を不要に貶めた者達も処分される事が決まっている。それ故、婚約はこちら有責で破棄にし慰謝料を支払いたいと思っている」



苦々しい表情で、そう言うとカスティエール公爵は深く頭を下げた。



「あれらはもはや帝国貴族に相応しくないわ。ローゼンベルク公爵令嬢には無駄な時間を取らせてしまったから、もしよければ私の方から新しい婚約者候補を何人か紹介しますわ。ただ、発表はあれらがローゼンベルク公爵令嬢を断罪するまで待って頂きたいの」


「カスティエール公爵、頭を上げてくれ。謝罪は受け取るよ。断罪まで待つという事は膿を出し切るのですか…」



はぁ、と1つ溜め息を吐くとソファーの背に体を完全に預け、手を目元に置きながら顔を上に向けた。



「ごめんなさいね?さすがにこれを見逃すわけにはいかないの。これが他国のスパイだったら帝国が荒れてしまっていたかもしれないもの」



セリーナは目元を細め微笑んでいるが、紫色の瞳が妖しく輝いていた。
それを見ると、あれらに慈悲が与えられない事を理解した。



「…承知しました。本人の気持ちを優先したいので婚約者候補の紹介は今は大丈夫です。必要な際はこちらからお願いさせて頂きます」



それを了承し、その場で婚約破棄の書類にお互いサインをした。

そして、先日頼まれたモンタギュー商会長からの謝罪の手紙とお詫びの品などを渡し、セリーナとカスティエール公爵はローゼンベルク公爵家を後にした。




断罪のその時は刻一刻と迫ってきていた⸺⸺




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たぶん貴方

豆狸
恋愛
悪いのは貴方。そして──

クリスティーヌの華麗なる復讐[完]

風龍佳乃
恋愛
伯爵家に生まれたクリスティーヌは 代々ボーン家に現れる魔力が弱く その事が原因で次第に家族から相手に されなくなってしまった。 使用人達からも理不尽な扱いを受けるが 婚約者のビルウィルの笑顔に救われて 過ごしている。 ところが魔力のせいでビルウィルとの 婚約が白紙となってしまい、更には ビルウィルの新しい婚約者が 妹のティファニーだと知り 全てに失望するクリスティーヌだが 突然、強力な魔力を覚醒させた事で 虐げてきたボーン家の人々に復讐を誓う クリスティーヌの華麗なざまぁによって 見事な逆転人生を歩む事になるのだった

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

[完結]要らないと言ったから

シマ
恋愛
要らないと言ったから捨てました 私の全てを 若干ホラー

[完結]アタンなんなのって私は私ですが?

シマ
恋愛
私は、ルルーシュ・アーデン男爵令嬢です。底辺の貴族の上、天災で主要産業である農業に大打撃を受けて貧乏な我が家。 我が家は建て直しに家族全員、奔走していたのですが、やっと領地が落ちついて半年振りに学園に登校すると、いきなり婚約破棄だと叫ばれました。 ……嫌がらせ?嫉妬?私が貴女に? さっきから叫ばれておりますが、そもそも貴女の隣の男性は、婚約者じゃありませんけど? 私の婚約者は…… 完結保証 本編7話+その後1話

それは確かに真実の愛

宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

処理中です...