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前章 悪役令状の妹

第4話 悪役令嬢の妹

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 午前の授業を終え、昼食を摂るために学園の中庭へと三人で移動。
 午後からは暖かくなってきたとはいえ、今の季節では中庭で食事をする者はほとんどおらず、また大半の生徒達は食堂で出される食事をいただいていることもあり、ヴィスタのように言い寄られるのが嫌な生徒や、私のような貧乏人はお弁当を持参して中庭や多目的ホールで食事を摂る。
 中には義理の姉のように周りからチヤホヤされたい人や、周りに弱みを見せないために背伸びをしている子もいるだろうが、ご家庭での教育がしっかりなされ、尚且つ由緒正しき家柄の生徒ほどお弁当派が多いとも聞く。

 以前ヴィスタに近づく男子生徒を見たのだけれど、自分がどれだけ優れた人間なのか、自分の家は侯爵家でどれだけ凄いのかを自慢され、挙げ句の果てには『俺と付き合えば君は幸せになれるんだ』とまで言い出す始末。
 どこの世界のナルシストだと、股間に一発蹴りでもかましてやりたい気分だったが、か弱い私たちがそんな事もできず(私の事よ!)、逃げ回った挙句廊下で偶然出会った上級生に助けられた事があった。

 あの時はホントに困ったわよ。近くにヴィルはいないし、周りを見渡しても誰も助けてくれない上、相手は上級貴族でもある侯爵家のお坊ちゃん。例え没落貴族が多い爵位だとはいえ、こちらは相手のお家事情まで知らないわけだし、下手に逆らえばどんな仕返しが返ってくるかもわからない。
 本気であの方に出会わなければ蹴り倒していたかもしれないと思うと、感謝の言葉しか浮かんでこないだろう。

 後で聞いた話では高貴な貴族のご令嬢と知るや、辺り構わず声をかける最低人間だったらしいが、そういった男子生徒が実際何人もいるんだから、ヴィスタのように逃げたくなる気持ちもわかるだろう。
 まったくバカに付ける薬があれば顔面に塗りたくってやりたい気分だわ。



「ゴメンねヴィル、何か私のために動いてくれていたみたいで」
 持参したシートを敷いて、三人で仲良くお昼ご飯。私とヴィスタはお弁当を持参しているが、ヴィルは元々食堂派の人間なので彼だけお弁当をもっていない。
 流石にヴィルだけ食事なしと言うわけにもいかないので、ヴィスタと相談してそれぞれのお弁当から半分づつ分け合い、彼の分を用意する。
 この国ではパンが主食となっているので二人ともサンドウィッチになるけれど、私からは卵やハムが入ったものを提供し、ヴィスタからはサラダとお肉が入ったものを提供する。
 少々男の子には物足りない量かもしれないが、後は食後のデザートとして持ってきたマフィンで我慢してもらうしかないだろう。

「そんな事はないよ、僕が好きでやっている事だしね」
 私に気を使わせないよう、優しく微笑み返してくれるヴィル。見た目はイケメンというわけではないのだが、物腰が柔らかく誰にでも優しく振るう姿に、女性生徒のファンも数多いと聞く。

「それでヴィスタに聞いたんだけれど、私へ向けられている視線にエレオノーラ様が関わっているってどういうこと?」
「えっと、どこから説明すればいいんだろう……。リネアって、リーゼ様と知り合いなんだっけ?」
「えっ? なんでここでリーゼ様が出てくるの?」
 ヴィルは少し考えるを振りをみせながら、意外な人物の名前を出してくる。
 今ヴィルの口から出てきたリーゼ様とは、ブラン伯爵家のご令嬢であるリーゼ・ブラン様。
 そのお姿はこの国では珍しい白銀の髪で、容姿端麗、立ち居振る舞いも完璧な上、その血筋にも王家の血が流れているというスーパーお嬢様。
 もし恋愛ゲームに例えるなら、リーゼ様が主人公でエレオノーラ様が悪役令嬢といっても過言ではないだろう。
 だが残念なことに、リーゼ様はすでにこの国唯一の王子様であるウィリアム様と婚約が発表されており、お二人の婚姻は国が決めた政策の一つの上多くの国民からも祝福されている。なので悪役令嬢であるエレオノーラ様が割り込んだとしても、今からではお二人の間は割けないだろう。結果が見えているゲームではプレイヤーは楽しめないのだ。

「ん~、残念だけど知り合いってわけじゃないわね。以前ヴィスタが男子に絡まれた時に助けてもらったことがあったけれど、私との関係はそんな程度よ。むしろヴィスタの方が親しんじゃない?」
 先ほどヴィスタが侯爵家のボンボンに絡まれたという話をしたと思うのだが、それを助けてくださったのがまさに今出てきたリーゼ様ご本人。
 ヴィスタとヴィルのお姉さんであるシンシア様とは、同学年でお二人とも仲がいいという話なので、リーゼ様のことを聞きたければヴィスタに問い掛けた方が早いだろう。

「いや、そうじゃないんだ。別にリーゼ様のことを知りたいんじゃなくて、リーゼ様とウィリアム様との関係……っていうか、お二人の仲っていうか……、なんて切り出したらいいのかなぁ」
 なんとも歯切れの悪そうに言い淀むヴィル。申し訳ないけれど、一体何を言いたいのかがさっぱりわからない。
 私は一人首を傾げ、ヴィルはごにょごにょと何か言い出しにくそうに言葉を詰まらせるが、やがて決心がついたのか、それとも彼の中で話がまとまったのか、ポツリポツリと語り出す。

 リーゼ様とウィリアム王子との婚約は王国中が知る有名な話。
 実はこのメルヴェール王国は長年に渡る貴族達の不正や横領で、今や国民の心はすっかり王家から離れており、一向に豊かにならない暮らしと度重なる重税で、一時は非常に危険な状況まで追い込まれたのだという。
 だけど現在の国王様になってからは貴族達の不正を厳しく取り締まり、数々の政策と国民への還元で徐々にではあるが良い方向へと向かっているのだが、一度離れてしまった信頼はそう容易くは回復はせず、国は決定打を見い出せずにいた。

 そんな時に政府がとった対策が、ブラン家のご令嬢であるリーゼ様と、王家のたった一人のお子様であるウィリアム王子との婚約だった。

 リーゼ様のお婆様は多くの国民から慕われていたというミルフィオーレ王女様。しかもこの国では珍しい銀髪と、その愛らしい容姿は若かりし頃のミルフィオーレ様そのものだという。その上ご本人であるリーゼ様も大変な民思いとなれば、国民達の期待も膨れ上がるというもの。
 表立ってはこれらの理由は発表されてはいないが、私たち貴族の中では有名な話だ。
 しかしヴィルの話ではこのお二人に不審な影が差し込んでいるのだという。

「つまり、エレオノーラ様がリーゼ様とウィリアム様の間に割り込んじゃったってわけ?」
「割り込んだってレベルじゃないよ。今じゃ学園内でもウィリアム様にべったりで、リーゼ様が完全に蚊帳の外に追いやられているんだ。しかもウィリアム様ご本人もまんざらじゃないって感じで、明らかにエレオノーラ様の方を優遇しているって話だよ」

 ヴィルの話ではリーゼ様とウィリアム様の関係は、元々それ程よい関係では無かったのだという。
 一途に尽くそうとされるリーゼ様。一方ウィリアム様の方は自分中心、我儘し放題、王子としての責任も品格もなく、王子としての権力と見た目のイケメン容姿で好き勝手にやっておられたんだそうだ。
 そんなウィリアム様をリーゼ様は裏でフォローしつつ、ご本人にはやんわりと注意をされていたらしいのだが、当然我儘王子が言う事を聞くわけもなく、やがてウィリアム様の方から気持ちが離れていったのだという。
 そんなところに自分の我儘を大いに受け入れ、一緒になってリーゼ様の悪口をいうエレオノーラ様に惹かれちゃったらしい。

 私はウィリアム様にお会いしたことがないのでどの様な方かは知らなかったが、ヴィルの話では相当出来の悪い王子様なのだろう。
 その辺りの事はやんわりとボヤかして話してくれていたが、どうやら最初に言葉を詰まらせていた理由はこの辺りにあるようだ。

「でもそれってハッキリ言って無理な話よね。いくらご本人がエレオノーラ様の方がいいと言っても、国はお二人の婚姻は認めないでしょ?」
 リーゼ様との関係がギクシャクしているとはいえ、お二人の結婚は国の政策で決められた政略結婚。おまけに大々的に国民へと発表しているのだから、今更相手を変更しますでは通じないだろう。

「それはそうなんだけど、リーゼ様って誰にでも優しいから学園でも人気があるだろう? だから今回の件はウィリアム様への不満と、その二人を切り裂いたエレオノーラ様に批判の声が上がっているんだ」
 あぁ、そういう事か。
 先にも言った通りリーゼ様は非難しようもないスーパーお嬢様。ウィリアム様の事に関しても健気に尽くされておられたんだろう。
 そんなお姿を見ていれば、男女問わず助けてあげたいと思う気持ちも湧き上がると言うもの。
 だけどリーゼ様以外がウィリアム様を注意する事は出来ず、我慢して傍観していたところにエレオノーラ様が現れた。すると当然非難の声はエレオノーラ様に向けられるわけだが、何時しかその噂が学年を越え、義理の妹でもある私へと向けられたというわけだ。
 一度噂に火がつくと一気に燃え広がることはすでに経験済み。恐らく上級生からの噂が私たち一年生に広がり、今の状況に陥ったのだろう。

 すると私へと向けられている敵意って、完全にとばっちりじゃない。
 私がアージェント家の人間である事はクラス中に知れ渡っているし、立場上義理の妹だという状況も伝わっている。
 流石に伯爵家の人間に何かをしてくるという事は考えられないが、ますます学園でのボッチ生活が確定したようなものだろう。

「はぁ、頭がいたいわ。なんで私だけがこうも不幸な目に遭ってしまうのよ」
 いずれは学園からも出て行くつもりではあったが、それにはせめて春を待たなければいけないだろうし、資金も知識も可能な限り貯めた方が良いに決まっている。
 今は執事のハーベストがこっそりとくれているお小遣いを貯めてはいるが、出来るだけ貴重な学生生活を無駄にはしたくないし、ヴィスタやヴィルとももっと一緒にいたいので、最低でもあと一年は我慢したい。

「リネアちゃん、早まった考えを起こしちゃダメだよ」
「ありがとうヴィスタ、心配しなくても今すぐには出て行かなわよ」
「それならいいんだけれど、絶対に出て行くときには私にだけは声をかけてね。きっと力になれると思うから」
 やっぱり親友と言うものはいつの時代でもいいものだ。
 ヴィスタとヴィルに改めてお礼の言葉を告げ、今後の対策を検討する。
 私的には二人に被害が飛び移らない様、しばらく距離を空けようかと口にするも二人揃って却下され、結局私たちではどうにでもできないという結果に振り戻る。

「ヴィル、サンドウィッチだけじゃもの足りないでしょ? これ私の分だけれどヴィルが食べてくれていいわよ」
 そう言いながらランチボックスの中から、昨日のうちに作っておいた二人分のマフィンを取り出す。

「でもこれってリネアの分だろ?」
「私はいいのよ、自分で食べるより他人に食べてもらったほうが作り手としては嬉しいものよ」
 お料理やお菓子作りは私にとっては趣味のようなものだからね。どうせお屋敷に帰ったら明日の分のお菓子を作るわけだし、今夜にでもリリアとノヴィアの三人でお茶会を開いてもいいだろう。

「へぇー、そういうものなんだね。僕は料理なんて作ったことがないから……って、このお菓子はリネアが作ったの!?」
「ほぇ? そうだけど?」モグモグ
 ヴィスタが『それじゃ私の分と半分こ』って言ってくれたので、あーんの状態からの咀嚼で思わず変な言葉が飛び出す。

「あれ? ヴィルってリネアちゃんが作ってくれたお菓子って食べた事がないんだっけ?」
「そうだったかしら? ヴィスタとはこれが日課になってたからよく覚えていないわね」
 なんだかヴィルにもの凄く驚かれているが、食後のデザートを用意しているのはいつものことなので、私とヴィスタにとっては特に珍しい事ではない。

「リネアの手作り……もしかしてさっきのサンドウィッチも?」
「あぁー、ごめん。さっきのサンドウィッチはお屋敷の料理長につくってもらっているの。私って朝が早いでしょ? マフィンは昨日のうちに作っておいたものだけれど、流石に昼食を前日に作るのはね」
 一応残り物でよいとはお願いしているが、料理長が気を利かせて栄養バランス考えてくれているのだろう。毎日多種多様な食材をつかったサンドゥッチを持たせてくれているので、ヴィルに提供しても見劣りしない。

 私って前世が料理人(見習い)だったから何かを作っていないと落ち着かないのよね。
 毎日お菓子を作るために調理場にお世話になっているのだけれど、その過程でスタッフさんにレシピを提供したり、美味しい食事を提供してもらったりしているので、料理長と調理場のスタッフさん達とは非常に良い関係が築き上がっている。

「そうなんだね……」
 なんだか物凄く残念そうにしているヴィル。
 そんなに私が作るサンドゥイッチが食べたいのかしら?

「明日でよければヴィルのお弁当を作ってこようか? 今日のお礼もしたいし」
「本当!?」
「えっ、えぇ、流石に手の混んだものは難しいけれど、味には一応自信はあるから期待してもらってもいいわよ」
 ヴィルが目をキラキラさせて迫ってくるので思わずヴィスタのほうへと後ずさる。
 そんなに感激した姿を見せられると、ちょっと早起きして頑張ってみたいと思うのは誰しもが抱く乙女心だろう。

 そう言えばリネアとしては男の子に食事を作った事ってなかったわよね。

 結そのあと『私もリネアちゃんのお弁当が食べたい』とヴィスタも言い出し、結局明日は三人分のお弁当を用意することでお開きとなる。
 私は明日のお弁当のメニューで頭がいっぱいになり、ヴィスタとヴィルはそんな私の姿に期待を膨らませる。

 たぶんこの時の私達は事の重大さに誰も気づいてなかったのだろう。まさかあの様な事件が起こるとは誰も予想していなかったのだから。
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