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ローゼンベルク公爵家②
しおりを挟むセリーナと父の話を聞き、胸に煙りは残るものの納得せざるをえなかった。
「理解していただけたようですわね。では、最後にローゼンベルク公爵令嬢の新しい婚約者候補の件ですわ」
そう切り出すと、視線で合図を出されたセドリックがいくつかの釣書をテーブルの上に置いた。
無言のままローゼンベルク公爵はそれを手に取り、すべてに目を通すと、一つ溜め息をつくと、それらをマルガレーテにそのまま渡してきた。
父の反応に違和感を覚えながら、渡された釣書に目を通していくと、どんどん目元に力が入り、先ほど抑えた胸の中の煙りが瞬く間に燃え上がった。
「…これは、一体どういうことでしょうか?」
マルガレーテは怒りのせいで、声が震えたのが自分でも分かった。
渡された釣書の者たちは、すべて近隣国の貴族令息ではあるが、身分がほぼ伯爵位であった。
大陸の中でも、最も大国であるリヒテンシュタイン帝国の公爵令嬢が、格下の他国に、しかも侯爵位以下の妻として嫁ぐなど普通はありえない。
まして今回は、マルガレーテは被害者なのだ。
それを、追い打ちをかけるかのような縁談を持ってくるなど、マルガレーテを侮っているとしか思えなかった。
「どういうこと、とは?」
頬に手を当て、きょとんとした表情で小首を傾げながら『何が、言いたいのか分からない』と言わんばかりである。
セドリックも、この執務室に入ってから表情は一度も変わっておらず、無言を貫いている。
「この人選です。いかに優秀な令息だったとしても、我が国よりも格下である国であり、更に伯爵位など…帝国で最も高位の公爵令嬢である私が嫁ぐなど、お話になりませんわ!これが皇家からの償いだとするなら、我がローゼンベルク公爵家を侮辱しておられますわ!」
セリーナに、皇家に軽んじられたと、マルガレーテは怒りを露にさせ、そのままの勢いでその言葉を言い放った瞬間、セリーナの顔から表情が消えた。
それと同時に、胸元で広げていた扇子を持ち手と反対側の手のひらで、パチンッと高い音を立てて閉じた。
「…お前が、最も高位の令嬢ですって?何を勘違いしているのかしら。この帝国内の令嬢の中で、最も高位な令嬢は私ですわよ?お前は、いつから皇族になったの?」
そう話しながら、深いロイヤルブルーの瞳を細め、鋭い視線を放ち、扇子の先をマルガレーテに向けた。
セリーナが言葉を発する度に、どんどん室内の空気が重くなったように感じ、呼吸が浅くなった。
それと同時に、あの断罪劇の際にセリーナが放った威圧感のことを思い出し、背筋が寒くなった。
ここへ来て、ようやく逆らってはいけなかったことに気づき、隣に座る父にすがるように顔を向けると、ちょうど父と目が合い、その瞳の中には怒りが宿っている。
父は一見穏やかそうだが、派閥を従えているうえに、皇帝陛下へ直接、諫言するほど肝が据わっており、必要あらば冷酷な決断を下すことも辞さない。
その父がセリーナに怒っている。
それだけで、強張っていた体がほぐれ、先ほど感じた恐怖が消えたのを感じた。
ローゼンベルク公爵は顔をもとに戻し目を瞑った。
そして、深い溜め息を吐いた後、再び目を開けると、真っ直ぐセリーナを見た。
「…ヴァレンシュタイン子爵、よく分かりました。しかしながら、私にはこの釣書の人物たちでも火種になる気がいたしております」
「お父様?何をおっしゃって…「黙れ」」
父が皇女へ言っている意味が理解できなかった。
ローゼンベルク公爵家を、マルガレーテを侮っているのか?と怒っているのではなかったのか?
(…それなのに、お父様はまるで、私がその釣書の人に嫁いだら、問題を起こすと考えているような…)
そう問いたかったが、公爵のドスの利いた声に口を噤む。
「一応、トラブルが起きたときに対処しやすい、もしくは対処能力を持っている方を選びましたの」
先ほどの威圧感は、もうなくなっており、公爵の機嫌も気にせずにセリーナは続きを話し始める。
「…ただ、私としては帝国公爵家の血を他国の伯爵家に入れる、ということに思うところもありますのよね」
「しかしながら、先ほどから様子を見ていると、今から教育し直しても思った通りの効果は得られないでしょう…」
頬に片手を添えながら、悩ましいと漏らすセリーナに、公爵はもう諦めたような表情で話を進めていく。
(一体、何の話を…)
「マルガレーテ、二人が話している内容を理解できているか?」
そこへ突如、今まで声を出すことがなかったセドリックが、マルガレーテに問いかけてきた。
「…一体、何の話を、されてますの?」
どこか現実感のなく呆然としていたが、セドリックの問いかけで意識が引き戻された。
「君は、ダリウスやアメリア嬢に対して適切な対応をしているように見せていた。ただ、プライドが傷ついていたのだろう…感情に振り回され、肝心なところで不適切な態度を取り続けた」
「不適切な態度?それは彼らのことでしょう?」
セドリックが話し始めた内容の理解ができなかった。
マルガレーテは貴族として、間違ったことは言っていない。
「そうだな。でも、いくら正しいことを述べたとしても、君の言動からは他者を蔑んでいる傲慢さが見えた」
「傲慢?私は正しく最高位貴族として対応しましたわ!!身分が上の者に無礼を働いたら、罰されるのは当然ですわ!!」
セドリックの台詞にカッとなり、思わず立ち上がり叫ぶように言い放つと、セドリックの顔には諦めの色が滲んだ。
「それが、傲慢ですのよ。他家の子女を罰する権利を、どうして、ただの、公爵令嬢である貴女が持っていますの?」
膝の上で頬杖をつきながら、セリーナはマルガレーテに告げた。
その顔に笑みが浮かんでいるものの、深いロイヤルブルーの瞳の奥は仄暗く、何も見えなかった。
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