幻影戦妃 alpha ver. draft

短文ちゃん

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* ◇ ◇ ◇


 気になる。
 スゲー気になるぞ、空白の一日。
 昨日は息子も寝過ごして一日を潰したって言ってるしな。
 その息子たちに関しても何か聞かなきゃならんことがあった様な気がするんだが……覚えてないってことは結構どうでもいい用事なんだな、きっと。
 日付以外にも整合性が合わないものが出てくるだろ、そのときに考えよう。

 よし、気を取り直してと……
 まずはこれを読むか。
 「特殊機構の入出力装置としての機能に関する報告 ~“GS001”処理完了レポート~」
 血塗れじゃない方のレポートだ。

 コレ、左手で書いたんかいって位のド下手な字で“何か飲みながら読め”とか落書きしてあるんだけど絶対従わない方が良いな。きっとロクなもんじゃないぞ。

 読んだ。何だこれ? これ絶対ブッフォッフォーってさせるのが目的だろ。特殊機構とやらの歴史の真偽も分からんし。

 ハイ次。

 写真か……これは何で白飛びしてたんだろーな。モザイクの応用かね? まあ取り敢えず撮って来たモノの概要はこんな感じだ。

[ジョブ一覧]システムで稼働する実行モジュールの一覧をLISTコマンドで直接ストックフォームに出したやつだ。オンライン92本、バッチ12本。オンラインてこんなにあったんだな。惜しむらくは白飛びしてるところを全く埋められなかったことだ。
 ちなみにここで言うコマンドってのはコマンドプロシージャの略称ね。
[サブルーチン一覧]オンラインとかバッチのプログラムから呼び出すコンパイル済みの共通系モジュールの一覧だ。これもシステムから直接コマンドで出力したものだ。
[COPY句一覧]サブルーチンと違ってコンパイル前にソースの一部として結合するタイプの共通部品だ。これもシステムから出力したリスト。
[モジュール関連図]モジュール間の呼び出し関係を一覧化したものだ。ワープロで作ったっぽい感じ。最新なのかな? コレ。
[ジョブ関連図]オンラインやバッチの関係を相互の呼び出しではなく業務上の関連性、処理の順番、ファイルやデータベースなんかの共用関係でまとめた図だ。これもワープロ製。ある意味一番重要な資料だ。
[CL、コマンドプロシージャ一覧]これは日次処理系とか便利ユーティリティ系だな。これも知らないのが多くて補填できなかった。ちなみに俺が勝手に作った“SNNIKR99”もなぜかリストアップされていた。ワープロ製。
[定時処理一覧]バックアップやらメッセージリスト出力やらを決まった日、決まった時刻に自動的に動かすジョブの実行スケジュールに関する資料だ。これまたワープロ製。
[マスタ、ファイル一覧]システムで読み書きする作業ファイルやら各種マスタの一覧だ。ジョブ関連図のお供だな。こいつもワープロ製。

 とまあこんな感じなんだが、見て分かる通りもうシステムをいじってやるぜって感じで気合を入れて探した。

 しかし特殊機構とやらに関連する資料が全く見当たらなかったのが残念だな。やはりセキュリティはガバガバそうに見えてきちんと管理されてたのかもしれない。
 しかし肝心なところを隠蔽しながら開放的な環境で動かすのってなかなかに難しいぞ。俺が思うにあそこにあったメインフレームはシステム全体から見たら端末の一つに過ぎないんじゃないかね。
 本体機能を利用するためのビジネスロジック部分だけを実装してたって可能性もある。多分俺が触ってたのは表層的な一部の機能だけだったって可能性もかなりあると見たね。
 だってさ、今も普通に動いてるのを目撃しちゃったからね。
 システムが一連のヘンテコな体験に深く関わっているなら是非ともその辺を説明してほしいところだ。
 誰に聞いたら教えてくれるのかは全く分からんけど。
 “GS001”がその辺の研究に一枚噛んでいるらしいって部分が唯一の手掛かりかね。
 まあ事実はもっと斜め上かもしれんし俺目線だけでモノを考えるのはここまでだ。
 それ以前にどうやってシステムにアクセスするかも考えないとな。
 これに関してはちょっと試してみたいことがある。

 加えて羽根飾りとあの双眼鏡だ。この二つとシステムの関連性も全く分からない。しかしまあ端末でも周辺機器でもないただの道具がシステムに関係があるらしいってのはオカルトチックって意味では象徴的だな。
 そういえば俺は双眼鏡の現物を一度も拝んだことがない。
 不思議空間で一度手にしたきりだ。
 後はあの親父の会社跡地で見た髭面の男が持っていたヤツか。
 まあどれが重要な情報かどうかすら分からんし、建設的なアプローチの仕方がまるっきり見えないのは歯痒いな。
 とにかく俺の意思を無視していきなり変な体験をさせるとか、見たくもないものを見せるとか、そういったことから早く自由になりたいのにそれを期待して動かないとならないのが現状だからな。

 そして“彼女”を俺の中でどう位置付けるか、これが悩ましいんだよなぁ。ある意味一番厄介な奴だ。話しを聞く限り、自分の個人的な目的のために俺に協力関係を持ち掛けたい意思があるのは分かった。
 “彼女”には他の奴らと違って明確な意図を持って能力を発揮できる力があるのは間違いない。ただそれを適切に運用できてるかと言えばビミョーだと言わざるを得ない。今の俺と同じで建設的なアプローチが取れないんだ。“彼女”がどこの誰かは分からんが、羽根飾りと何か深い因縁で繋がっているらしいことは見ていて分かる。それだけに俺が行動を起こすと必然的に“彼女”が絡んでくることになるだろう。そして現れるタイミングがバラバラなところを鑑みるに、何か行動に制約があるのは間違いない。
 何にせよ“彼女”の目的と行動を整理された状態にしないとこの先危ない。

 最悪、羽根飾りを処分することも考えないとなぁ。
 もしもあの双眼鏡が実在していて本当にあんな機能を持つならアレも処分方法を考える必要があるだろうな。
 まあメリットデメリット明確にしてを天秤に掛けてみないことには何とも言えないか。

 俺はまだ何も知らないし理解も出来てないんだ。
 言い換えると正しい判断を下せる能力がまだ何ひとつ備わっていないとも言える状態だ。
 それだけは忘れないようにしないとな。
 相互理解にはまず会話、そこからの説明と納得が必要だと思うんだがなぁ。
 先方様がそれを理解してるかどうか……


* ◇ ◇ ◇


 さて、あの場所に行ったときやってみたいと思ったことがふたつある。

 それがさっきの「ちょっと試してみたいこと」な訳だが、あそこの環境から言ってちょっと試すということすら簡単なことではないってことは想像に難くない。だがそれでも前に進むにはカラッポの頭で考えるしかない。

 まず、ひとつ目。
 あのメインフレームに再び灯を入れる。

 それが叶わなくとも、最低限当時あのマシンが担っていた機能と役割の確認くらいまでは出来たらと思っている。

 まず、もう一度現地に足を運んで本体の状況を詳しくチェックし、その情報を元に性能部品を何とか掻き集めて修理を行う。
 次は記憶装置だ。OSやデータベースがそのまま問題なく稼働するなんてことはあり得ないだろう。バックアップ媒体だってカビとか血痕とかでもう使い物にならないと考えた方が良い。起動すればめっけもんだ。それができる目処がたった時点でコンソールも用意する必要があるだろう。
 後は電力と通信回線だ。電気なんて絶対来てない。発電機で賄えるか……

 そしてふたつ目。
 ホストの機能を簡単に利用できる末端装置を構築する。

 ざっくり説明すると、これは端末で複雑なコマンドを叩いたりバッチを一本組んだりしないと出来ない様なことを簡単な操作だけで出来るようにするツールだ。

 何でこんなことを考えたのかって、一連の不可解な事象が特殊機構運用システムとやらの制御下で起きている事らしいからだ。難解なシステムな制御をより簡単な方向に持って行くことで、より御し易くする……ていうか利用し易くするのが狙いだ。それで事故みたいなアクシデントが無くなればベストだ。
 いや、勿論俺が勝手にやることだから解決するのは俺のアクシデントで使うのも俺なんだけど。この際だから是非について考えるのは止めだ。“彼女”が堂々と侵入というか暴れて見せたからな。 
 でもって今のところシステムを止めるってのは選択肢にない。今まで動いていたものが急に止まったら何が起きるか分からんし。
 そしてあわよくばジョブの機能を詳しく調べて、それらが持っている機能を利用できるサービスをメインフレーム側に構築したいね。ひとつ目がダメでもこっちはどうにか出来ないかと思ってるんだけど。あのオサレウィンドウがどんなシステムなのか、スゲー気になるんだよね。てゆーかあれ欲しいぜ。
 実は昔親父が今の俺と似たようなことを考えてて、掘っ立て小屋で何かやってたのは知ってる。だから親父の持ち物の中に何かあればそれを拝借させてもらおうとも思っている。
 今持ってるタブで全部やろうとも考えたが多分ダメだな。昔の機械に昔のモノを乗っけて動かしてみる、次点でエミュ上で動かしてみる、か。後者は今からじゃムリだな。せいぜいスタンドアロンでそれっぽく動かしてわーい動いたーってはしゃぐのが関の山だ。まあ最悪ネットワーク部分の電気工作と出来合いのターミナルアプリで我慢てとこか。対象が古すぎてそれすら怪しいけど。

 そして共通する最大の問題点は安定的にあそこに行ける様な手段をどうやって確保するかだ。クソォ……結局コレなんだよなぁ。

 ぐぬぬ……考えただけでも道のりが遠くて目眩がしそうだぜ……


* ◇ ◇ ◇


 てなわけで親父が使っていたたガラク……じゃなかった昔のPCを倉庫から引っ張り出して状態をチェックしてみることにする。
 時々出して手入れしてたから状態は良い。メディアも桐の箱に入れてたから見た目は昔のままだ。
 本体は動かなければ俺のコレクションズでも良いからな。
 問題はプログラムの類だ。磁気には気を付けていたがメディアの見た目が大丈夫そうだからと言って読めると決まった訳じゃない。パッケージを見ると50年持つぜ! とか書いてあるけどその50年も過ぎちゃってるからなぁ。 
 親父は大胆にもメインフレーム上に作った資産をちまちまとエクスポートして、プログラムソースやらマシン語のダンプリストやらをストックフォームに打ち出して手元に置いていた。

 正直、コレが生命線だぜ。

 まあコンシューマ向けの磁気記録メディアなんてちょっとした拍子で簡単に壊れるからな。物理容量もたかが知れてるし、お手軽なバックアップ手段として考えてたんだろう。

 そしてパソコン本体。これは新旧2台ある。少ねぇな。
 まあ当然か。

 1台目、新しい方、と言っても80年代の代物だ。
 3.5インチ2HDドライブを2基搭載した16ビットPCだ。流石に100万とかするHDD搭載型は買えなかったみたいだな。
 メインPCとして使っていただけあって大分くたびれてるな。
 まず起動するか……おお、起動した。ピ……という電子音と共に特に異音もなく作動音が鳴り始める。やっぱ電源入れたら即動くやつは良いな。ただし、コレはディスプレイがないからホントに正しく動作してるかは不明だ。30年位前の地震で床に落っこちて破損しちゃったんだよね。まあ動くことを確認できただけでも良しとするか。
 そうだ、DOSの起動ディスクを入れてブートしてみるか。
 厶……ガチャガチャと懐かしくもやかましい作動音。
 試しだ。“FILES”[RETURN]と……
 お、何か良さげだ。次、Bドラにもディスクを入れて同じ実験……よし、動くな。
 いやスゲーな、昔のメカ。フロッピードライブの可動部が一番心配だったんだけどこうもあっさり動くとはな。何か都合よく進み過ぎて怖いくらいだぜ。
 このPC、使い勝手はかなり良いから本体だけでも持って行ってみるか。現地に転がってたヤツと繋げられるぞ、多分。そしたら即席で使えそうだ。……いや、やっぱ無理かね。こんなデカ重いの担いで持ってけねーわ。せっかくだから一応保険として車には載っけておくか、厳重に梱包してな。

 2台目、古い方。こっちが本命だ。
 8ビットCPUを搭載した家庭用の低スペック機だ。確か4、5万位の値段だった筈だ。FDDなんてものは当然搭載してない。外付けで本体より高い2DDドライブはあったけど、親父は興味ないっぽくて終始データレコーダ派だった。
 親父はホビーマシンとしてはこっちの方を愛用していた。掘っ立て小屋に持ち込んでいたのもこっちだ。持ち込むっていってもコッソリじゃなくて堂々とだ。

 当時は私物持ち込みokが当たり前の世の中。リモートワークって概念が出来る前だって家で仕事をするのは割と当たり前のことだったんだ。
 何せ業務情報の持ち帰りが、フロシキ残業なんてかっちょ悪い名前まで付けられて絶対正義としてまかり通っていたんだからな。
 で、親父がコレで何をしてたかっていうと、ゲームだ。最初の頃はゲームを研究してるんだなー位にしか思ってなかったんだけど、そのうち自分で作り始めた。
 親父は常々、ゲームのメニューとかコマンド入力のUIの操作性は業務用のシステムとしても理想的だって話をしていた。専用機の完成された機能美にひとつの理想型を見ていたのかもしれない。
 単に操作性だけだったらGUIってアイディアが既にあったけど、自由度の高さは分かりにくさ、使いにくさに繋がるんだっていう話もヨッパライの寝言の如く繰り返し聞かされたっけ。
 ゲーム作りに手を染めた親父は、次にメインフレームとの通信機能にも手を付け始めた。ここの仕組みが一番重要なんだけど、実は全然分からないんだよなぁ。会社のネットワークは10BASE‐2で張られていたけど、メディアコンバータって装置で変換して何かの機器を経由して最終的に片方のジョイスティックポートに接続する仕組みになっていた。
 次に通信。プロトコルも独自のやつでTCP/IPなんて使ってなかったからそこも親父のノウハウが頼りだ。
 幸いにしてモノはここにあるからな。しかしコレ現地でしか使えないのに家にあるのって何でなんだろう。やっぱ趣味に過ぎないから腰を据えてやるには家の方が良かったとか、そんなとこかね。
 そしてこっちのマシンも問題無く動いた。こっちはモーターとかベルトなんかを使う駆動箇所がゼロだったから、コネクタの腐食とかゴミによる接触不良みたいなのがない限りはまあ大丈夫かなとは思っていた。
 画面出力はアナログテレビかコンポジット端子があれば利用出来るから一緒に保管してた初期の液晶テレビが使えた。てかこのパソコンを使うために手入れして取っといたやつだからね。
 そしてここからが問題だ。親父が作ったソフトウェアが格納されているメディア、これがデータレコーダ頼りだったからなぁ。
 テープは一杯あるんだけど、ケースとラベルが適当でどれがソレなのかサッパリ分からねえ。まあこれは最初から分かってたことではあるけど。親父も肝心なとこが抜けてるんだよな……
 取り敢えず動作テスト。

 ………
 …

 終わった……
 疲れた……
 結局親父が残したテープのライブラリは、経年劣化で読めなかった。途中でワカメになったりして結構ダメダメだった。
 コレ、よく考えたらバカ正直にテープで取っとく必要はなかったんだよな。今からでもデジタルオーディオの音声データとして残す方法を考えとこう。
 目先の利用は大量にある未開封のテープで間に合わせるとして、やっぱパンチするしかねーよな。
 メインフレームが無事だったら大事なやつはそっちから吸い上げられたかもしれないんだがなあ。
 まあないモノを欲しがっても仕方ないか。

 それに実際パンチ作業をやるのは俺じゃねーしな!


* ◇ ◇ ◇


 ところで、この前持ち帰ったモノの中に何か気になってしょうがないのがひとつだけあるんだよね。

 それは俺のノート(偽)だ。
 昨日……じゃなかった一昨日見た限りだと全部のページに占いとかハズレだとか適当なことか色々と書いてあるだけだった。何だこりゃって思ったんだけど、よく考えたら本物はどこ行っちゃったんだろうな。
 この落書き帳を作った奴は俺の本物のノートを参考にしてるだろうから、そいつが持ってるって考えるのが妥当だよな。

 一緒に拾ったレポート(血塗れ)にもヘタクソな落書きがしてあったけどこれ実は俺がやったんだよな、昔の。親父にメチャクチャ叱られたのを思い出して懐かしくて持ち帰っちゃったんだよ。

 でもこのノートは全部が誰かの落書きだ。それでいて表紙は俺のノートを真似て書かれている。だから多分俺のノートを探してる誰かに落書きを見せるためにあそこに置いたんだよ。

 何でそんなことする必要があるんだろうな?


* ◇ ◇ ◇


 更にその翌日。

 カッチンコッチンカッチンコッチン……
 秒を刻むアナログの音。壁掛け時計の音か。

 う…うーん……
 あれ? もう朝か……

 携帯を確認。
 “2042年5月9日(金) 2時41分”
 何だ、まだこんな時間かよ……

 と――
 “ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”

 息子からの着信。
 「どうした、こんな時間に」
 「父さん、夜分に悪い。でも今しないといけない話があるんだ。明日、いや今日の件でさ……」
 何だ、一体……
 「あのさ、父さん――」


 ………
 …


 「あの、父さん」


 「あん?」
 「こんなものはカメラで読み込ませて画像処理すればすぐに出来る処理です。なぜこの作業が必要なのですか?」
 「アホか。いにしえの8ビットパソコンにOCRなんて付いてねぇし。第一エミュに乗っけても動かんかっただろ。そういうモンだって思っとけ」
 「8ビットパソコンというものが何なのか分かりませんが、必要だということで納得しました」
 イマイチ納得の行っていない息子。まあいい。何事も程々が肝心だ。

 翌日、俺は息子を呼んでマシン語で書かれたプログラムのパンチ作業をやらせていた。

 息子はGWプラス3日間の休暇を貰っていたので今日も休みだ。いやー悪いね。
 今日びのエミュを使ってOCRで読んだファイルをフロッピーに入れて持ってけば良いかと思ったのだが、そうは問屋が降ろさなかった。
 そもそもフロッピーじゃ出し入れできねーしテープにも落とせないからなぁ。
 まあ、今んとこはそういうもんだと思うしかない。

 てなわけで地味でメンドクサイ作業は年寄りがやるとデンジャラスなので、息子にマシン語モニタの素晴らしさを体感してもらうことにしたのだ。

 「それで、これは何のデータなのですか?」
 「特殊機構インタフェースのプロトコルドライバ」
 「はい? あ、いや、すみません、よく聞き取れませんでした」
 「特殊機構インタフェースのプロトコルドライバ。データじゃないぞ」
 二度言わすなや。
 「どこかのサイトからダウンロードするかメディア経由でコピーすれば良いのでは?」
 「その辺に転がってるような代物じゃないからな。一品モノってやつだ。親父が使ってたテープからサルベージしようとも思ったけどノビててダメだったから」
 「伸びるってどういう状態ですか?」
 「ラーメンだって伸びるだろ、これイチイチ説明させられんのか」
 おっと心の声が。
 「これを使って何をするのですか?」
 「ハッキング行為」
 「聞くんじゃなかった……」

 ………
 …

 「疲れた……」
 「おつかれさん、ちょっと待ってな」

BSAVE “GSLNK02C”,&HD000,&HEFFF,&HD000
[RETURN]

 「コレでよしと……」
 ……後で保存用も作っとくか。使う用と保存用、基本だね!
 「報酬の件だが振込は検収が終わってからだからうちのサイトだと来月になるな」
 「分かりました。では事後になりますがお見積書をお送りします。到着次第発注、続いて納品と検収の手続きをしましょう。ひとまず先行作業着手依頼を書面で」
 「いや冗談だから!」
 「ははは、こちらも冗談ですよ。それで、何をもらえるのですか?」
 「これをやる」
 「? 何ですか」
 「お守りだ。絶対に手放すなよ」
 そう言って俺が渡したのは母の形見の羽根飾りだった。
 「母さんの形見なんだ」
 箱を開けて見せる。息を呑む息子。しかし――
 「……あの…父さん」
 「ん?」
 「他にはないのですか?」
 「ないぜ。大事にしろよな、それ」
 「お婆さんじゃなく、母さんの形見をもらえるんだったらそっちが良いんですが」
 そう言って羽根飾りを放り投げた。ってオイ!
 俺は慌ててキャッチした。言葉遣いと行動が一致してねーから!
 「あー何だ、ないんだよね、何せピンピンしてるからな」
 「はい? あ、はい」
 「もう一回聞くけどいらねーならもう一個お仕事頼んでも良い?」
 「いや、勘弁して下さい。もう帰りますから。それと、嫁は巻き込まないで下さいね」
 「ああ、分かってるって。ていうかさ、俺会ったことないよな? お前の嫁さんに。子供はどうした?」
 「そういえばそうでしたね。子供はまだなんです」
 「ふーん、あっそう」
 「もう帰ります。役に立てたか分かりませんが」
 ピンポーン♪
 とここで古風な呼び鈴の音。何と電子音じゃないんだぜ。
 鉄琴の雅溢れる涼やかなサウンドだ。
 「おっと、間の悪いことに来客だ」もちろん確信犯だぜ。
 「じゃあ邪魔者はこれで」
 とここで客が勝手にドアを開けて入ってくる。
 「来たよ」
 玄関を開けるとそこには息子、嫁、そして孫。
 「あら、お客様だったの? ダブルブッキングだなんて、死ねば良いのにー」
 ホントに容赦ねーなこの嫁は。
 「ちねばいいのにぃー!」
 ホラ、孫が真似してるぞ!
 「どうも」
 「あ、どうもお世話様です」
 息子の横を会釈しながら素通りしようとする息子。
 「どうでしたか、父さんは」
 「ええ、会えて良かったです」
 「そうですか」
 「では」
 「オイ、お前はこれで良いのか?」 
 「ええ、さようなら……お元気で」
 「そうか、達者でな」
 あー帰っちゃったよ。
 まあ何だ、良いムスコを持って良かったぜ。

 「どう?」
 ドヤ顔の息子。
 「ああ、助かったぜ。ところで……」
 「イヤ、手伝わないから。俺からのお礼はここまでだよ?」
 「えー帰っちゃうのー? じぃじとあそぶー」
 「じぃじと一緒にいると無賃労働させられるのよねー、あー早く死ねば良いのにー」
 「じぃじ、ばいばーい!」
 「またな、父さん。くれぐれも気を付けてな」
 あー帰っちゃったよ。
 うむぅ……そう都合良くは行かんかぁ。

 それにしても「7日の礼だと思って受け取ってくれ」か。
 これで俺が何も覚えてないのを知った上での話だって言うんだから色々と考えちまうな……
 何でも「ちゃんと礼をしろ」って嫁さんにシメられたらしいが……嫁さんが何者なのか気になるぜ。

 しかし多くは言うまい。
 何せ、俺は空気が読める男だからな。


* ◇ ◇ ◇


 てなわけで俺はひとり寂しく地味な確認作業に励んだ。
 ケーブル、メディアコンバータ、ジョイスティックポートのコネクタ部の掃除と動作確認。
 確認と言っても電源ON位しか出来ることがない。
 取り敢えず、機器類のランプが切れてなくて良かった。常時点灯だから割と壊れる頻度が高いんだよね。
 ……これ口金とかの交換部品も持って行った方が良いかな?
 同軸ケーブルとシリアルケーブルはあるだけ持ってくか。しかしジョイスティックポートは換えがないから壊れたら面倒だな。アタリ仕様とか今手に入るのかね。
 ニッパー、ペンチ、半田、コテ、あとクランプみたいなのが欲しいな……針金とクリップで良いか。

 あとスマホも使えるかもしれんから昔使ってたシリアルポートとUSBの変換コネクタも非常用に持ってくか。まあスマホ用のエミュはないからホントに非常用だ。

 そういえばノイズ対策云々いう夢を見せられた? コトがあったけどやっぱ考えるべきかな?
 しかし分からんな、アルミホイルとかでシールドしとけば良いのか? まあ良い、役に立つか分からんけど入れておこう。

 荷物は1weekサイズのキャリーケースに何とか納まった。
 うーん結構な量だぜ。咄嗟のときどーすんだよ。
 コレご近所で「アラ、あそこのお宅夜逃げかしら」とか噂が立っちゃうヤツじゃね?

 後はお泊り想定の探検セットだ。
 そして暗闇対策の懐中電灯、予備のバッテリー、小型発電機、念の為ロープと小型のスコップ、数日分の食糧と水。ヘルメットも欲しいとこだけどないからな、諦めよう。
 あとはシガーソケットに挿すタイプのインバーターも持ってくか。
 よし、リュックに詰めて準備完了……となったところで玄関に何か置いてあるのに気付く。

 ……携帯トイレ?
 貼ってあった付箋にはこう書かれていた。
 “年寄りはトイレが近いんだから無理するなよ”
 何だよ、気味が悪いぞオイ!
 くっそォと思いつつ素直に持ち物に加える。
 オムツじゃなかっただけマシだな、うん。
 そこではらりと付箋が落下した。
 裏面には“追伸 ウンコはちゃんとしてけよ(今クソって思っただろ。ウンコなだけに)”と書かれていた。
 分かってるよコノヤロォ!

 さて、程良く気が抜けたところで改めて準備したものをチェックする。
 取り敢えずやってみるだけだ。

 ……客観的に見たらマジで夜逃げに見えるな、コレ。


 ………
 …


 明くる朝。
 チュンチュン、チチチ……

 さてと、今日は事前調査兼実験だ。
 また何があるか分からんので用意したものは全部持って行く。

 そして最初を除いたら毎回持ち歩いていた羽根飾りも置いて行く。

 これまでと変わらない様ならマシンを調べに行く、プランA。
 異変が起きたら出たとこ勝負、プランBだな。仕様不明だから外見的事象から判断するしかないぜ。俺もあの落書きレポートのことは馬鹿にできないな。結局はエビデンスを集めないと何も分からないんだ。やってみるしかない。

 さてと……
 「逝ってくるぜぇ……」

 俺はいつも通り独り言を呟き、家を後にした。
 「……いつも通り、だよな?」


 ……全然いつも通りじゃなかったんだこれがよぉ!
 クッソォ! いつもいつもよォ!

 しかし、だがしかしだ。これだけは言える。
 ウンコ、出しといて良かったぁ。
 老いては子に従え、コレ超大事!


* ◇ ◇ ◇


 いつもの道をしばらく行くと検問があって止められた。何だ?

 「免許証を見せて下さい」
 「何かあったんですか?」
 ガサゴソと免許証を探しながら聞く。 
 「いえ、元々ここは関係者以外入れないですよ? 検問だっていつもやってますけど」
 怪訝そうな顔で応える制服の男。

 あれま、のっけからプランBに移行かいな。いやー免疫付いてきたな俺も。
 「スイマセン、ウンコが漏れそうなんでテキトーな場所を探して走ってたんです」
 お食事中の皆様方、大変申し訳ございませぇん!

 「テキトーな場所って何だ?」
 「分かるでしょ、トイレなんてないんです」
 「汚ねぇな、分かったからその辺でしてこい。あ、その前に免許証だ。その位の余裕はあるだろ」
 俺はさっきからガサゴソしながら話している。
 アレ? ないよ? コレやっちゃったかな?

 「エヘヘ?」
 「エヘヘじゃねえ! オイ、警察に連絡しろ! 無免許運転の現行犯だコイツ」

 アレ? と、取り敢えず援軍を……
 「すみません、家族に連絡したいんですがちょっと電話してもよろしいでしょうか……」
 「さっさとしろ、ウンコもな。言っとくが見張りを付けるから逃げられんぞ」
 「はい……」
 俺は恐縮しながら2日(実質3日)連続で息子を呼ぶことになった。

 「しかし珍しいな、電話機なんて」
 見張り番から不意に振られた話題。うお、コイツ飯食ってるぞ。
 「はあ、そんなもんですか」
 「その四角い板状の形、スマートフォン? とかいうやつだろ。使えるのか?」
 ん?
 「え、ええ。普通に使ってますが」
 「凄えな! もしかしてガワだけ仕入れて中身だけ最新機器にしてたりするのか! イヤ、俺そういうの大好きでさぁ、集めてんだよね! もしかしてAndroid?」
 「え、ええ。Android11です」
 「まじでホンモノ!? スゲェ! チップだけ載せ換えたとか? まさかスナドラじゃないよな!? どうやって動いてんのコレ!? 技適ちゃんと通ってんの!? 通報しないから中身見せて! てか垢はどうしたの!? てっきりレトロなのはガワだけで中身はリモートかと思ってたぜ!!」
 うお、めっちゃノリノリで食い付いて来た!

 考えてみたらこのスマホいつから使ってるんだっけ?
 でも息子の携帯もスマホだよなぁ。
 あ、繋がった。
 『もしもし、今度は何? 休暇もうないんだし勘弁してよ、まじでさぁ』
 「スマン、今無免許運転でタイホされちった。迎えに来てちょんまげ」

 『ブッフォッフォーーーッ!!!』


* ◇ ◇ ◇


 「いきなりタイホされたとか言い出すから新手のオレオレ詐欺かと思ったよ!
 それに何? ウンコするふりして逃げようとしただって?
 もう訳分かんないよ!
 書いといただろ、出かける前にちゃんと済ませろってさぁ」
 「スマン、この通りだ」必殺拝みポーズ。
 俺は迎えに来てくれた息子に平謝りするしかなかった。
 いやー今回はマジでやっちまったぜ。

 「送ったら帰るから。すぐ帰るから。もう呼ばないでね? まじで」
 「いやスマンて」

 てな訳で手元に免許証があるのを確認して再出発。

 再び現場に到着したが……アレ? 車がないぞ!?
 てか検問もいつの間にかいなくなっとる。
 「父さん、さっきの人たちって誰?」
 「アレ? やっぱ検問なんて普段やってないよな?」
 「父さん、やられたな。検問詐欺だぜ。今流行ってるやつだ。高齢者狙いの犯罪グループだ」
 何じゃそりゃあ!?
 「家も心配だ、すぐ戻ろう」
 「うげぇ……車にアンティークPCとか満載してたんだけど」
 「まじ? 例のやつ? なあ父さん」
 「ん?」
 「今日の父さん、マジうんこだわ」

 クッソ……返す言葉もねえぜ!


* ◇ ◇ ◇


 俺は息子の送迎でそのまま家にトンボ帰りした。

 家に着くと、そこには俺の車と見知らぬ車両、息子の嫁の車。
 そして息子の嫁が孫と二人、仁王立ちで待ち構えていた。
 怖えよ!

 「死ねば良いのにー」
 「ちねばいーのにー」
 オイ、すっかり覚えちゃったんじゃねーの? コレ。
 「いやスマンて」
 本日二度目!
 「お義父さんー、ちょっと誠意が足りないんじゃないですかぁー? せっかく悪党どもをタイホしてあげたというのにぃー」
 「へ?」
 これには息子も目をぱちくりさせる。
 見ればさっきのニセ検問の二人がす巻きになって転がされていた。
 いやマジでこの人何モンなの?
 てゆーか何でこいつら直行で家に来れるんだ?
 「取り敢えずお巡りさん呼ぼうか。あ、俺のアレは内緒ってことで」
 「ふがふが」
 何か喋ろうとしてるけど知らんぞ。自業自得だ。
 そしてやっぱり防犯面で心配だから羽根飾りは懐に入れておこう。


 さて、何かついさっきまでいた様な既視感を覚える取調室。
 そして目の前にはいつもの刑事さんだ。
 しかし今日の俺は被疑者ではないのだ。

 「おい、今度は無免許運転だと? いい加減にしろ」
 おろ? 俺詐欺グループ検挙の立役者だよ!?
 「え? そんなこと誰が喋ったんですか?」
 「コイツらだ」
 「ふがふが」
 いやお前らのサルぐつわもうないから。
 「父さん、ホントにウンコだね」
 「ふがふが」
 それしか言えねーのかよ、オイ。さっきめっちゃ喋ってたじゃん。
 「そうよねー、私も死ねば良いと思うわー」
 何で分かるの? てか最近それしか喋ってなくねーか!?
 「ふがふがーっ!」
 「父さん、いくら言いづらいからってふがふが言ってても何も分からないよ?」
 つい乗せられちまったんだよ! それにお前の嫁さんは分かったみたいだぞ!?


 そんなこんなで現場検証のために刑事さんを連れて現場までやって来た。
 ねえ、この人一体何課所属なの?
 ねえ、何で息子が家族連れで付いて来てるの?

 前方で刑事さんとニセ検問コンビの噛み合わない会話が延々と続いていた。

 「なあ、何でお前らこんなトコで検問ごっこなんてやってたんだ?」
 「働くのが面倒くせーから」
 「違う、俺が聞きてーのはそういう事じゃねえ。検問ごっこなんて手の込んだことやらねーで普通に追い剥ぎで良いだろ、こんな山ん中でよ」
 「検問て何だ? 面倒くせーな」
 「検問て何だ? 三食昼寝付きで待機してれば良いんだぜ。良いだろ」
 「犯行の動機がそれか? 準備だって要るだろ、自分たちで仕込んだのか? それとも世話人がいるのか?」
 「朝起きてここに来ていつも通りやってたよ」
 「イヤ、だからさぁ何なのお前ら」
 何だコイツら? 知能低下にも程があるぞ? てか別人だろコレ。

 「刑事さん、ちょっと俺からこいつら、いや全員に聞いても良いかな?」
 「あん? 別にいいぜ」

 「今年って西暦何年? 何も考えずに答えてくれ」
 二人を除き、はい? となる一同。

 「2042年」
 「2042年だよ」
 「2042年よ、イヤだわー、頭おかしい質問しちゃってー。遂に死ぬのかしらー」
 イヤ、ここでそういうのぶっ込まなくて良いから!
 「せいれきってなに?」
 やべぇ、余計なコトばっか教えて肝心なこと教えてないんじゃないのコレ?

 「1989年じゃん」
 「1989年」

 うげぇ、何でェ……
 ここって山ん中の路上だぜ? ん? 山ん中?

 「ここって詰所?」

 「は? 山ん中だろ」
 「人気のない山中の路上の真ん中だよ」
 「人知れず犯罪の証拠を隠蔽するにはもってこいの場所ねー」
 だからそういうの良いから!

 「決まってるじゃん」
 「詰所じゃなかったらどこなの?」
 こいつら筋金入りだな。

 「ヨシ、お前ら今すぐ帰れ。解散解散」
 「イヤ何でお前が仕切ってんだよ」
 「父さん、どうしたんだ急に」
 「ついに狂ったのねーかわいそうにねー」
 「じぃじ、キチガイ」
 西暦は分からんのにキチガイが分かる幼児かよ!
 「お前らどういう教育してんの!? じゃなかった、イヤ、じゃなくないけどそれは後だ。帰ろうぜ。あー面倒臭えなもう」

 息子たちに耳打ちする。
 「何もお前らに家まで帰れって言ってる訳じゃない、あのにせ検問の二人に自分ちに帰れってけしかけるんだよ」
 「ああ、なるほどね。分かったよ。ウンコじゃないとこ見せてよね」
 そのネタもう止めて!
 「イヤだから何でお前が仕切ってんの?」
 「スンマセン騙されたと思って俺と一緒に待機してて下さい」
 「チッ、まあどうせお前は無罪放免だからな」
 あ、やっぱそうなの? 俺ってもしかして治外法権?

 「よしお前ら、もう面倒臭えから家に帰れ!」

 二人はお約束といった体の挨拶をして徒歩で去って行く。
 「はーいおつかれっしたー」
 「おつかれっしたー」

 「お前らも一旦バイバイだ」
 俺は自分の車に乗った。
 息子たちは引き上げた。残ったのは俺と刑事さんだけだ。
 刑事さん運転で俺は後ろに乗り、ぐるっと回って戻る。


 いつもの道をしばらく行くと検問があって止められた。
 こいつら商売道具無しでよくやるなあ。

 「免許証を見せて下さい」
 「何かあったんですか?」
 刑事さんはガサゴソと免許証を探しながら聞く。 
 「いえ、元々ここは関係者以外入れないですよ? 検問だっていつもやってますけど」
 怪訝そうな顔で応える制服の男。
 「そうですか、ご苦労様です」
 そう言いながら極めてスマートにカッコ良く免許証を出す刑事さん。くっ……俺とは大違いだぜ。

 「これ偽物だぞオイ。警察呼ぶからすぐに車から降りろ」
 ホントよーやるわー。
 だがしかし! お巡りさんならここにいるから大丈夫!
 「よしお前ら両手を上げろ。警察だ。動くなよ」
 「何だ、ニセの警察か。お前もすぐに車から降りろ」
 まじか……さっきは割とマトモだと思ったが方向性が違うアホだったか。

 「すみません、家族に電話したいんですがよろしいですか?」
 と言いつつ携帯を取り出す。どうだ?
 「うおっそれスマートフォン? ってさっきのおっさんかよ! てかスマホいじりてぇ」
 おお、予想通り……うーむ、何だか哀れだぜ。俺みたいだ。

 そこに刑事さんが割って入る。
 「なあ、お前ら車も道具もないのに良くやるな?」
 「うぅ、お巡りさん、すぐ来て下しゃい! コイツ泥棒です!」
 涙目で噛むなよ! いい歳こいたオッサンがやる絵面じゃねーだろ! と心の中でどうでも良い感想を述べつつ全力で否定。
 「パクったのは俺じゃねえぞ」
 「俺がお巡りさんだアホウ」

 「お前らの商売道具は警察署にあるぞ。犯人は既にしょっ引いたからな」
 「ホントっすかぁ!? ありがとうありがとう」
 「いやお前らもしょっ引くから」
 「ちょっと聞きたいんだけどさ、お前らの車と道具っていつ頃無くなったの?」
 「うーん、気が付いたら?」
 「何だそりゃ?」と刑事さん。

 まあ、そう思うよなあ。ここで俺からアシストだ。 
 「俺を上手いこと騙して上機嫌で荷物を畳んだんだよな? そしてヒミツのアジトに帰った、だろ?」
 「そうだ! この近くにさぁ、誰もいねぇだだっ広い廃墟があるんだよ! 俺たちゃ一旦そこに帰った筈だったんだ」
 うし、予想通りだぜ。考えてみりゃあんな良さげなとこ放っておく方がおかしいもんな。
 「よし、そのアジトとやらへ案内しろ」
 「ヘェ、分かりやした」とペコペコする二人。

 ん? あぁ、そーか。まあ状況の推移を見守るとするか。

 俺たちは連れ立って廃墟に来た。
 俺は自分の車、刑事さんとニセ検問ズは刑事さんの車だ。
 いくら山奥とはいえ放置はマズいんだと。
 ちなみに刑事さんは気付いてるかな。ここって最初のニセ検問やってた場所なんだぜ。

 さて、やっと本来の目的地に着いたぜ。もう午後2時だ。
 取り敢えず息子に報告するか。

 「ちょっと家族に電話して来ます。
 家に帰らせて良いですよね?」

 「おう。あんたがいれば良いぜ。
 すぐ戻れよ、言い出しっペのおっさん」

 『父さん、どうだった?』
 「案の定、あいつら例の廃墟にアジトを構えてやがった」
 『てことは……』
 「ああ、何も覚えてなかったぜ。ちょっと可哀想だがまあ元々犯罪者だからな。それにしても初めから俺の荷物をパクるのが目的だったんだろーな」
 『信じられないな……そのうち空き巣とか放火とかやらかすんじゃないか? コレちょっと始末に負えないな』
 ヤメテ! フラグが立っちゃう!
 「てな訳でお前たちは帰った方が良いかもな。ホント悪ィな、折角の休日に」
 『いや良いって。緊急事態だしさ、父さん見てると飽きないから。しかし凄い悪運だね』
 「おう今日はウンが良かった方なのかもな、じゃあまたな」
 そうなんだよ、羽根飾りを置いて行く、免許証忘れる、息子呼んで家に帰る、羽根飾り持って来る、の四連コンボだ。偶然にしちゃちょっと出来過ぎだ。
 まさかなぁ……

 という訳で奴らのアジトだ。
 詰所を使ってるかと思ったが「どうやって入るか分からんかった」そうな。ふーん、そうなんだー。
 よし、ここからは目を離さない様にしないとな。見るのは目、以外だけどな。

 このアジト、ホントにここにあるのかね。

 と、刑事さんが何かガチャガチャやり始めた。手錠?
 「これを付けろ」
 は?
 「良いから付けろ。長めのロープがあっただろう、コイツらのアジトを中心に動ける位の長さがあれば良い。
 全員を緩い輪っかで繋ぐんだよ。良いか、手錠とロープが片手にあることを忘れるなよ」
 おお、頭良い! てかこの人……よし、聞いてみよう。
 「急に身体が自由になったらどうするんです?」
 「良い質問だ。何もしていないのに急に身体が自由になるなど有り得ないことだ。
 つまり、それは何らかの幻覚の中にいるということだ。
 手っ取り早く正気を取り戻すには死ねば良い」
 イヤ、死ねば良いってアンタさあ……前言撤回だぜ。
 「何だ、嫌なのか?」
 「当たり前でしょう?」
 アッチの方向を向いて答える。
 ニセ検問ズの様子は分からない。奴らは無言だ。
 大丈夫、言葉遣いを糺すくらいの余裕はあるぜ。
 「楽に死ねる方法ならいくつかある。教えてやろうか」
 やべーよ! コイツめっちゃやべー奴だ!
 という感想は一旦置いといて……

 「刑事さん、死ぬのは慣れてるんですか?」
 「ああ。何度となくな」
 「死ぬ様な状況にならない方が大事なのでは?」
 「まあ正論だな。だが言うだけなら誰でも出来る。ここで起きることには抗う術がない。だから近付かないのが良いんだ、本当はな」

 「……それは経験的な観点での話ですか?」
 「ああ、そうだ。ここに近付いた結果、心神耗弱などの状態に陥り徘徊しているところを保護される、という事案が昔から絶えることなく起きている。
 彼らは偶然か何かで死ぬ様な体験、いや幻覚だから体験している訳ではないが……仮に本人がそれを現実だと認識していたらどうなるかは想像に難くないだろう」
 「そんな場所が殆ど誰にも知られずに存在していたなんて不自然です」
 「そうだ、不自然だ。何せ事が起きる度に“なかったこと”にされてきたのだからな」

 う……嫌な予感……
 「何よりも判断しかねているんだ、あんたについてはな」

 「もういくつか聞いても?」
 携帯を確認。“2042年5月10日(土) 14時56分”

 「ああ、良いぞ」
 「ここはいつからこんな廃墟だったか知ってますか?」
 「さあな、俺の知る限りではここはずっとこの廃墟だった」
 「なるほど。では次です。俺について判断しかねているとはどういうことですか?」
 「あんたは何か違うんだ、他の人たちとな。悪いが素行は少し調べさせてもらった。すまんな、息子さんをけしかけて少し利用させてもらった。
 あんたは別段ここに特別な縁がある訳じゃないのにここ数日連続で来ているな? しかも無事に帰っている。怪しくないとは言わせんぞ。こんな曰く付きの場所だ。
 それにあんたの様な分別のある大人が足繁く通うなんて初めての事例だ。これまではそこの奴らの様に社会からドロップアウトした人間が逃れる様に迷い込み、呑み込まれて行くといったことが殆どだった。
 一体何が目的だ? 何を知っている? 俺は刑事として……いや、いち個人としても一連の事件の重要参考人としてあんたに興味があるんだ」

 うーむ、何か饒舌に語り始めたぞ。オタの好き語りみてーだな。
 だがもう少し確認しないといけないことが出てきたぞ。

 「その質問には後で答えるとして、何で急にそんなに口数が多くなったんですか?」
 「何だ? 何がおかしい?」
 「いえ、あなたは既にここに囚われているんじゃないか、そう思っただけです。今のあなたは普段とは全くの別人ですよ」
 「俺をからかっているのか? この通り手錠もロープも付いたままだぞ」
 「そうですか……死ねば夢から醒める、さっきそう言いましたが夢から戻る先は必ず現実なんでしょうか」
 「何だと!? あんたはこれもまた俺の妄想だとでも言いたいのか」
 「そうです。何なら試しに死んでみますか? 俺はまっぴらご免ですが」
 「証拠がないぞ」
 そう言いながらも困惑が顔に出てるな。

 「なら今ここでこうして話していることが夢でない、という保証はどこにあるんですか? 逆もまた然りでしょう」
 自分で言うのも何だけど詭弁も良いところだな。

 「更に私から確認したいことがあります。俺があなたのお世話になるのは今回で何度目ですか?」
 「二度目だな」
 お? 珍しく俺の認識と一致したぞ!

 「廃ビルで窃盗とか言って息子さんに呼びつけられたのが最初、そして今ここにいる件だ」
 あれ?
 「すいません、最初の案件は俺の記憶と違いますね。
 最初は爺さんと女子高生に通報された件じゃなかったですか?」
 「何だと?」
 ……あっそーか、コレ息子が言ってた「7日の件」てやつだ!
 「ははは……どっちが正しいんでしょうねぇ」
 「……」

 「それはそうと、さっきいちどここに来ていたことに気付いてましたか?」
 「何だと!? 冗談も程々にしろよ。あんたが幻覚を見てるんじゃないのか?」
 「全員が見ているのにですか?
 じゃあ逆に夢だと思っていたことが全て現実に起きたことだったとしたら?
 拡張現実という可能性は考えたことはなかったんですか?」
 「何が言いたい?」
 「さっき言った通りですよ、俺たちは今まさに落とし穴に嵌った状態なんじゃないのかってことです。
 それにあのニセ検問の二人の様子がコロコロ変わってることに疑問は?」
 「それはあるな、さっきのはいくら何でもバカ過ぎだろとは思った。奴らの状況はある意味典型的だ」

 「じゃあ一旦解散した後あいつらはどこに行ったと思いますか? 徒歩で。そしてその後道具も車もないのに普通に検問詐欺を続けようとしていた」
 「オイ、まさか」

 「確証はないんですが、替え玉か欺瞞情報の押し付けがあったと考えるのが妥当でしょう。俺たち全員に対してです。
 それに奴らは最初に会った後なぜか俺の家に直行していた。そこを息子の嫁が現行犯逮捕して通報した。
 その経緯はご存知でしょう」
 「ああ、確かに不自然だな。しかしやり方があまりにもずさんだ」
 「ええ、不自然ですね。本当に」

 「ところで刑事さん、あなたは今回の一件をどうしたいとお考えですか?」

 「どうしたい、とは?」
 「刑事さんはコイツらを連行、俺は家に帰る、今はそれで良いでしょう。その後の現場検証はどうするんですか? ここにはアジトもある。チームで来る必要があるでしょう。そこで何かあって“なかったこと”にでもされたらどうなるんです?」
 「どうにもならんだろう、不可抗力だ」

 「どうして不可抗力なんですか?
 それじゃあ俺とこんな問答をしている意味は何なんです?
 本当なら応援を呼んでとっととあの二人を署に連れ帰るところでしょう。
 俺の家に不法侵入して窃盗をカマそうとした件もあります。そっちも今は放置でしょう。
 現場の確保はしなくて良いんですか?
 それに奴らこの状況なら記憶にないって言いますよ、絶対。
 状況証拠、揃えられるんですか?」
 ぐはぁ、喋りすぎて酸素が欠乏しそうだぜ! 慣れないことはするもんじゃねえな!

 「クソ……面倒な奴だな、つまり全部見なかったことにしてさっさと帰れって言うんだろ?
 この歩く不可抗力め!」

 え? 何でそうなるの? 何か誤解されてないか? コレ。

 「刑事さん、俺はある意味ここの関係者ですけど、どちらかというと外部の者です。
 だからこの話に関しても他意はないですよ。
 言わせてもらうとね、俺もこのアタマから油をかぶって火だるまになったばかりなんですよ。
 だから刑事さんにはなるべく協力したいなと思ってるんです」
 細かい点は抜きにして、大体ホントだから。
 「だから刑事さん、なかったことにするのは待ってもらえませんか?」
 「俺は何も知らんぞ」
 大根役者だなぁ。

 俺はしばらく置いてきぼりにされていたニセ検問ズに声をかける。
 「なあ、お前らさ、このままなかったことにされるのとフツーにタイホされるのどっちが良い?」
 「なかったって、無罪放免にしてくれるってこと?」
 「いや、普通に考えたら始末されるってことでしょ。お前らは初めからいなかったってことになるな」
 「ひ、ひ、ひぇぇぇ何卒お許しをぉ」土下座シュバッ!
 「おい、勝手に話を進めるな」
 「刑事さんが雑談ばっかしてて被疑者を放置するからですよ。じゃあここからはバトンタッチですね」
 「クソ……後で覚えてろよ」
 「お前らにはこれから署に同行してもらう。良いか、命が惜しいなら俺の指示通りに行動しろ。でないとどうなるか分からんぞ」
 やっぱこの人怖えな! 本職じゃねーの?
 「こいつらは路上で検問してたところを偶然通りかかった俺がふん捕まえたことにしてやる。その代わりあんたん家の空き巣未遂はなかったことにして欲しい。良いか?」
 「問題ありませんよ」
 「よし、解散だ。後は好きにしろ」
 「ありがとうございます」
 本当は第三者が立ち会う状況で色々と実験してみたかったけど、この刑事さん対応を誤ると色々ヤバそうだしこれで良しとするか……

 かくして刑事さんとニセ検問ズは警察署へと戻った。

 ここで携帯を確認。
 “2042年5月10日(土) 14時56分”
 ……さてと。


* ◇ ◇ ◇


 この時間。
 そもそも最初に確認したときはまだ2時を回ったとこだったからな。その後のあれこれを加味して考えてもまだ3時前って時間じゃない。

 まず思ったのは俺に見せるためにわざとやってるんじゃないのかってことだ。
 何かを伝えるだけだったらこの前みたいにホラー感タップリのSMSでも送り付ければ良いんだ。
 何で俺が携帯を見るなんて思ったんだろうな、とそこまで考えて何となくだがその理由には気付いた。


 まずは考えよう。いつもの一人反省会だ。

 このシチュエーション、俺の主観以外が入り込んだ場って意味では十分に一考する価値があるからな。


 まずは刑事さんか。
 あの刑事さんもマトモな風を装ってたが、言動は頭おかしいんじゃねーのとしか言えない内容だった。
 だってさ、なかったことにするって何だよ。
 じゃあ刑事さんは何でなかったことにされてないんだよ。

 それは刑事さんがなかったことにする側だからだ、とまあ普通に考えたらそうなるとこだけど……あの刑事さん、俺について何か勘違いしてるっぽい感じだった。
 多分、あの頭おかしい中二発言もその勘違いがあってのものだろうな。

 それにしてもすげーマシンガントークだったぜ。
 あんなやべー奴にお仲間認定なんてされたくねーぞ。
 何だよ、“楽に死ねる方法ならいくつかある(キリッ)”ってさあ。
 俺ってもしかして怪しいオカルト宗教、いや下手すると悪の秘密結社の幹部とか思われてんのかな。
 舎弟にしてくだせえとか言われたらたまったもんじゃねーぜ。
 よし、今度からかってやるか。アイパッチと付け髭と葉巻とベレー帽用意しとこ。うひひ。


 それはさておき、腑に落ちない点は他にもある。

 何か途中から巻きが入ってなかったか?
 そしてそのままハイ解散だ。あの二人を連れてだ。

 はっきり言って俺の相手をするのがイヤになって逃げ出した様にしか見えないぞ。それか撤退する時間が予め決まってて時間が押してたとか、そんなとこだな。

 途中でこっちから無理矢理話題を変えたり思わせぶりな匂わせ発言をしたり、俺も結構悪ノリしちまったからなぁ。
 俺が目を合わせるのを避けてたのはどう思っただろうな?

 遠い目をしながら「フン、成程不自然だ。ところでチミはどうしたいのかね?」と呟く俺……あかん、まるっきり悪の幹部や。

 ニセ検問ズの二人は知らんが、刑事さんは何かの影響を受けてたにせよ頭おかしいのは元からっぽかったからな。
 見かけによらず妄想癖が凄そうだ。
 去り際がさ、フ……取引成立だぜ……さらばだ(シュタッ!)
 みてーな感じだったからな。
 ここに関しては警察って立場上色々経験済みらしいし、「なかったこと」にされてないということは使いっ走りとして重宝されてるのかもしれないな。立場的に。
 多分そういうポジの人なんだな。

 確か覚えてろよって言ってたよな。
 よし、やっぱ後でからかってやろ。うひひ。


 刑事さんの次はこの廃墟だ。
 ここ、廃墟がデフォルトの状態なのかな?
 まあ世に出回ってる公的なデータは全て廃墟で統一されてるからな。

 問題はいま廃墟の中に設営されているアジト……というか簡易テントだ。
 このテント、難民キャンプとかみたいな居住性のあるやつじゃなく、雨の日でもアウトドアで読書もBBQも出来ますみたいなホントに簡単なやつだ。

 これは奴らが商売するだけの目的で設営したのか?
 奴ら車持ってたし、ひと儲けしてずらかるつもりだったら車中泊でもすれば良いんだ。
 そもそも奴らはどこから湧いてきた?
 前に俺が来てからまだ1週間も経ってないんだ。
 いや、下手したら3日と経ってないだろ。覚えてねーけど。

 疑問はもうひとつある。この場所はさっきまで廃墟じゃなかった。
 そう、奴らはここで検問ごっこをやってたんだ。
 その時のここは普通に山林とフタなし側溝とガードなしカーブが恐怖心を煽る、地方の寂れた道路だった。
 人知れず、なおかつ怪しまれずに何も知らない一般人を騙くらかすにはうってつけのシチュエーションだ。
 理屈は分かる。だが何で山道で検問詐欺なんだ?
 あの二人はたまたま捕まってここに都合良く連れてこられただけなのか?
 後でどうなったか本人たちに聞けるかね。


 最後に俺。
 俺の左手には手錠がはめられ、そこからロープが伸びている。もちろんその端はどこにも繋がっていない。みんな帰ったからな。
 後先考えないでやったけどまるで脱獄犯だな。……いや良いか、わざとこうしたんだ。

 ………
 …

 ……アジト、手錠、ロープが消えた。

 携帯を見る。
 “2042年5月10日(土) 14時57分”
 キッチンタイマーかいな。

 急に身体が自由になったぞー、よーし、しぬぞー!
 ケッ、ざまあみろだ。バーカ!


* ◇ ◇ ◇


 しかし手錠とロープも無くなったんだ。刑事さんとニセ検問ズはどうなったかね。
 俺がしてた手錠は懐から出してたからな。コレ戻ったりするのか?
 いや、初めから懐にあってそこから出したつもりになっているはずだから元通りになるだけか。
 今までの流れからすると刑事さんも怪奇現象って認識を出てないからな。下手すると躊躇なく死んでたかもな。
 みんな、今から死のーぜ? イェーイくらいのノリで。
 多分今頃愕然としてるだろうな。

 しかし小物は戻るけど人間とか車はそのままか。
 それでいて土地全体が置き換わって見えるとか、手錠みたいに複数人が特定個人の持ち物の存在を共有して認識するとかそういったことも起きている。
 嘘と現実が混じってる状況がどういう理屈で成立してるのかは未だにはっきりしない。
 しかし第三者がいてもこうなるってことは、複数人数が揃ったときの方がむしろ状況が分かりにくくなると言えるだろうな。
 電脳ハックみたいなのを予想してたけどこれはそういった概念とは全然別のものだな。決めつけは良くないから多分が付くけど。

 念のため確認だ。
 時報にかける。繋がった。携帯と同じ日時。
 
 車に戻って持って来た物を確認する。
 検められた痕跡はあるが無くなった物はないな。
 こういうとき自信を持ってよし、と言えないところがもどかしい。
 検めたのは刑事さんか、はたまたあの二人か。

 まあいい。しかし参ったな。余計なイベントのせいでもう3時だ。
 出直すか? また何か起きないとも限らないからな。
 いや、折角お泊りセットまで用意したんだ、行ってみるか。

 そうだ、その前に息子に連絡しとくか。
 “刑事さんとニセ検問は戻った。俺はちょっと廃墟に用事があるので残った。時間が時間なのでこのまま車中泊するかも”……と。
 “デンデロデロレロリーン♪” 返信早っ!
 “分かった。ところでウンコはどこでするの?”
 うるせぇ、ご想像にお任せしますだコノヤロウ!

 俺は大荷物と共に再び廃墟に立ち入った。

 ちなみにここで出してたらその後どうなったんだろ。
 ……何かイヤな考えになっちゃったよ。うげぇ。


 さて、気を取り直して明るいうちに周囲を見ておこう。
 俺が躓いて転んだ辺りを確認。
 ここがマシン室なら多分床は二重になってた筈……いや、これは普通の床だな。
 おろ? 窪みが出来てるぜ……?
 建屋の規模を確認……やはり小さいな、それに中庭もない。
 敷地もずっと狭いぞ。
 やっぱりここは親父の会社の跡地じゃないな。
 そしてやはり例の一件の事実関係は要確認だ。
 前はちょっとあれだったけど今なら息子にも聞けるからな。後で確認だ。

 空を見る。まだ明るい。
 そういえば最近雨降ってないよな……

 よし、詰所に行ってみよう。
 詰所の周囲を確認。連絡通路はあるが単純な渡り廊下。
 それに柱も屋根も朽ちて床面が吹きっ晒しだ。
 土台を見るに木造の柱が並んでいたっぽい感じだ。
 蔦はやはり復活しているな。なので速攻でチョキチョキした。
 ここを見るとやはり夢から醒めた先もまた夢なんだという感覚になるな。
 しかし今はまだ嘘と現実の混在も可能性の範疇にある。気を付けよう。
 ドアを俯瞰する。
 羽根飾りの意匠はない。アレは何だったんだ?
 ドアノブに手をかけ、ゆっくり回す。動いた。

 懐中電灯を点け、ゆっくりと開ける。

 ギィ……
 
 少しずつ開け、中を見る。ドアは閉めない。
 暗いが、真っ暗ではない。
 ……普通の事務所だ。ただ……以前見たときと違い、俺が知っている詰所ではなかった。

 ………
 …

 「おい」

 「おわわっ!」

 びびびびっくりしたァ!

 突然後ろから声をかけられ口から心臓が飛び出そうになる。
 久し振りに三途の川の向こう岸が見えたぜ!

 恐る恐る振り向くとそこには刑事さんが立っていた。
 ちょ、アンタ何でここにいるの!?

 「ちょっと刑事さん、驚かさないで下さいよ。危うくあの世に旅立つところでしたよ」
 「何? むしろその方が良かったんじゃないのか? 今のもう一回やるか?」
 「いや結構ですから! 一体何なんですか!」

 「二人がいなくなった」

 「は? まさか逃げられたんですか?」
 「違う。俺の前から忽然と姿を消したんだ。パッとな」
 何じゃそりゃ?
 「刑事さん、あなた相当ですね」
 「あんたほどじゃない」
 何? その謎評価。俺って相当なナニな訳?
 まあそれは後でゆっくり追求するとしよう。
 「それでここへは何しに?」
 「あんたに話を聞くためだ」
 「俺から話せる様なことは特にないですよ?」
 「何を言うか。さっきあれだけ関係者を匂わせといて」
 あちゃー。

 「ところで刑事さん、気付いてましたか?」
 「何にだ?」
 「刑事さんが俺にかけた手錠、懐に戻ってますよ」
 「何だと!?」ガサゴソ。
 「なっ!?」あったよー。
 「ロープも戻ってる筈です。アジトももうないですよ」
 刑事さんの表情が恐怖に染まる。

 「おい……あんた……何をした?」
 へ? 聞きたいのはこっちなんだけど。
 「頼む。見逃してくれ。俺には身重の女房と10を筆頭に5人の子供がァ」
 わお、子沢山。今のご時世に6人は凄いね!
 じゃなくて!
 「ちょっと、さっき楽に死ねる方法ならいくつかある! とかわめいてた勢いはどこ行ったんですか!?」
 「だってしょうがないだろう、あんたと対等に話すにはソレしかないと思ったんだよォ!」
 やべぇ、こりゃちょっと調子に乗り過ぎたか!?
 「まずは落ち着いて下さい。こんなに腰の低い俺があなたに何かすると思いますか?」
 「えっしないのォ?」
 ぐえっイキナリ掴みかかるなよ! 何だこれ!
 「イヤ、だからさあ」
 だーッ、面倒くせぇ!
 くっそォ俺今日何しに来たんだっけ!?
 悪いのは自分だけど!
 てか今めっちゃ重要な局面なのに何この展開ィ!

 「あ」
 あ? 何?

 「ア゛・ア゛ア゛ウ゛ォェェ……」
 「グウ゛ォエァァァ……」
 「ギャゴア゛ア゛……グギェッグギェッ……」

 「うわあああああああああなに、なに゛ごれぇぇぇ!!!」

 失禁しながら最大限の恐怖の叫び声を上げる刑事さん。
 もう腰砕けだ。
 開けっ放しにした詰所のドアの奥、つまり俺の背後から聞こえてくる不気味な唸り声。
 その視線の先を見ると今まさにあのゾンビの群れが迫ってくるところだった。

 「うぇっ、またかよ」
 俺はうりゃっというかけ声と共にドアを閉めた。

 「あ、あへっ、うひっ」
 刑事さんは失神してビクンビクンしていた。
 どーすんだこの汚物。

 “デンデロデロレロリーン♪”
 “デンデロデロレロリーン♪”

 何だ? またホラーメールか? しかも連発?
 携帯を見る。

 ん? 1通しか来てないぞ?

 “今すぐそこから逃げて!!! バカが来るけど無視だよ!!!”

 な!? 何だコレ?
 逃げるったって刑事さんはどうするんだ?
 それにバカって誰だ?
 刑事さんじゃないよな? これから来る感じだし。
 バカなのは確かだけど。
 着信音が2回鳴ったのに1通しか来てないってことは横取りか何かで上書きしたのか?
 そんなことできるのか?

 いやそれよりメールに従うかどうかだ……よし、ここは素直に逃げよう!
 刑事さんは連れてくしかないよな。荷物もあるが……ええい、火事場のクソ力だ!
 オシッコまみれを乗っけるのは嫌だがしょうがねぇ!


 ……と方向転換して片足を踏み出したそのとき――

 丁度そこにあった石に躓いてバランスを崩し……
 丁度そこにいた小柄な女性に思いっきりハグをかましてしまった。

 「きゃあああたすけてぇぇぇ……え?」

 またコレか…よ……!?

 反射的にバックステップして向けた視線の先にいたのは、俺と同じ赤い髪を持った少女だった。


* ◇ ◇ ◇


 《ビビービビービビービビー》
 どこか遠くから聞こえる警報音。

 前後不覚といった体で失神する刑事さんを見るやいなや、彼女は明らかな困惑の表情を浮かべた。
 次に彼女の視線は俺と刑事さんの間を行ったり来たりし始めた。
 頭上にハテナマークのエフェクトを付けたらしっくり来そうだ。

 黄色と白の派手なマント。頭には黄、群青、黒の羽根飾り、ど派手なピンクの具足。
 どこかで見た出で立ちだが、彼女の顔に見覚えは――
 いや、よく見ればコイツ……おろ? マントの下はセーラー服かよ。
 このヘンテコな格好、何かのコスプレか?
 羽根飾りは俺が持ってるやつと色が違うがホンモノなのか?

 俺と何か縁がありそうだが、考えるのは後だ。

 ……“バカが来るけど無視”か……よし。

 俺は前後にリュックと刑事さん、キャリーケースを片手に引っ掛け、呆ける彼女にひと声かけた。

 「俺は逃げるぞ」
 「カツ丼の恨みは怖いぜ。じゃあな、バーカ」

 今出来る目一杯の意思表示だ。

 「えっ? 何? ホンモノ!?」
 彼女の顔は見る間に恐怖に支配されていった。
 もはや目の焦点がおかしい。

 オイ、いくら何でもそこまでじゃないだろ!?

 ……と思ったのも束の間、どこからか聞こえてくる地獄の様な唸り声と雷鳴の様な地響き。

 空を見上げると夕暮れ時と言うには些か渋過ぎる錆色に染まっていた。

 俺は必死の全力ダッシュでどうにか車まで辿り着いた。
 そして休む間もなく刑事さんと荷物を放り込み、取るものも取り敢えず急発進した。

 俺が離れて間もなく、廃墟は猛焔に包まれた。
 続いて後ろからやって来る衝撃と「ドゴォーン」という爆音。
 それはいつか聞いた魚雷の爆発音よりも遥かに大きく強く感じられた。
 俺はハンドルを取られそうになるが何とか持ち堪える。
 バックミラー越しではあるが、その時燃え盛る火焔の中に辛うじて垣間見たもの、それは鳥とコウモリを足して2で割った様な翼と一本の鋭い剣角を持った爬虫類の様な巨大生物だった。
 それだけではない。廃墟の裏手付近からは猛烈な火柱が立ち昇り、まるで火山の噴火を思わせるような様相を呈していた。

 その後のことはよく覚えていない。
 俺は必死に車を駆り、数時間の後家に戻った。


* ◇ ◇ ◇


 家に着くと取り敢えず風呂に入る。
 刑事さんもしばらく呆然としていたがぶん殴って気合を入れてやると復活した。
 お漏らしを指摘してやると恥じ入ってゴニョゴニョしていたが、生憎とそういう需要はない。
 刑事さんを風呂場に放り込むと、適当に見繕った着替えをくれてやった。
 ちなみに刑事さんに何回か電話がかかってきたらしいが全て無視していた。
 どうやって応じていたのか全く分からなかったが耳に何か付けているのか?

 そうしてひと息付いた頃だ。
 俺も刑事さんもしばらく無言で、重苦しい空気が場を支配していた。
 刑事さんが寡黙なのはいつものことであり、決してお漏らしを恥じてのことではない、というのは本人談だがどうだろうな。怪しいとこだぜ。
 手持ち無沙汰そうにしていたので、車のシートの洗浄を頼んでおいた。

 しかしあの変な格好をした女子高生はどうなったんだろうか。
 メールで指示されるまま置き去りにしてしまったがあの状況では……いや、以前の如く何の前触れも無く現れたから逃げる算段はあったと、そう信じるしかない。

 ………
 …

 俺は暫しの間何も考えられず、呆然としていた。
 ……こんな体たらくじゃ刑事さんのことああだこうだ言えねえなぁ。

 “ピピピピピピピピ♪ ピピピピピピピピ♪”

 いくら何でもあれは夢だろ、そんなことを止めどなくただ繰り返し考えていたその時、息子から電話がかかってきた。

 『父さん、今度は何やらかしたんだ? いや、今度のはやらかしにしては度が過ぎるんじゃないか?』
 「あん? 確かにヤバイのは見たが何でお前が知ってんの?」
 『あ、そうか。テレビ見てテレビ。どのチャンネルでも良いからさ、早く!』

 テレビを点けるとどの局でもさっきまでいた廃墟に関するニュースを報じていた。


 まず、廃墟で起きた大爆発。俺の目には大噴火の様に映ったが、あそこは火山でも何でもないので他に表現が思い付かなかったのだろう。

 そして、そこから湧き出る何物にも形容し難い異形の怪物の群れ。
 警察と消防が連携して避難誘導をしているものの、怪物は既に近場の町周辺にも出没し始めているという。
 現地では自衛隊が出動して対処に当たっており大規模な戦闘も既に何回か行われたこと、怪物の中には戦車すら軽々とペシャンコにする様な存在が複数確認されているということ等々、具体的な状況が報じられていた。

 そして俺が帰り際に見た巨大生物が世界各地で目撃され、被害を出し始めているという。

 それは高度10万メートル付近の上空を第二宇宙速度のおよそ1.3倍という猛烈な速さで飛行し、その長く伸びた角からひとつの都市を一撃で焦土と化す程の青白いエネルギー波を放射して見せたという。
 運動エネルギーも凄まじく、ただ低空に侵入するだけで激しい気圧の変化に加え津波や地震といった天変地異を周囲に引き起こした。
 それを止める手段を人類は持ち合わせておらず、その気になれば本当に地球全土を一夜で灰にするのも容易いとおもわれた。

 太陽の様に光り輝き明るく地上を照らしながら飛ぶその姿はさながら不死鳥の様であり、絶望の象徴として既に世界に広く知れ渡っていた。

 ただ報道の内容を総括するとヤバイのはその一匹で、廃墟から溢れ出ている方の怪物共についてはわりかし冷静な対処が出来ている様だった。
 その中に空を飛ぶタイプの奴がいなかったというのも善戦出来ている要因らしい。
 これは結構意外。いや実際俺が出くわしたのはあのゾンビ位なんで、上から目線で言うのもおかしな話なんだけどさ。
 現場で恐怖に負けず奮戦されてる方々にはホント、リスペクトしかないぜ。
 これが総崩れとかになったら某国のICBMが飛んで来てもおかしくない状況だからな。


 そして俺の住む街でも避難勧告が出ていた。
 どうやら携帯の緊急通知は機能していない様だ。
 こんなに静かなんだ、教えてもらわなきゃ分からんわ。

 しかしどこに逃げろっつーんだ。
 アレが来たらどこにいたって死ぬだろコレ。
 ていうかコイツラどこから何しに来たんだろ。

 「おい、こんなん俺がどうやってやらかすんだよ」
 『だってさあ、そもそもの発生場所ってあそこだろ? 父さんがやらかさなかったら誰がやらかすんだよ』
 何てこった。俺の信頼はその程度だったんかい!

 にわかに外が明るくなり、刑事さんの情けない悲鳴が聞こえる。
 おいコラ、お漏らしはもう勘弁だぜ?
 今着てんのが俺の服だってこと忘れんなよ!?

 「俺は何も知らんぞ」
 ガリガリとノイズが入って通話が途切れそうになる。
 『知らなくたって関係はあるだろ? また何か変な目に遭ったんじゃないの?』
 「またって……お前まだ何か隠してるだろ。刑事さんとつるんで何かしてたんじゃないのか?」
 『今はそんな話してる場合じゃないよ』
 「まあ良い、実は刑事さんも今ここにいるんだ。そっちに聞けば良いだけの話だ」
 『えっ? 帰ったって言ってなかった?』
 「戻って来たんだよ、あの後。しかもニセ検問の二人がいなくなってた。話せば長くなるんだけどな」
 『何それ?』

 「なあ、前に俺がチカン容疑でしょっ引かれそうになったときに一緒にいた女子高生がいただろ?」
 『何だよ急に。ああ、いたな。自称被害者だろ。俺たち先に帰ったから後のことは知らないぜ?』
 「もう一人、爺さんがいなかったか?」
 『いや、いなかったな』
 「初めからか?」
 『初めからだよ。何なの? 一体』
 「いいから黙って答えろよ。それでその女子高生はお前の知り合いか?」
 『いや、違うよ。何で先生でもない俺に女子高生の知り合いがいるのさ』
 「じゃあ刑事さんとお前は知り合いだったのか?」
 『ああ、刑事さんとは旧知の仲だよ。
 あれ? 逆に父さんは知らなかったの?』
 「ああ、あの時が初対面だった。そして何か俺に対してあらぬ誤解を与えてしまったらしくてな、何かに酷く怯えてるんだよ」
 知らなかったのか忘れたのかは分からんけどな。
 『それは何か変だな。だってあの刑事さん、父さんがえらくリスペクトしてた詰所おじさん(通称)の息子さんなんだよ。
 それにさ、俺だって父さんにくっ付いて行動してたらいつの間にか知り合いになってたんだぜ?』
 えーーーまーじーでーーェ!?
 イカン、びっくりし過ぎて20世紀の女子高生みてーな驚き方になっちまったぜ。
 「マジか!」
 『あれ? おじさんの葬式にいただろ?』
 どーも話の辻褄が合わねーぞ。
 そんな機会あるか分からんが要チェックか。多分刑事さんサイドだな。やっぱあの女子高生も一枚噛んでたな?
 案外黒幕だったりしてな? 木っ端微塵になってたらもう確認できねーけど。
 しかし、詰所のおっさんはやっぱり既に鬼籍か……残念だぜ。

 『あっ』
 「どうした?」
 『そういえば父さんはおじさんの葬式にいなかったな』
 おっと!?
 『アレだよ、前に片付けたアレ』
 若ぇヤツがアレとかソレとか言うなし。
 だが俺は空気が読める男なのだ。
 「ああ、アレか」
 『アレは刑事さん繋がりの案件だったからな、例の特……ゲフンゲフン、絡みだったらあり得ると思うよ。
 それと、さっき父さんが言ってた女子高生も怪しいね。
 だってさ、今どきセーラー服なんて存在すら認知されてないマニアックなファッションだからね。
 時代モノか軍隊系のコスプレでもない限り着ようなんて物好きはいないと思うよ』
 おお、一気にゲロったな?
 俺は空気が読めるんだ、まあお前のことは信じといてやるぜ。

 「ところで今日の一件の直前に俺の携帯に“今すぐ逃げろ”ってメールした奴がいたんだが、今の話の流れだとお前じゃないな?」
 『何言ってんだ、当たり前だろ。そんなの発信者見たらすぐ分かるじゃないか』
 なるほど、じゃああれはやっぱり“彼女”か。
 それに“彼女”とあの女子高生が同一人物である可能性はこれで無くなったな。
 「発信者は分からん。発信の種別は通信キャリアの通知だった。まあ偽装だろ。
 ……あ、今の話で思い出したわ。お前のスマホってどこで買った?」
 『何だよ、それも今する話な訳?』
 「今しなかったら一生しねーだろ」
 『ていうかコレ父さんからもらったんだぜ? 忘れたのか? 俺払ってないよ、料金』
 「な、何だってェー(棒)」
 フツーじゃねえから、ソレ。
 『父さん、心の声』
 「いや忘れてたのはマジだけどそんな気はしてた」
 お持ち帰り品の一件とセット案件か。
 まあうまいこと使わないとな。
 『落書きの件と一緒なんだね?』
 おお、鋭い!
 「俺に言わせれば7日の件な。
 そして今のコレが何とかなるんだったら、今日も多分7日と同じになるんだろうな。イヤ、期待を込めての話だけど」

 ただ、今度は俺の周りだけの話じゃない。
 相手は世界全部だ。そんなことあり得ないよな、さすがに。
 だがその時のための備えはちゃんとしておきたいぜ。

 『じゃあ今日の証拠も単に書き残すだけじゃダメそうだな。
 何か別な方法を考えないとね』
 貴様エスパーかァッ!

 『あのさ父さん、もうちょっと緊張感持てないの?』
 ですよねー。

 ………
 …

 息子との現状確認の電話はその後も長々と続いた。
 刑事さんもご家族の了解をもらって加わってもらった。
 ちなみに刑事さんの仕事がどうなったのかは聞いてない。
 どうやら居残り組の見回りとか適当な名目でフケたみたいだ。
 ちなみにあの二人は普通に留置場で大人しくしていたそうだ。

 テレビでは総理大臣の会見やら何やら色々と流れている。
 だが家の中では現実感が無く、何か別世界の出来事の様に感じられた。
 俺たちがしてる話の方が余程荒唐無稽であるというのにだ。
 全く、頭がおかしいぜ。

 そして結局俺も避難勧告には従わなかった。
 何やら息子の嫁さんと孫も付き合わせてしまったらしく、何だか申し訳ない感じになってしまった。
 刑事さん曰く、俺みたいに和を乱す市民がいるってだけで全体の負担やら担当者の目の届き具合が凄く変わってくるから、本当に迷惑千万な行為なんだとか。
 イヤスマンね、刑事さんじゃなくて警察・消防の皆さん。


* ◇ ◇ ◇


 ようやくひと仕事終えて一人で落ち着いた状態になった。
 刑事さんは車がないので俺が送迎だ。一般人に外出させる訳にもいかないしな。
 まあ俺も一般人なんだけどさ。
 喪失したのはパトだから刑事さんちの車は無傷だ。
 刑事さんのお宅では家族が総出で待っており、何か感動の再会みたいなシーンになってむず痒かった。
 ちなみに服は返さなくていいぞと念を押しておいた。
 もし次があったらイジり倒してやる。公開処刑だぜ。うひひ。


 さて、あの後刑事さんから聞いた話はこうだ。

 件の女子高生は案の定、刑事さんとグルだった。
 お漏らしバレをチラつかせたら簡単にゲロったぜ。
 このネタ、しばらく使い回せそうだな。
 ただ、だからと言って怪奇現象と無縁かと言ったら全然そんなことはなく、裏側を知るとむしろ何でそうなるの? となる様な話だった。

 まあかいつまんで言うと俺の認識と大分違ってたってことだ。

 まず、刑事さんはあの女子高生が何者かを全く知らなかった。
 予感していた通り動かされていたのは刑事さんの方で、彼女の正体は未だ不明ということだ。
 だから「女子高生」なんていうのも単に見た目の感想から来るニックネームみたいなもんで、実際何歳なのかなんて全く不明だ。
 とはいえ上下関係と言う程の心理的拘束はなく、お漏らしネタひとつでコロッと見限る程度の関係性だった様だ。

 そもそもの発端は刑事さんが親父の会社の関係者だったってことに目をつけた女子高生がでっち上げを持ちかけたことだった。
 普通ならそんな話受けないし何なら親御さんを呼んで厳重注意するところだ。
 しかしこの刑事さんは自分でも言ってた通り、仕事柄あの廃墟にまつわるオカルトチックな出来事に実体験として遭遇したことがかなりあった。
 しかも大体はちゃんと覚えていて問題意識も持っていたから、うまいこと口車に乗せられてしまった様だ。
 コレ公に仕える人間としちゃ失格だろ。

 一方、予め俺がそこに来るのを知ってたかどうかってとこはよく分からなかった。
 その女子高生の提案が“網を張って待ち伏せる、誰でも良いから来たらしょっ引く、尋問と称して本人の情報を根掘り葉掘り聞く、これを繰り返せばそのうち当たりを引く”という、何ともまあ行き当たりばったりなプランだったからだ。

 そして通報者。
 この事件は電話を通した通報ではなくパトロール中の刑事さんが偶然通りかかって現行犯逮捕した、ということになっていた。
 さっき分かったことだが、そもそも詰所のおっさんは故人だ。
 これに関しては俺が誰かに見せられたものという可能性もある。
 何が目的なのかは知らないが、あの後の変な体験と双眼鏡で見せられた別な映像も始めから全てリンクしていたのかもしれない。
 それがこの案件の一部なのか、あるいは別の動き――多分“彼女”だな――が偶然クロスオーバーしたものなのかはここでは判断がつかなかった。

 ただ、おっさんは女子高生を介抱していた筈だ。あれも夢か何かだったのか?

 もうひとつ気になるのは刑事さんが息子に予め連絡をとって呼び寄せていたところだ。
 これは被疑者が俺だと分かって息子を使って何か聞き出そうとした、ということを昼間の段階で聞いていたから別段驚きはなかった。
 しかしこの点には疑問が残る。刑事さんが俺にビビっていた理由だ。
 ついでに言うと今日見た女子高生も何かにビビっていた。
 最初はコイツも俺を見てビビっていたのかと思ったが、よくよく思い出してみると目の焦点がおかしかった。
 確証はないが、あのとき女子高生の方は“彼女”に遭遇していたのかもしれない。
 あるいはまず俺と同じ様に詰所のおっさんとの邂逅があって、心霊的な経験と勘違いしたという可能性もある。
 まあこれは聞いた訳ではないのであくまで俺の想像だ。

 刑事さんは俺の素行を軽く調べていたみたいだが、時系列的に考えると女子高生に話を持ちかけられるより前でないとおかしい。
 
 この点を刑事さんに問い質すと意外な答えが帰って来た。
 刑事さん自身も廃墟の存在に疑問を持ち調べていたが、詰所のおっさんから親世代の家族が全員行方知れずになっている俺のことは時々聞かされていたらしい。
 何でも“あのシステムを最も理解する人間のひとりだ”とか“最後の生き残りなんだからそっとしておいてやれないものか”とか零していたそうだ。
 この話を聞いた俺は身震いした。
 最も理解するって、いくら何でも買い被り過ぎじゃないか?
 特殊機構とやらの存在すら知らずにいた俺がそんな第一人者みたいな言われ方をする程だとはとても思えんぞ。
 第一俺があそこに絡んでたのはガキの頃で、親父が行方知れずになるまでの短い期間だ。過大評価にも程がある。
 しかし、そんなことよりも気になるのは最後の生き残りってキーワードの方だ。
 俺が絡む事件といえば電源が落ちたアレだ。アレがそんな大惨事だったのか?
 それを言ったら今まさに進行している世界の危機は何だ?

 刑事さんは言う。
 「あんたはその悪魔的な組織の復活の成否を握る最後のカギなんじゃないのか?
 仲間内では何やら特別扱いされていた風なことも聞いたぞ」
 ……その言葉に俺は口をあんぐり開けてただ呆れるしかなかった。
 そりゃあガキが来たら大人と違う対応をするに決まってるだろ。
 もし俺がそんな人間だったら今頃黒服を着たイカツイ連中に拉致られとるわ。
 
 あの女子高生もその話を真に受けていたのか?
 いや、話を持ちかけたのは女子高生の方が先だから刑事さんとは別な動機があったことは確実だ。
 しかし話を総合するに、端から俺を調べるつもりがあった可能性もあったと考えるべきだろう。
 俺と同じ髪色の人間なんてそうそういないからな。

 素性も全くの不明だし彼女が絡んで来た動機は分からんな。
 “彼女”にバカと言われてた点が若干気にはなるが……
 俺も他人のことをとやかく言えた立場ではないが、刑事さんも迂闊なことをしたもんだぜ。

 ただ、最後に息子との会話の内容を刑事さんに漏らしたところでまた大きな難題が投下された。

 「俺のオヤジならピンピンしているぞ。何を言ってるんだ」

 クッ……この刑事さん、何かシンパシーを感じるぜ(お漏らし以外)……

 俺たちにもはや議論を続ける気力は無く、きっと明日も世界は続くだろうと確認しあって長い反省会はお開きとなった。


 明日がどうなるかは分からんが、人事はまあ尽くしたと言えるだろう。

 俺はいつも通り仏壇に手を合わせ、安らかな気持ちで床についた。


* ◇ ◇ ◇


 ………
 …

 何だ? 周りが騒がしいぞ……
 ……あれ? 何でこんな場所に……?

 それは唐突に始まった。

 気が付くと俺は、咆哮と砲声が木霊する戦場の真っ只中に立っていた。

 ここはあの廃墟だ。
 元々ボロボロだった建屋はもはや跡形もない。勿論、詰所もだ。
 あの女子高生は無事だろうか。見たところ姿は見当たらない。

 地面は真っ黒く焼け焦げ、火柱が立った場所に開いた穴からは不気味な姿をした怪物たちが今もゆっくりと這い上がって来ていた。

 これだけの緊急事態だというのに何か夢の中にいる様なフワフワした感覚だ。
 実際、これが夢だったらどれだけ良いか――

 意識が再浮上する。
 周囲を見るとあのゾンビの群れがどこからか現れ始めていた。

 ゾンビたちは毒に穢され汚泥と化した地面からゴボゴボと音を立て次々と絶え間なく湧き出し、のそのそと這い出して来る。
 このゾンビたちはどこかで不本意な死を遂げた人たちの怨霊なのだろうか。
 訳の分からない叫び声の中に時折悲しげな呻き声が入り混じり、彼らは次なる犠牲者を求めて彷徨い歩いて行く。

 群衆と化したゾンビたちが津波の様にこちらへと押し寄せて来る。
 遠くから誰かが「おい、諦めるなよ! 今助けてやるぞォ」と叫ぶ。

 ――何だ?
 咄嗟に逃げようとするが身体の自由が利かない。
 それどころか勝手にゾンビに向かって駆け出し始める。

 遠くから叫ぶ声。同じ人だ。
 「!? 何をやってる! 逃げろ、逃げるんだァ!」

 そのまま俺、いや俺の身体は勝手に腰に佩いた透明色の小剣を抜いた。
 そして祈る様な正中線の構えから右後方に向けて溜めを作り、体幹を軸にして横に軽く凪ぎ払った。

 その剣旋から生じた白銀色の波は音も無く周囲に拡がり、ゾンビたちは声を上げることもなく青白く輝く光の粒となって溶けるように姿を消した。

 間を置かず毒の沼池の縁に立つと剣先で地面をトンと叩く。するとそこから淡い輝きが見る間に拡がって行き、数瞬の後には汚泥が元の地面へと姿を戻した。

 周囲から歓声が湧き上がると、再び砲声と怒号と咆哮が支配する戦場の喧騒が戻って来る。

 後退する戦車に向かい刃渡り10メートルもある鉈を振り上げるタコ……いやイカの様な八本足の巨大な怪物。
 その怪物に向かって地面を勢い良く蹴り、どこからか出した身長程もある盾を構えながら突貫を仕掛ける。
 激突した瞬間、物理法則を無視してドズンという重厚な音が響き渡り、周辺の空気が鳴動する。
 衝撃でイカはたたらを踏んで鉈を取り落とし、そこへ轟音と共に至近距離から発射された徹甲弾が直撃。
 胴体に風穴を開けられた巨大イカは体液を撒き散らしながらズシンと倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 そうするうちに小型の怪物も次第に数を減らして行き、いつしか穴から這い出してくるものもいなくなっていた。

 勝利は目前だと思われたそのとき、にわかに視界が明るくなりまた暗転する。
 少し遅れてやって来た凄まじい衝撃波が付近に展開していた自衛隊の陣地を直撃する。
 しかしそれは金属を削る様な甲高い音を響かせながら何かに衝突し、せき止められた。

 上空でホバリングしていたその巨大生物は相手を仕留め損なったと見るや自慢の角にエネルギーを集中する。
 次の瞬間、俺の視界にその巨大な顔が見切れる程のどアップで飛び込んで来た。
 あまりのことに頭の理解が追い付かなかったが、直後に角の根本へと剣を突き立てた所でようやくジャンプして巨大生物の頭に飛び乗ったことに気付いた。
 しかしそれに構う素振りもなく、巨大生物は爆発的に加速しながら急上昇を始めた。

 そこで視界が霞み、再び意識が微睡み始める。

 ここに来てようやく理解する。
 これは……“彼女”が見た光景か――

 ………
 …

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