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一章 精霊伝説が眠る街
第41話 一条の光と一つの疑惑
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「えっと、つまりこの人魚みたいな生き物は、この村の名前にもなっている伝説の精霊だと言うんだね」
アレクとゼストさんに一通りの説明終えた私とアクア。
未だ半信半疑といった様子だが、目の前で実物を見ては無理やりにでも納得するしかない。
因みにアクアが実は悪戯っ子だったとか、あの伝説はまったくの嘘っぱちだとかは、村の人たちの心情も踏まえて伏せさせてもらった。
「そういうことね!」
相変わらずペタンコの胸を突き出し偉そうな態度を見せているが、これでも人一倍に優しく、仕事熱心なのはこの商会で働く人なら誰もが知ること。
当初は会議の参加者さん達の秘密だとお願いしていたのだが、なぜか翌日には村中に噂が広まっており、連日アクアの姿を拝もうと私のお店へと押しかけられてしまった。
結局これじゃ仕事にならないとアクアには自由に行動させているが、一応村の外からの誘拐を懸念して、人が少ない場所には行かないように言い聞かせている。
もっとも私と契約している間は魔力の間借りで、軽く誘拐犯をノックアウト出来ちゃうらしい。
お陰で今じゃすっかり村にも馴染んでしまい、子供達のおもちゃにされたり、村の野良猫に追いかけられたりと、中々の人気っぷりを見せている。
「うん、まぁ、取り敢えずは理解したよ。ちょっと未だに信じられないけれど……」
「私も色んな地へと訪れましたが、本物の精霊を見るのは初めてですね」
このトワイライト地方には未だ人の手が届かない土地があるらしく、精霊との遭遇率は他の国よりかは多いと聞くが、それでのその確率はよほど低いものなのだろう。
私としてはここ最近のインパクトの方が強かった事と、今じゃすっかり馴染んでしまったアクアが当たり前になっていたので、どうやらその辺の感覚が麻痺していたみたい。
確かによくよく考えてみればアクアって珍しい存在なのよね。私的には氷を生み出す便利アイテム&我が家のマスコット的な感覚しかなかったわ。
決して私が単細胞なわけでも、能天気なわけでもないとだけは付け加えておく。
「それじゃこちらの紹介は済んだようだし、早速交渉の話に移りましょうか」
商談用の部屋に入り、ココアが運んでくれた紅茶を一口。
もともと今日の目的は差し入れのたこ焼きを運ぶだけではなく、ゼストさんの交渉に応えるための会合の場。
相手がどのような商材を求めているのか、どれだけの予算と物量を必要としているのか。
今までの話では二人は一緒に旅の商人をしているという事だし、昔のアレクはそこそこ大きな商隊に所属していた。なのでこれは結構大きな取引になるのではとも考えている。
「えっと、その前にリネア。この商会を取り仕切っている人を紹介してもらえないかな?」
「……へ?」
まさしく今これから交渉を始めようとする矢先、アレクがなんとも申し訳なさそうに口を開く。
「クスクスクス、驚かれるかもしれませんが、この商会を取り仕切っているお方なら既にお二人の前にいらっしゃいますよ。それじゃ何かあればお呼びください」
ココアはそれだけ説明すると部屋を後にし、残されたアレクとゼストさんは私の方をみてポカンとする。
「あれ? 言ってなかったかしら? 私がこのアクア商会を取り仕切っている責任者(代理)よ」
「「……」」
うーん。どうやらアクアの姿を見たとき以上に衝撃だったらしく、二人は完全に固まってしまった。
「ほ、本当にリネアがここの責任者?」
「まぁ、一応代理ではあるけれど、商会の運営から各種の取引までは全部任されてるわよ。だからある程度は融通は利かせれるから、まずはそちらの望む商材を教えてもらえないかしら」
先に断っておくが私はあくまでも代理の責任者。
商会の立ち上げやら各生産家さん達の話し合いを進めていたら、結局商会の代表を決める選挙ができなかったのだ。
そのため自分のお店を優先するという約束で、一時的に私が責任者代理を引き受けるという事で落ち着いている。
「そ、それじゃ話を進めさせていただきますが、こちらが望むものは情報なのです」
「情報?」
時に情報がお金になる事は、今更説明する必要もないだろう。
現に私が今お店で出している料理のレシピだって売って欲しいという人はいるし、軍事目的で国の内情を売る人だっている。
だけどこの場合、正式な形式での取引を求めているので危険な内容ではないだろうし、こちらにメリットがないと判断すれば断ればいい。
どちらにせよ、まずはゼストさんが何を求めているかを確かめるしかない。
「実は先日、隣国のアプリコット領を訪れたのですが、そこで立派に育った野菜達を目にしまして、話を聞くとこのアクアで育ったものだと教えていただきこの地へとやってきたのです」
あぁ、そういう事ね。
ゼストさんの話を聞き、私の中で途切れ途切れの糸が一本の長い糸へとつながる。
数日前という事は、保冷馬車の試作運転をやっていた頃。
おそらく市場かどこかで偶然アクア産の野菜達を目にしたのだろう。今の季節に採れる野菜は、私が以前レクチャーしたぼかし肥料で育った肉厚で立派な野菜達。肥料が良いと当然実りがよく、さらに保冷馬車で輸送することで鮮度を保ったまま送り届ける事ができる。
つまりはその辺りの秘密が知りたいのだろう。
「実はさっきも話を聞こうとこの村の農村地へと行ったんだけど、商会を通してでないと交渉も取引も出来ないって断れて」
「だからあんな農道を歩いていたってわけね」
あそこはアクアで言う市街地とは離れた農村地。
今は一応村という格付けにはなっているが、このアクアも嘗てはメルヴェール王国へと繋がる宿場町で、当時は中々の繁栄を見せ露天や商店、食堂に宿などが立ち並ぶ立派な街並みだったのだという。
今じゃすっかり人通りも少なくなってしまったが、それでも人口比率で言うと、圧倒的に街エリアで暮らしている人の方が多いだろう。
「それじゃアレク達が欲しいという情報は、あの野菜達をどうやって育てているかと、どうやって運送しているかって話?」
「はい」
うーん、野菜の育て方に関しては私は素人同然だが、ぼかし肥料など幾つかのにわか知識なら情報の提供は出来る。
ならば肥料として商会の売り上げに繋げてもいいのだが、実際の所あり合せの材料で簡単に出来てしまうし、何よりこの世界で農業に勤しむ人たちの生活はあまり良くない。
つまり販売目的で肥料を生産したところで、必ずしも買ってもらえるとは限らないし、肥料の輸送費のほうもかかってしまうので、先々の事を考えるとあまりメリットらしいメリットも見当たらない。
どうせ一地方で生産出来る量も限られているんだし、輸送の範囲を考えてもアクア商会とバッティングする可能性も低い。
ならばこの場合、私が現状もっとの望む条件を提示、それを承諾してもらえればお互いウィンウィンの関係となる。
ただ問題は、私が現状もっとも望む条件なんんだが……まぁ、旅の商人をしているというのなら、特に悩む必要もないだろう。
私はしばし頭の中で考えをまとめ。
「いいですよ。運送方法の事は秘密事項が多いですが、肥料の製造方法に関しては情報のご提供は可能です」
「いいんですか!?」
あっさりとした私の回答に、ゼストさんが鳩がマメ鉄砲を受けたような表情で驚きを見せる。
まぁ、当然よね。肥料の提供ではなく肥料の製造方法を教えると答えたのだ。
商売に携わる者からすれば、まさか金の生る木ともなる最大の秘密を教えてもらえるとは思ってもいなかったのだろう。
「あ、貴女ね。それは幾ら何でも人がよすぎるわよ」
「珍しいわね、アクアが仕事がらみの事で口を挟むのは。でも大丈夫よ。私もタダで教えようとは思ってもいないわ」
アクアもアクアなりにこの村の現状を心配してくれているのだろう。
食べる物に困るような状態ではないとはいえ、若者が働けるような現場も無ければ商業施設もなく、年々村の平均年齢は上がっており、若者は仕事を求めて村を出る。
おそらく領主様もその辺りの状況を懸念し、今回の商会の立ち上げを協力してもらえたのだと私は思っている。
「なるほど、やはり肥料に秘密があるのですね」
「えぇ、特定の材料をある比率で混ぜ合わせ、発酵と微生物を生み出す事で活性化させる肥料なんですが、こちらの製造方法を提供させていただきます」
「発酵と微生物ですか……、わかりました。それでお代の方はどれだけご用意すれば? 正直肥料自体の製造方法をお教えいただけるとは思っておりませんでしたので、全額をすぐにお支払いできるかどうか……、出来れば分割や成功報酬、肥料の所有権利などを含めて検討していただきたいのですが」
それはそうだろう。製造方法を教えるという事はいわばこちらの手の内を見せるのと同じこと。通常ならば大金を積んだとしても売ってはくれまい。
だけどこちらにも其れなりの考えがあるわけだし、肥料として販売したとしても見る人が見れば簡単に見破られてしまうため、費用とコストから考えてもそう長続きもしない。
そして私が望む物もまた簡単には手に入らないものであるのもまた事実。
「お金は必要ありません」
「お金ではない? では私たちは何をご提供すればよろしいので?」
「お二人は各地を回って商売されているとの事ですが、ヘリオドール公国に所属する商会と繋がりはございませんか? 私達アクア商会は、ヘリオドール公国の商会との貿易を望んでおります」
そう、これが私が今もっとも望んでいる最大の案件。
ようやく輸送環境の目処が立ちつつあるのだが、肝心の買い取り先が決まっていないのが現状。
ヴィスタの実家でもあるアプリコット領には、伯爵様との話し合いで魚と野菜の輸出までは漕ぎ着けたが、家畜や肉類といったものは自治領での生産があるため、貿易はほぼ皆無といってもよい状態。一応一番近い街でもあるカーネリン街には、肉類のみ関税は免除されてはいるものの、こちらの希望価格では買い取ってもらえない。
実は商会の立ち上げ後に、カーネリンの領主様に会いに行った事があったのだが、私を一目見るなり『なんだ、小娘ではないか』とバカにし、紹介状を書いてくださったアクアの領主様の事をバカにし、挙げ句の果てに仕方なく買ってやっているのに贅沢を言うなと、話すらまともに聞いてももらえなかった。
まったく、あれで街の領主として祭り上げられているのだから、あの街の住人も相当苦労している事だろう。
結局近隣の小さな村々との取引は整いつつあるのだが、肝心の大手との取引が未だ揃っていないのだ。
「なるほど、すると私たちはヘリオドールとの取引を果たすための、仲介役をすればいいのですね」
「そういう事。お互い悪い話ではないでしょ?」
「そうですね。私もアレクも多少は顔が効きますので、ヘリオドールとの取引を望むのでしたらお手伝いは可能です。ですが交渉結果の可否までは責任もてませんがよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。そこはお互いメリットがないと信頼関係なんて築けないし、交渉自体は私の役目よ」
取引が結べなかったからこの取引はなし、とは流石の私でも言うつもりはない。
ゼストさんはゼストさんでできる事をやってくれるわけだし、こちらはこちらで最大限の魅力をアピールして交渉に望むしかない。
その結果が例え望むべき内容でなかったとしても、肥料の製造方法は教えるつもりだ。
「わかりました、そういう事でしたら私達もお力添えをいたしましょう。アレクさ……、コホン、アレクもこの内容でよろしいでしょうか?」
「そうだね、領地間での貿易はもっと広まるべきだと思うし、この話は僕たちにとっても悪くない。及ばずならが僕も話が上手くまとまるように口添えをさせてもらうよ」
「ありがとうアレク」
「それでは私たちは早速交渉の場を設けられるよう、ヘリオドールへと向かいます」
「よろしくおねがいします」
こうしてこの地方最大の街でものある、ヘリオドール公国との交渉の目処がつくことになる。
だが同時に、私の中でアレクに対してある種の疑問が芽生え始める。
今回は正式な交渉という場での取引だったため、敢えて理由までは尋ねなかったが、一介の旅商人がなぜ野菜の製造方法を知りたがるのか? お抱えの地があり、その土地の野菜を良くするという理由も少なからずは考えられるが、その場合ゼストさんのあの発言の意味がが妙に引っかかる。
『アレクさんって私たちと同じ匂いがするのよね』
ヴィスタが言ったあの言葉、私は一抹の疑惑を胸に抱きながら二人が旅立つ姿を見送るのだった。
アレクとゼストさんに一通りの説明終えた私とアクア。
未だ半信半疑といった様子だが、目の前で実物を見ては無理やりにでも納得するしかない。
因みにアクアが実は悪戯っ子だったとか、あの伝説はまったくの嘘っぱちだとかは、村の人たちの心情も踏まえて伏せさせてもらった。
「そういうことね!」
相変わらずペタンコの胸を突き出し偉そうな態度を見せているが、これでも人一倍に優しく、仕事熱心なのはこの商会で働く人なら誰もが知ること。
当初は会議の参加者さん達の秘密だとお願いしていたのだが、なぜか翌日には村中に噂が広まっており、連日アクアの姿を拝もうと私のお店へと押しかけられてしまった。
結局これじゃ仕事にならないとアクアには自由に行動させているが、一応村の外からの誘拐を懸念して、人が少ない場所には行かないように言い聞かせている。
もっとも私と契約している間は魔力の間借りで、軽く誘拐犯をノックアウト出来ちゃうらしい。
お陰で今じゃすっかり村にも馴染んでしまい、子供達のおもちゃにされたり、村の野良猫に追いかけられたりと、中々の人気っぷりを見せている。
「うん、まぁ、取り敢えずは理解したよ。ちょっと未だに信じられないけれど……」
「私も色んな地へと訪れましたが、本物の精霊を見るのは初めてですね」
このトワイライト地方には未だ人の手が届かない土地があるらしく、精霊との遭遇率は他の国よりかは多いと聞くが、それでのその確率はよほど低いものなのだろう。
私としてはここ最近のインパクトの方が強かった事と、今じゃすっかり馴染んでしまったアクアが当たり前になっていたので、どうやらその辺の感覚が麻痺していたみたい。
確かによくよく考えてみればアクアって珍しい存在なのよね。私的には氷を生み出す便利アイテム&我が家のマスコット的な感覚しかなかったわ。
決して私が単細胞なわけでも、能天気なわけでもないとだけは付け加えておく。
「それじゃこちらの紹介は済んだようだし、早速交渉の話に移りましょうか」
商談用の部屋に入り、ココアが運んでくれた紅茶を一口。
もともと今日の目的は差し入れのたこ焼きを運ぶだけではなく、ゼストさんの交渉に応えるための会合の場。
相手がどのような商材を求めているのか、どれだけの予算と物量を必要としているのか。
今までの話では二人は一緒に旅の商人をしているという事だし、昔のアレクはそこそこ大きな商隊に所属していた。なのでこれは結構大きな取引になるのではとも考えている。
「えっと、その前にリネア。この商会を取り仕切っている人を紹介してもらえないかな?」
「……へ?」
まさしく今これから交渉を始めようとする矢先、アレクがなんとも申し訳なさそうに口を開く。
「クスクスクス、驚かれるかもしれませんが、この商会を取り仕切っているお方なら既にお二人の前にいらっしゃいますよ。それじゃ何かあればお呼びください」
ココアはそれだけ説明すると部屋を後にし、残されたアレクとゼストさんは私の方をみてポカンとする。
「あれ? 言ってなかったかしら? 私がこのアクア商会を取り仕切っている責任者(代理)よ」
「「……」」
うーん。どうやらアクアの姿を見たとき以上に衝撃だったらしく、二人は完全に固まってしまった。
「ほ、本当にリネアがここの責任者?」
「まぁ、一応代理ではあるけれど、商会の運営から各種の取引までは全部任されてるわよ。だからある程度は融通は利かせれるから、まずはそちらの望む商材を教えてもらえないかしら」
先に断っておくが私はあくまでも代理の責任者。
商会の立ち上げやら各生産家さん達の話し合いを進めていたら、結局商会の代表を決める選挙ができなかったのだ。
そのため自分のお店を優先するという約束で、一時的に私が責任者代理を引き受けるという事で落ち着いている。
「そ、それじゃ話を進めさせていただきますが、こちらが望むものは情報なのです」
「情報?」
時に情報がお金になる事は、今更説明する必要もないだろう。
現に私が今お店で出している料理のレシピだって売って欲しいという人はいるし、軍事目的で国の内情を売る人だっている。
だけどこの場合、正式な形式での取引を求めているので危険な内容ではないだろうし、こちらにメリットがないと判断すれば断ればいい。
どちらにせよ、まずはゼストさんが何を求めているかを確かめるしかない。
「実は先日、隣国のアプリコット領を訪れたのですが、そこで立派に育った野菜達を目にしまして、話を聞くとこのアクアで育ったものだと教えていただきこの地へとやってきたのです」
あぁ、そういう事ね。
ゼストさんの話を聞き、私の中で途切れ途切れの糸が一本の長い糸へとつながる。
数日前という事は、保冷馬車の試作運転をやっていた頃。
おそらく市場かどこかで偶然アクア産の野菜達を目にしたのだろう。今の季節に採れる野菜は、私が以前レクチャーしたぼかし肥料で育った肉厚で立派な野菜達。肥料が良いと当然実りがよく、さらに保冷馬車で輸送することで鮮度を保ったまま送り届ける事ができる。
つまりはその辺りの秘密が知りたいのだろう。
「実はさっきも話を聞こうとこの村の農村地へと行ったんだけど、商会を通してでないと交渉も取引も出来ないって断れて」
「だからあんな農道を歩いていたってわけね」
あそこはアクアで言う市街地とは離れた農村地。
今は一応村という格付けにはなっているが、このアクアも嘗てはメルヴェール王国へと繋がる宿場町で、当時は中々の繁栄を見せ露天や商店、食堂に宿などが立ち並ぶ立派な街並みだったのだという。
今じゃすっかり人通りも少なくなってしまったが、それでも人口比率で言うと、圧倒的に街エリアで暮らしている人の方が多いだろう。
「それじゃアレク達が欲しいという情報は、あの野菜達をどうやって育てているかと、どうやって運送しているかって話?」
「はい」
うーん、野菜の育て方に関しては私は素人同然だが、ぼかし肥料など幾つかのにわか知識なら情報の提供は出来る。
ならば肥料として商会の売り上げに繋げてもいいのだが、実際の所あり合せの材料で簡単に出来てしまうし、何よりこの世界で農業に勤しむ人たちの生活はあまり良くない。
つまり販売目的で肥料を生産したところで、必ずしも買ってもらえるとは限らないし、肥料の輸送費のほうもかかってしまうので、先々の事を考えるとあまりメリットらしいメリットも見当たらない。
どうせ一地方で生産出来る量も限られているんだし、輸送の範囲を考えてもアクア商会とバッティングする可能性も低い。
ならばこの場合、私が現状もっとの望む条件を提示、それを承諾してもらえればお互いウィンウィンの関係となる。
ただ問題は、私が現状もっとも望む条件なんんだが……まぁ、旅の商人をしているというのなら、特に悩む必要もないだろう。
私はしばし頭の中で考えをまとめ。
「いいですよ。運送方法の事は秘密事項が多いですが、肥料の製造方法に関しては情報のご提供は可能です」
「いいんですか!?」
あっさりとした私の回答に、ゼストさんが鳩がマメ鉄砲を受けたような表情で驚きを見せる。
まぁ、当然よね。肥料の提供ではなく肥料の製造方法を教えると答えたのだ。
商売に携わる者からすれば、まさか金の生る木ともなる最大の秘密を教えてもらえるとは思ってもいなかったのだろう。
「あ、貴女ね。それは幾ら何でも人がよすぎるわよ」
「珍しいわね、アクアが仕事がらみの事で口を挟むのは。でも大丈夫よ。私もタダで教えようとは思ってもいないわ」
アクアもアクアなりにこの村の現状を心配してくれているのだろう。
食べる物に困るような状態ではないとはいえ、若者が働けるような現場も無ければ商業施設もなく、年々村の平均年齢は上がっており、若者は仕事を求めて村を出る。
おそらく領主様もその辺りの状況を懸念し、今回の商会の立ち上げを協力してもらえたのだと私は思っている。
「なるほど、やはり肥料に秘密があるのですね」
「えぇ、特定の材料をある比率で混ぜ合わせ、発酵と微生物を生み出す事で活性化させる肥料なんですが、こちらの製造方法を提供させていただきます」
「発酵と微生物ですか……、わかりました。それでお代の方はどれだけご用意すれば? 正直肥料自体の製造方法をお教えいただけるとは思っておりませんでしたので、全額をすぐにお支払いできるかどうか……、出来れば分割や成功報酬、肥料の所有権利などを含めて検討していただきたいのですが」
それはそうだろう。製造方法を教えるという事はいわばこちらの手の内を見せるのと同じこと。通常ならば大金を積んだとしても売ってはくれまい。
だけどこちらにも其れなりの考えがあるわけだし、肥料として販売したとしても見る人が見れば簡単に見破られてしまうため、費用とコストから考えてもそう長続きもしない。
そして私が望む物もまた簡単には手に入らないものであるのもまた事実。
「お金は必要ありません」
「お金ではない? では私たちは何をご提供すればよろしいので?」
「お二人は各地を回って商売されているとの事ですが、ヘリオドール公国に所属する商会と繋がりはございませんか? 私達アクア商会は、ヘリオドール公国の商会との貿易を望んでおります」
そう、これが私が今もっとも望んでいる最大の案件。
ようやく輸送環境の目処が立ちつつあるのだが、肝心の買い取り先が決まっていないのが現状。
ヴィスタの実家でもあるアプリコット領には、伯爵様との話し合いで魚と野菜の輸出までは漕ぎ着けたが、家畜や肉類といったものは自治領での生産があるため、貿易はほぼ皆無といってもよい状態。一応一番近い街でもあるカーネリン街には、肉類のみ関税は免除されてはいるものの、こちらの希望価格では買い取ってもらえない。
実は商会の立ち上げ後に、カーネリンの領主様に会いに行った事があったのだが、私を一目見るなり『なんだ、小娘ではないか』とバカにし、紹介状を書いてくださったアクアの領主様の事をバカにし、挙げ句の果てに仕方なく買ってやっているのに贅沢を言うなと、話すらまともに聞いてももらえなかった。
まったく、あれで街の領主として祭り上げられているのだから、あの街の住人も相当苦労している事だろう。
結局近隣の小さな村々との取引は整いつつあるのだが、肝心の大手との取引が未だ揃っていないのだ。
「なるほど、すると私たちはヘリオドールとの取引を果たすための、仲介役をすればいいのですね」
「そういう事。お互い悪い話ではないでしょ?」
「そうですね。私もアレクも多少は顔が効きますので、ヘリオドールとの取引を望むのでしたらお手伝いは可能です。ですが交渉結果の可否までは責任もてませんがよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。そこはお互いメリットがないと信頼関係なんて築けないし、交渉自体は私の役目よ」
取引が結べなかったからこの取引はなし、とは流石の私でも言うつもりはない。
ゼストさんはゼストさんでできる事をやってくれるわけだし、こちらはこちらで最大限の魅力をアピールして交渉に望むしかない。
その結果が例え望むべき内容でなかったとしても、肥料の製造方法は教えるつもりだ。
「わかりました、そういう事でしたら私達もお力添えをいたしましょう。アレクさ……、コホン、アレクもこの内容でよろしいでしょうか?」
「そうだね、領地間での貿易はもっと広まるべきだと思うし、この話は僕たちにとっても悪くない。及ばずならが僕も話が上手くまとまるように口添えをさせてもらうよ」
「ありがとうアレク」
「それでは私たちは早速交渉の場を設けられるよう、ヘリオドールへと向かいます」
「よろしくおねがいします」
こうしてこの地方最大の街でものある、ヘリオドール公国との交渉の目処がつくことになる。
だが同時に、私の中でアレクに対してある種の疑問が芽生え始める。
今回は正式な交渉という場での取引だったため、敢えて理由までは尋ねなかったが、一介の旅商人がなぜ野菜の製造方法を知りたがるのか? お抱えの地があり、その土地の野菜を良くするという理由も少なからずは考えられるが、その場合ゼストさんのあの発言の意味がが妙に引っかかる。
『アレクさんって私たちと同じ匂いがするのよね』
ヴィスタが言ったあの言葉、私は一抹の疑惑を胸に抱きながら二人が旅立つ姿を見送るのだった。
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