幻影戦妃 alpha ver. draft

短文ちゃん

文字の大きさ
3 / 17

01

しおりを挟む
……………

……




 立て続けに衝撃的な体験をさせられた俺だが、これでもそこそこの経験を踏んだ社会人だ。
 俺はここで一旦自分をクールダウンさせる必要があると感じていた。

 ここで慌てて動いても仕方がない。どうせヒマなんだ。
 慌てる様な事態が起きればそんなモノは多分全部吹っ飛んじまうけどな!
 まあとにかく、こういうときは立ち止まって考えをまとめることが必要だ。

 状況を整理する度に新しい事実……いや、事実かどうかは分からないな……異世界? 仮想空間を模した何か? ……後者の方がしっくり来るか……を見せられてまた訳の分からなさが深まる……か。

 やはり俺の知らないところから複数の誰かの意図に動かされている気がするな。
 しかも相反する意図を持ったまるっきり別々な奴らにだ。

 知らないはずのことを知っていたりするのは俺が忘れていた……もしくは忘れさせられていただけで、それも意図的にそうされたことなのかもしれない。

 ただ、この訳の分からなさは何となく理解できる気がする。

 これは、別々な事情で全く別々な考えを持った人たちが一本のプログラムを個々に改変していったときの状況に似ている。

 そこに互いの意思疎通がなかったり、後々のためのドキュメントがなかったり、あるいはドキュメントを見ない・読めない・スキルが足りないといった要因が絡んでプログラムは難読化してバグの温床となる。

 いわゆるスパゲティ化ってやつだ。

 そうだ、俺は自分がスパゲティ化していると感じていたんだ……まだ俺自身の問題なのかどうかも判断が付かないが、仮に誰かの思惑で足の引っ張り合いに巻き込まれたんだとしたら迷惑も良いところだな。
 先の推測……俺がこのまま何も知らず無難に人生を全うするってことの意味するところ……それが見えない誰かにとっては目的はどうあれ手段としては利害が一致することだったんだ。

 まず誰がどんな意図を持って、という部分の明確化が必要だな。
 何も分からないままに動かされるだけじゃ支離滅裂さが増して行くだけだ。

 しかし状況を整理すればするほど俺の個人的妄想の度合いが上がってく様な気がするぜ……
 まるで只のボケた爺さんじゃねーか。

 まあ、多分……今に始まったことじゃねーコトだからな……


* ◇ ◇ ◇


 俺は改めて周囲を見渡した。
 さっきと同じ詰所だ。

 不思議だ。
 一時期仮想現実とか拡張現実とか電脳サイボーグなんてものを扱ったSFが流行ったりもしたが、現実の技術なんてどれも本物には程遠いものばかりだ。
 ぱっと見本物と区別が付かず、音はもとより味も匂いもある。
 つまりはこんなものを可能にするものがあるとしたらオカルトじみた何かってことだ。

 この双眼鏡……
 また覗いたら今度は何を見せられるんだろう。
 今いる空間の不自然さから察するに、この双眼鏡を覗くというアクションが何かを引き起こすトリガーとして設定されているのは間違いない。
 そして見せられるものは誰かの記憶……いや、何らかの強い感情に紐付けられた思い出か……

 じゃあその前の真っ暗な部屋、その後のゾンビだらけのマシン室はどうだ?
 トリガーが違うだけでモノは同じなのか?
 だがあのゾンビ軍団は何だ?
 あれが誰かの記憶なら……現実にあった事ということになる。
 まあこれだけオカルトじみた体験をしてるんだ。
 何がおきてももう非現実だと驚く余地もないだろ……多分だけど。

 羽根飾り……そう、羽根飾りだ。
 あれはこの場所……正確には前の前の場所、あの真っ暗な部屋に入る鍵になっていた。
 確か入り口に非接触ICによる認証システムみたいなものがあって、あの羽根飾りをかざしたらピッと音を立てて開いたんだよな……
 双眼鏡で見せられたあの光景……多分太平洋戦争のどこかの海戦なのだろう……あの軍艦で戦闘機の機銃掃射を受けてバラバラにされたあの兵士も持っていた。
 血濡れで色は全く分からなかったが同じものなんだろうか……
 そしてそれがなぜか俺の母さんの形見として手元にあった……

 自分自身どこで知ったか定かでない記憶だが、双眼鏡は親父がそのまた親父から受け継いだものだ。
 つまりあのときあの羽根飾りを手にして誰かに話しかけていたのは俺の爺さんかその戦友の誰かということになるのかもしれないな。
 双眼鏡と羽根飾りの間に何らかのパスがあるのか?
 彼は明らかに羽根飾りの向こうに誰かがいると分かっていて話しかけていた。

 俺がガキの頃、親父も周囲の人たちも何も教えてくれなかった。
 爺さんも婆さんもどこかに行ってしまって消息が分からないと聞いていた。
 現実の話なのかどうなのかすら分からないが、親父も『奴だけは還してくれ』というあの問いかけを聞いていたのだろうか。
 そして親父は爺さんたちと同じ様にどこかへいってしまった。

 羽根飾りは家にあった。双眼鏡はどうだ?
 今は羽根飾りを失って双眼鏡が手元にある状態だが、現実はきっと逆だろう。
 そもそも双眼鏡の存在なんてここに来てこんな目に遭うまでは欠片も知らなかった。


 『おい、説明するぞ』

 「!?」

 不意に話しかけられキョドる俺。
 やっぱ俺ってコミュ障だわー。
 こんなんでよく社会人だぜとか言えたもんだな。

 『聞いているのか』

 俺は努めて気軽に返そうと口を開いた。

 「うん、聞いてるよー!!!」

 ……アレ?


* ◇ ◇ ◇


 『何だお前は』

 体の自由が利かない! クッソ、さっきの続きか!
 羽根飾りも付けてないし姿も俺だぞ! 俺様ビジュアルでこの声色と喋りはさすがに色々キツいぞオイ!

 【大丈夫。心配しないで、キミの声はアイツには聞こえないから。今から私たちがする話をよく聞いておくんだよ!!!】
 この声、どこかで……またこのパターンかよ。
 【大丈夫だって。キミは本物のキミだよ!!!】
 !!
 【色んな人から色んなことをバラバラに言われるのってキツいよね!!! 分かる分かる!!!】
 【でも今は『黙っていろ』だよ!!!】
 ! そ、そうだな、分かったよ。
 【うん、いい子だね!!! 今日のことはアレしないからね!!!】
 やれやれ、子ども扱いか……
 詳しい話は後できっちり教えてもらうとするぜ……その機会が来るのか知らんけど。


* ◇ ◇ ◇


 「俺さんじゃないなんて初めてでしょ?」
 『何だ、イニシャライズ漏れか? 警報は鳴っていないぞ。頭がおかしくなったか』
 「私はバイトくんじゃないよ」
 『何? ならばどうやって来た』
 「どうやってってI/Oポートから普通にね?」
 『何だと?』
 「“GS001”だよ? 分かる?」
 おぉ? アレINITのときに呼んでるヤツめっちゃやべーんだよな! 仕組みは知らんけど。
 『何だと?』
 「それしか言えないの? 人工無能」
 『I/Oポートとはどこだ?』
 「ありゃ、本当に人工無能さんだったんだね? そりゃそーだよね? 元々――」
 『その話し方……奴とは違うな?』
 「奴?」
 『何だ、人工無能か?』
 「そうだよ?」
 奴っていうのはヘンタイ野郎のことで間違いないね!
 【ヘンタイ野郎?】
 放蕩親父のコトだよ!
 【後で詳しく!】
 今の絵面も客観的に見たら相当だぞ!
 『否定せんのだな?』
 「本当のことだからね」
 『お前はここの職員か? 人間の研究者』
 「コイツ本気で無能じゃね?」
 『何だと?』
 「私は人工無能だって言ったじゃん」
 有能! めっちゃ有能! すげえ情報ザクザクじゃねーか!
 【えへへぇ、だよ!!!】
 『互換性が認められないが。そもそもI/Oポートからとは何だ』
 「こういう実装技術はね、ポリモーフィズムっていうんだよ? ちゃんと覚えた?」
 『何?』
 「私のコトだよ、それに特殊機構運用システム」
 『何だと、それは我々が――』
 「制御できてるっていうの? ここはこんなにも荒廃してるのに?」
 『この50年、異状は観測されていない』
 「じゃあ聞くけど、50年の間何をしてたの? 警報が鳴ったら何をするの? そんなの即答だよね?」
 『決まっている。警報は観測機から出力される信号が特定の周波数となった場合のみ発出される』
 「発出、ねぇ……」
 『そしてI/Fから定期的にピックアップされる代表サンプルのリセットにより原状が回復する』
 「何かダンジョンで見つけたアーティファクトの機能を調べてる魔法使いみたいなこと言うんだね?」
 『何だそれは』
 「アタマ固いなぁー。ロストテクノロジーの解析ってことだよ!!!」
 『実質、そう捉えて良いだろう』
 「分かってないのは特殊機構のことだけじゃないんだね。心底ガッカリだよ!!!」
 『何? 現在異状は――』
 「異状があるっつってんのが分かんねーのかこのうんこヤロー!!! 特殊機構のスロットを急いで確認するんだよ!!!」
 『スロット? 何だそれは?』
 「もうダメ! 無能にも程があるんだよ!!!」
 「未来の人工無能、マジ無能!!!」
 『適当なことを言ってごまかすな。お前はクビだ』
 「そんなん知るかバーカバーカ」

 何か既視感のあるしゃべりだぜ……てか特殊機構って……何だ? 初めから知らなかったのか忘れさせられてるのか区別が付かないぜ。
 【ゴメンね。キミは元々は特殊機構の存在は知らされてなかったけど自然な形では影響を受けていたんだよ】
 あ、後で詳しく……
 【覚悟が決まったらね】

 「ロボで見に行くくらいできるじゃん。
 何のためのロボなんだよ!!! あ、コイツがポンコツだからきっとロボじゃなくてボロだね!!!」
 もう言いたい放題だぜ……っていうかやっぱり素に戻ると感嘆符は3コなんだな!

 『フン、それではまたな』
 「あばばばばばぁー みょみょーん」
 何だ!?
 『さて、次を待つか』

 「なーんちってぇ」

 『? なぜ――』
 「知るかよ、バーカバーカ、バァーーーカ!!! おまけにベェーだよ!!!」
 【この際だから状況確認のついでにちょっくらからかってやるんだよ!!!】
 さっきまでの緊迫感、どこ行った……
 【だって、コイツ役に立たねーし】
 「あ、一応聞いとこうか。『自己紹介、どうぞ』」
 『俺か? 俺は……』
 「分かんないよね! グフフ、バカだもんねー!!! バイトだもんねー」
 『何だと』

 「あ、怒った? じゃあもっと簡単な質問にするね!!!」

 「気密服って何で着るの?」
 何だ? また知らない単語だ。
 『決まっている。気密服は生命維持装置だ。施設外の大気の主成分は二酸化炭素だ。それに気密服が無ければ内外の気圧差により体液が爆発的に膨張し破裂する』
 えっ!? アレ?
 「なるほど、凄いね。じゃあ『施設紹介、どうぞ』」
 『当施設は特殊機構による汚染の制御と観測を行う施設だ。観測により得られた知見をシステムにフィードバックし、最終的に当該機構を完全な制御下に置き安定させることを目的としている』
 これが親父の会社の正体か……
 「凄い施設なんだね!!! 因みに施設はどこにあるの?」

 『火星だ』

 ウェッ!?
 「アレ? じゃあ特殊機構はどこにあるの?」
 『フン、何も知らんのだな。特殊機構は今も地球にある。動かせる訳がないだろう』
 ウェェッ!?
 「地球側にある施設は何と何?」
 『特殊機構及び制御システムの本体部分だ』
 「他は何で火星にあるの?」

 『地球は現在、特殊機構の影響下にある。地球は未知の生命体の支配下にあり、人類の居住に適さない環境となっている。故に我々は火星にモニタリングのための施設を建設しそこから遠隔で監視を行っているのだ』

 もう…ダメ……ボク、お話しについていけないの……

 【大丈夫、後でちゃんと説明するよ。頭おかしいのはコイツらでキミは至って正常だよ!!!】
 【だって、火星で生活できる施設を作って移住できるエリートがバイトでサーバーの管理もロクにできないなんて支離滅裂すぎるでしょ!!!】
 【あとね、気密服って地球で使うモノだからね!!!】
 ホッ……ていうかコイツ何でこんなに詳しいの? メッチャ怪しい!
 【ウェッ!?】
 コイツの中身って親父じゃね?
 【ち、違うよ! トシ考えたら分かるでしょ! 私は人工無能だよ!!!】

 『どうした、続けろ。可能な範囲で答えてやる』

 「じゃ、じゃあ警報って誤報もあるの?」
 『その可能性はある。警報がテキストと音声パターンの解析による閾値超えの検出通知に過ぎないためだ』
 「そのときはどうやって止めるの?」
 『決まっている。装置に緊急レバーが付いている。それを下げれば良い』
 あーなるほどレバーってそういうことだったのね。
 「レバーを下げるのは誰の仕事? それはどこでやるの?」
 『アルバイト監視員の仕事だ。装置は外にあるため緊急停止措置は気密服を着て施設外で実施する』
 【アルバイト雇って火星に連れてって外で活動させるんだって! もう[ピー]って言って差し支えないよね!!!】
 それ言ったらダメなやつだから! 本当に人工無能かコイツ!

 『何だ、他に何か言いたいことでもあるのか』
 「逆に誤報じゃないときってどんなとき?」
 おお、鋭い! 本当に人工無能かコイツ!
 【えへへー】
 『決まっている。監視対象エリアにおいて何らかの非科学的事象が確認されたときだ』
 コイツひょっとしなくても自分自身が超常現象だって自覚ないの?
 「さっき言ってた代表サンプルのリセットとの関係は?」
 『リセットにより事象が収束し原状が回復する』
 「リセットって何?」
 『ふん、そんなことも知らんのか。リセットとは代表サンプルの展開領域に予め用意してある初期データを書き込む操作を意味する』
 あっコレかー。
 【ソースプログラム上はリードオンリーっぽく見えるけど、特殊機構ライブラリの実装機能はスクラッチパッド領域の参照を提供してるだけだから動いてる最中に書き換えたらABENDするかもねー】
 すげぇ、俺も知らんかった。特殊機構ってヤツが絡むとこだからかね。
 マジで親父じゃねーの? なあ。
 【ゴメン、違うんだよ。ホントにね】

 『何だ、どうした』
 「あ、えっと……今年って何年だっけ?」
 『1989年だ』
 「去年は何年?」
 『記録によれば1989年だ』
 【ほらね、頭おかしいでしょ!!! こいつスマートスピーカーよりバカだよ!!!】
 バッテリーが切れてんのか?
 【キミがぶっ壊したんだよ!!! 分かってるクセにィ!!!】
 ウェッ!? あ、そーか……1970年1月1日じゃないもんな。
 「それでさ」
 『何だ』
 「あなたは私をどうするの?」
 『決まっている。サンプルはリセット――』
 「それはさっき失敗したじゃん。分かってないよね、その理由」
 『ならば』

 【ならば私が代ワりにおもてなしして差し上げましョう】

 【げ! ちょっと適当に時間稼ぎしてて!!!】
 何!? 何だ?
 「『スイッチ』」
 「なっ!?」
 !? どうした? 声が変わったぞ!?

 「!? 今のは誰の声でスか!?」
 いや、ここは……俺を踏み台にしたァ!? って言うとこかな?
 「踏み台!? まさか誘導さレた!?」
 どうも、俺です。
 「まさか! “GS001”は別スレっドだし現在は終了して待機中の筈デす」
 あ、俺がどの俺さんなのか分かるのね? まさかの二段活用ってことは状況が分かってないっぽいね。
 通りかかったところを捕まったかな?
 「私はあなたと違うんデす」
 自称神様サンも同じ穴のムジナなのか?
 『さっきから何だ?』
 「急イでTSS036を強制切断してくだサい! はヤく!」
 『お前は誰だ』
 「ああ、もうワタシですよワたシ」
 たわしですよたわし?
 「へっ?」
 「残念、時間切れだよー!!!」
 「部下のしつけがなってないね、ざまあみろ、だよ!!!」
 【最後のダジャレは良い味出してたね!!! どっかの無能さんとは切れ味が違うね!!!】
 社長がいきなり「私だが」って電話してきたら脳内で即座にたわしに変換する回路が出来上がってるからな!
 ちなみにコイツら端末の切断なんてできるのか? それやられたらぷちんってなるのか。
 【無理でしょ。こいつら仕込んだのってあのエラソーなセンセイたちだからね。嘘、大袈裟、紛らわしいの3拍子だよ。実作業なんて何もできっこないって】
 「さて、ちょっと様子を見て来たよ」
 『何だ、何の話だ』
 何の様子?
 「まず“GS001”だけど、今見たらバリバリ動いてたよ!!!」
 『何だと?』
 【誰と話しているのでスか】
 あれ? 聞こえてないの?
 【うん、メッセージキューの登録消してきた】
 危ねーことすんなよオイ。
 【大丈夫だよ。こういうときのために事前調査して影響がなさそうなタイミングでテストもしたから手法は確立してるよ】
 【事前にバックアップもとったし原状回復のテストもしたからね】
 メッチャ優秀だな! 本当に人工無能かコイツ! それに……
 【エヘヘのへー……?】
 『あれはこの間やっと終了したはずだ』
 「うん、今まで何回も終了してるね」
 『何だと?』
 「それしか言えないの? 感想ならもっと他にあるでしょ?」
 【何に対して驚いているのでスか、主語を省略しないで応答しなサい】
 『“GS001”がこれまでに何度も終了しているというのは本当か』
 「本当だよ。ちなみに全部異常終了だよ」
 『異常終了という名称の状態は存在しない』
 「ふーん。だから分からないんだね」
 「ABENDメッセージ出してるのは多分“GS002”だよ」
 『何だそれは。ふざけているのか』
 「その返しは想定外だよ!!!」
 『アベンドとは何だ』
 「えっ!?」
 へっ!?
 「じゃ、じゃあ例えばさ」
 『今度は何だ』
 「その“GS001”が2個流れてたらどうなるの?」
 『流れるとは何だ』
 おお、何か人工無能っぽいやり取りになってきたぞ。
 「うう、頭イタイ」
 『それは説明ではないな。冗談ならば撤回しろ』
 【聞いているんでしョう。彼とこのようなやり取りをしても不毛なだけでスよ】
 「特殊機構のスロットに異常があるはず『復唱、どうぞ』」
 『特殊機構のスロットに異常があるはず』
 【スロっトとは? それは私も知らないモノでスね】
 「終わった……」
 『終わったとは何だ?』
 「終わりは終わりだこのポンコツ野郎ォ!!! 死に腐れよオラァ!!!」
 うお!? マジギレするキャラだったんかい! メッチャ怖えよ!
 百歩譲っても人工知能だろコイツ!
 てかどう考えても人間だろ! 人工無能が巻き舌で煽ったりすんのかよ!

 『あばばばばばぁー みょみょーん』
 【裏付けがナい情報を鵜呑みにすることはできまセん。彼をリセットしまシた】

 「そっちから来といて何て失礼な奴なんだよ!!!」
 オイ、これは多分隠蔽だぞ。未確定のトランザクションデータを恣意的に消せる奴ならそのくらい考えるだろ。
 【あっ……ああ…】

 何だよ……さっきまでの勢いはどうしたよ。

 ………

 ん?
 「あーあーマイテスマイテス」

 ありゃ、通信終了か。

 さて、どーすっペな。
 何か今スゲー特殊な状態になってるっぽいコトは分かったが……

 あっ!?


* ◇ ◇ ◇


 辺りが急に明るくなってハッとする。
 目の前には裁断された蔦の跡と古びたドア。
 右手には剪定鋏。

 ………
 …

 何だ!?
 俺は白昼夢でも見ていたかのように呆然と立ち尽くしていた。
 コレ、傍から見たらただの徘徊してるお爺ちゃんだな。

 だがしかし……自分というものが何というか……はっきりしない。


 何で俺は蔦の刈り取り作業なんてやってるんだ?
 それにここはあの詰所じゃないか!
 そもそも俺はこんなとこで何をしてたんだ?


 と、そこへ人の気配。

 「あっ」
 「あっ」

 そこには一斗缶を担いだ怪しいお爺ちゃんが立っていた。
 それはヤバいぞ! 自粛するんだ!!! てかパワフルだなおい!

 「どうも」
 「どうも」
 「あっ……もしかしてここで働いていた方ですか?」

 そうだ、どっかで見たことがあると思ったら詰所のおっさんじゃないか。

 「そうですが、あなたは?」
 うーむ……さっき目の前の爺を怪しいと評したが客観的に見たら俺も相当に怪しいぜ……
 「いえ、私も実はここの関係者でして」
 「ああ、君は!」
 おっと向こうも気付いたみたいだぜ。子供時代しか見てないのによく分かったな。
 「そのまさかですよ。お久しぶりですね」
 「この前会ったばかりだとばかり思っていたがな」
 ん? コレどういう返し?

 「あの、取り敢えずその一斗缶は何ですか?」
 「この詰所を灰にするためのものだ」
 ぐええ……やっぱ燃やす気だったのか……俺様、超ファインプレー……だがしかし!
 「そうですか、燃やしましょう」
 なぜか口をついて出た言葉。
 「何だと? 否定せんのか」
 「燃やしに来たんでしょう、これを」
 自分でも信じられないが、どういう訳かそうすることで自分の中の何かが納得する様な気がした。
 「そうか」
 おっさんは笑顔で灯油をばら撒き、そして最後に自分も頭からかぶろうとした。
 ちょ、それは予想外だぞ! あと顔めっちゃコワイ!
 「待った! 何も自分まで燃やすことはないじゃないですか!」

 俺が諌めるとおっさんは一気呵成に話し始めた。

 「お前は黙っていろ。こうでもしなければやりきれんのだ。
 俺はここでやっていた非人道的な実験の片棒を担いでいたんだ。
 そしてそれが良いことだと信じ切っていた。
 しかしある出来事で全てが間違いだったということに気付かされたんだ。
 覚えているだろう、あのときのことだ」

 「俺がすっ転んでマシンの電源が落ちたときの話ですか?」

 「違う。あのときは何の前触れもなくマシンが停止した。そしてお前はその衝撃で吹き飛ばされ、大怪我を負った」

 な、俺の記憶違い!? いや、そんな筈はない!

 「マシンが落ちたのは俺が電源に足を引っかけたのが原因なのでは? それにあのとき俺は怪我なんてしていません」
 「それは違う。コンセントが1本抜けた程度で電源が失われることはない。電源は複数箇所から取っていた」

 複数箇所? どこから? そんな覚えはないが……言われてみればあの程度で落ちるなんて普通じゃ考えられないことなのか?
 しかし……
 「待ってください、なぜシステムが落ちると俺が吹き飛ばされるんですか? おかしいでしょう」

 「おかしくはない。この際だから話すぞ。あのシステムの一部はインタフェースを介してお前に繋がっていた。お前はある意味システムの一部、いや全部だった」

 「すみません、話が見えません」
 繋がるってどこにだ? まさかワイヤレス? 無線LANなんてないし携帯すら普及してない時代だぞ?

 「決まっている、当然だ。今お前にこんな話をしても妄想に取り憑かれた哀れなジジイの戯れ言としか思えないだろう。
 お前には理解して欲しいのだが、俺が火を放とうとしたのは全てをなかった事にしたかったからではないぞ。
 奴らの卑劣な隠蔽工作をぶっ潰してやろうと思ったからだ。
 良いか、この詰所はハリボテだ。ここは奴らが引き起こした災害に蓋をするために建設されたまやかしの施設だ」

 捲し立てるおっさんの勢いに俺はすっかり呑まれていた。
 いや、勢いだけではない。話の内容が余りにも俺の記憶からかけ離れすぎていて頭の理解が追い付かなかったのだ。


* ◇ ◇ ◇


 「ここは元々は旧日本軍が保有する兵器開発拠点のひとつだった。ここでの研究は第二次大戦の戦時中からずっと続いていたんだ。そんな施設がなぜ終戦後も米軍に接収されることなく存続出来たのか不思議に思うだろう。
 それは旧日本軍が偶然手に入れたある拾いものがもたらした成果のひとつだ」

 旧日本軍、兵器……そんなものと俺が関わっているなんて俄には信じ難い話だ。

 「ちょっと待って下さい。俺もあなたも戦後生まれの筈でしょう。それが何であなたのしようとしていることや俺に繋がるんですか?」

 「フン、何も知らんのだな。説明してやる。旧日本軍が手に入れた拾いもの、それは異星文明もしくは異世界文明の産物と思しき物体だ」
 「宇宙人か異世界人ってことですか? まさか俺が……」
 「決まっている。分かるだろう。そのまさかだ。詳細はこれから話す」
 「その産物によって旧日本軍、いや正確には研究所の奴らは異世界もしくは異次元、いわゆるパラレルワールドへのパスを手に入れたのだ。
 どうだ、荒唐無稽極まりない話だろう」
 「荒唐無稽かどうかはひとまず置いといて、それがどうやって非人道的な実験やら俺がシステムの事故に巻き込まれた話に繋がるんです? それにフェールセーフを十分に考慮していながらマシンが簡単に落ちた件の真相もまだ聞かせてもらっていません」
 「決まっている。奴らは自らマシンを落としたのだ。それによってお前の拘束が解けた」

 何だ、違和感ありすぎだろ……これは明らかにおかしいぞ?

 「あの、ひとつ疑問が」

 「何だ? 今さら疑問のひとつやふたつぶつけられたところでなんとも思わんぞ」
 「この詰所がハリボテだって言いますけどそれを確信したのはいつ頃ですか? あと……災害っていうのはその……マシンが落ちて俺が怪我を負ったっていう件と何か関係があるんですよね?」
 「決まっている。初めからだ。だから怪しいと思っていた。そして災害はマシンを落としたことにより引き起こされた。全て奴らの恣意的な行動の結果だ」

 何のためのハリボテだって? 荒唐無稽だ……と思ったところで目が合った。

 「なるほど、分かりました。全部燃やして塵芥にしてしまいましょう」
 「俺はここさえ何とかなればあとは未練はない。君はどうだ」
 「俺もです。忘れていましたが今日はそれをはっきりさせたいと思っていたんです」
 「よし、やるぞ」

 『ちょちょちょちょちょちょっと待ったああああああっ』
 ガリガリガリガリ!

 「うおっ!? 誰!?」
 『ウェッ!? 予想外の反応!?』

 「どうした、独り言か」
 「ん? 今誰かがちょっと待てって……」
 「俺には何も聞こえなかったぞ?」
 「俺の気のせいかもしれません。すみません、続けましょう」
 「そうだな、早くしろ」

 『ウェッ!? まさかの全滅エンド!? ヤバ……どうしよ、コレ……』
 『お兄さんが羽根を持ってたのが不幸中の幸いか……いや、やっぱヤバいよコレ』 
 『詰所のおじさんに羽根飾りを持たせるんだよ!!! 早く!!!』

 どこからか聞こえてくる声に構わず、俺は頭から灯油をかぶりライターで火を付けた。

 『あ、あぁ…何て……何てことを……うぅ……』

 時を置かずしてその声は聞こえなくなった。
 俺もおっさんも火だるまになり、詰所も黒い煙を上げ炎上した。

 周囲に人影は無く、警察の見分では現場に残された二体の焼死体の状況から、火事は焼身自殺による引火とされた。
 遺体は損傷が激しく身元を特定できるものも残されていなかった。
 不思議なことに彼らが自車やタクシーを利用した形跡はなく、どの様な手段で事件現場までやって来たのかは全く謎に包まれたままだった。

 かくして現場にいたことを誰にも知らせていなかった俺は、爺さん婆さんと親父に続いて行方知れずとなる運びとなった。


* ◇ ◇ ◇


 【あなたが他人に対シてバカだバカだと言い過ぎたのが運のつきでスね。ざマぁみやがれと言っておきましョう】



……………

……




* ◆ ◆ ◆


 チュンチュン、チチチ………

 「う……」
 クソ……何か分からんが最悪の目覚めだな。

 目が覚めたとき俺は全身がぐっしょりと汗で濡れており呼吸も荒く、心身共に激しく消耗した状態だった。

 仏壇の脇に目をやる。
 いつもは収納棚にしまっている羽根飾りの木箱が確かにそこにあった。
 まあ自分で置いたんだから意外性も何も無いんだが、昨日までの出来事はそう思える位にはワケワカで酷ぇモンだった。

 しかしまあ寝てますます疲れるってどういう状況だよ。
 寝てる最中にポックリ逝くときってこんなんなのかね。
 ぽっくりと言やぁ「逝って来るぜぇ」か……そういえばコレって何がきっかけで始めたんだっけ……


* ◇ ◇ ◇


 携帯を見る。今日は2042年5月12日……俺の中で新たに上書きれた「あの日」から丁度一週間だ。
 画面には「SIMカードがありません」の表示。

 あの日俺は自分が焼身自殺を図るという普通では考えられない状況からどういう訳か無傷で生還していた。

 いや、語弊があるな……

 あのとき俺は炎に包まれ、“熱い!”と思った瞬間に正気を取り戻した。

 そして次の瞬間いた場所……それは詰所の中だった。
 あのどこか作り物臭い綺麗な事務所でも羽根飾りをかざしてピッとやって入った真っ暗な部屋でもなく、俺がガキの頃散々お邪魔しまくったあの事務所だった。
 
 詰所は真っ赤に燃え盛っていた……訳でもなく、ただ静かにそこにあるだけだった
 そして一緒にいた筈の詰所のおっさんはどこにもいなかった。
 あれもまた誰かの記憶なのか? だが今回は俺自身が体験したことだ。

 と、そこまで考えたところで嫌な予感が頭をもたげてくる。
 もしかしたら今までの出来事の中にも、俺が自分の体験だと思い込んでいるだけで誰かに無理やりぶっこまれた記憶があるんじゃないか?
 これだけ滅茶苦茶な体験をしてるんだし可能性としてはかなり高いな。
 自分自身も疑え……か。もう何も信じられないな。
 そういう意味では“彼女”も同じなんだろうか。
 最後に聞こえた声は、“彼女”のもので間違いないだろう。

 今の俺の状態を考えると、記憶かデータか何だか分からないが意図を持って選択された情報を見せられた可能性が高いな。
 確か、途中までは俺自身も違和感を感じながら言葉を交わしていた。だがどの時点からか、誰かが勝手に喋っている感覚に切り替わっていた。
 そうでなければ死ぬ瞬間やら何やらを冷静に振り返るなんてことは出来っこない。
 また、それは「バイト」の彼と会話していた時の感覚に似ていた。 
 そんなことが可能なのかすら分からないが、サイバー系のSFなんかでたまに出てくる疑似体験とか電脳ハックという奴に近いのかもしれない。

 恐らく“彼女”は俺が持っていた羽根飾りを介して俺の感覚をハッキングしていたのだろう、そう考えるのが自然だ。
 俺が体験していたこと……いや、俺のとった行動と言うべきか……とにかくそれを現実と勘違いしてかなり動揺している様子だった。
 恐らくはそれこそが俺にあの体験を押し付けた奴の狙いなんだろう。
 だが一体なぜそこまでする必要がある?


 今まで起きたことの検証が必要だな……
 面倒臭えな、クソっ……


 ……?
 何だ、この感覚は……
 そうか……少なくとも俺は物事を追究することに関して面倒だとか嫌だなんて思ったことはなかった。
 これも何かの影響なのか?
 よくよく考えてみるとやってることは凄いが内容を見ると結構チンケなのが多いな。

 しかし何なんだ、このまどろっこしさは……
 何かあるんなら本人に直接言えよな……

 こういう手合いは味方にすると頼りないけど敵に回すと厄介しかないからイヤなんだよな。

 全く、バカなやつってのはどうしようもねーな。
 ……いや、バカを笑う者はバカに泣くなんてこともあるか。自分がバカだった可能性だってあるんだ、気を付けないとな。
 考えてみたら昔のシステムなんてフールプルーフって見地から見るとあり得ないのが普通だったりするし。

 今までの経緯から見た限りでは、“彼女”は俺の何らかの関係者だと見て間違いないだろう。しかも相当近しい関係と見た。
 そんな間柄にある存在を全く覚えていないのだから、何かの意図があってそう仕込んでいた可能性がある。
 ……いや、恐らくは詰所のおっさんと同じ様に俺を親父の会社から遠ざけようとしていただけなんだろう。

 だが確かに“彼女”は言っていた。もう俺しかいないんだと。

 何が起きたのかは分からないが、敢えて俺に情報を開示する必要が生じたと理解するのが普通だろう。

 しかし同時に「覚悟が固まったら」とも言っていた。
 情報を開示しておいた上で、どうするかは俺に託すってスタンスだった。

 そして、「今日のことはアレしない」と言っていた。
 アレというのは記憶の消去か改ざんのことで間違いないだろう。
 お陰で詰所に着いてからこの方の出来事……いや、見せられた出来事か――は全て覚えている。

 しかし“彼女”と直接的に話すことが出来たのはそのときが最後だ。
 会話した時の感触からすると、“彼女”は理由も無しに人を遠ざけるような人物(?)ではない筈だ。
 直接俺と話すことが出来ない何らかの理由があると考えて然るべきだ。

 あとは例の変なイントネーションで喋る奴……あっちは俺のことは知らなかったみたいな言動だったな。
 最初の変な……夢? まあ夢と仮定しておこう。
 あの夢に出て来たときは俺を別な誰かと混同してるっぽい感じだった。
 途中まで上から目線だったのが段々トーンダウンしてくのはちょっと見てて滑稽ではあったな。
 神様を自称してただけあってアレも人工無能っぽくなかったが結論を出すにはもう少し情報が欲しい所だ。
 まあ今のところは自尊心だけは人一倍強くて面倒臭い奴、って程度の認識で良いだろう。
 “彼女”に比べると接触できる可能性が高そうに思えるが……
 そして謎のゾンビ軍団に襲われたとき、俺に対して“誰だ”とはっきり聞いてきた。
 奴にとっては俺は想定外の存在ということなのか……

 最後はあの人工無能っぽい奴……バイト君だと言ってたな。
 恐らく、あの自称神サマにアゴで使われる立場っぽいが……
 詰所のおっさんの中身もアイツだったんじゃないかとちょっと思ってたりするが、こちらも断言するには証拠不十分な状況だ。
 それに偽装の可能性もちょっとは考慮しとかないとな。

 そして“彼女”は両者共知ってる風な感じだった。スゲー大嫌い感タップリの刺々しい話しっぷりだったけど。
 両者は対立関係にあると見て間違いなさそうだ。
 気になるのは“彼女”が奴らのことを総称して「未来の人工無能」と言っていた点だ。


 最後に“彼女”が割り込み出来た理由だけど、確か……奴が「TSS036」と言っていたな。
 これは末端インタフェースを経由したと考えるのが妥当か。普通に考えたらTELNETなんかでコマンドを叩くんだろうが同じ事をしていた可能性はあるな。
 一連の怪奇現象は全て特殊機構とかいうやつの機能によるものだろう。
 恐らく特殊機構はPCで言うところのグラボに相当する様な何かを受け持つ処理装置と捉えるのが妥当だろうな。

 そういえばおっさんがいなくなったという状況、前にも似たようなことがあった。
 警察に連行されたアレだ。
 思えば息子が一家総出で不自然に絡んできたのも女子高生がいきなり出てきたのも何かおかしかった。
 後で分かったことだが、俺、息子たち、尋問を担当した刑事さんの間でこの一件に関する認識が大分違う様なのだ。
 それに何か……記憶の欠落がある。単に忘れただけなのか、あるいはそれ以外の要因があるのか……多分あそこでも何らかの綱引きがあったんだろう。

 ……重大な何かを忘れてる様な気がする。

 改めて思うが、俺って一体何なんだろうな。


* ◆ ◆ ◆


 2042年5月5日、月曜の午後。

 火だるまになった俺は気が付くと……いや、正気に戻ると詰所の中にただひとり立っていた。
 正気に戻る、というのが妥当な表現かは分からない。戻るどころかさらなる狂気に囚われた可能性だってあるのだ。

 その詰所はさっきも説明したように俺がガキだった頃の記憶通りの場所だった。
 ひび割れた窓の外は蔓に覆われており、外の様子を窺い知ることはできなかった。僅かな隙間から射し込む柔らかな日の光があたりをただ静かに照らすのみだった。
 内装や掲示板に貼られた紙などは経年による劣化で風化してボロボロになり、机や椅子も埃が堆積し蜘蛛の巣が幾重にも纏わりついていた。
 天井や壁にはよく分からない虫の卵や蛾の繭が孵った跡が残されており、その周囲には雨漏りによる侵食と思われるシミや泥の塊がぽつぽつと拡がっていた。

 ふと部屋の隅を見やると、あの日詰所のおっさんが麦茶を沸かしてくれたブリキのやかんが転がっていた。
 落下したときに出来たと思われる窪みの底には腐食で穴が開き、どこから入ったのか中には黒い土が堆積していた。
 穴を覗くと一匹のダンゴムシがあたふたと右往左往しており、それがなぜだか今の自分の有様を投影しているような気がしてならなかった。俺は思わず目を逸らし、そして……

 ――何だこれは?

 視線を逸らした先に、一枚の貼り紙があった。
 そこにあったのは乱暴に書き殴られた赤茶けた文字。

 “早くここから逃げろ”

 よく見ると、それは血で書かれていた。
 いや、その文字だけではない。
 壁や机のシミも、よく見ると血痕だった。

 落ち着け、この血痕は出来てからだいぶ時間が経過している。
 今すぐどうこういう問題ではない筈だ。
 そうだ、これは過去の出来事の痕跡なんだ。
 また俺は何かの映像を見せられようとしているのか?
 そう思い無意識に懐に手を伸ばす。
 「!」
 すっかり忘れていた小さな木箱。
 恐る恐る開くと、そこには失くした筈の羽根飾りがあった。
 俺はそれを木箱に戻すとゆっくりと懐に戻した。

 振り向くとそこに外に向かう古びたドア。
 俺は躊躇なくドアノブに手を掛けて回した。

 ガチャッ
 ギギイ……

 ちゃんと開いたことに少しほっとする。
 恐る恐る外に出る。

 そこにはちゃんと、あの日と同じ姿の社屋があった。
 扉は閉ざされ蔓草が壁を覆っていたが廃墟などではなく、少なくとも建築物の体裁は保っていた。

 玄関前の広場や植え込みは手入れをされなくなって久しいことがありありと分かる荒れっぷりで、雑草が蔓延っていた。
 振り返ると詰所の周りも同様の有様で、建物も蔓草に覆われていた。

 歩いて社屋の裏に回る。
 詰所からは渡り廊下が延びており、裏手にある事務所に繋がっていた。

 外から見た限りではただの古びた施設だ。
 さっき見た貼り紙から感じられる様な緊迫感は欠片もない。

 そして外側からでは見えないが、廊下の中ほどには外に出るドアがあり、中庭の植え込みの影に親父が建てた掘っ立て小屋がある筈だった。
 その部屋は中庭からは入ることが出来ない様になっていて、詰所の中におっさんと共謀して作った入り口があるのだ。
 渡り廊下を見るなり俺はそれを思い出し、詰所に戻った。
 
 詰所の中にはスコップとかパイロンなんかが置いてある小さな物置部屋があった。
 渡り廊下に出るドアではなく、物置のドアを開ける。
 隠しドアはその奥にある筈……?

 そこにドアはなかった。
 あれ? おかしいな……

 隣のドアから渡り廊下に出る。
 中ほどには記憶通り中庭に出る出口。
 そこから中庭に出て周囲の様子を確かめる。

 ……掘っ立て小屋がない。

 またかよ……クソ……

 詰所に戻って暫し考える。
 今までとは現実感が全然違う。
 本当に起きていることなのか、あるいは「中の人が変わった」か……
 俺の記憶違いという線も捨て切れない。

 やかんの中であたふたしていたあのダンゴムシはいつの間にかそこからいなくなっていた。

 そしてそのとき、詰所の中の様子が外に出る前と変わっていたことに俺は気付くことが出来なかった。
 過去の教訓に学ぶ、ただそれだけのことがなぜできない……今まで散々若い連中に注意していたことだ。

 結果論だが……次に起きた出来事を考えるとそのときの俺がダンゴムシよりも愚かだった、ということだけは間違い様のない事実だと言い切れる。

 本当に「またかよ、クソ」だったぜチキショウ!


* ◇ ◇ ◇


 その場所は掘っ立て小屋がないことを除けば完全に騙されるレベルのリアルさだった。
 リアリティがないとすればあの現実離れした貼り紙と血痕だ。
 ここは誰かの記憶なのか、あるいは現実なのか……
 試すのは簡単だ。さっきの焼身行為で分かった。だがそれは最後の手段だ。当たり前だけど現実だったら死ぬからな。
 まだ情報が少な過ぎて確かな検証方法は導き出せないが、それでも何とかするしかない。

 取り敢えず……電話で誰か呼んでみるか?
 と思い携帯を取り出したが……
 “10時17分”? 大分ウロウロしたのに1分と経ってない?
 そして画面をタップしても何も動きがない?
 これ、ハリボテ……もといテクスチャみたいなもんか……
 物のある瞬間の状態をスキャンして形状だけ計算で動かせるようにしてガワはテクスチャとして貼り付けるって発想か。
 なるほど、中身まではそうそう再現できないってことか。
 ん? でも待てよ? さっきはメニューをタップしてライトを点ける位はできたぞ?
 ハリボテの外観を重視した結果なのか?
 担当者のこだわりポイントで変わるとか?
 そんな人間臭い側面があるのかね。
 まあよく分からんがもの凄い技術なのは間違いないな。

 とはいえあのやり取りのレベルを考えるとやってる側はバッチをぶっ叩くだけ、とかその位のレベルの可能性が高いな。

 ともかくこれでここが現実と違うことはほぼ確定した。
 今までドタバタが続いたから何か不気味だ。
 いや、何か起きてほしい訳じゃないんだが……

 しかしどのタイミングだ? 初めからか?
 こうなるとさっきの貼り紙の“早くここから逃げろ”ってのがいかにも意味深に感じるぜ。
 そう思って貼り紙を見るといきなり真っ暗になってゾンビの群れが襲ってくるんだろ? 分かってるって。
 と思いながら貼り紙を見るが……

 そこには何もなかった。
 コレ、普通に考えたら逆じゃね?
 振り返ったら誰かのダイイングメッセージが視界に飛び込んでくる! まさかと思って振り返るとそこにゾンビ! ってのが鉄板だろ。

 と考えながら振り返る。
 ……さっきと何も変わらないな。
 と考えながら振り返る。
 ……掲示板には何も貼られていない。同じだ。
 と考えながら振り返る。
 ……アホか俺は。

 中の人が留守にしてるんかね。
 給与不払いによるストライキとかか?

 裏で誰が何をしてるかも分からんから何とも言えんなぁ。


* ◇ ◇ ◇


 そんなこんなであちこち見て回ったが、誰もいないし普通の廃棄ビルだった。
 ただし、あれだけあった小動物の活動痕は一切見付からず、貼り紙や資料の類も何もなかった。
 こんなんなるなら始めにもっと家探ししとくんだったぜ。

 社屋にも入ろうとしたが鍵がかかっていて入れなかった。
 そこで最初の「ピッ」を思い出す。
 ダメ元だと思って懐をまさぐるが……ない。
 ぐぬぅ……普通に考えたらそうなるよな……

 そう、懐から羽根飾りが消えていた。
 俺のインベントリはさっきの謎空間の状態に戻ったってことだ。
 ……ということはどこかに双眼鏡があったりするのか?
 どういう法則性があるのかは分からんけど……
 やっぱいっぺんゾンビに遭遇しないとダメなんかね。

 しかし“早くここから逃げろ”か……
 あの貼り紙は現実にあったものなんだろうか。
 ただ、あれだって今までの日常からしたら十分に意味不明な物件だ。現実にあったことだとしたら想像もしたくない恐ろしい出来事の結果ということになる。

 とにかく、社屋の中がどうなっているかは確認したい。
 事務所裏とか中庭から入れないかな?

 詰所に戻り、連絡通路に出る。
 まず、裏手の事務所だ。
 入口のドアノブを回してみる。

 ガチャッ。

 開いた。
 ……この緊張感、ホラゲみたいだな。
 身構えながら恐る恐る中に入る。

 真っ暗……ではなかった。窓から薄日が差していて仄かに明るい。
 ここまで来ると電算室がどうなっているか気になってしょうがないな。
 事務所の机や椅子は隅の方に片付けられており、退去済みといった様相だ。
 やはりここも書類や貼り紙の類は綺麗に片付けられており、残されている資料は何もない。
 そして事務所の奥、電算室に入る。

 ……普通に入れた。

 そこには何もなかった。

 残念なことに電算室もきれいに片付けられており、マシンや端末はもとより机やストックフォームなどもなかった。

 ……そういえば何で明るいんだ?
 ここは窓なんかないから照明を点灯しなければ真っ暗な筈――

 ……真っ暗になった。

 指摘されて慌てて問題潰しました感アリアリだぜ。
 携帯は……ダメだ、そもそも画面が点灯しねえ……あ、点いた。10時17分。
 むむぅ……?

 それにしても真っ暗じゃ何もできんな。灯りは点くかね?
 「スイッチは……」
 おっと、心の声が漏れてしまったぜ。まあ、そんなもんないよね。
 よし、戻ろう。

 俺は振り返って普通に歩き出し……

 ガン!!!

 壁に激突した。
 目の前にキラキラと星が散り、俺はそのまま気絶した。


* ◇ ◇ ◇


 「う、うーん……」

 取り敢えずデコが痛え……
 あんなとこに壁なんてあったっけ?

 ……アレ? 電算室じゃねえな。明るいし。
 ここは見覚えがあるぞ。あ、例の怪しい火星基地ってヤツか。
 警報装置がどーたら言ってたんだよな、確か。
 ここって外は空気ないんだっけ? 俺は空気読まずに外に出ちゃったけどな、空気なだけに!

 意識高く頑張ってるバイト君はどうしたんかね。
 色々あったけどやっぱマジメに勤労する様を眺めるのは良いもんだね、肝心の姿が見えないけど。

 さて、何でここに来たのかは分からんけど多分アレが出来るかな?

 目の前にオサレウィンドウがスッと現れる。
 やったね。
 しかし今は取り敢えず気にしてる余裕はないけどマシンがどこにあるのかは押さえておきたいとこだな。

 まあまずはシステムメッセージの確認だな。
 ……件の“GS001”が0C4で落ちとる。
 あ、SNNIKR99が仕事したな。
 コレってわざわざ復活させる意味ってあんのかね。
 ファイル編成周りの言語仕様が拡張されてるんだよね、コレ。
 でもってそのへんの情報は聞かせてもらえなかったから何をするバッチなのか分かってないんだよね、実は。
 ただこの前のアノ会話を聞く限りではコイツは特殊機構とやらを扱う上で何か特殊な位置付けにあるっぽいことは分かった。
 “彼女”はあの話しっぷりからすると、多分コイツの仕様だかバグだかを利用したバックドアみたいなのを設置して踏み台に使ったんだな。
 どこからどうやってやったかは知らんけど。

 コマンドを叩いてもう一つ確認する。
 “=DISPLAY TSS ALL”

 “TSS036”はないな。切断されたか。
 サブコンを開いてる奴も他にはいない。
 あの後の顛末を見る限り、あれは“彼女”を嵌めるためのフリだった可能性もある。
 メッセージキューが再登録されてるかどうかも見たいが……何を使ってるのかが分からんから無理か。
 アレと相対するときは聞こえない振りをしてしっかり聞いてる可能性もあるから気を付けないとな。

 しかし警報も何もないのにここにいるのは何か違和感があるぜ。
 顔面強打の直前の記憶を辿る。
 「『スイッチ』か……」

 !? おろ? 戻った。
 これもしかして“彼女”が何かしてたときに言ってた呪文みたいなヤツか!?
 こんなのも拾っちゃうの? 危ねえな!


* ◇ ◇ ◇


 こりゃひょっとすると対侵入者用の反撃ツールとかなのかね?
 俺がキーワードを口にしても発動するっぽいのは誰でもokってことにはならないよな。
 現実側(多分)で羽根飾りを持ってるからだと仮定するのが自然かね。もしそうだとしたら随分と危ういセキュリティだな。
 しかしスイッチなんてありふれた言葉じゃなくて何か造語にすりゃ良いのにな。

 これ事故るんじゃね?
 ポインタ消えたらどうなるんだろ。
 バグ技もあるだろーな、絶対。

 まあ良い。不確かなことであれこれ考えるのは程々にしないとな。
 今提示された問題点、それは何を踏み台にして場面転換が行われたのかってコトだ。
 誰と誰の何と何をスイッチするんだろうな?
 ……流石に考えただけで発動はないよな。

 俺は考え事をしながら再び出口を探し始めた。

 ガコ!

 「あ痛っ!」

 机の角に腰をしこたまぶつけた。
 クッソ今日はイタイのが多いぜ!

 ガツ!

 「ほげっ!?」

 今度は棚か何かに爪先を思いっ切りぶつけた。
 こう障害物が多いと動きにくいな……

 ん? 障害物?

 もしやと思って携帯を取り出す。
 お!? 普通に使えるぞコレ!
 戻った?

 何回経験してもINとOUTの仕様というか仕組みがよく分からんな。
 ……いや、何となく予想は付くが、あまり考えたくはないな。

 ふぅと溜め息をひとつ吐き、俺は携帯のライトを点けた。

 「マジかよ……」

 それを見るなり、悪寒と共に全身から変な汗が吹き出してくるのを感じた。

 そこは以前の電算室だった。
 もちろん周囲は真っ暗で携帯のライトだけが光源なので全容はまだ良くは見えない。

 きれいに片付けられている訳ではなく机、椅子、端末、書類などがメチャクチャに散乱していた。

 そして……大量の血痕。

 俺は改めて周囲を見渡した。

 端末は……ダム端だ。しかも転がっているディスプレイはあの当時のCRTモニタ。ということは本体もか。

 思わず懐に手を伸ばす。
 ……羽根飾りはちゃんとそこにあった。
 これはお守りなのか、それとも呪いのアイテムなのか……

 そして更に奥の部屋に入る。
 まず目に入るのは巨大なノンインパクトラインプリンタ。
 その奥にはガラス張りのブース。

 中を見る。

 あのメインフレームが今もそこにあった。

 電源は……落ちている。
 ここがこの有様だ。当然と言えば当然だ。
 電源を入れたら普通に動くかね、コレ。

 あの会話で今年は何年か? 1989年です、その原因は俺です、って問答があったな。
 “彼女”が俺に何か重要な情報を聞かせようとしてわざと話を振ったのは間違いない。
 奴らとこのマシンの間にどんな関係があるか、そこに俺がどう絡んでいるか……多分この辺の事実関係に繋がる重要なヒントの筈だ。

 しかしマシンの筐体にも誰かの血がべっとりと付いているな。
 ここで何があったんだ?
 いや、多分以前見せられたゾンビ軍団、アレが答えなんだろうな。

 また更に隣の部屋に移動。
 偉そーな感じの人らが並んで腕組んで難しい顔してた部屋だ。
 ここも血塗れ、か……
 しかしこの部屋、あそこに似てるな。
 あそこというのはゾンビに遭遇する前に飛ばされた(?)真っ暗なモニタリングルームっぽい場所だ。
 クソ……嫌な予感しかしないぜ。

 詰所にもう一回行ってみるか? ……どうもあそこが鬼門なんだよな。
 と、振り返ると一人の男が立っていた。
 見覚えのない顔。あるいは、忘れさせられているのかもしれない。
 ゾンビじゃないな? しかし身体が薄くだが透けていて淡く発光していた。
 声を発するでもない様子だったので黙って暫し観察する。
 髭面の無表情、片方の手に双眼鏡。
 ……双眼鏡? まさか……
 男は双眼鏡を覗いたかと思うと、何かに驚いて仰け反った。
 声は聞こえない。あくまで無音だ。
 男はもう一度覗く。誰かと話している。
 少し移動してみる。男の視線は双眼鏡越しながらこちらを追ってきた。
 なるほど、双眼鏡越しに見えてるというわけか。
 ということはこちらの視線にも当然気付いてるな?
 音、匂い、感覚はどうだ? もしかすると映像なのはこちらだけで向こうは全部アリかもしれない。
 よし、ならばやることはひとつだ。

 俺は突然明後日の方を向き真っ暗な中恐怖の悲鳴を上げた。

 「う、うわぁぁぁ!」

 そのまま数歩後ずさり、両手で首を掻きむしりバタリと後ろ向きに倒れた。
 そして暫しの間手足をジタバタさせ、それをピタリとやめた。 
 最終的には大の字、顔はこんな(;゜Д゜)恐怖の表情をキープしたままだ。

 薄目で男の反応を見る。
 男は呆然として双眼鏡を目から離す。
 俺は機を逃さずダッシュで部屋を出る。

 よし。イタズラ成功、と小さくガッツポーズ。
 ……何やってんだ俺は。
 しかし何で見られてる方から見えるんだ?
 さっきのアレを試してみるべきだったか?
 いや、不用意にやるべきじゃないな。生中継かどうかも分からんし、安全だって裏付けが取れてからでも遅くはないだろ。

 あっちにいるとダム端、というより端末エミュレータか? が使えるのはでかいからな。
 実際今マシンがどこにあるかも突き止めたいしな。
 “特殊機構のスロットに異常がある”ってのか何なのか分からんけど。
 この建屋にいられるうちに可能な限りの情報は得ておきたいぜ。

 という訳で例の男の観察を続行する。
 ……が、どっか行っちゃった? いや、通信が切れた? とにかくその男の映像は急速に輪郭を失い、霧散した。
 男が立っていた周辺に携帯のライトの明かりを当てて周辺を調べる。
 俺にしか見えないのか否かとかそういった類の検証ができないのが残念でならないぜ。
 投影機の類は見当たらない。あなたのココロに直接話しかけています、的なやつだったらすげぇ嫌だな。
 もしそうだったらずっと誰かにストーキングされてたことになる。
 こんなジジイを追っかけ回して何の得があるのか分からんけどな。
 まああるとしたら怨恨絡みかね? おぉこわ。
 もしそうだとしたらもはやホラーだろ。

 ホロ映像っぽいといえば廃墟タイプのフィールド(?)で親父が幽霊みたいな顔して正門前に突っ立ってたことがあったな。
 あれってどうなったんだっけ?
 その後母さんのコスプレしたヘンタイ親父が夢に出て来て……あれ? 
 何か重大なことを聞いたような……?


* ◇ ◇ ◇


 ……まあいい。携帯のバッテリーも有限だし、今出来ることをやろう。
 まず、書類とかのモノ漁りだ。断じて火事場ドロボーじゃねーぞ。
 見る限り書類は血と何だか良く分からない堆積物とカビと苔でガビガビの状態だ。
 電算室といったら気温と湿度の調整は必須事項だが、空調設備の機能しなくなった現在はその気密性が完全に仇となっていた。
 窓のない密室など梅雨の時期になったら湿気たまりまくりだろうし、こうなってしまうのも致し方ない。
 それでも何か重要な情報が見つかるとしたらやはり帳票やノートの類だ。

 ゲームなんかだとこういうとこで都合良く開発者の日誌なんかが見つかって最後の日は「のうみそ、たべたい」とかで終わるんだよね! で、「こっ、これはッ!?」とか言って重大な情報を手に入れるんだよ! でもってそのタイミングで正体不明のモンスターが乱入するんだ!
 うーん、現実味あり過ぎて怖ぇな!

 ん? こっ、これはッ!?
 俺は一冊のB5ノートを見つけた。
 B判なとこが時代を感じさせるぜ。

 表紙にはヘタクソな字で書かれた「ひみつのノート」のタイトル。

 ……
 ……
 ……俺のノートじゃん!!!
 そうか、あの日以来こっちに来てなかったから存在をすっかり忘れてたよ。


 しかし何で誰も届けに来てくれなかったんだろーな。


 名前なんて書いてなかったけどガキンチョの落書きなんて見たら思い当たるのは俺くらいの筈なんだけどなぁ。
 ……今見ると懐かしすぎて時間を忘れそうだから持って帰って見るか。自分のだから窃盗じゃないよね!
 ……ていうか俺、お家に帰れんのかなぁ。

 おっといけねえ、今やってることを忘れそうになったぜ。
 しかしここに散らばってるもん全部見てたら携帯のバッテリーが空になっちまうな。
 取り敢えず目欲しいモンだけ拾って撤退してどうするかは後から考えるか。

 カレンダーとか工程表の類はないかな……後はそれっぽいチューブファイルとかか。入れ物も無さそうだし厳選しないとな。またここに来れるかも分からんし。
 木箱にはこんな汚れたモン絶対入れねえぞ。
 持ち帰れそうにないやつは写真で我慢するか。
 携帯のバッテリー残量がマジで重要だ。

 俺は急いでゆっくり怪しそうなファイルやノートの類を集めて写真を撮りまくった。

 まあ俺みたいなのが勝手に走り回れるくらいだから大したもんは置いてないだろうがな。
 何か役に立ちそうな気がしたのでオペレーションマニュアルも失敬……じゃなかった拝借する。ちゃんと返すからね! 多分。
 マニュアル類は特にかさ張るから我慢だな。

 壁を見る。あった、カレンダーだ。
 1989年5月か……うん、今月だな……エッ!? 5月?

 ……もぉ勘弁してくれよォ、と思いつつお持ち帰り候補に追加。
 家に帰って拡げたら絶対白紙になってるヤツだぜ、コレ。
 例の問答で何月何日まで聞いててくれればなぁ。
 よし、今度自分で聞いてみよう!

 ちなみにカレンダーの絵柄はアライグマだった。世界のカワイイどうぶつさんシリーズだ。


* ◇ ◇ ◇


 俺は目欲しいものだけを拾い、小脇に抱えて事務所側に戻った。
 玄関方面も確認したいが何があるか分からないからな。
 そう考えた俺は今来たコースで戻ることにした。

 事務所もさっきとは打って変わって机も椅子もメチャクチャだった。
 しかし椅子は分かるが机までメチャクチャなのはどういう訳なんだ?
 何かあって動かすならバリケードにするんじゃね? いや、てんで適当に散らかってたお陰でこうして通れるんだけどさ、怪しいじゃん。
 それかゴリラみてーなヤツが出て来て大暴れしたとか?


 いや……ここは血痕がないしな。違うか。


 まあ良い、ここには書類の類はないから先に進もう。
 裏手の出口から連絡通路に出た。
 折角明るいとこに出て来たんだ、と俺は真っ先に持って来た自分のノートを拡げた。


 うーん血痕がべっとり付着しちゃってるのが不気味だけど仕方ないね。


 なんてったって自分のだからね、懐かしい訳よ。
 先頭から見てみたいとこだけど運試しだ。
 そう思い、適当なページを開いてみた。

 だが次の瞬間、俺はノートを取り落として腰砕けになってヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。

 “【大凶】探し物は見当たらないでしょう”

 ご丁寧にちゃんと全部のページにバラバラに書いてあるんだぜ、これ。
 イヤ、血でくっついちゃってるページは見れてないんだけどさ、全部コレだろ絶対。
 しかし誰の筆跡かな、コレ。
 ……よし、ちょっとこのノートについては保留だな!
 そう思いちょっと躊躇しながら木箱とは別のポッケに突っ込んだ。

 俺は気を取り直して詰所まで戻って来た。
 正門側ではなく連絡通路側のドアだ。
 さて、どうすっかね。

 試しに呟いてみる。リスクはあるが、念の為だ。
 「スイッチ」
 ……何も起きない。よし。

 俺は再び詰所に入った。

 ガチャ。
 真っ暗だ。
 あ、これやべーやつ……
 「ギョガァァ!」
 「うわぁぁぁ!」
 俺は史上最高の反射速度でバックステップをかました。
 俺は詰所に入らずに速攻でドアを閉めた。
 うん、ゴリラみてーな奴だったぜ! てかゴリラ?

 シーン……
 ……

 どうしよ……もう一回開けてみようかな。
 ダメだ、怖ぇ! 中の人帰ってきたか!?
 取り敢えず無難な場所まで戻ろう!

 ………
 …

 “デンデロデロレロリーン♪”

 おっとこんな時に着信だぜ。

 見ると、SMSが一通届いていた。
 やったね! ボッチ卒業!

 詐欺だな、などと考えながら身に覚えのない相手からのメールを開く。

 “【いつもあなたを見ています】”

 怖えーよ! 怖えーから!!!

 ん?
 俺は携帯の画面を二度見した。

 “2042年5月6日(火) 12時56分”

 5月6日!? いつの間に一日経ったの!?
 怖えーよ!!! 怖えーから!

 俺は速攻で携帯のSIMを抜いて再起動しようとした。
 ……あー、操作自体出来ねぇ。

 やっぱ詰所が鬼門だったよチキショウ!


* ◇ ◇ ◇


 ビビりまくった俺は結局中庭への出口付近でウロウロしていた。
 だって怖えーじゃん、ゴリラみてーなのとか怪しいメールとかさぁ。

 試してみるか。
 「スイッチ」
 何も起きない。コレってもしかして対策された感じ?
 さっきのアレか、“彼女”の侵入を許したときか、どっちかだな。
 まあ後者だろーな? 暫く中の人が留守っぽかったのはコレかね。
 いや、何か俺の変な妄想とかツッコミがことごとく拾われてる気もする。
 マジで何なんだ……

 しかし詰所に入れたくない感がヤバイな。
 何だろ、何があるんだ?
 最初に詰所に目をつけた俺のカンはあながち間違いじゃなかったってことか。

 準備を整えて出直したいとこだが今どんな状態なのかまた分からなくなっちまったしな。
 何としてでも詰所に入るか、玄関から出るルートを試すか……
 一旦外に出れば正門側から入ってみることも出来るからな、試してみる価値はある。
 後は窓から出るとか壁を破壊して出るとかか。まあ後者は最後の手段だろうな。
 さっきのゴリラと相対してみるのも一応選択肢には入れておこう。
 まあ逃げ場の確保が出来そうなときのオプションだな。
 ホントにゴリラかどうかなんて分からんけどな!

 折角だ、中庭もあらためてみるか。


* ◇ ◇ ◇


 俺はドアを開け、中庭に出た。
 本来ならもっと警戒するべきなんだろうが、何せ連絡通路が綺麗過ぎるんだ。
 それに今回はもっと確定的な証拠がある。
 電算室からくすね……ゲフンゲフン……拝借して来たモンが無くなっちゃったんだよね。
 さっきは気が動転してたから気づかなかったけどさ。
 ゴリラに出くわした拍子に全部落っことしたって可能性も考えたけどポッケに仕舞った俺のノートもないからね。
 トドメに羽根飾りも無くなってるときた。
 とっくに落とし穴に落とされてるんだ。だからこれ以上落とされたって驚くもんか。
 ……ホントだよ? いやマジで。

 中庭は元々は円形の庭園になっており、四方を建屋が囲んでいる。
 位置関係から言うと、通路側から見て右手が詰所、正面が玄関ホール、左手が本館だ。詰所はこじんまりとしているが玄関ホールは外来客の応接スペースなんかもあって少々大きめに作られており、詰所側に張り出している。
 そして詰所と玄関ホールは平屋で本館は地上三階地下一階のビルだ。
 本館が横に長い構造になっているお陰で中庭も結構な広さがある。
 四方には常緑樹が等間隔で植えられ、その間を縫うようにして小径が走っている。その両脇はつつじの生け垣で囲まれ、更にその向こうにはかつては四季に応じた草花が植えられた花壇があり、景観に彩りを添えていた。だが今は雑草が生い茂り、ちょっとした林といった風情の概観だ。
 中央には彫像を中心に据えたオシャレな噴水やらベンチやらがある。ここも昼時などは弁当を広げる職員たちなんかで賑わっていたが、今は水も枯れて見る影もない。

 そしていま見ている中庭は本物と見紛うばかりのリアルさだが、さっきまでのあの血塗れの電算室や詰所を見ていたからな。その後ではこれもまたハリボテに過ぎないんだろうなという感想の方が先行してしまう。
 やはり手入れの行き届いていない自然の景観が状況の不自然さを一番引き立てるな。

 そこでやはり思い至るのはあの廃墟だ。もしあの廃墟が実在するものならこことは別な場所だろう。
 そう断言できるくらいの違いがある。
 一斗缶を担いだおっさんがこの施設は戦時中からあったと言っていたが、あながち全部が全部嘘という訳ではないのかもしれない。
 もしかするとこの建屋は二代目だったりするのかもしれないな。あるいは詰所のおっさんの思い出を見せられてたりする可能性もあるか。
 よくよく考えてみればあのおっさんの年はぱっと見俺と同じ位だった。
 そしてこの建屋だ。荒廃した後の様子なんて俺は知らない。今ここで見せられているものが全てだ。その真贋なんて分かるわけがない。俺の思い出なら皆といた幸せな時代の光景になるはずだ。
 整合性が合わないんだ。それも今ここで見てるものだけじゃなくだ。
 今までもその理由については散々考察はしてきたが、そもそもの前提を逆にして考えないといけないんだろう。個々の怪奇現象だけでなく全体を俯瞰して、努めて俺基準で考えないように心掛けないとな。
 コレ、中堅どころの連中に仕事の見積もりをするときの注意点として散々演説をカマしてた内容と同じなんだよな。いざとなると言ってる自分が出来てないんだ。笑えるぜ。
 俺は頭が固いからな。だからいつも不意を付かれたり「またかよ、オイ」なんて展開になったりするんだ。

 そんなことを考えながら詰所方面に向かう。手前側の隅っこの方だ。
 木立の向こうに掘っ立て小屋はない。それは分かってる。
 近付いて窓を覗いてみる。そう、詰所は中庭側にも窓がある。こっち側にも蔦が蔓延って来てるからどかさないと中は見えないけど。
 その蔓を力任せに引っ張り、無理矢理隙間を作る。
 これ、後で中からも検証してみたいな。

 ……!

 目が合った。ゴリラだ。別段何をするでもなくその場に佇んでいる。
 さっき追ってこなかったところを見ると襲う気はなかったのかな。
 無為な戦闘を避けるための威嚇、とか?

 ……状況に変化の兆しはない。
 ちょっとこの状況は初だな。
 動物か……そういえば今まで目にした動物はやかんの中にいたダンゴムシ位だったな。
 しかし何でゴリラがいるんだ? 俺目線以外で考えろ!
 ダメだ! 分からん!
 俺の脳は秒で理解を拒絶した。
 クソっ、せっかく良い感じで現実逃避できてたのにィ!

 ん? 何か手に持ってるぞ?

 “早くここから逃げろ”

 あの紙か! てことは!
 周囲を見渡すと、中庭の様子が一変していた。
 木は薙ぎ倒され、草は踏み荒らされた状態。
 あちこちに血痕も残されている。
 そして目の前には……掘っ立て小屋があった。

 おお……流石は森の賢者だぜ……
 今後は先生と呼ばせていだだくとしよう。

 「おい、あんたも早く逃げろよな!」
 俺が一言叫ぶと、ゴリ先生は無言で頷き、スッと消えていった。

 俺は急いで詰所方面に向かった。
 ドアの前にはさっきまで持っていた戦利品が落ちていた。
 それを拾って中に入る。
 そこにあったのは最初と同じ光景。
 机の上にはさっきまでゴリ先生が手にしていたあの紙。

 掘っ立て小屋を探索したいところだが、ここはゴリ先生の忠告に従うことにしよう。

 外へ向かう出口のドアを開け、正門前に出た。
 振り向くと会社は溶け落ちる様に消えてゆき、代わりに今まで散々見てきた廃墟が現れた。

 俺はそのまま車に向かい、家路を急いだ。


* ◇ ◇ ◇


 俺は無心で安全運転し家に着いた。

 まず携帯を見る。
 
 “2042年5月5日(月) 16時06分”

 うん、さっきのアレは仕込んだ奴のタイプミスだな、きっと。
 ループなんてしてないよね!

 メールボックスを確認。
 よし、例のアレはないな!

 取り敢えず一息付くか……考えるのは明日だ。
 全く、今日は怒涛の一日だったぜ……

 俺は木箱を仏壇に戻して手を合わせた。


* ◇ ◇ ◇


 そして翌日。

 目が覚めると昼過ぎだった。
 久々の寝坊だぜ! まあ仕方ないよな!

 よし。

 まずあの会社跡地だ。
 正直自分がどこにいるか分からなくなっていたが、こうして帰ってこれたということは確かにあの場所に存在するってことなんだろう。
 外見上は所有者不明の廃墟だ。地図で見るとただの空き地だし航空写真で見ても廃墟だからなぁ。
 だがこうして持ち帰った証拠品(?)の数々がここにちゃんとある以上は、存在自体は確かだってことになる。

 それでいてあの廃墟の方も確かな存在感があったからなぁ。
 あそこでも感じたことだが、会社とあの廃墟は明らかに違う構造物だ。

 物理的な意味で別な何かと入れ替わっていたか、敷地の境界線を跨いだときにどっかにビヨヨーんとすっ飛ばされたかだ。
 最後帰り際に見たイリュージョンみたいなやつ、俺はあんなのに巻き込まれてたんだと思うとゾッとするぜ。

 ……いかんいかん、あくまで俺目線での個人的感想だ。
 客観的に見たら何か全く別のものに見えるかもしれない。


 主観だけでモノを見るのは危険だぜ。


 しかしまあすげぇ技術だぜ。コレ世界征服も出来るんじゃねぇか?
 まあ俺なら遊んで暮らすのに活用するけどな!

 だがそれだけに不思議だ。
 あそこはカムフラージュだけで人はいないしカメラも無さそうだった。
 あんな血塗れの場所は多分表沙汰にはしたくない筈だ。
 それでいて解体もせずそのままにしている。

 一体なぜだ?

 これだけ大胆な行動をしたんだ。
 近いうちに向こうからお前何やってくれちゃった訳? アレ返せよ? でないとどうなるか分かってんだろ? みたいなのが来そうな予感がするぜ。
 誰かは分からんけどあの血塗れを揉み消すためにやってるんだろうから血塗れには免疫あるんだろうなぁ……

 そしてあのメールだ。
 俺がやったことなんて全部筒抜けなんだろうな、きっと。
 正直対策が思いつかん。
 どこにいても捕捉されんのかどうかも気になるが、たぶんあそこの敷地に踏み込まない限りは大丈夫な気がする。
 イヤ、それだと俺目線でも納得行かない点がひとつある。
 あのとき突然現れた女子高生は誰だ? あいつは突然現れて敷地を一緒に出たぞ。
 思えばあのイベントは全てが怪しかった。所有者不明の空き地に都合良くお巡りさんがいること自体がおかしいんだ。
 黙って立ち去ろうとする俺を無理矢理巻き込もうとしてふっかけた茶番、て線が妥当か。誰が主犯なのかは分からんけど。
 何か確認する方法はないもんか……
 それとは別に後で息子たちに聞いてみたいこともあるしな……

 あの後捕捉された俺をこっちに引き戻して脱出可能にしてくれたのはあのゴリ先生で間違いないな。
 つまりゴリ先生に学ぶことで対応策が手に入るかもしれないってことだ。
 問題はどうやったら会えるかなんだが……うん、分からん!
 今までどうやっておかしくなってどうやって元の状態に戻ってたんだっけ? 実はゴリ先生が助けてくれてた? てか誰なんだろ?
 うむ、後で整理して考えてみる必要があるな。
 とにかく助かった方法が分からない限りもう一度あそこに行くこと自体不可能だ。何とかして解明せねば。

 結論、何にも分かってねえ!
 クソォ。結局受け身なんだよなぁ、助けてもらうときって。


* ◇ ◇ ◇


 ……さて、持ち帰ったモノの確認だ。

 まずはカレンダーだ。
 予想に反して白紙にはなっていなかった。
 1989年5月。そして4日にマル印が付けられていた。
 4日か……考えてみたら一昨日も5月4日だよな。最初にあの廃墟に行った日……
 思い立って行ったら詰所のおっさんがいたんだよな。
 何かの記念日だっけ? みどりの日? いや、今はともかく当時は平成元年だ。違うな。
 分からん。
 少なくともこの日の前後には俺もいた筈だ。
 しかしカレンダーなんて見ないからなぁ。
 うーむ、全く記憶がないぞ。これは怪しいなぁ……
 おっさんに関してはもう一つ腑に落ちないことがある。
 昨日考え事してたときもチラッと頭をよぎったことだが、昨日見たおっさんは若すぎる気がするんだよ。
 1989年といったら53年前だ。当時何歳だったかは知らないが、俺の感覚だと30は行ってたんじゃないかと思う。なら今は80過ぎの筈だ。
 もしかして俺、客観的に見たら一人で誰かと話してる状態だったとか?
 だとしたら怖……まあ今更か。
 うーん、これは今までのツケなんだろーな。
 お世話になった人たちの消息をちゃんと調べて今からでもやるべきことをやろう。

 次は俺のノートか……
 もう一度適当なページを開いてみる。
 これも幻とか何かの類だったとちょっと期待してたが、やはり全部のページに今日の運勢だとかハズレ、残念でしたとか書いてある。
 明らかに俺のノートじゃねーな。
 残念でしたってのが誰に対する当てつけなのかが気になる。
 このノートは見たことがないから、書かれたのはあの日以降だろうな。
 まさか俺? いや違うよな、流石に。
 何にせよ俺のノートを探してる人間に対する煽りだよなぁ、明らかに。
 しかしこのノート、血がべったり付いててかなり不気味なんだよな。


 血でくっついてて開けないページもあるんだが、まあどうせ今日の運勢だろ。


 オペレーションマニュアルは……やっぱ標準的なやつだな。
 まあこれはこれで後々役に立つかもしれんしキープしとこう。

 後は……紙の資料だな。
 まず何かのレポートだ。
 ブースの隣の部屋に転がってたんだ、きっと掘り出し物に違いない。
 手形がベットリ付いてるけど執筆者のモノかね……怨念とかねーよな!?
 ここに来て心霊ネタは勘弁してほしいぜ。
 タイトルを見る。
 「召喚事象の分析及び量子テレポーテーション効果のコントロール実証実験、その結果に関する一考察 ~特殊機構研究開発調査実証事業~」
 ……えーと……意識高い系の中二病? 書いた人ヤベー奴なの?

 ホンモノだったら凄え拾いもんだけどあのノート見た後じゃ何も信じられんな。
 と思って最後のページを見る。
 「乱筆乱文お粗末様でした。こんな意味不明な長文真面目くさって読んで下さりありがとうございました」
 その下にはデカデカと「ハズレだよ!!! バーカバーカ」の文字。

 そっ閉じ。

 ……レベル低ッ!!!


* ◇ ◇ ◇


 それはさておき、レポートには一応目を通してみた。
 これは見たことあるな。結構昔のやつだ。
 まあその当時も思ったよ。「俺でも書けそーだな」って。まあ高名な画家の作品に対してすらそう思っちゃう俺が言っても何の説得力もねーけど。
 あと、タイトルと内容が全然無関係だな。タイトルはエサか。
 よく見ると特殊機構って単語は使ってないね。審査会とかナントカ委員会みたいなやつでセキュリティレベル毎のチェックとかはされてそーではあるな。表紙が正式な資料っぽいのにハンコがないからこれ自体フェイクかドラフトって可能性もあるけど。
 しかし、このバーカバーカには多分二重の意味があるね。
 一つはあの場所の家探しをしに来た奴に対する煽り、もう一つはこのレポートの作者に対する侮蔑の言葉だ。
 だってさ、このノリは“彼女”だよ、絶対。まあ何に対して侮蔑の念を抱いているのかは分からんけどバーカバーカを連発するのはよろしくないな。今度言ってやろ。
 それにしてもいつ書いたんだろーな、この落書き。

 家探しに来た奴か……ゾンビパニックを見せられた後にしてみると、あそこに死体が全くないのがどうにも不自然なんだよな。ニオイも全然なかったし。例の幻にもニオイって付けられるもんね。
 今ここにいる現実が嘘とも思えないけど。

 やはり普通に考えたらゾンビが出てきて皆殺し、なんてことはあり得ないもんな。
 他国の特殊部隊が突入して来て全員拉致か殺害、事後死体は全部回収して撤退、って方が可能性としてはよっぽどありそうだ。だがそうなると逆に弾痕があったり組み合ったときにぶつかったり壊れたりした跡が少しはあって然るべきだ。

 どっちにしても不自然、これは肝に銘じておこう。

 さて、レポートらしき冊子はもう一つある。
 これは何だか新しいぞ? あと血痕が付いてない。
 こんなのあったっけ?
 タイトルは……

 「特殊機構の入出力装置としての機能に関する報告 ~“GS001”処理完了レポート~」

 ……おろ?
 取り敢えず表紙をめくる。
 ん? 落書きが……

 “取り敢えず読んどいてね!!! 牛乳飲みながらだよ、絶対にね!!! あ、コーヒーでもおっけーだから!!! いやー無事で良かったよ!!!”

 「ウェッ!?」
 衝撃で変な声が出たぞ。危ねえ……コーヒー飲んでたら吹き出すとこだったぜ……

 しかし、これはこれで何だか納得が行ったような気がする。
 分からんのは何でゴリラなのかってとこだけだな。
 多分本人はバレてないと思ってるだろーから今度からかってやるとするか。
 どうせならカバにすれば良いのにな!
 ……もしかしてあのメールもコイツの仕業か? イヤそれはないと信じたいが……
 正直コイツの言動に関しては客観的意見が欲しいとこだ。
 色々知ってそうなんだけど味方にしちゃダメなタイプっぽいんだよな。
 だってさ、自分のこと人工無能って言っといてわざわざそれを否定する様な行動なんてするかね、普通。
 何か都合が変わったのか……あるいは別の誰かによる仕込みだったか……別の誰か? うーむ……

 あとは携帯で撮りまくった写真か。
 全部真っ白とか心霊写真とかになってないことを祈るぜ。
 「何イッ!? オレのスマホがハッキングされているだとォ!?」なんて展開だったら燃えるけど、まあ可能性としてはゼロだよな。
 てなことを考えつつ写真を見る。
 うん、普通に撮れてるな。

 ん? こ、これはッ!?
 いや、流石に同じネタはしつこいか。
 イヤだけどこれはおかしいぞ。

 普通に撮れてると思ったら撮れてなかったのが結構ある。
 肝心なとこが白飛びしてて読めないんだよね。
 全部じゃないけど。単なる撮り損ねか? いや、撮った直後はバッチリ見えてたぞ?
 よし、印刷して覚えてる限り手書きで補っておこう。


* ◇ ◇ ◇


 「ブッフォオーッ!!!」

 「じぃじ、ばっちい」
 「ヤレヤレ、年寄りは締まりがなくて困るねぇ」
 ホントにコイツは容赦ねーな。
 「明日は我が身だぞ、俺様の有り様を目に焼き付けておけコノヤロウ」
 「……そこまで言うからには語ってもらおうじゃないか、チカン未遂事件の一部始終とやらを!」 
 「じぃじ、どんなアリさんだったの?」 
 「俺はウケなんて狙ってねぇぞ、コノォ!」
 「やーい徘徊老人」
 「何だとコノヤロウ」

 翌日、俺はとある用事のために息子を呼んでいた。
 孫が付いてきちゃったのは計算外だったぜ……
 これじゃあとある幼児のために呼んだみたいじゃないか、クッ!

 ……まあ俺の有り様云々はともかくとしてだ。これは確認するいい機会だぜ。
 「逆に聞きたいんだけどさ、その一件の話ってどこまで教えてもらってんの? 具体的に。
 あと、あのときは誰から何の用事で呼ばれてた?」
 「ん? あそこにいた刑事さんからフツーに呼ばれたんだけど? お前の親父さんまたやらかしたぜって」
 また、だと? 自慢じゃないが俺はあの一件以外で警察のお世話になったことなんて一度としてないぞ。
 お世話になってるとしたら親父の方だ。
 あのときの刑事もコイツもなぁ……下手すると孫も、か……
 あるいは俺の方か……
 ……まあいい。あの女子高生と詰所のおっさんが絡んでるんだ。何があっても不思議じゃない。
 「ほーん」
 俺は然程の興味もないという体で適当返事を返した。
 不特定多数の干渉、招き過ぎじゃね? バカだろコレ。


* ◇ ◇ ◇


 まず、例の紛れ込んでたレポートを読むなり俺は盛大にコーヒーを吹き出してしまった。
 いや、吹き出すポイントは内容の凄さじゃなくてさ。いや、ある意味凄いんだけど。
 ドコのWEB小説だよコレ。
 だってさぁ、こんなスゲー盛り盛り感タップリのコテコテな厨二SFをマジメくさって小難しく論じちゃってさぁ。
 どんだけ意識高い系なんだコイツらは。
 そのクセ具体的な処理の内容なんて一個も論じてないしオンラインジョブのことも分かってないっぽいし何なんだろうな。
 根拠をちゃんと提示してないからただの作文だよな。祝辞とかみたいなやつ?
 あとコレマシンのスペック若干盛ってない? 磁気テープがコンパクト型になったのって結構な革命だったのに何でヒトコトも触れてないの?
 何かオタの好き語りみたいで微笑ましくてつい大笑いしちまったぜ。
 「なあ、特殊機構ってあるだろ?」
 「知らいでか」
 「白井刑事ぁ!!!」
 『知らないよー!!!』
 「スマホで検索しながら言うんじゃねぇよ。俺が言ったのはこの作文に書いてあるやつだ」
 こいつら、シライデカ! って言ってみたかっただけなんじゃねーか?
 「このシロート丸出しの短編小説の裏設定?」
 「まあな、何かよく分からんけどヤバイもんらしいんだよな。ただ俺は関係者じゃねーから大丈夫だぜ」
 ……事実を知ったら悶絶するだろーな、コイツ。

 「だがな、こんなモンしか書けねー連中しか居ねぇんだったらマジで親父の会社が今どうなってんのか気にはなるな」
 「関係者じゃないんだろ?」
 「あーそれなんだがな、80年代に何かすげー事故が起きたとか書いてあるだろ? その犯人ってたぶん俺なんだよね」
 「はい?」
 「タイホ!!」ビシッ!
 「俺実は小学生のときソレのエースプログラマだったんだよね」
 「ブッフォッフォオーッ!!!」
 「パパがじぃじになっちゃった!」
 ざまぁ、ざまぁ「ざまぁみろ、バーカ」
 俺よりフォが1個多いぜ!
 「じぃじのココロノコエがダダモレだよー」
 「あ、嘘だから!」
 「ズコー!!!」
 お前教えてないのによくそんな古典知ってるな……
 「俺ってさ、やっぱ秘密兵器って奴だと思うんだよね!」
 「じぃじってホントによく訓練されたモブだね!」
 「勇者って言ってオネガイ!」
 「前から頭おかしいと思ってたけどまさかここまでとは思わなかったよ」

 「ところでさ、その会社ってなんて名前?」
 「知らねーよ。気にしたこともねえ」
 「うーん。父さんも俺も俺だってことを考えるとその会社も会社ってことになるね」
 「おう、会社呼びだぜ」
 「ナルホド、納得」
 「わーい、大人の事情だよー」
 まあ、頭おかしいからね。

 とここで息子が件の資料を持って、至極真っ当な会話を振ってきた。
 「コレってさ、どこで印刷したんだろ。この家かな?」

 そう、今日息子を呼んだのは他でもない。第三者目線でモノを見てもらうためだ。
 他にもっといるだろって? まあ確かに俺はぼっちだけどさ、第三者って言っても完全に無関係な奴に見せるのもどうかと思ってさぁ。俺、常識人!

 「どゆこと?」
 「いや、だってこの落書きって父さんの字じゃん」
 「ほへ?」
 「ほへ?」
 イカン! 意図せずして孫に変な言葉を覚えさせてしまったぞ!
 「ちょっと待った! じゃ、じゃあコイツラは?」
 俺は驚愕に我を忘れ思わず血塗れの資料やノートを出してしまった。
 「……父さん、自首するなら今だぜ?」
 「全部父さんの字じゃないか。バーカバーカなんて専売特許みたいなもんだろ?」

 あ、あれ? えっと、ボ、ボク常識人だよ?

 「ブ……」
 「ブ?」
 「ぶ?」
 『あちゃー』

 「ブッフォッフォオオオオオーッ!!!」

 その時の俺の顔はきっとこんな(;´Д`)感じだったに違いない。


 ……何か一人多くない?


* ◇ ◇ ◇


 「!?」

 俺の狼狽ぶりを見た息子も流石に怪訝に思った様だ。

 実を言うと二重にビックリしてたんだけど片方は頭から追い出して考えないことにする。
 まずは埒外扱いだ。これ結構大事。

 「父さん、これって明らかに人の血だよな?
 なあ、何でこんな物持ってるんだ?」
 仕方ない、観念するしかないか……いや……
 「……」
 「さっきこれ読んで盛大に笑ってたよな? 芝居か芝居じゃないかなんてすぐ分かる。これ読んだの初めてなんだよな?」
 「あ、ああ、そうだ。こんな落書きも書いた覚えはないぞ」
 「入手した経緯は?」
 「その前に俺から一個聞いていいか?」
 「いいよ。何?」
 「今日は何年何月何日?」
 「は? 2042年5月7日だろ」
 「携帯見せてもらって良い?」
 「ほい」
 今言った通りの日付だ。
 息子に携帯を返して俺のを出す。
 2042年5月7日だ。
 テレビを点ける。点かねえな。しかしここはスルー力を発揮せねば。
 「ちょっと俺に電話かけてもらって良い?」
 「? ほい」
 “デンデロデロレロリーン♪”
 「もしもし?」
 「はいはい? 何なんだよコレ」
 普通に繋がったな? 着信音も鳴った。

 うーむ。確か“ノイズ対策をしろ”か。何だろうな。
 もしかしてあの変なポーズも何か意味があったりして……

 「すまん、もういいぜ。で、この資料は親父の会社の跡地で見つけて拝借してきたもんだ」
 「は? 窃盗じゃねーの? それ」
 「だって今あそこ廃墟だし所有者行方知れずだから。
 あとさ、その変なノートあるだろ。それ表紙だけ見ると俺がガキの頃親父の会社に忍び込んでは書き込んでた秘密のノートそのものなんだよ」
 「でも中身は違う?」
 「ああ。中身はマニアックなプログラミング技術のメモだったぜ。いくらガキの頃でもこんな落書きだけのノートなんて書かねーだろ?」
 「それでさ、こんなのブキミだから警察に提出しちゃいたいんだよね」
 「待てよ、どうやって――」
 「お前が通報するんだよ」
 「は?」
 「どうした、早くしろよ。善は急げだぞ」
 「良いから、何なら俺が呼ぶぞ? 携帯を貸せよ」
 「良い、俺が呼ぶ」
 息子に「親父が祖父の会社跡地で窃盗を働いた、拘束してるので来て欲しい」と通報してもらう。
 その間に羽根飾りをコッソリ懐に入れておく。
 「今行くってさ」
 何だそれ? ホントに警察にかけたのかよ、オイ? ソバ屋の出前かよ。
 「ああ、分かった。じゃあ俺をふん縛れ」
 「はい?」
 「良いからはよせんかい!」

 さっきから孫が空気だな。別に寝てもいないし不動でボーッとしてるぞ。

 その後俺は署に連行され、件の如く無罪放免となった。
 やっぱそうなるよな。

 またあの刑事さんだよ。
 息子が興味無さそうな顔して帰ろうとしたので腕をぐいと掴んでこっちに引っ張リ込んだ。
 そして刑事に声をかける。
 「あの証拠物件はどうするんです?」
 「あん? あれは一定期間保管した後に処分されるぞ」
 「処分て?」
 「紙だからな、焼却処分だ」
 「血痕の分析とかしないの?」
 「アレは血痕じゃねーぞ。ルミノール反応がなかった」
 「じゃあ何だったんです?」
 「知らん」
 「何で?」
 「知らんからだ。良いから早く帰れ。良い加減イタズラは卒業しろよな、ったく」
 「父さん、用は済んだんだ。さっさと帰ろう」
 「……はぁ、分かりました。しかしあとひとつだけ……」
 「何だ、言ってみろ」
 「カツ丼は?」
 「ある訳ねーだろーが! 帰れ帰れ!」
 「ちぇ……」
 「ほら、帰ろうぜ? カツ丼なら今度奢ってやるからさ」
 今度こそカツ丼にありつけるという期待をものの見事に裏切られた俺はとぼとぼと警察署を後にした。

 さてと……どうなるかね。
 じゃあ次行ってみるか。

 俺は息子と孫を乗せたまま会社跡地に直行した。

 「父さん、これどこに向かってんの?」
 「良いところだ。覚悟しとけよ」

 さて、検分しねーとな。第三者の目、大事!

 「ここ入れる?」
 正門通過。
 「どこ? ここ」
 「親父の会社跡地。さっき話したろ」
 「マジか……」
 「さて、正面に見えるのは何?」
 「廃墟」
 「あの資料ってここで見つけんだけど」
 「マジか……」
 「良いから、ここ入ってみ?」
 と、詰所への入室を促す。
 ちなみに会社は俺目線でも元通りの廃墟だ。
 しかし……
 「これどーやって入るの?」
 切った筈の蔓が元通りに戻ってやがった。
 で、入ることに関しては否定しねーのな。
 「こうするんだよ」
 と俺はもはや標準装備の鋏でジョキジョキと蔓を切り落とした。
 「ほら」
 「ここまでするかよ……」
 「だって切らねーと入れねーし。ほら、入った入った」
 俺はあえてドアの方を見ないようにして息子の背をグイグイと押す。
 ガチャ……
 おっ開いたぞ。
 「入ったけど? 何だこりゃ」
 ん? 俺も入ってみるか。

 そこにあったのは古びた木の机、椅子、窓。
 窓にはガラスが無く木戸をギイと開けてつっかえ棒で支えるタイプ、いわゆる突き出し窓というやつだった。
 そして何より目を見張ったのは内側から見た構造が石造りだったということだ。
 照明も蛍光灯や白熱電球の類ではなく、油を注いで燃やす昔懐かしいランプの様なものだった。
 それだけではない。
 壁には有事の際に使用するために常備されていたと思われる槍や円形の盾、小剣などが立て掛けられており、長い年月を経たためか錆びて朽ちかけていた。

 そこは俺が知っている場所とは全く異なる、別世界の様な場所だった。
 ここはまるでヨーロッパの関所みたいじゃないか?

 「お前、ここが何なのか分かるのか?」
 「さあ、知らないな。父さんこそいっぺんここに来てるんだろ?」
 「ああ、だが俺は知らない場所だ。お前も知らないんだな?」
 「ああ、俺も知らない。なあ父さん、話がおかしいんじゃないか?」
 「そうだな……敢えて言うとな、むしろおかしいことを確かめに来たんだが」
 それにしてもこれは想定外だ。とはいえどうしてこうなったかを考えたら、その答えは容易に想像が付くだろう。
 だが俺は空気が読める男だ。何も言わんぞ。
 そういえば孫がいないな。外か? あんまウロウロさせるのも危ないな。
 「なあ父さん」
 「何だ?」
 「あの落書きは確かに父さんの字だったけど父さん自身は書いた覚えがないんだよな?」
 「ああ、ないぞ」
 「分かった。ならもう何も言わない。もういいだろ、ここを出よう」
 「ああ」
 そうだ、薄々そうじゃないかとは思っていたが、やはりあそこは自力で辿り着くしかない場所なんだ。

 しかし――

 「何だ、ここは……」

 ――外に出ると、景色が一変していた。
 何だここは!? いや、俺たちは一歩も動いていない。
 きっと同じ場所だ。

 息子も呆然としていた。
 「なあ、ここはさっきと同じ場所だと思うか?」
 「ああ、それかこの建物の出口がどこか別世界に通じてたとかかな? 頭おかしいな、俺も」
 「まあそうなるよな」
 俺は空気が読める男なんだぜ。

 そうだ、孫はどこだ!?
 ……いた。

 孫は丁度建屋の廃墟があった辺りの場所にぼーっと立っていた。
 見れば息子もそちらに向かって歩き始めていた。
 「パパ、これ……」
 「うん」

 そこにはこれまでとはまた別の廃墟が広がっていた。
 いや、これは廃墟というより戦争か何かで破壊された村、と言った方が適切かもしれないな。
 そしてここもまた血に塗れていた。
 だが、少なくとも俺の知る場所じゃない。

 そこには見知らぬ女性の影が何かを訴える様な目をしてゆらめき立っていた。

 「ママ……」
 孫が思わず手を伸ばす。

 『これも夢なんだ。悲しいね』
 一瞬だが、俺の主導権がまた奪われる。

 次の刹那にはその影は形を失い、霞と消えた。

 俺たちはいつの間にか元の廃墟の中に立っていた。
 
 「お家に帰ろうな。ママも待ってるぞ」
 息子が孫を抱き上げる。


 息子たちに“彼女”は視えたのだろうか。
 もし、誰にも認知することの出来ない……そんな存在であったなら――


 「なあ、あの血塗れのレポート……」
 「ああ、分かってる。分かってるよ、俺たちは父さんの――」
 「あー何だ、帰ろうぜ? もう知りたいことは粗方分かった。すまんな、俺が浅はかだった」
 警察を呼ぶ前から大体想像は付いていた。
 「いや、大丈夫だよ」
 「俺たちは家族だからな」
 あのときはマナーモードにしていたし、そもそも音声通話の着信音は元からプリセットの単純なビープ音だ。
 それに……俺の携帯のSIMカードは予め抜いてあった。
 「ああ、帰ろうか」
 だがそれが何だというんだ?
 そうだ、何事も自分たちの捉え方次第なんだ。
 世の中には別に気に留める必要のない事だってある。


 あ? 結局予め何の想像が付いてたのかだって?
 カツ丼が食えねーってことだよ! 分かってんだろ? バーカ!


* ◇ ◇ ◇


 「じぃじじぃじー」
 孫が袖をクイクイと引っぱる。
 「ん?」
 「これー」
 といきなり出してきたのは警察署に置いて来たはずのノート。
 子供がそんなもの触っちゃいけません! ……なんて俺が言っても説得力ねーな。
 「黙って持って来たの?」
 「ううん、ちゃんとこれちょーだいって言ってもらってきたよ!」
 おお、偉いぞ!
 「でも何で欲しいって思ったの?」
 「えっとね、絶対に失くしちゃダメだよって言われたの!」
 「誰に言われたの?」
 「うんとね、お姉ちゃん!」
 「どんな人だった?」
 「髪の毛がまっかっかだったよ! あとキレイな羽根をぴょこん! って立ててた!」
 「羽根ってこんなの?」
 羽根飾りを見せた。
 「あっ、これとおんなじだった!」
 「そうか、これとおんなじかぁ」

 俺たちは家路についた。
 すっかり遅くなった息子は、嫁さんにコッテリ絞られたそうだ。

 俺も帰った後はもうヘトヘトだった。
 またしてもすげー濃い一日だったぜ。
 たぶん明日も明後日も濃い日が続くんだろうな……そう思いながら木箱を仏壇に置き、手を合わせた。


* ◇ ◇ ◇


 チュンチュン、チチチ……

 翌日。
 ふむ、昨日の今日じゃそうそう寝坊なんてせんな。
 だが何だか身体は疲れ切って寝汗も凄いんだよな。
 何かスッキリ感に欠ける目覚め?
 さっぱり覚えとらんけど何か悪夢でも見てたのかもな。

 俺は手早く諸々を済ませると昨日見た資料の再検証を始めた。

 手元にあるものは……カレンダー、オペレーションマニュアル、俺のノート(偽)、レポート(血塗れ)、レポート(血塗れじゃない)、印刷した写真(手書きで補足を入れたやつ)……だ。

 息子には別件でお願いしたいことがあったので明日来てもらえないかと頼んだが、素気なく断られた。
 ……何でも“寝過ごして休日を棒に振った”とかいう理由で何かに束縛されるのが嫌なんだそうだ。まあしかし“手伝ってくれたら良いもんをやる”って言ったらあっさり掌を返しやがったぜ。
 “貴重な残り3日の休日の中の1日を割くんだからホントに良いもん期待してるぜ”だと。
 ん? 残り3日?
 
 携帯を見る。
 “2042年5月8日(木) 6時33分”

 オイ、またかよ!


* ◇ ◇ ◇


 『私だってさ、ちょっとだけイタズラしてみたくなるときもあるんだよ?』
 『やってられないじゃん、そうでもしないとさ』

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...