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………
…
「う……」
何か身体が重い……
頭がズキズキするし気分も最悪だ。
しかし気にしている時間はないな。今日は事前調査兼実験だ。
また何があるか分からんので用意したものは全部持って行く。
そして最初を除いたら毎回持ち歩いていた羽根飾りも置いて行くぞ。
そもそも持って行っただけで何か起きるなんてことがあるのか分からんけど、考えてみたら今まで何で「持っていかないとダメだ」なんて考えに囚われていたのかね。
……あれ?
仏壇にしまっていた羽根飾りがいつの間にか無くなっていた。
……何かおかしい。
携帯を見る。
“2042年5月10日(土) 14時56分”
は? 3時前!? 俺こんなに寝てたの!?
ガタン!
その時庭の方で物音がした。
◇ ◇ ◇
何だ? 客か?
俺みたいなジジイに何の用だ?
などと呑気なことを考えている間も外からガサゴソする音が聞こえて来る。
こりゃ空き巣か何かか?
爆睡しててカーテンもこの時間まで閉めっ放しだからな。
そりゃ留守にも見えるか。
俺はカーテンの隙間から表を覗いた。
ん? 午後3時にしちゃあ陽射しが明るいな。
まあ後で考えるか。
という訳で物音がした辺りを確認する。車庫付近だな。
すると誰が見ても「あ、オタクだコイツ」という感想が出て来そうな風体の青年がタブ片手に車の周りをウロチョロしていた。
こりゃ車上荒らしかね。今丁度荷物満載な感じだしな。
人は見かけによらんとは言うけどコイツはまあ弱いだろ。
俺は外に出てとっちめてやることにした。
「おいテメエ! ウチの敷地で何してんだオラ!」
アカン、何かガラが悪い感じになっちまったぜ。
「ヒ、ヒエェェェーヤクザが出たぁ! お巡りさーん」
何だコイツ面白そうな奴だな。
「お巡りさんを呼ぶのは俺だバカヤロウ」
「オイ、ここで何をしている!」
来た来た、お巡りさん待ってました!
「すいませんこのオタク野郎がウチの――」
「お巡りさぁん、ボク今ヤクザに絡まれてるんです。お前金持ってるだろってぇ」
「何!? 恐喝かッ! 貴様ッ、署まで同行してもらうぞ!」
「やったやった助かったァ。ありがとうお巡りさぁん!」
「何、当然のことをしたまでだ。正義は必ず勝つのだッ!」
何でこーなるのォ!?
くっそォコイツらに正義の鉄槌をお見舞してやりたいぜ!
「オイ、あんたホントにお巡りさんなのか?」
「ギクッ」
お宅さん、心の声が漏れてまっせ?
「オシ、観念しろやゴルァ!」
おっと、どうしてもガラが悪くなっちまうな。
「ヒィィ、誰か助けてぇ怖いよぉぉぉ」
「オイ、大丈夫か!? 今助けるぞ!」
えっ? と思ったのも束の間――
「ぐぇっ……」
俺はスパーンと投げ飛ばされ潰れたカエルの様な呻き声をみっともなく漏らしながら取り押さえられた。
「よし、今警察を呼ぶぞ!」
だから何でこーなるのォ!?
この通行人、何か詰所のおっさんみたいな感じの人だな。
俺より若いから別人なんだろうけど。
ていうか俺の勘違いじゃなければ……
じゃなくて!
「ちょ、ちょっと待って下さい!
ここは俺の家でコイツらは俺の車のまわりでガサゴソしてた怪しい奴らなんですよ!」
「何だと? 証拠はあるのか!?」
「あっ、ないです」
「やったーこいつバカだぜーやーいやーい」
ぐぬう……コイツらいつか殺す!
「おい、この家と車はキミたちのもので間違いないな?」
「ハイッ!」
「よし、じゃあまずこのオッサンを片付けようか」
「はーい分かりましたぁ」
おい待て待て待て待てだから何でそーなるんだよォ!
「おいコラお前らさっきから何勝手なことを――」
「ボクたち今日はバイトで検問やってたんです!」
「この車は作業服とか交通整理のための道具の運搬車両なんです!」
「この建物は会社の詰所ですよ!」
うげぇ……カンベンしてくれよ……
頭おかしい祭りかコレ。
「よし、じゃあ署まで来てもらうぞ」
「はい?」
「たまたま今日は非番だったから私服だが、俺は警察の人間だ。大人しくしていれば手荒な真似はしない」
何だ? この有無を言わさぬスタンスは……
「さあ、行くぞ。君たちは詰所に入って休んでいなさい。
参考人として出頭を要請する場合は後日連絡する」
「ハーイ。やっとこさまったり出来るぜ」
「疲れたぁー」
コイツら……疲れたのはこっちの方だぞチクショウ!
「すみません、行く前に家族に連絡したいのですが」
「構わん。手短に済ませろよ」
携帯を出す。
“2042年5月10日(土) 14時56分”
その上に覆いかぶさる様にウィンドウが表示される。
「SIMカードを挿入して下さい」
なぬ!? しかも一分も経ってねえだと!?
ぬう、察したぜ。
「どうした。連絡しないのか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
急いでSIMを確認する。フタが開かねえ。
画面をタップする。応答がねえ。
再起動……ボタンが押せねえ。何だこれ?
「何だ? 何もしないならさっさと行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってて下さい」
「逃げるんじゃねーぞ」
こうなったら家デンしかねえ。
俺は急いで家に入った。
入ってまず目にしたのはメチャクチャにとっ散らかされた光景だった。
これでもかと思う位に収納という収納が開いて中の物が全部引っ張り出され、床に散乱していた。
何だコレ!? ゲームじゃねえんだぞ!
俺はキレた。
「おいテメーらヒト様ん家で何晒してやがんだゴルァ!」
めっちゃヤクザっぽい喋りになっちまったが仕方がねえ。
キレてんだから当たり前だ。
「ヒ、ヒィィィだずげでくだざびー」
「お、お巡゛りさーん」
二人は走って出て行った。
「クッソ……」
アカン、番号が分からん! ってあって良かった電話帳!
うーん、やっぱ俺ってアナクロ人間だぜ。
俺は悪態をつきながらも取り敢えず息子に電話をかけた。
『トゥルルルルル トゥルルルルル ……』
うーん……表のアレ、やっぱアノ刑事さんだよなあ。
そっかー今日は非番かぁー。
『トゥルルルルル トゥルルルルル ……』
* ◇ ◇ ◇
『はい、もしモし』
何だ? 違和感があるな……
「俺だけど。ちょっと大変なことがあったんだわ」
『俺さん、でスか?』
あっ! あー。
俺は察した。
「あ、もしかして番号間違えましたかね」
『ああ、やっぱりでスか。たまにかかってくるんデす、間違イ電話』
『この番号の昔の持ち主サんにかけたんですヨね』
「あ、はい。そうなんです」
『見つかると良いでスね』
探してねーし。
「ありがとうございます。それでは」
『あ、ちょっと待って下サい。せっかくなノで少し雑談でもしませンか? 袖触れ合うも何とやらデす』
まさかこの番号って毎回コレなのか? マニュアル通りなの?
コルセンみたいなとこでオペレーターが待機してたらそれはそれで怖えーな。
断りたいとこだが空気が読める俺は敢えて受ける。
「ええ、手短で良いならですが」
『ああ良かッた、それで結構でスよ。困ってイたんでスよ、前の持ち主さんへの電話が多クて』
「なるほど、具体的にはどの様な?」
『例えばでスね、今日の様子はどうだ、トか』
「何ですかそれは?」
『いえね、私にモ何の話なのかさっぱりなんですガね』
『他にもあるんでスよ。羽根は見つかったか、なんてのもありましタね』
「ますます分からないですね」
『そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた』
「全くもって謎ですね」
『ちなみに、昔の持ち主さんにツいて何かご存知だったりされまスか』
「ええまあ、何せちょっと込み入った事情があったもので」
『ほほウ、込み入った事情、でスか』
「ええ、ちょっと」
『その事情につイてお伺いしテも?』
えっ!? ソコ聞いちゃうの? 赤の他人だぜ?
「すみません、ちょっとそれは……」
『そレは何でスか? 早く続けて下サい』
何でこんなにグイグイ来るんだ? 怖えーよ!
『よろシければどんな方かお伺いしテも?』
「それなら本人と代わりますか?」
いねーけどな!
『エッ……エエ、カノウナラ、デスガ』
急に歯切れが悪くなったな? コイツはひょっとするか?
手短にと言ったがもうちょい探ってみるか。
「その前に、どうしてそこまで気になるんですか?」
『いえネ、ちょっと研究しているテーマがありましテね。
この携帯のノの持ち主さんがどうやら関係者の様だったものですカら』
「何やら凄そうですね。どういった研究か非常に興味を惹かれます」
なーんちってぇ。
『ほう、興味ガおありでスか。それは感心でスね』
「ええ。是非、詳しくご教授頂きたいものです」
『それデは、教えて差し上げますノでお好きなとキに今から言う場所にお越し下サい――』
“賞味期限”は分からんがまあ使えたら使うで良いか。
この期に及んであのワードを試す勇気はねーしな。
「ありがとうございます。後日、お邪魔させて頂きますね」
「ところで」
『はい、何でしょウか』
「その番号の昔の所有者のことが知りたい、とのことでしたが」
『ハ、ハア』
「私です」
『エっ?』
「その番号の昔の持ち主は私だと申し上げているんです」
なーんちってぇ、モチロン嘘だよーん!
『ソ、ソウデスカ』
「お会いできるのを楽しみにしてますよ。ではこれで」
会えるかなあ。
『ちょっと待って下サい』
「ハイ、何ですか?」
『い、今あナたがかけているそノ電話はどういった番号でスか』
「といいますと?」
『すミません、見たコとのない数字から始まっていたノで』
これは使えそうだぜ。
「すみません、訳あって秘密なんです。私からはとある回線で、とだけしか申し上げられません」
『ソ、ソウデスカ』
「それではこの辺で」
『お忙しいのにお付キ合いいただいて、ありがとうございまシた』
「いえ、こちらこそ。いい気分転換になりました」
俺は受話機を置いた。
こんだけメチャクチャにされてて電話機がノータッチだったのは奇跡に近いぜ。
仏壇はひっくり返されてるけどな!
ひっくり返す意味が分からんけど!
アイツらひょっとしてモノをひっくり返すために来たのか!?
携帯を出す。
“2042年5月10日(土) 14時56分”
そして相変わらず「SIMカードを挿入して下さい」のウィンドウ。
手が込んでる様で抜けてんだよなぁ。
テレビは……げえ…破壊されとる。
時計もパソコンもみんなかよ……
さて、随分と長電話しちまったしそろそろ表に出るか。
アホ二人と刑事さん(?)にはきっちりこの落とし前を付けてもらわないとな!
で、外に出た。
「オイ、お前またこの人たちを脅迫したな!? これ以上罪を重ねてどうするつもりなんだァ!」
「お巡りさん助けてぇ」
「以下同文ー」
最後のヤツ、手抜きすんじゃねえぞコラ!
じゃなくてぇ……
「なっ!? 貴様どこへ行く? 逃げるのか!?」
俺は三人をガン無視して隣の家に全力ダッシュした。
玄関のドアをドンドンと叩いて大声で叫ぶ。
「すいませーん! 助けてくださーい! 強盗が押し入って来て大変なんですー!」
すぐにドアが開く。
「早く入って下さい!」
俺は無事お隣さんの家に匿ってもらうことが出来た。
「一体何が起きたんですか?」
「いや助かりました。今家の前にいる三人組に絡まれましてね、あの頭悪そうな二人が家の中をメチャクチャにしやがったんですよ!」
「強盗ですか! すぐ警察に通報しますから奥の方に隠れていて下さい!」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
見たか、俺のご近所力を!
やっぱ日頃の行いが良いとこういうとこで差が出るんだよね!
お隣さんの家の窓からコッソリ表を伺う。
よく見ると他のご近所さんたちも窓とか門の影からこちらの様子を伺っている。
奴ら完全に町内の皆さんを敵に回したぜ。
三人で何かわちゃわちゃしとる。仲良し三人組かよ。
問題は刑事さん(?)が警察を動かしてくるかどうかだな。
お隣さんとどっちを信用するか……ん?
あれ? 何か二人が刑事さんにペコペコし始めた。
二人の左右の肩をポンポンする刑事さん。
げっ、俺の車に乗った! あっそーか、キーは家の中で拾ったのか。
くっそあいつらァ!
あっ……行っちゃったよ。
あーあ、車盗られちった。積載物も一緒はキツいなぁ。
しかしまあどうしようもないか。
まずはお隣さんの通報でコトがどう動くかだな。
それよりも……
俺はお隣さんの掛け時計をチェックした。
おう、高精細液晶だぜ。
“2042年05月11日(日) 10時24分”
あれ?
丁度電話の終わったお隣さんに急いで確認。
「すみません、急に」
「いえ、困ったときはお互い様ですよ」
「ところで、今日って何日でしたっけ?」
「え? 11日ですよ。5月の」
……へ?
またかよ、オイ!
* ◇ ◇ ◇
「あはは、10日だと思ってたら11日ですか。
1日ズレて認識しちゃってましたね」
「ああ、そうなんですよ。
ウチもね、みんな10日だと思ってたんです」
「それでやっぱり昨日は9日だった筈、と?」
「ええ、そうです。他のお宅もどうやら同じみたいです」
何だ? 俺だけじゃない?
「すみません、その件でテレビかネットを見せて頂いても? 生憎どちらもアイツらにぶっ壊されてしまいまして」
「それは災難でしたねぇ。
警察の方はもうすぐ到着すると思いますので、それまででしたらどうぞ」
「何から何まですみません」
俺はテレビを借りて報道番組やら配信ニュースやらをチェックした。
画面上の日付は普通に11日と表示されていたが、日付変更線に関係なく世界が空白の1日という怪奇現象を体験しているということで間違いない様子だった。
とにかくどこもかしこも「幻の1日はどこへ」みたいな話題が飛び交い、経済活動なんかにもそれなりの影響が出ている様だった。
ふと見ると、新聞の日付が10日になっている。
何でも誰一人日付の認識違いに気付かず印刷されてしまったためで、朝早くから回り始める様なものはみんな似た様な状態らしかった。
この状況、羽根飾りが手元にないということは夢か何かだと踏んでいたのだが、世界全部を巻き込むなんてことがあり得るのだろうか?
外に目をやると、刑事さん(?)がこちらのお宅に向かってツカツカと歩いて来るところだった。
げげっ……これは面倒臭ぇコトになりそうな予感……
取り敢えず隣の仏間とリビングを仕切るふすまを閉めていつでも隠れられる様にしておくか。
* ◇ ◇ ◇
“デロリロデロリロデロリロリー♪”
……いつ聞いても呪われそうな呼び鈴だぜ。
お隣さんが応対に出ようとして来客の正体に気付き、恐怖に固まる。
当然だ。
隣人を襲った強盗の一味が自分の家に不機嫌そうな顔で来たら俺だって恐いぜ。
俺はお隣さんをケアしつつ玄関脇にある窓からこっそりと様子を伺うことにした。
「は、はい……どちら様でしょうか……」
「警察だ」
「恐喝その他諸々の罪を犯した凶暴な男を追っている。
俺の目に狂いがなければお宅に隠れている筈だ。
捜査のため立ち入るぞ。
協力を拒めば貴様も同類と見なす」
オイ、途中から危ない軍人さんになってねーか?
令状はどーしたよ!
目に狂いはなくても頭は狂ってるだろ!
「あの、警察だって言ってますけど……その……キチガイですよね、控え目に言っても」
やっぱそー思うよね!
「はい、完全に被害者と加害者を逆に認識しているし態度もまあ強引ですよね。
しかもさっき他の二人が俺の車に乗って逃げるところを見ましたからね」
「えっ車まで!?」
「オイ、どうした。大人しく従えば手荒な真似はしないぞ」
またそれかい。好きだねぇアンタも。
「一応確認なんですが、令状はあるんですか?」
お隣さんはダメ元で聞いてみた様だ。
「現行犯だ、必要ない。早く開けろ」
ダメだこりゃ。
「こりゃ駄目ですね。ドアを蹴破られる前に出て行きましょう」
「出てったらぶっ殺されるんじゃないですか? コレ」
うおっと、お隣さんも随分過激なことを言うぜ。
「いや、あのキチガイは出てっても出てかなくても発砲しますよ、あの勢いなら。
同じなら何もご主人が穴だらけになる必要はないでしょう」
と、その時。
「あらぁ、お客様? どうもお世話様です」
「どわーっ! びびびびっくりしたぁ」
間の悪いことにお隣りさんの奥さんが現れた。
ネギを背負ってるところから見るに、近所の朝市で買い物をしてカフェでまったりするいつものお出かけコースに出ていた様だ。
前のめりで開けろ開けろプレイに全力を傾けていた刑事さん(?)は虚を付かれ、跳び上がって驚いた。
くそっよく見えねぇ。
今どんなポーズしてたかがスゲー気になるぜ!
イヤ、今そんなこと考えてる場合じゃないしホントどうでも良いことなんだけどさ……
「あの、どちら様ですか? どうぞお入りになって下さいな」
「えっ、良いんですか!?」
「ええ、何でしたら上がってお茶でもいかがかしら?」
「エッ、いーんですかぁ!?」
なぜかお隣さんで犯罪者とまったりお茶会をする感じになってしまったぞ。
だが多くは語るまい。俺は空気を読んだ。
隣家のリビング。
ソファにはお隣の旦那さんと奥さん。
向かいには俺、そしてなぜかその隣に刑事さん(?)。
そして流れるビミョーな空気。
さっきからテレビが点けっ放しになっていて、それが気まずい沈黙を尚更に強調しまくっていた。
しかもこれから団体さんが来るんだぜ? 祭りだ祭りだァ!
……そういえばコレ奥さん知らなくね? だ、大丈夫かな?
まあ良い、ここの奥さんはこういうとき空気を読んで何かと仕切ってくれるからな。元教育者なんだぜ。
……という訳で俺は黙って笑顔に徹することにした。
お隣さん夫妻とアイコンタクトを交わしたが伝わったかは分からねえ。
ん? 奥さんが何か意味ありげに頷いたぞ?
何その不敵な笑み!?
大丈夫なんだろうなコレ!?
「お隣さんもいらっしゃってたなんて、久しぶりに賑やかになったわねえ。それでこちらの方は?」
クッ、お互いにお隣さん呼び……地味に紛らわしいぜ!
「あの、何でも……ご趣味で警察をされているとか……」
ぬ、ご趣味ですと!? コレはなかなか高度なフリだぜ!?
「ええ、まあ」
エッ、普通に答えちゃうの? 空気読めてねえなコイツ!
「どんなコトをされているんですの?」
「市民の皆様の安全と平和をお守りするべく鍛錬にパトロールにと日々精進しております」背筋ピーン。
「まあ、素敵ですわ……!」合掌ポーズ。
「いえーそれ程でも」後頭部ポリポリ。
「なるほど、頼もしそうですねぇ。我々も安心です」
「ハイ、お任せ下さい!」胸ドン。
オイお前ら、ビミョーに笑いのツボを刺激すんじゃねぇ!
堪えんのも結構辛ぇんだよ!
俺の笑顔、引き攣ったニコニコになってないよなぁ!?
あと旦那さんも絶対楽しんでるだろコレ。
さっきまでのカグブルはどこ行ったんだよ!
「それでウチにはどの様なご用向きで来られたのですか?」
「ハイッ、この男をタイホしに来ました!」
オレをビシッと指差す。
脇の下に指が刺さって悶絶! あひゃあ! 何すんねん!
「ちょっとあなた、人のことを指さしたらだめって教わらなかったの?」
ハイ、思いっきり刺さりました!
「え? い、いやこの男は恐喝事件の犯人――」
「分かった? 返事は?」
「は、ハイ、分かりました!」
「はい、よろしい。市民の安全を守る警察官なら当然押さえているべき基本ですからね」
「は、ハイ、申し訳ありません!」敬礼! イエスマム!
何だこれェ……何か見てる方がこっ恥ずかしくなってきたぜ……おっと、ニコニコ。
……ニヤニヤになってねーよな!?
「それであなたはウチのお隣さんをタイホすると仰るのね?」
お隣さんの奥さんは刑事さん(?)の目をしっかり見て話す。あっそれダメなやつかも。
「奥さァん!」ガタッ!
いきなりバビョーンと立ち上がる俺。ビクッとなりこっちを見る奥さん。
「俺、おれ、……ウンコがしたいです! トイレの場所ってどこでしたっけ」
「あらまあ大変、それじゃあご案内するわね」
俺もたいがい頭おかしいな。自分で言ってて泣けてくるぜ!
「はい、ここがトイレよ」
「スミマセン、お恥ずかしいところを」
「いえいえ、何かナイショ話がしたかったんでしょ?
だってあの方、頭がイッちゃってる感じでしたものね?」
ぬおお、流石です流石です!
「お伝えしたかったことは三つです」
「一つ目、あの人は俺の家に押し入ってメチャクチャにした挙げ句に車まで盗んだ窃盗犯の仲間です」
「まあ! そんなことが? 続けて?」
「二つ目、俺がここにお邪魔していることで大体はお察しのことと思いますが、俺は今ご主人に匿って頂いている立場です。
あの人は俺を追って来たんです。
それで、ご主人に警察に通報して頂きました。
もうすぐ、本物の警察が来ます」
「なるほど、それまで適当に時間を稼げば良いのね?」
「はい、ご迷惑ばかりおかけしてすみません」
「いいのいいの。それで三つ目は?」
「彼の目を見ないで下さい」
「それは難しいわねぇ……現役時代のクセで相手の目を見て話す習慣が身についてしまっているもので」
「彼は多分催眠術みたいなものをマスターしています。
目を見て話すと途中から操り人形みたいにされるんです」
「まあ、じゃあ相手の方を向くときは喉元を見て話すことにするわね」
ヨシ、さすがに話が早いぜ!
「ええ、それで大丈夫です。
ご主人にも同じようにして頂く必要がありますので、戻ったらそれとなく伝えて頂けると助かります」
「分かったわ。私が戻るまでにやられてないことを祈るばかりね」
あっ! ぐおお、ぬかったぜ。
ここは運を天に任せるしかないか。
「じゃあ私は戻るからあなたは適当にウンコでもオシッコでもして戻って下さいな」
「はい、ありがとうございます」
そう、俺は……俺は今日、まだウンコをしてなかったのだッ!
いやー実は内心焦ってたんだよね!
俺はウキウキ気分でトイレに入った。
あ、いつものルーティーンもやってなかった。
そうして暫しの間フンばっていたその時だ。
“デロリロデロリロデロリロリー♪”
おっと、ついに来たか! てか予想より早いな。
* ◇ ◇ ◇
早く戻らねば!
しかしそこは生理現象、自分の意思ではままならないことも往々にしてあるのだ。
玄関の方で何やら言い争っている声が聞こえる。
あれはご主人の声だ。
良かった、オツムはやられてない様だ。
「何ですか、あなた達は警察じゃないんですか?」
「そうだ。警察だ。決まっている。我々は速やかな容疑者の引き渡しを要求する」
「容疑者って誰のことですか?」
「赤い髪をした初老の男だ」
「彼が一体何をしたというんですか?」
「決まっている。麻薬所持、住居不法侵入、脅迫、窃盗、暴行その他殺人以外のありとあらゆる犯罪だ。
早くしろ。従わなければ逮捕する」
おろ? 罪状が増えてるよ。何でェ? 適当か?
「令状は出ているんですか?」
「現行犯だ、関係ない。逆らうとためにならんぞ」
何だ? 今日びの警察ってあんなんばっかなの?
イヤ、ニセモノって線もあるな。
「おかしいでしょう。通報したのは私ですよ?
その私が違うと言っているのに随分と理不尽なことを仰られますね。
しかも訳の分からない名目で令状なしの家宅捜索ですか?
こんなリアリティに欠ける演出はドラマでも滅多に見ませんよ。
あなた方は一体何なのですか?」
うーん、頭が回りすぎるのも時には考えもんだぞ。
こういう手合は理詰めで追い込みをかけるとなぁ。
悪党が言うに事欠いてやることといったらひとつしかないだろ。
もうちっとうまいこと時間稼ぎをしてほしいもんだぜ。
匿ってもらっといて言うことじゃないのは分かってるんだけど。
てな訳で俺は荒事が起きないうちにと大急ぎでアレをソレした。
ウンコが長引いたのは生理現象なんだ! 無罪だ!
「もう良い。入るぞ」
そうして乱暴に扉を蹴破る音、続いてドタドタと音を立てて上がり込む音が聞こえた。
「ま、待って下さい」
「うるさい。どけ」
ご主人を殴ったのかボコッという鈍い音と壁にぶつかって呻く声が聞こえる。
やべえ、奴ら短絡的なアホだ!
どうすれば良い?
腕っぷしに自信がない訳ではないが多勢に無勢だ。
携帯を見る。
何も変わっていない。10日のままだ。
SIMカードを挿入して下さい、の表示も同じだ。
おかしい。
廃墟に行った訳でもないのになぜこうも大きくコトが動くんだ?
いかん、今は考える前にまず行動だ。
用をカンペキに済ませた俺はトイレのドアを勢い良く開けた。
まず状況確認。
リビングでは奥さんが刑事さん(?)に取り押さえられている。
何があった? いや、ご主人を助けに行こうとしたんだろう。
そして警察署から来た警官(?)たちがこちらに向かって来ていた。
その後ろにご主人が倒れている。
気を失っているのか、ピクリとも動かない。
俺は二人の無事を祈りながら叫んだ。
「おーい、俺はこっちだぞォ」
そして玄関と逆の方にダッシュし、勝手口から出た。
奴らやっぱ警察じゃねーな。
裏口も押さえねーで踏み込むとか素人の仕事だ。
間もなくドタドタと足音がしたので、急いでそこから離脱した。
家の方を見る。
誰もいない。ノーマークか。
自分の家ではないとはいえ、普段から懇意にさせて頂いている隣家だ。
今初めて来た奴らに比べたら圧倒的に有利だ。
俺は隣家との塀を素早く乗り越えて自宅の裏手、勝手口付近に身を潜めた。
* ◇ ◇ ◇
周囲を警戒しながら考える。
奴らの目的は一つ、俺の身柄を確保することだ。
今俺を追っている奴らと最初にガサゴソやってた奴ら……
あいつらは仲間なのか?
いや、最初の奴らは明らかにそこら辺の兄ちゃんて感じだったぞ。
俺の家を荒探しして車を持ち去った……持ち去った?
あの二人組は結局何をして帰った?
俺の車の周りをウロウロする、刑事さん(?)を引き込む、俺の家を荒らす……
目的が今来てる連中とは違う様に感じるな。
そして車を奪って帰った先はどこだ?
別々なところから別々な思惑で……か。
とすると刑事さん(?)の存在が宙ぶらりんになるな。
奴の行動のターゲットは俺自身だし、二人組と目的は一致してない様に思える。
むしろ後から来た団体さんのお仲間と言った方が違和感がない。
自分でも俺は警察だぜって言ってたしな。
俺を探していたところであの二人組とたまたま遭遇、マルチタスク出来なくてケムリを吹いたってとこか。
行動が行き当たりばったりなのは地頭の出来以前の問題もあるだろう。
そもそもキチンとした組織的行動ってのはひとりひとりの明確な意志とか動機づけがあって、その上で日頃の訓練の積み重ねが必要だ。
あんなフワフワした連中にそれが出来る筈もない。つまり裏にいるのはその程度の連中ってことだ。
だからといって余りナメてかかるのも良くない。現にこうやって追い詰められているしな。
待てよ? そういえば……
息子に連絡しようとして家デンから発信したら例の変なイントネーションの奴に電話が繋がったな?
あれはわざと仕向けたのか?
いや、あの話しっぷりは偶然としか思えない。
態度も何かおかしかった。
以前のアレとは何か違っていたな。同じ人物なのか?
いや、確かアレは人工無能と言われていたな。
シチュエーションの違いなのか何なのかは知らんが、さっきのはこっちの考えを読めてる雰囲気も皆無だった。
今押しかけてきてる奴らの言動を見るに関係がありそうには見えないが、俺が息子の携帯番号の前の持ち主だと告げたせいで確保しに来たという線も若干だが考え得るか。
しかし何であいつに繋がった?
前の番号、か……いや?
息子が携帯番号を変えたなんて話は聞いてないが……
まさか家デンから発信したら問答無用であいつに繋がるように仕込まれてたとか?
いやまさかな。
今日の日付がおかしい件とは何か関係があるのか?
正直、今の一番の関心事はその件だ。
出来ればゆっくり検証したいところだが……まあ無理か。
しかしあの電話で聞いた場所は後で足を運んでみる価値がありそうだ。
それに車を何としても取り返さないとな。
車自体も大事だが積んである荷物が唯一無二のモノばかりだ。
燃やしたりぶっ壊したりされてねえことを祈るばかりだぜ……
* ◇ ◇ ◇
ん? 何か音がする……ああ、家デンが鳴ってるのか!
誰だ? てかマズいぞ!
奴らの注意がこっちに向いちまう……いや、逆に好機か?
案の定奴らはどやどやと家に上がり込んで来やがった。
分かっちゃいたがお構いなしか。ホントにメチャクチャだ。
俺は再びお隣さんに戻る。
見張りがいないか確認。
……いねえ。やっぱアホなのか?
この辺はゆるゲーなんだよなぁ。
刑事さん(?)は……げっ、アイツだけいるぞ。
お仲間じゃなかったんかい!?
やはりしばらく様子を見るか。
奥さんと会話する声が聞こえる。
興奮しているためか結構な大声だ。
「こんなことして、ただで済むと思っているの?
考えなしにも程があるでしょう。
呆れてものも言えないわ」
「何だとッ? もう一度同じことを言ってみろッ、ただで済まんのは貴様の方だッ」
オイオイ、豹変し過ぎじゃないのか?
そのちっちゃい「ッ」は要らんだろ。
自分と相手だけしかいなくて自分が絶対優位に立てるって確信してるときだけ危ない軍人さんモードがONになるのか。
さっきの状況からすると敵認定じゃない第三者が現れたら混乱モードに移行するみたいだな。
ホントにマルチタスクが出来ない奴の典型って感じだぜ。
「これはどうしようもなさそうねぇ。
じゃあ、あなたの話は分かったからちょっと世間話でもしましょうか」
「何だ? 可能な範囲で答えてやる」
「今日が10日じゃなくて11日だったっていうお話はご存知よね?」
「何だと? そんな話は知らん」
「あら、流行に疎いタイプかしら? 今日が何年何月何日だか分かる?」
「決まっている。1989年5月4日だ」
「あら?」
エエッ!? いや、奥さん超ファインプレーだぜ!
さすが元教育者ァ!
「あらまあ、そうだったのねぇ、勘違いしてたわぁ」
スルー力もハンパねぇ!
やっぱこの人ダンナより機転が利くな!
待てよ? 5月4日だと?
持ち帰ったカレンダーの裏付けがされてしまった訳だが……
あの日は確か夏も真っ盛りの雨の日だった筈だ。
やたら蒸し暑かったからはっきりと覚えてるぞ。
今の話、“彼女”が嘘を言ってたってことにならないか?
奴らのシステム時刻(?)がおかしいのは俺がマシンをぶっ壊したからだと確かに聞いたぞ。
灯油火だるま事件も引っくるめた一連のアレやコレやは結局茶番で、俺は何かに付き合わされてたってことなのか?
アレは俺の中では結構なターニングポイントになってる経験なんだが……もっと前に立ち戻ってまた検討してみる必要があるのか――
ん? チラッとこっちを見た様な……誰が? 気のせいか。
「その5月4日って何の日だったかしら?」
みどりの日だよな、普通の答えは。
「その質問に答えることはできない」
ズコー!
……いや、機密情報だって情報は得られたし良いか。
「あら、5月4日について話したくないことがあるのならその答えは不合格ね。
どうせならみどりの日と答えてやり過ごすのが無難なのではないのかしら?」
ぐはッ正論ッ!
「やり過ごすとは何だ。主語を言え」
「あら、主語なら言ったじゃないの。
5月4日は何の日だったかしらって。
ねぇ、あなたは何から何を守ろうとして嘘をついているのかしら?」
奥さんは刑事さん(?)に向けて優しい笑みを浮かべながら問いかける。
しかし今周りで起きてる怪奇現象を見ると、どれもこれも明日には忘れてる可能性が大なんだよなあ。
「あなたのご連絡先を伺いたいわ。
出来たらご家族かご両親ともお話をさせて頂きたいわねぇ」
「えっ? そ、それは…その……」
出たぁー伝家の宝刀、恐怖の家族面談ッ!
さすが元教育者ァ!
……おうイカンイカン、俺は今緊急事態で隠密行動中なんだった。
奥さんの手際が鮮やか過ぎてつい自分が置かれた状況を忘れちまうとこだったぜ。
しかし今のやり取りはスゲー勉強になったな。
話が通じなくても何とか出来ちゃう人ってマジ尊敬しかないぞ。
結局その会話は新たな来客を報せる呼び鈴の音でお開きとなった。
◇ ◇ ◇
“デロリロデロリロデロリロリー♪”
「ごめんください、警察です」
おっと、ホンモノが来たぜ。てか遅せーよ!
てか駐在さんか! エッ、おひとり様ですか!?
しかし今出てったら犯人は俺ですムーヴになるよな、やっぱ。
「厶!? 非常事態ですね! お邪魔しますよ」
異変に気付いた駐在さんは警棒を装備して上がってきた。
駐在さんは倒れていたご主人を確認。
二言三言、言葉を交わしている。
どうやら無事な様だ。ふう、良かったぜ。
警戒しながらリビングに入る駐在さん。
これ俺の立場が微妙だな。
刑事さん(?)の様子もおかしいしもう少し様子を見よう。
もし奴らが戻って来たら俺ん家に移動するか。
「ああ良かった、奥さんはご無事でしたか。
そちらは……? ああ、あれ? 今日は確か非番だと――」
「何、たまたま現場に居合わせたのでな」
今度は時代劇風かいな。
「なるほど、そうでしたか」
「あの、先ほど私は、と仰られましたが主人は……」
「ああ、怪我をされていましたが軽い打撲と捻挫程度の様です。
病院で検査を受けるまでは油断出来ませんが、ひとまずは大丈夫そうですよ」
「ああ、良かったですわぁ」
「それで刑事さん、犯人は?」
「犯人は赤髪の初老の男だ。勝手口から逃走した模様だ」
「赤髪の初老の男性、というのは被害者の特徴では?」
「駐在さん?」
目配せをする奥さん。
刑事さん(?)の言っていることはおかしいがなるべく無難に話を合わせること、なるべく目を見ないようにして話すことを小声で手短に伝える。
俺も刑事さん(?)に気取られないようリビングに近付き、奴らが俺の家にいることをブロックサインで伝える。
そして奥さんに伝わったことを確認するとまた奥へ引っ込んだ。
申し訳ないが、刑事さん(?)の対応は奥さんに一任するしかない。
さて、俺がこっちに戻って体感で10分位になる。
奴らも俺が家にいないと気付いて次の動きをしてくる筈だ。
ぼちぼち次の手を探さないと。
玄関と勝手口はダメだな。
奴らも使ったから出くわす可能性がある。
だからといってここに隠れ続けるのも難しいだろう。
第一、この家にいる気配を少しでも見せればお隣さんをまた危ない目に遭わせてしまうことになる。
まあ俺がいなくても奴らが来れば面倒なことにはなるんだろうが……
ホントに申し訳ないことをしちまったなあ。
「また今度お話ししましょうね、刑事さん」
ん? ああ、奥さんが話してるのか。
* ◇ ◇ ◇
台所からコッソリ仏間を覗く。
よし、ふすまは閉まってるな。
音を立てない様に、なおかつ俺の家から見えない様に気を遣いながら窓の外を見る。
リビングと仏間は繋がっていて庭に面している。
仏間の部分だけ昔ながらの大きな窓と縁側があり、リビング部分は普通の窓になっている。
奥からコッソリだからちょっと見辛ぇが、奴らはまだ俺ん家を家探ししてる様だ。
結構時間かけてるな……ますます散らかされてる予感……
俺はお隣さんのご先祖様に軽く手を合わせ、心の中で逝ってくるぜぇと呟く。
そしてまだ自分の家にある筈の母の遺影と位牌を回収できなかったことを悔いながら忍び足で玄関に向かう。
口の前に人差し指を立てながらご主人に拝みポーズ。
ご主人はちょっと痛そうにしているが右手を上げて頷いた。
ホント、スミマセン……
玄関脇の小窓から前方を確認し、誰もいないことを確認……いや、野次馬がいるな。
しかし奴らに見つかりさえしなければ堂々と出て差し支えあるまい。
見張りも立てない様な奴らが野次馬の動向をチェックするとか手の込んだ芸当はしないだろう。
てな訳で正攻法で行くことにする。
正面玄関から普通に出てポイと自宅前に投石。
でもって俺ん家と反対の方向に全速ダッシュ。
一個めの交差点を直角に左折。
こっちの角は家の玄関があっち方向を向いてるから隠れやすいんだよね。
交差点側は庭で塀に囲まれてて、駐車スペースが逆側にあるんだ。
しゃがんでブロック壁の影から今来た方向を伺う。
奴らが統制の取れてない動きでパラパラと出て来て雁首揃えてキョロキョロとしている。
五人か。全員で出て来たな。
あ、俺ん家に戻ったぞ。気のせいだとでも思ったか……
奴ら、やっぱ鈍くせえな。
しかし普段鍛えてる警察の方々(?)に走力で勝てるとは思えねぇなあ。
あ、多分あの人らはニセモノとかじゃなくてホンモノのお巡りさんだ。多分。
ちょっと自信ないけど刑事さん(?)、アレもホンモノだな。
ちょいとくるくるパーにされちゃってるけどさ。
まあ本人たちの自覚やら記憶やらが曖昧にされたところで指紋・毛髪その他動かぬ証拠がバンバン出るだろうから犯した罪は消えないんだよね。
コレって地味に怖いね!
っておろ?
遠くからロックンロールなサウンドが接近して来る。
ドッドドッドドッドドロロォン、キキィ。
向こうから近所の定食屋のでけーバイクが走って来て俺の家に停まる。
え? 俺出前なんて頼んでねーけど?
あれは跡継ぎの兄ちゃんか。バイク見た時点で分かってたけど。
1000ccのアンティークな三輪バイクで出前に来るヤツなんて滅多にいねーからこの界隈じゃ結構な有名人なんだよな。
アレ所有すんのって確か特別な認可が要るんだぜ。化石燃料車だからな。
えーと、カレー、ラーメン、チャーハン、五目焼きそば、カツ丼か…道理で随分と重装備だと思ったぜ。
って五人前か! まさか連中の昼メシ!?
現場で出前取ってみんなで仲良く会食だとォ!
チクショウ、カツ丼食いてーぞォ!
じゃなかった、大丈夫なのか!?
やべえな、どうする?
あ、次はお隣さん?
えーと、オムライス、焼魚定食×2か。
オムライスは刑事さん(?)だな。お子ちゃまメニューだ。
あっちはどうやら完全に奥さんのペースで進行してるっぽいな。
てかいつの間に注文したんだ?
ところでご主人の方は医者に見せなくて大丈夫なのか?
「そんな体勢でどうしたんだい? ああ分かったウンコだろう? ニヒヒ」
「ブッフォッフォォーー!?」
やべぇ! 今マジで昇天しかけた! 何回目だコレ!
そこの八百屋のカミさんかいな!
「びっくりさせないで下さいよ。死ぬかと思いました」
「だってウチの目の前で角からコソコソと自分ん家の方を伺ってるんだ、どう見ても怪しいじゃないか?」
ぐう、正論です!
そこへ定食屋のバイクが走って来て目の前を通り過ぎて行く。
50メートル位進んでから停車して兄ちゃんが小走りでこっちに来た。
「おっす、オッサン。今日もファンキーな頭してんな!」
定食屋の兄ちゃんもやって来た。
「おう、今のは店に帰った演出か。奥さんから何か言われたか?」
「ああ、これに経緯を書いたからって紙切れを手渡されてな、おっさんを頼むって言われたぜ。
家ん中も見て来たぜ。とんだ災難だったな」
奥さん、流石です! もう感謝してもし切れねえ!
「でさ、奴らポカーンとしちゃってさ、マヌケを通り越して何かブキミだったぜ」
「ねえ、何か大変なことでもあったのかい?」
「おう、おばちゃん。いや大変も大変、大事件だぜ。
おっさん家に押し込み強盗が入ってさ、もうメチャクチャだったぜ」
「あれまあ、でも警察は呼んだんだろ?」
「それなんだけどな、警察を呼んだら訳の分からん暴力集団が押し寄せて来てさ、先生がコッソリ駐在さんに連絡したんだって」
何ィ!? 駐在さんも奥さんが呼んだのかァ!
やべぇ、今気付いたけど俺何ンにもしてねぇじゃん!
ぐぅ社会人失格!
あ、ちなみに定食屋の兄ちゃんは奥さんの教え子なんだぜ。
「じゃあ駐在さん以外は信用できないってことかい
一体どうしちまったんだろうねぇ」
「なあ、ご主人の様子はどうだった?
俺が匿ってくれと頼んだせいで奴らにぶん殴られてさ、随分痛そうに呻いてたんだ」
「ああ、大丈夫そうだったぜ。
応対もご主人が出て来たからな。
少し話してから先生が来た」
少しでも具体的な状況を俺に知らせてもらう為か。
「駐在さんの他にもう一人いただろ?
そこまでは分からんかったか」
「ああ、それだそれ。
何か急にいなくなっちまったってさぁ」
「エエッ、じゃあオムライスは駐在さんなのォ!?」
「相変わらずツッコミの角度がズレてんなあ!?
ちなみにオムライスは先生だよ」
な、なるほど。よく考えたらどーでも良いな!
奥さん、お子ちゃまメニューなんて言ってスミマセン!
しかしどーでも良いことではあるが自分の無能さを痛感するぜ。
「あー、それで急にいなくなったと?」
「ああ、何か静かになったと思ったらいなくなってたって」
「何じゃそりゃ?」
「ホント、信じられねー話だけどさ、先生がそんな冗談言う訳ねーしな」
「取り敢えず俺ん家に来ねーか? 色々と聞いてみたいこともあるしさ。
カツ丼も食わしてやるぜ」
おおっ、やはり持つべきはご近所様だぜ。
「スマンな、せっかくだからお世話にならせてもらうわ。
全く、俺が一番の当事者だってのに自分で何もしてねえな」
「それがアンタの良いとこなんだからさ、もっと胸張って良いんだよ。
自分だけで何とかしようなんて考えるんじゃないよ」
「そうだぜ。ウチの親父からもさ、赤毛のおっさん家に何かあったときは助けてやれって言われてたんだよな。
何かあるんだろ?」
「ああ、まあな」
「立ち話も何だ、行こうぜ。乗せてやるよ」
「おう、助かるぜ」
よく分からん激励まで頂いた俺は、有り難くお世話になることにした。
……この兄ちゃんのオヤジって昔のクラスメートなんだよな。
これまた何かにつけて親切にしてくれたんだよ。
学校ではほとんど接点がなかったのにだぜ?
何でなんだろ。
ガチの不登校児だったからな、俺。
そのうち理由を教えてもらおうと思いながら次の年また次の年ってのを繰り返してさ。
奴は残念ながら三年前に病気でコロッと逝っちまった。
ひと言話すだけで済む話なのにな。
何でそんな簡単なことが出来なかったんだろ。
* ◇ ◇ ◇
俺たちは八百屋のカミさんに別れを告げ、定食屋に向かって出発した。
俺は兄ちゃんの三輪バイクの後部シートにおっかなびっくり跨っていた。
メットをかぶってるから頭部は見えないが、如何せんバイク自体がメッチャ目立つんだよな。
まあ店の看板みてーなもんだし目立つことが目的のモノだからしゃーないけど。
仕方なく顔を伏せてなるべく傍目に俺だということが分からない様にする。
折角の体験なのに残念だぜ。
それにしてもお隣の奥さんの手際の良さは凄かった。
駐在さんと定食屋の兄ちゃんを呼んだタイミングがサッパリ分からんな。後で聞いてみよ。
あ、待てよ? ネットかな? 俺ボッチだからSNSとかからっきしなんだよね。
そういえばお隣りさんも家デンを使ってたが、こいつはもはや絶滅寸前のシロモノだ。
何かヘッドセット的なやつを付けててそれで連絡したのかな?
「なあ、家を荒らされて何か盗まれたもんはあるのか?」
「いや、グッチャグチャにされすぎて把握出来てねえな。
今んとこハッキリしてんのは車だけだ。最初に来た連中が逃走に使ったからな」
「ああ、そういえば車無くなってたな!」
「ちょっと色々あってな、その車に色々と積み込んでたからそれも一緒だ」
よくよく考えてみたらお持ち帰り品て拾得物なんだよな。
やべぇ、拾得物横領罪だぜ。俺、犯人だった!
……ま、今さらか。拾った場所に行く方法も分かんねぇしな。
「逃走用の盗難車って黒焦げで見つかるよな、大抵」
「オイ、フラグ建てんのは勘弁してくれよォ」
ドルルン、キキィ。
「おう、着いたぜ」
「早っ! って当たり前か」
「助かったぜ、ありがとな」
「良いって、礼を言うなら先生だろ?」
「そうだな、あの人揉め事を的確に仕切る能力が半端ねえよな」
「そういえばいつの間に出前の注文なんてしてたんだ?」
「何か怪しい団体が来て旦那さんと押し問答になったってメールに書いてあったからその辺じゃねーか? 知らんけど」
マジか!? 来てすぐじゃん。
てことは駐在さんもソッコー呼んだのか。
凄え状況判断能力だぜ。
定食屋の兄ちゃんは紙切れを眺めている。
「しかしどうするかね、被害届とか出してーけどもう何も信じらんねーしな」
「手続きは駐在さんにお願いするしかないんじゃね? その暴力集団ってやつが本物だったにせよ偽物だったにせよさ」
待てよ? しゅ、拾得物は拾って載っけたまんまにしてましたで通じるよな!?
「駐在さんはあの場をどうするつもりなんだろーな? てか完全に奥さんが仕切ってるよな」
「それは分かんねーなぁ。紙切れにも書いてねーし。
当のオッサンが俺と一緒にここにいるからな、それが分かってるのかすら怪しいぜ。
まあ先生のやることだから万事抜かりはねーんだろーけどさ」
スゲーな、この絶対的な信頼感。
「先生がさ、おっさんは日付が一日飛んだ件について何か知ってて追ってるんじゃないかって書いてるんだけどこれマジなの?」
「うーん、マジと言えばマジだし違うと言えば違うな」
「何だそりゃ」
「いや、俺は個人的に同じ経験をしたことがあるってだけの話なんだけどさ、それが今度は世界規模で起きてるからな」
「個人的にってマジかよ!? 十分関係者じゃん。
じゃ、じゃあさ、先生が言ってた人が消えたって件も経験済みなのか?」
「いや、それはモノが同じかどうか分からんからな、なんとも言えねえな」
「同じかどうか分からんけど似た様な経験があるってことか。やっぱり十分関係者じゃねーか!」
「もしかすると他にも経験済みなのかも知れねえんだけどな、日付が飛んだりしてるせいで記憶も一緒に飛んだりしてるんだよ。
だから正確なとこは分からねえんだ」
「すげぇ! 完全に主人公じゃん!」
「オメー面白がってるだろ」
「なあ、その消えたってのはやっぱ……」
「ああ、親父だ」
「だけどな、消えたとこを直接見た訳じゃねえんだ。
同じ建物の中にいてさ、いなくなったんだよ、急に。
それ以来手掛かりすら見付かってねえんだ」
「持ち物とかどこかで目撃されたとかもねーの?」
「ああ、一切無しだ。あるのは親父がいたってみんなの記憶と所在が初めから分かってた持ち物だけだな」
「持ち物?」
「会社とか家にあったものはみんなそのままだった。
一緒に無くなったのは身に着けてた物だけだな」
「結構サバサバと語るんだな」
「俺も還暦だしもう慣れたわ」
「達観してんなぁ」
「感覚が麻痺しちまってるだけだと思うぜ。自分でそういう感覚がある」
「麻痺?」
「ああ、俺自身色々あり過ぎてな。キャパオーバーだわ、正直。
オマケに言うとな、爺さん、婆さん、それにもしかすると母さんも同じかもしれねぇんだ」
「なるほど……こりゃどうコメントしたら良いか分かんねえな。今回の件もその一つって訳かぁ」
「ああ……そうなんだがな、今回はかなり違うんだよ、いつもとは」
「てことは今までどうだったかって話から聞かねーと理解出来なさそうだな」
「さすがお隣さんの教え子だぜ、理解が早いな。
さっき感覚が麻痺してるって言ったけどさ、同時に自分が思考の罠に陥ってるんじゃないかって思う部分もあるんだよ。
だからさ、助けてほしいんだ。客観的視点ってやつでな」
「ああ、困ったときはお互い様だぜ。先生の頼みだしな」
お隣さんと同じこと言ってんのな。
お互い様精神を理解してもらうのって簡単そうで難しいんだよな。
「でさ、それと今回先生が出くわした不思議体験とが同じかどうか分かんねぇってのは何か根拠があるんだろ?」
「簡単だ。俺は親父が消えたところを目撃した訳じゃねえ。
どっちかっつーと神隠しに近いんだ。
いつの間にかいなくなってて探しても見つからねえってやつだ。
要するに誰かに拉致られたって同じに見えるんだ。
少人数でいたところから突然いなくなったってのは見かけ上の事象としては同じとは言えねえ」
「だけどそれだけじゃ決め手に欠けるんじゃねーか?」
「そうだ。奥さんから渡された紙切れに書いてなかったか?
そいつは明らかに頭おかしい行動を取ってたってな。
少なくとも親父はいなくなる直前までマトモだった」
「なるほど、確かに書いてあった。
後から来た方の団体サンも含めて何かの妄想に取り憑かれたみてーに話が通じなかったってな」
「今回突然消えたって言われた奴な、実はちょっとした知り合いだったんだよ。
だがな、俺に出くわした時点で既に赤の他人みてーになってた。
で、興味深けぇのはその後だ。
俺を凶悪犯扱いしてタイホタイホの一点張りだったのが一変しちまったんだよ、ある出来事があってからな」
「一変?」
「ああ。元に戻った……いや違うな。素の部分が顔を出したって言い方の方が合ってるかもしれねえ。
奥さんがな、家に上がってお茶しませんかって話しかけたんだよ」
「うわ、先生らしいぜそれ。とことんマイペースだよな」
「そこからはしばらく奥さんのペースだったぜ。
すっかり飲み込まれちまってコントみてーだったよ。
言動は相変わらず頭おかしいまんまだったんだけどな、方向性が何ていうか……ホームコメディみてーな? そんな感じだった」
「しばらくは、ってことはまたその……タイホタイホ? に戻ったのか」
「ああ、例の変な暴力集団が来たんだよ」
「旦那さんが応対に出て、奥さんとそいつだけになった」
「アレ? オッサンはどうしたんだ?」
「あー、それはだな」
「ウンコでもしてたか?」
「何で分かった!?」
「え? マジだったの!? カッコ悪ゥ!」
「うるせえ! 良いか、ウンコを笑う者はウンコに泣くんだぞ。覚えとけよ」
「あー分かった分かった。ウンコを笑う者はウンコに泣く、だったな?
オッサン名言集の一つとして色紙に書いてレジの横に貼っといてやるからさ」
「やめてオネガイ! てか飲食店でソレやっちゃうの?」
「……あー話を戻すぞ?
その何だ、ソレを済ませた俺はだな、ドヤドヤと上がり込んで来た団体さんを引き連れて勝手口から逃げた。
で、団体さんはその後は俺ん家の家探しに夢中で出前が来るまでずっとそこにいた。
奴らの行動も頭おかしかったけど動き自体はシンプルで読みやすかったぜ。
なんつーか、戦略ってもんがなかった」
「なるほど、それで揃っておっさん家にいたって訳か」
「うまい具合に家デンが鳴ってな。あーもしかするとあれも奥さんの仕業かもな。聞いてみないと分からんけど」
「で?」
「ああ、それでお隣さんがまたフリーになったんでコッソリ戻った。
それでこれまたコッソリリビングを覗いたら奥さんと押し問答してた」
「先生が押し問答って珍しいな」
「いや、そこからまた奥さんペースになったぜ。
でさ、今日が何年何月何日かって話を急に振ったら何て答えたと思う?」
「2042年5月10日とか?」
「1989年5月4日、だってさ」
「はあ? 何だそれ?」
「やっぱそう思うだろ? 何の脈絡もなく出て来たからさ。
ただな、この日付って俺からしたら見覚えがあるんだよ、実は。
まあその件は後で話すとしてだな、次に奥さんが振ったのが『ご家族とお話がしたいわ。連絡先教えて下さる?』ってオネガイだった」
「これまた先生らしいフリだぜ」
「で、また急にマゴマゴし始めた。その前から兆候は少しあったんだがな」
「兆候?」
「年抜きで単に5月4日は何の日って聞かれたら何て答える?」
「みどりの日だろ」
「奴の答えは『その質問には答えられん(キリッ)』って感じだった」
「これまた何だこりゃだな」
「奥さんが誤魔化すならもっと上手くやれよってツッコミ入れたらキレ始めたからな。で、ご家族とお話がしたいわぁってフリになった」
「容赦ねえなあ。で、その後どうなったんだ?」
「駐在さんが来た。そしたら奴は駐在さんとサシで話をし始めた。まあ警察って自称してたからな。駐在さんは下から目線だったぜ。
で、奴の調子は元に戻った。まあ奥さんが一瞬で対処方法をナビしてたみたいだからな、やり取りに危なげはなかったぜ。
俺が見たのはそこまでだ。
物陰からブロックサインで奥さんに合図して、玄関でご主人にスマンと謝って離脱した。
そんでもって今に至る訳だ」
「なるほどな、おっさん家に居座ってた奴らもそんな感じだったぜ。
さっきも言ったけど出前でーすってフツーに入ってったら目を丸くしてやがったからな」
「で、お前の考えを聞きたいんだが――」
「その前にさ、オッサン」
「あ?」
「カツ丼食わねえの? とっくに冷めちゃってるぜ?」
「あ゛ァーッ!」
い、いつの間にィ!?
「長げーんだよ、話しが」
「チンしてイイ?」
「おじいちゃん、チンって何?」
「ぐはっ死語の世界ィ!」
今日も濃い一日になりそうな予感がするぜ……
* ◇ ◇ ◇
「なあ、お隣さんは大丈夫かな? 奴らいっぺん暴力に訴えてるからな」
カツ丼もぐもぐ。お行儀悪いけどしゃべり食いだぜ。
「旦那さんは正論で攻め倒すタイプだからなあ、そっちが心配だな。
だけど八百屋のおばちゃんに見付かったからな。タダじゃすまねーとは思うぜ」
「まあ、そうだろうな。変な方向に行かないと良いけど」
八百屋のカミさんは何かというとすぐに世話を焼きたがる性格だ。
コトによっては町全部を巻き込んだ大騒ぎに発展させたりしちまうんだから影響力というか行動力が半端ない。
「話を続けるならまず一回戻った方が良いかもな。
コッソリ覗いてみて問題なさそうなら声をかけよう」
「何なら全員ウチで面倒見てやってもいいぜ」
「マジで?」
「ああ、ウチは俺ひとりなのに無駄に広いからな」
「ひとりでこの店やってんの!?」
「ああ、言ってなかったっけ? 嫁さん出てっちゃったんだよ。仕事が嫌になってさ」
「おお、同志か!」
「同志とか言うなよ」
「しかしひとりでよくやってんな」
「まあバイトは雇ってるからな。昨日、いや一昨日から休んでるから今いないけど。
何でか知らんけど本人とまだ話せてないんだよ」
「辞める前兆じゃね?」
「やっぱおっさんもそう思うか? ウチってそんなにブラックなのかなあ」
「一日何時間仕事してんの?」
「あ、えーと、そう言えば考えたことなかったぜ」
「ブラックだな。真っ黒だ」
「えー何で?」
「自覚ねーのかよ。こりゃダメだわ」
もぐもぐ。
「カツ丼食わしてもらいながら言うセリフじゃねーだろ」
「いや、客観的事実に基づいた発言だって。
ホワイト企業の経営者が平均就業時間を即答出来ねえなんてあり得ねーぞ。
俺は自分で気付けなかったバッドポイントを指摘してやっただけなんだからな?
ホラ、さっき思考の罠に陥ってるかもしれないから客観的視点が欲しいんだってお前にお願いしただろ?
それと同じなんだって」
「なるほどねぇ。でも働かないと食っていけねえんだよなぁ」
「ただ必死に頑張るだけじゃ客は増えねーだろ。だからあんな目立つバイクで出前に出たりしてんじゃねーのか?」
「イヤ、アレは単なる趣味なんだけど」
「マジでぇ!? だからビジネスチャンス逃すんだって」
味噌汁ズズー。
「でさぁ、話は戻るけどお前の見立てを聞かして欲しいんだわ」
「また急に方向転換したな! まあいいか。
まずな、おっさんの親父さんが消えたって話と今回の奴らとは理由から何から全然別だと思うぜ」
「そのココロは?」
「まずさっきの奴らは誰かに催眠術か何かで操られておっさんに危害を加えに来ただろ?
でもって仕掛け人は結構間抜けなヤツだと思うぜ。
自分のコマをロクに操れてねえし段取りもボロボロを通り越して行き当たりばったりだ。
消えたってのは何なのかよく分からんけど、もしかすると狙ってやったんじゃなくて手違いとかの類いかもな。
意図してやったんだとしたら失敗からの撤退とか、そんなとこだな。
でもって親父さんのケースは聞いた話が本当なら事故か事件だ。
事件なら人混みに紛れてとか混乱に乗じて、それか事故に見せかけた事件って可能性もアリかな」
「なるほど。俺の考えと大体一致するな」
たくあんポリポリ。
「まあここまでは割と一般論だからな」
「で、消えた云々は置いとくとして、さっきの奴らが何しに来たかだ。
先生のメモによれば奴らの言動はおっさんをタイホするで一致してたんだろ?」
「おう、そうだな」
もぐもぐ。
「奴らは警察のフリをするのに必死だったって訳だ。
フツーに押し入っておっさんを拉致るなり何なりすれば良いのにだ。
それで一個どうしても腑に落ちない点があってさ」
「何だ?」
味噌汁ズズー。
「奴らが現れたきっかけだよ。あ、奴らってのは団体で押しかけたっていう暴力集団な。
先生の旦那さんが警察に通報したら奴らが来た、この認識で合ってる?」
「ああ、タイミング的にはな。奥さんが何か書いてたのか?」
「あー、結局ちゃんと来た警察は先生が呼んだ駐在さんひとりだったろ? 普通に考えたら理由は2つに絞られるよな。
ひとつは警察の内部に手引きしている奴がいる、もうひとつは――」
「旦那さんが手引きをした、だろ」
「ああ」
「だがそれだと説明が付かないことがいくつかあるぞ。
そもそもお隣さんに駆け込んだのは俺の方だぜ。
それで警察を呼んでもらいつつ匿ってもらうって流れになったんだからな。
俺が駆け込まなかったら奴らは来てたと思うか?」
もぐもぐ、ごっくん。
水ズズズー。コップを置いて合掌。ご馳走様でした。
「ああ、奴らが来ること自体は変わらなかったと思うぜ。
なあ、その先生ん家に駆け込むきっかけになったって方の奴らのことも教えてもらって良いか?」
「お隣さんまで付いて来た自称警察の一人は良いな?」
「ああ、あと二人いるんだろ?」
「ちなみにこの話って今した方が良いのか?」
「ああ、おっさんと二人だけでした方が良い。それに先生ん家を見に行く前に済ましておきてえ話が他にも出来た」
何だ? 奴、もといコイツの父親絡みか?
「そうか、分かった」
「あとの二人は俺が目を覚ましたとき既に家の周りをうろついていた。いや、正確には最初は一人だった。
家の周りと言うより車の周りだな。タブレット端末片手にウロウロしていて、傍目に見ても怪しかった。
俺がそれを咎めると縮み上がってお巡りさん助けてーとか喚き始めた。
そこで警官のフリをして現れたのが二人目の奴だ。
ただ、コイツはホントにただの芝居だった。
一人目の奴が俺に恐喝されたとほざきながらそいつに泣きついて、『何だと? じゃあタイホだ』みたいなことを言い始めたんだ。
だがコイツはちょっと脅してやったらすぐに馬脚を現しやがった。
二人ともオツムの弱い腰抜けのチンピラって役割を与えられて、それを必死になって演じてる感じだったな。
大概大根役者だったがな」
「その二人は結局何がしたかったんだ?」
「さあ、それが謎なんだよ。この話にはまだ続きがあってな。
そこにあの自称警察の奴が現れた。
俺の記憶が確かならソイツは本物の刑事の筈なんだが、知ってる通りコイツものっけから頭おかしい発言の連発だった。
そこに来て二人が被害者面して自称警察の男に泣きつくって図式になった。ちなみに罪状は分からん。説明無しだった」
「意味分かんねえな」
「こっから先がさらに意味不明だぜ。
二人の主張がな、バイトで検問やってました、車は商売道具です、俺ん家は会社の詰所ですときた。
ここは俺ん家で被害者は俺だって主張はまあ無視されたな。
でその自称警察の男が二人に出した指示が『詰所に入って休んでいなさい』だぜ」
「何だそれ? 検問とか詰所とかどっから出て来たんだ?
誰かの指示なのか?」
「分からん。詰所ってのにはちょっと心当たりがあるが、関係があるかまでは分からん。
そんでもってこの話にはまだ続きがあるぞ」
「マジか」
「ああ、マジだ。残ったその男がな、二人が俺ん家に無遠慮に上がり込んでったのを見届けたら今度は俺を警察署に連行しようとしやがった。
でもって行く前に家族に連絡させてくれって頼んで息子に電話しようとしたんだよ」
「電話か。オッサンらしいな」
「それで懐から携帯を出したらな、使えなかったんだコレが」
「そりゃそーだろ。このタイプの携帯ってもう最後の会社がサービス終了して5年位経つぞ。
それどころかこれ、ノーマルだと対応してる通信方式がないだろ?
使えなくて当然じゃん。おっさんも大概頭おかしいんじゃねーか?」
何だと……どういうことだ?
またかよ、オイ……なのか?
まあ良い、俺は空気が読める男だ。
「これを見ろ」
俺は携帯を見せた。
「おお、すまーとふぉん? てヤツか! 何かマニアに高く売れそうなアイテムだな」
「いじってみて良いぞ」
「マジで!? いや今はそんな場合じゃないんじゃ……
あ、そーか。関係あるんだな。この一件に」
俺の携帯をためつすがめつする定食屋の兄ちゃん。
「適当にボタンを押したりしても良いぞ」
「動くの? マジで? てかコレバッテリー大丈夫なの? 充電は……まさかUSB!?」
「いーから、触ってみ?」
「コレ何しても反応ないんだけど」
ん? 画面すら点灯してない?
「あら? 貸してみ?」
俺の手元に戻ると画面が点灯する。
“2042年5月10日(土) 14時56分”
そして
「SIMカードを挿入して下さい」
の表示。
「お、表示された。もしかして生体認証?」
「いや、そんな記憶はないが……」
「その時点で既におかしいってか。しかもこの表示、もしかしてずーっとこれで固まってるとか?」
「ああ、その通りだ。何も出来ない。今日起きたときから……いや、SIMを挿せのメッセージは息子に電話しようとして取り出したときに初めて出たな」
実はこのメッセージもおかしいんだが今は黙っておこう。
俺がツッコミを入れたら何かありそうで怖ぇからな。
「何だ、めっちゃ怪しいな。その携帯、おっさんが使ってるとこ見たことねえけど長いのか? 使い始めて」
「いつからかははっきり覚えてねえがだいぶ長い」
「それおかしくね? おっさんも催眠か何かにかかってんじゃねぇか?」
「ああ、その可能性は十分あると思ってる。だからこいつを見せたんだ」
「なるほど、確かにこりゃ重要だわ。
ちなみにこんな古い機械、普通に使ってたのも異常ならこんな半端な状態で使えなくなったのも異常だな」
「こっから先の話も引き続き異常だぞ。
携帯が使えねえのを確認した俺は家デンを使って連絡することを思い付いた」
「おじいちゃん、家デンって何?」
「固定電話……ももしかして通じねえか……うーん、家に置いとく据置型の電話だ。通話しか機能がない」
「そんなのあってもほぼ使わなくね?」
「ああ、使わねーな。だけど化石人類は一台持ってねぇと落ち着かねぇもんなんだよ」
「なるほど、取り敢えず分かったから続けて」
「俺は時間をくれと断って自分ちに入った。そしたらもうグッチャグチャのメチャクチャにされてた」
「ちょっと待った。それ二人が入ってから何分後?」
「体感で1分くれーだな。それで家中全部メチャクチャだ。異常だろ?」
「確かにな。でもまだ序の口なんだろ。携帯絡みの話が出てねーもんな」
「察しが良いな……そうなんだよ。俺は家デンで息子の携帯に電話をかけた。
ちなみに息子が使ってる携帯は俺と同じやつだ」
「うーむ……何で?」
「よく覚えてねぇんだな、これが。いつから使ってるかもどこで買ったのかも分からねえ」
「怪しさ全開じゃんかよ……」
「その携帯にかけたらどうなったと思う?」
「少なくとも普通に繋がった、は無さそうだな」
「全くの別人に繋がったんだよ、これが」
「誰?」
「さあ? 知らん奴。ただ、しゃべりが独特でちょっと知ってる奴に似てたかな。外人みてーなイントネーションだった。
でもってそいつが雑談しませんかとか言って来たからな、ちょっと探りを入れてみるつもりで軽く応じてやった」
「雑談だ? 何でそんなことする必要があるんだ?」
「知らん。俺に聞かれても困るぜ。頭おかしいからじゃないか? 知らんけど」
「あ、待てよ? 外人ぽくしゃべる奴なら俺も心当たりがあるぞ」
「マジで? どんな奴?」
「バイトの子の家の人だ。親御さんかどうかは聞いてねえから分からねえけどな」
「その話後で良いから詳しく聞かせてくれ。
その雑談で今度会おーぜみてーな流れになってな、場所を指定されたんだよ」
「番号って覚えてるか?」
「ああ、これだ」
「うわ、同じだよ……」
「やべぇな。コレめっちゃやべぇ」
「ところでこれが何で息子さんの番号ってことになってたんだ?」
「分からん」
「は?」
「携帯からかけると息子に繋がる」
「は?」
「俺からかけて繋がる先も多分そいつだよな。既に何回か話してるし。
俺としちゃあ息子さんの方もスゲー気になるぜ。
おっさんの話が本当だとすれば今息子さんと連絡する手段がない訳だな」
「多分、日が飛んだりして忘れちまってることがあるんだよ。俺自身それが何なのか分からねえから判断のしようもねぇ」
「息子さんが携帯以外からおっさんにかけたとき誰に繋がるかも気になるぜ」
「それはさておきだ。その変なイントネーションの奴がいくつか気になることを言っててな」
「その家探し野郎たちと関係がありそうなんだな?」
「関連性の有無はイマイチ判断が付かないがな、俺も持ってる物を探してるって間違い電話が時々かかってくるんだそうだ」
「おっさんも持ってるもの?」
「ああ。『羽根』だ。まあその間違い電話の主が探してるもんなのかどうかは分からんけどな。
あ、ちなみにその変なイントネーションの奴には俺が羽根を持ってるって話はしてないぜ」
「羽根? それが何で関係するんだ?」
「それを持ってるときに限って変なことが起こるんだよ。
しかも今回はな、朝起きたら置いた筈の場所から忽然と消え失せてたんだ。
だから正確には今は持ってないってコトになるんだけどな」
「怖っ! 何そのオカルト」
「変なことってのも色々あるんだが、話すと長くなるからまた今度にしよう。
ちなみに携帯絡みの話もまだあるんだけどな」
「う、メッチャ聞きてぇ……」
「まあ今は連中をどうするかだ。俺ん家を荒らした目的がその羽根って可能性もある。
でもってその変なイントネーションの奴もそうだが、そいつに間違い電話をかけた奴が絡んでる可能性だってある。
後者は完全に正体不明だけどな」
「なあ、ここまで聞いてどう思った?」
「普通なら頭大丈夫かよって聞くとこだけどな。起きてることがおかし過ぎてなぁ。
正直俺も自分がアホになったと疑うレベルだぜ」
「俺がしたいのはそういう話じゃなくて、後から来た暴力集団がお隣さんに押しかけたきっかけが何だって話だよ。
今何の話をしてたかも吹っ飛ぶほどインパクトがデカかったか」
「おっとっと、そうだった。
その暴力集団は頭がヘンになったホンモノの警察かもな。
でないとわざわざ公権力の行使を装う理由が見付からねえ。
ただ、行動があまりにもバカ過ぎて公権力に対するネガキャンとすら思えるけどな。そこが解せない点は変わらねえ。
自分のコマをマトモに動かせてねえんだよな、やっぱ。
警察にどうやって入り込んでるのかって部分の裏付けだがな、その自称警察で突然消えた男がメッチャ怪しいと思うぜ。
そいつのマヌケな行動も、奴らの目的も動機も訳が分かんねえ動きの原因と考えれば納得がいくと思うぜ」
「変なイントネーションの奴はどう思う?」
「多分シロだぜ。それはまた別な問題だな。別なオカルトが偶然絡んで来たって感じだ。
関係があるなら間接的にってとこだろうな」
「なるほど。頭いい奴の行動は割と読めるがそうじゃない奴は何で今それをやるの? 必要なのそれ? みてーなのが多いもんな」
「ああ、それそれ、そういうやつだと思うぜ」
「それでな、最初に来た二人組は俺がお隣さんに匿ってもらった直後に俺の車に乗って逃走した。
これはさっき話したな。
逃走する直前の話だ。二人はあの自称警官にペコペコし出した。
お隣さん家から遠目に見てただけだから話の内容は良くわからんかったが、何か『おう、お前ら頑張れよ、達者でな!』みてーな感じなのは見てて分かった」
「奴らの行先は分かんねえな。おっさんが経験したその変なコトってヤツの中にヒントがあるんじゃねーかな」
そこで俺は思い出した。
『ボクたち今日はバイトで検問やってたんです!』
『この車は作業服とか交通整理のための道具の運搬車両なんです!』
『この建物は会社の詰所ですよ!』
………
…
「なあ、さっきそいつらの話の中で詰所ってキーワードが出ただろ。
その絡みでちょっと思い当たる所があるな。ただ……確証はねえ」
「じゃあ先生ん家の確認がすんなり片付いたら確認しに行こうぜ」
「お前それフラグだから……まあ良い、これでお隣さんが絡むとこの認識はすり合わせ出来ただろ。
お前が行く前にしたかったことってそれなんだろ」
「ああ、先生ん家のことだから間違いのない様にと思ってな」
「ちなみにまだ話してないことが結構あるんだよな、携帯に絡むやつ以外でも。
しかも重要度は多分、今さっきした話より高いかもしれない。
まあそれも後で話すか」
「マジか……もうお腹一杯だぜ……」
「じゃあ出る前に俺からもう一個良いか?」
「何だ?」
「親父の話だ。俺のな。おっさんを助けてやれって言われてたって話はしたよな?」
「ああ、別に俺がお前の親父さんの命の恩人とかそういうもんじゃないんだがな、奴は生前から何かと親切にしてくれたんだよ。
気味が悪いくらいにな。あ、言い方が悪かったな。謝るわ」
「いや、大丈夫だって。何を今さら。
それでさ、ちょっと見て欲しいもんがあるんだよ。
親父が爺さんから頼まれてたことらしいんだがな、言い出し辛かったみてーでよ」
うーん、奴にもそんなコトがあったとは……
「分かった、そこまで悩むってことは何か重要なものなんだな?」
「重要かどうかは分からねえが、今の話でおっさんの主人公体質? と何か因縁がありそうだとは思ったぜ」
「何だその主人公体質ってのは」
「今考えた」
「……ったく……早く見せろ」
「おう、こっちだぜ」
そう言って定食屋の兄ちゃんは2階の居住スペースに俺を案内した。
仏壇に手を合わせ、下の収納から桐の文箱と茶碗箱を出す。
俺も手を合わせた後、それを受け取る。
奴の嫁さんは一足先に旅立っていて、今はふたり笑顔で仲良く並んでいた。
「開けて良いか?」
「ああ、当然だろ」
俺は文箱を開けた。
入っていたのは数枚の古ぼけたモノクロ写真だった――
「!!!」
……その中の一枚に俺の目は釘付けになった。
そこに写っていたのは一人の男……血の海となった軍艦の甲板で真っ赤に染まった羽根飾りを手に、何かに向けて切実な声で訴えを投げかけていたあの男の姿だった。
「やっぱり、心当たりがあるんだな」
* ◇ ◇ ◇
「やっぱり?」
「ああ、爺さんから言われてたらしい。これをおっさんに見せろ、そうすればきっと助けになってくれるってな。
俺には何のことだか分からねえがな」
やっぱりって言ったがタイミングが絶妙過ぎねえか?
どういうことだ?
「俺だって顔を知ってるくれーでこの人がどこの誰かまでは知らねーぞ?」
「じゃあ、これは?」
そう言って茶碗箱を開ける。
そして出てきたものに俺はさらに硬直した。
「その様子だとやっぱ心当たりがあるみてーだな」
「……それはお前の爺さんが持ってた代物か?」
「ああ。ただし預かりもんだって言ってたな」
「おっさんの親父さんのそのまた親父さん、要するに爺さんから預かってたんだそうだ」
間違いない。それは今まで何度も夢や幻という存在として手にしていたあの双眼鏡だった。
それが今、現実に目の前にある。
あるいは今こうしていることもいずれ忘れてしまう仮初めの体験に過ぎないのか――
「……オレの爺さんも誰かから預かってた、みたいな話は聞いてなかったか?」
「へっ!? それを今から言おうとしてたんだ。スゲーな、コレ何十年もウチにあったんだぜ。
まずな、知ってるかもしれねーけどその写真の人が双眼鏡の持ち主だ」
てことはこの人物が俺の爺さんなのか……?
「おろ? 何だこれ?」
そう言って定食屋の兄ちゃんが茶碗箱の底から取り出したのは、真新しい封筒にしたためられた一通の手紙だった。
「前に見たときはこんなのなかったぞ? それにこの封筒新品じゃねーか」
「良かったな、心霊現象を実体験出来て。
お前学生ん時オカ研入ろうか迷ってるって言ってたじゃん」
「マジ? マジで!? マジなのコレ!?」
「三年位前にお前の親父さんが入れたんだろ。最後に蓋開けたの何年前だよ」
「うおー実証ォ!」
テンション高けーなオイ! ビックリさせんなよな……
「おい、アタマ大丈夫か? てか見るか見ねーかハッキリせーや」
軽口を叩きながらも双眼鏡を目の前にした俺自身、今どうするべきなのかを決めかねていた。
今までは決まって、双眼鏡が現れると転換点となる何か大きな出来事が待っていた。
いや、俺が覚えていないだけで他にも色々あったのかもしれないが……
ともかくそれが今ここにある、ということが何を意味するのか。
急な場面転換やら誰かが見たシーンやらを見せられるなんてことがあるのか?
いや、これは現実だ。ただの双眼鏡に何の影響力がある?
色々と知ってしまった今、俺には呑気に構える余裕は無くなっていた。
「なあ、おっさん。ひとつ良いか?」
声をかけられてハッとする。
「今思考の罠ってやつに嵌りそうになってた様に見えたぜ?」
危ねえ、その通りだ。
「そうだな、そうかもしれない。今の俺はどう見えた?」
「どうも何も、双眼鏡を眺めてフリーズしてたぜ。進退きわまったみたいな顔してさ。
俺目線だとそいつがそんなにヤバそうなオカルトアイテムにはとてもじゃねえが見えねえけどな。
むしろ誰かの思いが詰まった大事な一品なんじゃないのか?」
そして手に持った封筒をしげしげと眺めながら続ける。
「俺の目にはあんたが肌身離さず持ってるその携帯電話の方がよっぽどやべー呪いのアイテムに見えるがな」
「なあ、違うか?」
俺はそう言われてまたハッとした。
写真の男が血塗れの羽根飾りを手に訴えたこと、そしてそのとき“彼女”が俺に伝えようとしたこと……
俺は今まで自分のことばかり考えていた。
特殊機構、そして“GS001”に関する荒唐無稽なやり取り。
“彼女”自身も含め、存在も所在も不明でそこには現実味など微塵も感じられない。
しかし“彼女”は確かに言った。願いを叶えられるのはもう俺しかいないんだと。
そしてその願いを訴えた彼の写真が今ここにある。
その願い……『奴だけは還してやってくれ』とは何だ?
そして“彼女”は一体誰なんだ?
「おーい」
「ああ、スマンスマンまた考え事にふけっちまってたぜ」
「イヤ、さっきと顔が変わったからな、役に立てた様で何よりだぜ」
「話してないことがもっと山の様にあるってことを思い出してな」
「マジかよ……って今日何回目だ……」
「それだそれ、俺の経験ってほとんどそれだから。あ、どっちかっつーとまたかよ、って感じだな」
「マジかよ」
「ちなみに日付が1日飛んだ件とも関係あると思うぜ、割と直接的に」
「マジかよ……」
「まあ今は他に優先すべきことがあるからな、考えごとは終わりだ。
見せてもらって良かったよ。お陰で色んなことに気付けたからな。
あとな、すまんけど紙とペン貸してもらって良いか?」
「何かよく分からんけどまあ良かった良かった?……ほい、コレ」
俺は話の続きを紙に書いて渡した。
「……なるほど分かった。二度あることは三度ある、だな。
任しとけ」
「おう、頼むぜ。しかしお前の爺さんの予言は見事に外れたな」
「外れた?」
「ああ、助けてもらってるのは俺の方だって話」
「ハハハ……違ぇねぇな。よし、じゃあ行くか」
そうして定食屋の兄ちゃんは手にした手紙の封を切らずに箱に戻す。俺のメモも一緒だ。
俺も写真と双眼鏡も元の場所に戻して立ち上がり、仏壇に向かって一礼する。
「逝ってくるぜぇ……」
「あ、何か言った?」
「あーいや、ひとり言だぜ」
「ふーん、怪しいな」
定食屋の兄ちゃんと俺は軽く準備を済ませた後、また出前のバイクに跨った。
「ある程度手前でバイクから降りて歩いてコッソリ近付くか」
「そうだな、八百屋の裏にでも停めさせてもらうとするか」
ドッドドッドドドッドドルルゥン!
デカイ音を立てながら町内を走る。
「……何か様子がおかしくねーか?」
「ああ、やたらと騒がしいな」
「またかよって叫ぶ準備は良いか?」
「やめてくれよ……」
俺たちは八百屋の裏でバイクを降り、徒歩で表側に出る。
アレ? カミさんはいねーのか?
……とそのとき先行していた定食屋の兄ちゃんの叫ぶ声が響き渡った。
「マジかよ、オイ!」
エッ、またかよじゃねーの!?
* ◇ ◇ ◇
「何だ? 何があった……何じゃこりゃ!?」
小走りで追い付くとそこには黒山の人だかり。
そしてよく通るデカい声……八百屋のカミさんだ。
凄えヤな予感……
人混みを掻き分けて前に出ると信じられない光景が繰り広げられていた。
す巻きにされて転がされた件の5人、駐在さん、息子、嫁、孫、お隣さん夫妻、八百屋のカミさん、そしてテレビ局。
「なあ、コレ打ち合わせしてくる必要なかったんじゃね?」
「あ、ああ、結果的にそうなるな」
新参者の俺たちはこの訳の分からない状況に圧倒されていた。
「おい何だこれ。訳が分かんねえぞ」
取り敢えず息子にクレームだ。
「訳が分かんないのはこっちだよ。何やらかしたんだ、父さん」
「あっ只今この家の家主が戻って来た様です」
げげっ、レポーターが寄ってきた。
あかん、なるべくにこやかに接しなければ!
「何じゃあワレェゴルァ!」
アレ?
「ヒ、ヒィィ」
「あーあ、おっさんの悪いクセが出たぜ」
「父さん、それはダメだ」
「死ねば良いのにー」
ん? 何かADさんらしき人が……
「スイマセン今のもう一回お願いします」
「なんじゃわれー」
「凄いです! 視聴率が爆上がりです!」
「ヨシ、この子を集中的に映せ!」
「オイ、事件現場に子供連れで来てんじゃねぇぞ」
「お義父さん、尻尾を巻いて真っ先に逃げ出したって聞きましたよー、死ねば良いのにー」
「何だとゴルァ!」
何なんだこの状況……?
「父さん、テレビ見た?」
「見てる訳ねーじゃん」
「そっかぁー」
「おっさん、この人誰?」
「息子」
「は?」
「なんじゃわれー」
「もう一回、もう一回お願いしまーす」
「テメーらウぜーんじゃこのボゲナスがァ!!」
「ヒ、ヒィィィ」
「あははははは」
「父さん、悪ノリしない」
「息子は死んだとか言ってなかった?」
「生き返った」
「え、それスクープ、詳しく」
「わーいわーいすぷーぷすぷーぷぅ」
「どーすんだよ、この状況」
「どうするも何も原因は父さんじゃないか」
「何だ、お前も頭おかしくなったのか?」
「『も』って何だよ『も』って。他に頭おかしいのがいるみたいじゃないか」
「あそこでスマキになってる奴」
「そうなの? 来たら既にああなってたから分からなかったよ」
「何? お前野次馬だったの?」
「違うに決まってるだろ。
テレビ点けたら父さん家が映ってたんだよ。
電話は繋がらないしさあ。
おまけに強盗犯が立てこもり中だって言ってたら気になるに決まってるだろ」
「ウェッ、そんなコトになってたのか……」
「知らずに来たのか……」
「話せば超長くなるぜ」
「取り敢えずさ、この場はお隣さんに収めてもらおうよ」
「賛成。てか駐在さんだよな、ホントなら」
「ん? 今何か立て込んでる?」
「先生、この状況は何なんです?」
「八百屋さんがね、ここだけの話だからってあの人たちのこと触れ回ったらしいのよ」
「あちゃー」
「あなた、八百屋さんの前でお隣さんと合流したんでしょ?
周りにはちゃんと気を配らないと」
「えーっ、不可抗力っすよぉ。おっさんと八百屋のおばちゃんの方が先に合流してたんだってぇ」
「あら、そうだったの? まあ、何はともあれお隣さんを助けてくれてありがとうね。
あなたはもう帰って頂いて結構よ」
「ちょ、ちょっと待ってよ先生。この状況ではいサヨナラはないぜ!
乗りかかった船から海に放り投げるのかよぉ」
「何を言ってるの。あなたお店があるでしょ。お仕事は大事よ、きちんとなさい」
「今日は客もいねーし臨時休業にしてきたぜ」
「あら、日曜の昼下がりにお客さんがいないなんて、ちょっと八百屋のおかみさんにお願いした方が良いかしらねえ」
「そ、それだけは勘弁してぇ」
「あら、どうして? 善は急げよ? ちょっと、おかみさ――」
「あーお取り込みのところちょっと失礼ェー」
「おお、助かったぜおっさん」
「イヤ、割り込むならここしかねえと思ったぜ」
「あらお隣さん、ご無事だった様ね? 良かったわあ」
「ええ、お陰様でこの通りピンピンしてますよ。オマケにカツ丼にもありつけたし」
「まあ、あなた良いことしたじゃない? お昼をご馳走するなんて」
「イヤ、お代は後――」
「あーあースンマセン我々ちょっとこの状況を把握しかねておりましてぇ」
「ああ、この有様ね。まず彼らを捕まえて拘束したのは駐在さんよ。
今県警本部から応援が来るわ」
あー何か凄えヤな予感……機動隊とか来ちゃったらどうすんだ? テレビの見過ぎか?
「応援? なるほど、これは駐在さんの仕事ですか。ちなみにこのギャラリーは何です?」
「すみません、この状況についてひと言お願いします」
「八百屋のおばちゃんが言い触らしたんだってよ」
「言い触らした? 何を?」
「警察がお隣さんに集団で押し入って乱暴狼藉を働いたっていうことになっているらしいわねえ」
「これまた随分とデフォルメされてるなぁ」
「一回の立ち話で細かいとこまで把握する方が無理だって」
「まあ俺が大声上げてお隣さんに駆け込んだお陰で、この辺の住民の皆さんは軒並み一部始終をコッソリ覗き見てたとは思うが」
「それで噂が広がったってのもある訳か」
「あら、抜け目ないのねえ」
「今のお気持ちは?」
「いえ、オモテで変な奴らに絡まれたら大声で助けを呼ぶのはごく普通の行動でしょう」
「それなら逃走した人たちも、町の人たちに話を聞いたら意外とあっさり見つかるかもしれないわねえ」
「おお、なるほど。後で聞いて回ってみます」
「あ、そうそう、逃げたといえばウチに一人で来てたあの人、急にいなくなっちゃったのよねえ」
「首謀者は赤い髪の初老の男ということですが、こちらの方は関係者か何かでしょうか」
「ダーッうぜぇ! テレビ局はサッサと帰れやゴルァ!」
「ヒ、ヒィィ殺されるぅ」
「あら、ワイルドねぇ」
「先生、その感想はないと思うぜ」
「ちょっとタンマ」
「あら、何かしら」
ここで俺は息子に声をかけた。
「おい、これからもっとひでー祭りが始まりそうだぜ。
オメーは嫁さんと孫を連れて早く帰った方が良いぞ」
「ああなるほど、何か読めてきたよ。近場で待機してるから何かあったら呼んでよ」
「ああ、ありがてえが今携帯が使えねえんだ」
「フリーズ? 再起動はしてみたの?」
「イヤ、何も操作を受け付けねえ」
「逆さにして電源とボリューム上を同時に長押しとか試してみたの?」
「何だそれ」
「アレ? 父さんに教えてもらったんだけど。ていうか、これ俺にくれたの父さんじゃん」
「えっ?」
「えっ?」
これには定食屋の兄ちゃんも反応した。まあそうだよな。
「父さん、さっき聞きそびれたけどこの人は?」
「ああ、定食屋の跡継ぎだ」
「えっ? そうなの?」
「おう、よろしくな。言っとくがタメ口で良いぜ」
「ええ、こっちこそよろしく。何か父さんとキャラが被ってるね」
「うるせぇ」
「こんにちは、息子さん。お二人が初対面なのは何か意外ねぇ。どうしてかしら」
「あ、お隣さん、お久しぶりです」
「俺は割と顔なじみだからな。おっさんとは」
「言われてみれば確かにな。たがその話は後だ」
「ここを離れた後の顛末が聞きたいんでしょう?」
「ええ、そうで――」
「あのスミマセン、あなたこちらの世帯主さんで間違いありませんね?」
誰だ?
「ええ、そうですが」
「警察です。この度は大変ご迷惑をおかけ致しました。
それで……捜査のために任意で私共にご同行願いたいのですがよろしいでしょうか。隣家のご夫妻もです」
「えっタイホじゃなくて?」
「我々を何だと思ってるんですか。そこに転がってるバカ共は確かに我々の職員です。
それと今日非番の者が一名、こちらで対応に当たったと伺っていますが」
「あ、そっちは聞いてないんだ」
「あの、わたくし隣家の者ですが」
あ、旦那さんいたんだ。結局怪我は大丈夫なのか?
ちょっとふらついているな、大丈夫って訳ではなさそうだ。
「旦那さん、怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、何とか」
「あの、そちらのご主人はお怪我をされているのですか」
「はい、えぇと、左から2番目の男に思いっきり突き飛ばされまして、玄関の柱にしこたま身体をぶつけましてね」
「では病院が先ですね」
「それと、申し訳ありませんが今少し現場保存についてご協力をお願いします」
「ええ、承知しています」
俺がそう応じると先方は目を丸くしていた。
まあ当然だよな。メッチャ話しかけにくそうにしてたからな。
「さっき聞かれた彼の件も含め、コトの概要は私から説明しておこう」
「頼んます、駐在さん」
集まっていた黒山の人だかりはいつの間にか消えていた。
どうやら警察が交通整理を始めた様だ。
周辺のご近所さんにも既に警察が聴き込みを始めていた。
家を片付けたいが仕方ないな……何日かはこのままか。
警察がマトモに動き出したらそれはそれでやりづれーな。
そこへ定食屋の兄ちゃんがやって来た。
「おう、ウチに来るだろ」
「あっうちには来ないんだ」
「良かったわあー」
「じぃじ、こないのー?」
うっ……後ろ髪引かれるなあ。
「スマン、俺は定食屋の世話になるわ。さっきも言ったけどオメーは備えててくれや。頼んだぜ」
「ああ、分かったよ」
「カツ丼が目当てなのねー、あさましいわー」
この嫁、コレで平常運転なんだよなあ。
「父さん、何かゴメン」
「別にいつものことだろ。お前の嫁さんがマトモなこと言い出したら頭おかしくなったのを疑わないとな」
「死ねば良いのにー」
「てな訳ですまんけど世話になるわ」
「言っただろ、気にすんなって。カツ丼も用意してやるぜ、有料でな!」
「そうだ。なあ、お前の携帯って今どうなってる?」
と、ここで急に思い出して解散する前に息子に確認する。
危ねえ、忘れるとこだったぜ。
「どうなってるも何も、いつも通りだけど?」
「おかしいのは俺のだけか」
「これは臭うね」
「ああ、めっちゃ臭うだろやっぱ」
「ちなみにお前の電話に間違い電話って来ることある?」
「ないよ。何でさ」
「いや、聞いてみただけ」
「いっぺん俺にかけてみ?」
「さっきはダメだったんだよね。電波の届かない云々が流れて」
「あ、やっぱダメだ」
「そうか、こりゃ困ったな」
息子の家に家デンはない。まあないのが普通だ。
「再起動してみた?」
「そう言えば試してねーな」
えーと、上下逆さにして電源とボリューム上を同時長押し。
……何も起きないな。
「何も変わらねえ」
「よし、俺と連絡先交換しようぜ」
「ああ、それが良いね、助かるよ」
定食屋の兄ちゃんが連絡役を引き受ける。
「ほんとスマンな、何から何まで」
「テレビ局は?」
「帰った。警察が邪魔だ帰れって言ったら一発だった」
「それはマズいかもな。あのリポーター、途中から頭おかしいモードになってたぞ」
「頭おかしいモード?」
「ああ、押しかけて来た奴らだよ。何の証拠もないのに俺を逮捕するのに躍起になっててな。
発言は元より行動も無理矢理過ぎてバカかこいつらって感想しかなかった。
まあそれと同じってことだ」
「さっきのやつ、後で全国放送されるよな?」
「影響が怖いなあ」
「そういえば八百屋のカミさんはどこ行ったんだ?」
「さあ? 帰ったんじゃね?」
帰った? あの人が? 当事者の俺を放置してさっさと帰るのか?
いや、あり得ねえ。
あの人混みだ……何がどうなったか分かんねーぞ。
これ、もう収拾がつかねーだろーな。
しかし、いつもみたいにふとした拍子で急に場面が切り替わったりはしないのか?
何かのきっかけでいつの間にか詰所に一人で立ってたりするもんじゃないのか?
まあ、まだ昼過ぎだ。絶対これで終わりじゃねーよな。
てかさすがに巻き展開過ぎねえか?
……何かのきっかけ、か。
* ◇ ◇ ◇
まあどうなるにせよ、お隣りさんも同席してもらってすり合わせする時間がほしいぜ。元々それが戻って来た目的のひとつでもあった訳だしな。
まず警察の面々がよそ見してる間にこれからの方針の確認だ。
「お隣さんはどうされるんです?」
「そうねえ、主人の治療もあることですし、しばらくホテル暮らしかしらねえ。
うちはあまりものを壊されたりはしてはいないけど、暴漢が来たり警察が現場検証したりしたところで寝起きするのはちょっと良い気分はしないわねえ」
うーむ、ご主人は黙っているぞ。完全にお任せモードか?
「ご主人も同じお考えで?」
「ええ、殴られたりぶつけたりしたところの痛みが引くまで無理は出来ないですしね」
ほえー金持ってんだなあ。
「父さん、顔」
いけね、俺ってすぐ顔に出るタチなんだよね。
「あの、お時間が許せばいちど定食屋に集まって認識のすり合わせをしませんか?」
「そうねえ、あれだけおかしな人たちに襲われるなんて今までにない経験ですものねえ。
そう言いつつ定食屋のお兄さんとはもうある程度お話されてるんでしょ?
息子さんも何やら『ああ、またか』っていう顔をしてましたしね?」
「おい、顔だとよ」
「父さん、それは後出しジャンケンだよ」
「いやー先生にはお見通しだったか」
「そこはスルーしろよ」
「父さん、心の声」
「おっといけねえ(棒読み)」
「お隣さんが正解だと思うけど、正直も良いことよ。じゃあ主人を病院に連れて行った後に行くわね」
「父さん、俺は別行動で良いね?」
「ああ、頼むぜ。必要な情報は後で共有してやるよ」
「警察が護衛を付けるって言い出すかもしれないぜ?
お前らなんて信用できるかってはね付けるのか?」
「お前ら信用出来ねえってのはあまり強く言う必要はねえし、遠慮します、くれーで良いだろ。
ああ、それと俺は知人宅に厄介になるって言うからな、正直にな」
「父さんの優しく言うってのは信用できないけどね」
「聴取には応じるんだろ?」
「当然だろ」
「そうねえ、考える余地もないわ」
「いつにします?」
「主人の怪我もあるし、明後日くらいにするわ」
「俺は今すぐでも良いと答えるぜ。早ければ早いほど良いってな。でもってお隣さんにも同席させてもらうぜ」
「父さん、暇なの?」
「お前な……嫁さんに似てきたんじゃないのか?」
「えへへ、そりゃどうも」
「さて、大体こんなもんか。あと今聞くべきは例の突然消えたって件の状況だな、お隣さん?」
「そうねえ、でもあんまりないわねえ。何しろ見た目の出来事としては『あら、いなくなっちゃったわ』って、それだけなのよねえ」
「よそ見をしてる間にってことか……駐在さんも?」
「それは聞いてみないと分からないわねえ。困ったわ……そうだ、駐在さんには病院に付き添ってほしいってお願いしてみようかしら。そうしたらこっそりお話が出来るわ」
「ナルホド、俺も行きたいが色々あるんでよろしくお願いします」
「ああ、そういえばお隣さんから[ピー]の[ピー]さんが何回か聞こえて来たわよ。誰かから電話が来たのかしらねえ」
「そういえば俺も一回だけ聞きました。何回もかけてくるってことは何か大事な用があるんでしょうかね」
「何とも間の悪ぃ話だぜ。もしかしてそのせいで奴らはずっとおっさん家に貼り付いてたのか」
うーむ、アレはてっきりお隣さんだと思ってたが……
そうして俺たちは一旦解散した。
「すみません、知人の家に厄介になることにしたので生活用品や着替えだけ持ち出したいのですがよろしいでしょうか」
「ああ、はい。大丈夫ですよ。ただ、なるべく関係のないものには触れないで頂けると助かります」
「分かりました。ありがとうございます」
お礼を言うと警察の人はまた目を丸くした。
やべえ、コレ俺のキャラだとキレ倒すのが自然かも。
まあ良いか。確認したいこともあるしな。下手に出て損はねえ。
そんなことを考えながら俺は規制線をくぐらせてもらった。
「失礼します、家の者です」
「ど、どうも」
家に入ったのが随分と久し振りな気がするぜ。
自分ちに失礼しますってのも何か変な感じだ。
今考えたら寝間着のまま外に出なくてホントに良かった。
テレビ局が来るなんて考えも及ばなかったからな。
居間から適当な手提げ袋を持ち出す。
ひっくり返ったままの仏壇に手を合わせる。
逝ってくるぜぇ、と心の中でルーティーン。
遺影と位牌は下敷きになっていて見えない。
出来れば持ち出したいが……お願いしてみるか。
「すみません、遺影と位牌を持ち出したいんですが」
「ええ、構いませんよ」
手伝ってもらいながら仏壇を少し起こす。
これで今来てる警察の人も頭おかしくなってたらヤベーよな。
あーイカンイカン、フラグ建てちまうとこだった。
そして倒れた仏壇の下を見た。
……あれ?
「ないぞ? 遺影も位牌も無くなってる……」
「あの、こちらにはどなたの?」
「ああ、私の母の遺影と位牌です」
「なるほど、では犯人が持ち出したと考えるのが妥当ですね」
そう言いながら静かに仏壇を元に戻す。
「ええ、残念ですが。しかし何でそんなものを……」
後から来た五人の誰かが持ってたりするのだろうか。それともあの二人か……そんなこと考えそうには見えなかったがなあ。
《そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた》
ふと頭をよぎったのはあのときの電話の一場面だった。
まさかなぁ……
そんなことを考えながら寝室にある着替えを取りに行こうとした矢先のことだった。
“ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”
気の抜けた[ピー]の[ピー]さんが家の中に響き渡る。
お、例の着信か。
そうだ、さっきの発信履歴は消しといた方が良さそうだな。
「コレ、どうします?」
「ああ、我々が到着する前から何回も鳴ってるんですよ。
取り敢えず出て下さい。内容は後で教えて下さいね」
「分かりました」
俺は家デンの前に移動した。
……非通知か。
俺は受話器をとった。
念のために右手にペンを持って構える。
「もしもし?」
『ガリガリガガガ!』
「おわっ! 何だこれ!」
『…ああ…や…と…ガリガリッ…ったぁ………ガリッ…そ……ガリガリ…がん………を……ガリガリ………のぞ……ガリッ………ちゃ……ガリッ………めだよ…………と…ガリガリッ……のー…ガリ……は…ガガッ………ガリッ…ししゅ……ガリガガガーーピィーーーーーー』
「もしもし? もしもーし! ……駄目か」
通話はプツンと音を立てて途切れた。
この声……通信状況が悪くてかなりダミ声になってるが“彼女”なんじゃないか?
何でまたこんな手段を使おうとした?
今までになかったことだぞ。
しかも酷い通信状況だ。どこからの発信だったんだ?
てことは……さっきまでの着信も……?
てゆーか何でウチの家デンの番号を知ってる?
……おっといけねえ、また悪いクセが出ちまったぜ。
俺は手早く発信履歴を1件削除した。
そして電話メモをポケットにねじ込む。
「誰からでしたか? 内容は?」
「非通知でしたね。雑音だらけですぐに切れました」
嘘は言わねーぜ。取れたメモも何とか判別できた部分だけだからな。
「雑音?」
「ええ、電波状況がひどく良くない感じでした」
「電波状況?」
「ああ、そんな感じだったって事です。とにかく、ほとんど聞き取れなかったですね」
「何でしょう? まあこのことは一応報告しておきます」
「はい、分かりました」
それにしてもひでーノイズだったぜ。
その後俺は預金通帳とか権利書とかを確保した。
これどーすっかなあ……フツーなら持ってくとこだが金庫もアリ……いや、金庫は丸ごとパクられたら終わりだ。いつ何時奴らが押しかけてくるか分からんからな、持って行こう。
生活用品は大体入れたしこんなもんか……ただ、廃墟関係は軒並み車なんだよなあ。
アイツらの言動からするに逃走先はやっぱアレが濃厚な訳だが、今はおいそれと遠出する訳にも行かねーしな。
警察を引き連れてくわけにも行かねーし、車は当面お預けか。
あーやっぱやりづれーな。
「ありがとうございました。私は今日は知人の家でお世話になろうと思ってるんですが、家には一旦戸締まりしに戻ったほうがよろしいですか? 何せ車も盗まれてしまったもので定刻どおりに移動できるかどうか……」
「ああ、それでしたらこちらには警備を付けますのでご安心下さい。心配でしたら様子を見に来て下さって構いませんよ」
「それを聞いて安心しました。よろしくお願いしますね」
「はい。あ、契約書、証券類や貴金属などはお持ちになりましたか?」
「ええ、おおむね」
大半は金庫だぜ!
「連絡先ですが、こちらの知人宅までお願いします。携帯が故障してしまったもので」
「そうですか、承知しました。後ほどご連絡すると思いますのでよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
そう言うと俺は現場を離れ、定食屋に向かった。
近い近いと思ってたが20分位かかったぜ。
バイクで数分の距離だけど歩くと結構あるな……
* ◇ ◇ ◇
定食屋に戻ると兄ちゃんが待っていた。
「お? 思ったより早かったな! 足腰が衰えてねーみてーで何よりだぜ!」
「いやー久々に歩いたぜ。基本車に頼りっぱなしの生活だからな」
時間はまだ午後1時半、あの二人組に遭遇してから3時間しか経っていない。
「時間がもったいねえから出る前の続きでもやるか」
「おう、そう来ると思ったぜ」
“チャララーララ チャラララララー♪”
そのとき、定食屋の電話が鳴った。何だよ家デンあんじゃねーか!
それはそうと警察からかな?
「お、思ったより早かったな!」
「それさっきと同じセリフだぜ」
「まいど、定食屋でーす。あ、どーもお世話様です。……ええ、いますよ。あ、はい、今変わりますから落ち着いて待ってて下さいよ」
「おっさん、予想通り警察からなんだけど何か様子がおかしいぜ。何かすげー焦ってて早くおっさんに代われってまくし立てるんだよ」
「おかしいのはいつものことだろ」
「違えねえな」
俺は受話器を受け取った。
「代わりました。俺です」
『すみません、今さっき出たばかりで申し訳ないんですがご自宅に戻って頂けないでしょうか』
……何だろうな。
「分かりました。すぐに向かいます。用件は到着してから口頭で直接お願いします」
『……口頭で直接ですか、分かりました。お待ちしています』
ガチャ。
「すぐ家に戻れってさ。何やら緊急事態らしい」
「送るか?」
「いや、何か目立つとまずい気がするからこっそり戻る。
それと、コレ持っといてもらって良いか?」
「携帯? ああ、なるほどな。分かったよ」
俺は定食屋の兄ちゃんに携帯を預け、自宅にUターンした。
全く……次から次へと……また頭おかしいやつでも出たか?
そんなことを考えながら徒歩で自宅に戻る。
今度は手ぶらだったこともあって15分で着いた。
「お世話様です。来ましたよ」
俺は敷地に入り捜査員さんに声をかけた。
「ああ、お待ちしてました。
ご自宅を詳しく調べていたらね、かなり古い白骨化した遺体が大量に出て来たんですよ。
よって、あなたは殺人と死体遺棄の重要参考人にもなりました」
オイ! 何だよソレ! ナナメ上過ぎんだろ!
いくら何でもイベント重ね過ぎだぞォ!
* ◇ ◇ ◇
俺は努めて冷静を装いながら、言葉を返した。
「すみません、そんなモノ一体どこから? それに殺人って穏やかじゃないですね。発見したばかりだってのに……!」
「発見されたのはキッチンの床下です。床下収納を外したところその下に階段が見つかりましてね、その下に地下……いえ、状況からして安置所もしくは墓地と言った方が正確かもしれません……とにかくそんな施設が見付かったんですよ。
しかもかなりの広さと深さです。この家の床面積と同じ広さで地下5階までありましたから。
そして整然と並べられた棺です。1フロア辺り30体程度、まだ全て確認した訳ではありませんがどれもきれいに着飾った遺体が仰向けに安置されていました。
地下室はかなり古く、お話したように安置された遺体は完全に白骨化していて、鑑識の見立てでは少なくとも死後数十年は経っているとのことでした」
何だこの流れる様なマシンガントークは。
それにこんな話ありえねぇぞ。だってこの家建てたのって俺だぜ? イヤ土地は親父のだけどさ、そんな地下室なんて作ってねぇぞ?
第一地下5階って何だよ。個人で作ったらいくらかかるんだそんなの。
もひとつ言うと、床下収納外すって真っ先にやることなのか?
タイミング的に俺がここから離れるのと同時くらいじゃねぇか? 知ってただろ絶対、予めさぁ。
「あの、この家を建てたときの図面を見て頂いたら分かると思うんですが、元々この家に地下室はありません。
お話を伺った限りではその地下室は家より古いと思うのですが……」
「地下は元々あってご自宅を建て替えたときに入り口だけ設けたという訳ではないのですか?」
「ええ、そもそもその地下の存在を知りませんでしたから」
「それは不自然ですね。あなたのご年齢とご自宅の築年数を考えると、後からということにせよあなたも十分に関係者である可能性が高いんです」
アカン、冷静にならねば……もうちっと泳がすか。
「この家自体が状況証拠って感じの言いっぷりですね。それと殺人の嫌疑に関してまだご説明頂いておりませんが?」
「失礼、結論は当然遺体の詳しい鑑定を待ってのことになります。ですが、百年単位での時間経過が確認でもされない限り、ここに住んでいたあなたがまず最も疑わしいのです。
そして現状ではこの線を否定しうる論拠は何ひとつ見付けることが出来ないと、私個人の考えとしてそう申し上げているのですよ」
まあ正論か。だが頭おかしい認定の可能性は最後まで捨てずに取っておくぜ。
「なるほど、ではその場所の検証に私も立ち会わせて頂くことは可能でしょうか」
「何です? 実況検分ですか? 随分と気が早いのですね?」
こんの野郎ォさっきまでオロオロしてたクセによォ……!
ざまぁ達成ってかぁクッソ!
テメーは今からざまぁ刑事だコノヤロウ!
「まあ結構です。発見した鑑識が先行して入りますので後から付いて行って下さい」
「付いて行ってくれ? 刑事さんは来ないんですか?」
念のために言っとくけどこの人は刑事さん(?)とは別の人だぜ!
「え、ええ。地上に誰か残って警戒することも必要ですからね」
「表で待機してる人を呼んできますか? そうすれば一緒に入れるでしょう」
「いや、それぞれの持ち場がありますので」
ふーん、なるほどねー。
「あの、刑事さんは現場に行って実際ご遺体に対面されたのですか?」
「い、いや、話を聞いただけです」
「なるほど、聞いた話だけであたかも見てきたかの様に語り、挙げ句住人を被疑者扱いですか。余程ご自分の推理に自信があるんでしょうねぇ」
「それがどうしたというのですか。行きたければ行けば良いでしょう」
にひひ。コイツびびりクンかぁ。ビビリ刑事? うまいことすれば好き放題出来そうだぜ。
「すみません、降りる前に先程ここにいた知人に電話で連絡したいのですが」
「構いません、どうぞ。ただし、手短にお願いしますよ」
「ありがとうございます」
俺は今携帯を持ってないので家デンだ。
まずは定食屋にかける。……普通につながった。
『まいどー定食屋でーす』
「俺俺、オレだけど」
『おう、どうだった?』
「俺殺人と死体遺棄の重要参考人になっちった。許してちょんまげ」
『ちょんまげ? 何ソレ』
「おうふ……関係ねえから聞き流せよ。てかそんなとこツッコむんだったら前半部分で驚けよ!」
『何? また頭おかしいやつ?』
「いや、まだ判断は出来ねえ。これから確認しに行くとこだ。詳細は確定的な情報を手にしてからだな」
狙いすましたタイミングってのはまあ呼び出しのタイミングからも察してるだろ。怪しいぜ、コイツは。
『了解だぜ。ちなみにおっさんの携帯は着信もねえし何をしても反応がねえ』
「おう分かった、サンキューな。じゃあ後でな」
『おう、気を付けろよ。もう何があってもびっくりしねえぜ』
ガチャ。
次はお隣さんだが……今は病院だな。出てくれるかね?
……ダメだ、出ねえ。コールバックはしてくれるだろうけどそんなうまいこと近場にいるタイミングでかけてくれるとは限らねえしな。
しょうがねえ、もういっぺん。
『まいどー定食屋でーす』
「俺だぜ。度々すまん」
『もう何か分かったのか?』
「いや、お隣さんにも電話したけど繋がらなかったんでな、さっきの話の伝言を頼みてーんだ」
『何だ、そんな話か。いいぜ、任しとけ』
「何から何まですまん、よろしく頼むわ」
『良いって言ってるだろ、じゃあな。くれぐれも気を付けてな』
「おう」
さて、行くか。
「すみません、お待たせしました」
「どうぞ、こちらです」
「あれ? さっきの方は?」
「ああ、彼なら表で見張りをするって出て行きましたよ」
何だ? 逃げたのか?
「怖くなっちゃったんですかねえ? 随分詳しそうだったし一緒に来てくれると思ったんですが」
「詳しい? 私はまだ白骨化した遺体が見付かったとしか報告していませんが」
お? やっぱアレな感じだったのか?
「え? そうなんですか? 聞いた話だと床下収納の下に階段があって降りると地下5階まであったとか、そこに棺が並んでいたとか、まるで今見てきたかのように淀みなく説明されたんですが」
「地下5階? 何ですかそれは? だってここはあなたの家でしょう? 私が見付けたのは床下ですよ。
場所はまあ確かにキッチンの下あたりですかね」
「ではまず彼から詳しい話を聞いた方が良くないですか?
まるで私が犯人であるかの様な物言いをしていましたからね。
話がでっち上げならとんでもないことじゃないかと思いますが」
「そうですね、ついでに申し上げれば私が虚偽の報告をしたみたいな話になるのも困りますしね」
だよな! この人完全にもらい事故食らった状態だからな、援護射撃期待してるぜ!
“ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”
おっと、ここでまた電話か。表示されている番号はお隣さんのものだ。
「隣の奥さんの番号です。どうしましょう?」
「私が受話器を取ります。あなたに代わるかはその後判断します」
「分かりました。どうぞ」
コレSFとかホラーだと急展開来るやつだな。もう来てるけど。
ガチャ。無言で取ったぜ。
「……」
首を縦に振り受話器を渡して来た。どうやらホンモノだった様だ。
「もしもし?」
『ああ、びっくりしたわあ。無言だからどうしたのかと思っちゃったわ』
「あなたの存在を明かしても?」
「ええ、問題ありません」
小声でヒソヒソ。
『もしもし?』
「あーすみません今のは警察の方です。念のため受話器は自分が取ると仰られまして」
『そういうことだったのね、分かったわ。それで伝えたいことがあるんでしょう?』
「落ち着いて聞いてくださいよ? ウチの真下の地面から白骨死体が出ました。かなり古いものだそうですが」
「確かに古いですがかなりかどうかはまだ分かりませんよ」
小声で補足。右手で分かったとサイン。
『何ですって!? まさか……』
「落ち着いて下さい、俺じゃないですよ。詳細はこれから確認します。そのご連絡でした。
それと定食屋にお宅への情報共有を頼んだので同じ内容の電話が入るかもれないです」
『そう、何だか心配ね。不審な矛盾点には十分に気を付けてね』
「ありがとうございます。ではまた後で」
ガチャ。
「すみません、お待たせしました」
「では行きましょうか」
俺たちは件のビビリ刑事を探して表に出た。
何かまた野次馬が増えてきてるな……奴らの耳に今の件が入ったら厄介しかないぜ。
「あの、周囲に悟られないようにした方が……」
「ああ、その辺は心得てますよ――」
「おい、今度は死体が見付かったってぇ!?」
どわっ!?
ギャラリーからヤジが飛んで来たぜ!
「ちょ、ちょっと鑑識さん!?」
「私は何も知らないですよ! 消去法で彼しかいないでしょう!」
マジかぁ……頭いてえ……
「ていうかさぁ……奴さんどこ行った?」
もう敬意なんぞ払う必要ねえな!
「ア、アレ? さっきまでそこにいた筈――」
「あー何だい何だい、今度は何やらかしたってんだい?」
うわぁ……今一番見つかりたくない人に見付かっちまったぜ!
「そこの家で死体が見付かったんだってさ!」
「何だって!? そりゃ一大事だよ! ……ああダンナ、あんた、とうとうやっちまったのかい!? いつかはやらかすと思ってたけどさぁ!」
オイ、いつかはやらかすって何だよ! 俺そんな目で見られてたのォ!?
「何だ何だ!?」「押すな押すな」
うげー何かワラワラと人が集まって来ちまったぜ……
「おいおかみさん! あんま大声で騒ぐな! 野次馬が集まって来ちまったじゃねーか!」
「何だい、心配なんかいらないよ! 人殺しだろーがなんだろーがあたしゃーずっとダンナの味方だよォー」
「だからでけー声で人殺しとかわめくなっつーの!」
「えっ何か今人殺しとか聞こえたんだけど!」
「大変だァー」
「お巡りさぁーん人殺しだってぇー」
何か頭おかしそうなやつが混ざってるぞ! 大丈夫かコレ!
「この有様は一体何なんです? 警察の交通規制はどうなってるんですか?」
「知りませんよ! いつの間にかいなくなってたんです! 私だって今知ったんですよ!」
今いなくなったって言ったな?
交通機動隊の車両もいねーな。それどころかパトカーもいねえ。
……この騒ぎだ、またテレビ局が来ちまうぞ。
クッソぉ……偶然なのか誰かの仕業なのか判断が付かねぇ。
「警察の車両が軒並みいなくなってる様な気がするんですが」
「ええ、完全に置いてけぼりを食らいましたね……」
いや、誰もアンタの心配なんてしてねーから。
取り敢えずどこ行ったかは確認してもらった方が良いな。
……ん? 俺ん家から……電話か!
「すいません、また電話が鳴ってるんで行って来ます」
「あっ待って下さい!」
「え?」
「あー、置いてかないで下さいって意味です……スミマセン」
紛らわしいんだよォ! どいつもこいつもビビりやがってェ!
「俺が電話に出てる間にみんなどこに行ったかの確認でもしてて下さいよ!」
俺はダッシュで家デンの前に急行した。
あー……この番号は定食屋か。
「もしもし、俺だぜ」
『何だ、家にいるじゃん』
電話はその一言でガチャン! と切れた。
こりゃやべぇ! 携帯置いてったのは悪手だったか!?
* ◇ ◇ ◇
“ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”
おわっ! また電話!? ……お隣りさんの奥さんか。
「もしもし?」
『ああ良かった、繋がったわあ。今電話したら話し中だったんですもの』
うーむ、なかなかのタイミングだった様だぜ。
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ところがね、あなたの家に来たような怪しい二人組がお店に入っていくのが見えたのよ。
ただのお客さんっていう可能性もあるけどね、あなたの方の様子を確認してから入った方が良いかしらと思って』
「なるほど、そちらの状況は分かりました。奥さんの予想通りこちらもあの後また大きく状況が変わりまして。
まず先程の電話のとき対応してもらっていた警察の方の説明が虚言である可能性が出てきました」
『まあ、じゃあ遺体は見付からなかったのかしら?』
「いえ、それを確認する前に発見した方と話す機会があったんですが、その方の話と最初に聞いた話の内容が大きく食い違っていたんです。
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『一人?』
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「それよりもそちらの状況です。定食屋が荒らされたりした様子はないですか?」
『大きな物音が聞こえてきたりといった動きは今のところないわね。でも店内を覗いた訳ではないからまだ何も分からないのよねえ』
「駐在さんは一緒ですか?」
『護衛を申し出て下さったんだけど、お話に参加して頂くのが良いか悪いか分からなかったから遠慮してしまったのよねえ。
今からでも来て下さるかしら?』
「こっちはこっちでほったらかしに出来ないし、いっぺん相談してもらっても構いませんか?
本当なら息子も呼びたいところなんですが、ちょっと事情があって定食屋の兄ちゃんしか連絡を取れる人がいないんです」
『じゃあ私は駐在さんに相談してみるわね。問題はお隣さんの連絡手段がお家の電話しかないっていうことなのよねえ』
「本当なら俺も何とかしたいところなんですが、なにぶん緊急事態ですからね。とにかく何かあればこの電話に連絡お願いします」
『分かったわ。こちらは駐在さんと一緒にどうにか店内の確認をするわ』
「店舗が無人でも二階に全員いる可能性もあるので気を付けてください。
それと、さっきの電話でそちらに行った二人組が俺を探していることが分かった訳ですが、同時に俺が自宅にいることが知られてしまいました。
これがそちらの二人組の動向にどう影響するか分かりません。荒事の様な真似を躊躇せずやってくる連中ですから、なるべく駐在さんに警戒してもらいながらコッソリ動くのが無難だと思います」
『ありがとう、助かるわあ。そちらも気を付けてねぇ』
「ええ、お互いに。では」
ガチャ。
さてと。
あっちとこっで起きてるコトが連動してるのかどうかがイマイチ分からんな。
そう言えば定食屋のバイトの子の保護者? があの変なイントネーションでしゃべる奴かもしれねえって話もあったな。
何か関係があるのか?
まあ今は目の前で起きてることを一つずつ片付けてくしかないか。考えても分からんことは分からんしな。
俺は再び表に出た。
ふぅ良かったぜ。相変わらず警察はいないままでギャラリーが勝手に騒いでるぜ。
いやーこれ見て良かったとか考えるって我ながらヤベェなぁ。
しかしコレ火事場泥棒とかし放題じゃねーか? 駐在さんとこの若えの借りれねーかな? 連絡してみっか?
と、その前に……
「どうでした? 確認できまし……た?」
ありゃー、鑑識さんがテレビ局のエジキになってるよ……
この際だから良いか。カメラがあったら犯罪抑止になるだろ。
ポジティブシンキングだぜ!
うお、こっち見んな!
俺は素早く門の影に隠れて聞き耳を立てた。我ながらクソムーブだぜ。
「どの様にしてその真っ赤な殺人鬼に立ち向かったのですか?」
「あ、はい……じゃなくていいえ、その、何の話ですか?」
「凄惨な殺人現場の第一発見者と伺いましたが、今どの様なお気持ちでしょうか?」
「すみません、現在職務中ですので……」
「みんな帰っちゃったからお開きでしょ? そんなのどうでも良いからあなたの武勇伝をお聞かせ願えますかァ?」
やっぱあのレポーター頭おかしいな。
止める奴がいねえってコトはまさかの全員か?
あ、鑑識さんに見つかった。スマン、後で助けてやるからしばらくテキトーに相手しといてくれよ、と念を込めて拝みポーズ。
……何か死んだ魚の目になったぞ。これは通じたかな?
そして野次馬連中だ。
怪しい動きをしてる奴を探す。
いや待てよ……こいつら……誰だ?
よく見ると知った顔がひとつとして無ぇぞ!?
それに八百屋のカミさんはどこに行ったんだ?
これで二度目だぞ。明らかに誰かの差し金だろ、これは。
「さあいよいよ殺人鬼の待ち構えるスローターハウスへと突入致しまぁす!
みなさぁーん、準備は良いですかぁ?」
何だよオイ! 俺ん家は観光地かっつーの!
「ちょ、ちょっと待って下さい、現場への無断での立ち入りはぁ――あれぇぇハラヒレホロハレぇ」
止めに入ろうとした鑑識さん(オッサン)がもみくちゃにされてくるくると回っていた。
奴ら何をしようとしてるんだ? ただ単にバカ騒ぎしてるって訳じゃないだろ、さすがに。
だって全員だぜ? キョンシーかっつーの!
定食屋の推測通り、単にコントロール出来ていないことによる偶発的な事象に過ぎないのか?
主体側の正体が未だに一切不明なのがもどかしいぜ。
しかしこのまま無軌道におかしくなり続けたらどうなっちまうんだ?
と考えごとを始めたのも束の間、群衆が規制線を踏み付けながら侵入して来やがった。
ほうほうの体でこちらに逃げ込んてくる鑑識さん。
「――!?」
そのとき、どこか遠い場所でガラスが割れる様な音がした。
軽いめまいと共に、コマ送りの映像の只中にいる様な感覚が全身を襲う。そのとき一瞬だが、一条のまばゆい光が長い尾を引きながら上空を横切って行く光景が垣間見えた。
めまいと奇妙な感覚が治まったとき、眼前にあれだけいた群衆は誰ひとり残さずいなくなり、辺りは一変して静まり返っていた。……いや、鑑識さんがひとりで何かキョキョロ、わたわたとしている。
「……? 鑑識さん?」
手を伸ばすがすり抜けてしまう。
「俺の声が聞こえてますか? き・こ・え・ま・す・か」
反応がない……一方通行か。
これは廃墟……いや……親父の会社の跡地で見た、双眼鏡を持った髭面の男と同じ状態か?
こちらからは見えるが向こうからは見えない様だ。
いや、向こうから見えてないってことは俺は突然消えた様に見えている筈だ。
コレ、向こうが双眼鏡でも持っていたらこっちを覗けたりするのかね。
鑑識さんだけを視認できるのは……やっぱどう考えても頭おかしい行動の有無と関係あるよな……
近場の小石をつまみ上げるが、鑑識さんは反応なし。むしろ押しかけた連中の方に気を取られている様だ。
どうなっちゃうの俺ん家ぃ……
そう思いながら玄関の方を振り向くと、そこには散々散らかされた状態の俺の家があった。車がないのもそのままだ。
しかしこちらには押しかけてきた連中がいない。あちらとこちらの状況には徐々に差異が生じ始めている筈だ。
どうする……他のみんなの状況も気になる。そこでわたわたしてる鑑識さんと一緒で、こちらからは今の状況が見えるかもしれない。
何が引き金で起きたのかは分からないが、この状況を利用して出来ることをやってみるか。
しかし問題はずっとこのままだったらどうするかだな……
まあ良い、オカシイのがちょっと増えただけだって考えるしかねえ。
俺は置いてけぼりになった鑑識さんにスンマセンねと一礼して家に入った。
五月晴れだった日曜の昼下がりの空はいつしか鬱々とした錆色へと変容を始めていた。
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しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
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