アクアリネアへようこそ

みるくてぃー

文字の大きさ
57 / 105
二章 襲いかかる光と闇

第57話 仮面のその下で

しおりを挟む
「まさかシリウスがカーネリンの次期領主だったとはね」
 私しかいない部屋で、数日前にアレクから聞かされた内容を頭の中で整理する。

 亡き領主様の息子でもあるシリウスは、カーネリンの街へと移り一つの商会を築き上げた。
 もともとこのアクアの地でも商売をしていたと言うことなので、おそらく拠点をそのまま移しでもしたのだろう。
 そしてカーネリンの地で一人の女性と結婚し、商会を今の地位まで押し上げた。

 どうやら商会の運営にカーネリンの領主様が大きく関わっているという話だし、妻に迎えた女性が領主様の一人娘となれば、別段不思議な事でもないだろう。

「オヴェイル商会は元々小さな商会だったという話ですが、領主の娘を迎えたことで急成長を遂げました。その理由は領主が運営していた商会との合併が原因らしいのですが、裏では色々と噂が囁かれていたという話です」
 それはそうだろう、ただでさえ領主の一人娘との結婚だ。
 それだけでもビッグニュースだというに合併だ、急成長だとくれば噂が立たないわけがない。しかも一人娘と結婚したというのなら、旦那はカーネリンの次期領主だと言っても過言ではないだろう。

 もしかしてそれ以上よからぬ噂が立たないよう、アクアの領主の子だという事実を伏せていたのかもしれない。
 この世界でファミリーネームを名乗れるのは一定以上の貴族だけだが、お金さえ積めば一介の商人でも認められている。
 おそらくオヴェイルという姓もその辺りを踏まえて名乗っているのだろう。

「理由はわかったわ。だけどこれは私たちにとっては吉報ね、これで領主の座を渡せと言ってくる可能性は完全になくなったわ」
 連合国家の条約により、合併や他の領地を犯すことは認められていない。
 シリウスがカーネリンの次期領主と言うことならば、アクアの領地運営には手が出せず、また継承権があったとしても領主の座に就く事は出来ない。
 もしその可能性があるとすればカーネリンの次期領主の座を放棄する事だが、既に正式な手続きの元で私が領主の座にいるのだから、今更奪えるかどうかも分からないものの為に、今の地位を手放したりはしないだろう。

「果たしてそうでしょうか?」
「えっ?」
 私が一息をつこうとした時、アレクが疑問の声を返してくる。

「シリウスはカーネリンの次期領主なんでしょ? アクアとカーネリンの発展具合を見ても、どちらを取るかは目を見るよりも明らかじゃない」
「確かにそうなのですが……、いえ、私の思い過ごしかもしれません」
「?」
 なんだかアレクにしては踏ん切りがつかないようだが、私が領主の座にいる事は村中が了承済み。それに後見人として、ヘリオドールのガーネット様からも承認をもらっているうえ、本来の継承者でもあるフィルも認めている事実である。
 たとえ自身に継承権があると叫んだとしても、そう簡単には私を引きずり降ろす事は叶わないだろう。

「大丈夫よアレク、私もこの商会もちょっとやそっとでは潰れないわ。街道の問題は頭が痛いけれど、それも何か策を考えるわ」
「そう……ですね。いえ、不安がらせるような発言をしました」
「ふふふ、アレクでも不安に感じる事があるのね」
 きっと全てが上手くいく。
 街道の問題も思いついた事があるし、アクアのリゾート化計画も順調に進んでいる。
 唯一不安なところがあるとすれば、私を支えてくれていたヴィスタのヴィルが帰国してしまった事だが、確実に商会のスタッフも成長しているのだ。
 それに私にはアレクだって。



「ふぅ、疲れたわね。悪いんだけれどお茶を……あっ」
 書類仕事で疲れた首を、コキコキ動かしならがノヴィアにお茶の催促をするも、この部屋にいない事を思い出す。

「そうだったわね、ノヴィアにはヴィスタが抜けた穴埋めをしてもらっているんだったわ」
 いつもならこの辺りでヴィスタ達が休憩がてらにやってくるのだが、彼女はすでに王都へ帰国。いつも私のサポート役兼お世話がかりのノヴィアは、その埋め合わせとして受付に入ってもらった為、今この部屋には私以外だれもいない。

 おそらくノヴィアも慣れない仕事で一杯一杯なのだろう。この時間になっても現れない所をみると、今頃必死に仕事をしてくれているのだろう。

「はぁ、この部屋ってこんなにも広かったのね」
 ヴィスタも居ない、ヴィルも居ない。
 もともと居なかった筈の二人なのだが、この半年は余りにも一緒にいすぎてしまった。
 それでもまだアクアかノヴィアが居てくれればに賑やかにはなるのだろうが、二人とも私のお願いでそれぞれ仕事に励んでくれている為、いまこの場にはたった一人。

 こんな事で寂しさを感じてしまうなんて……。

 自分では随分逞しくなったつもりだったが、本質的な中身は何も変わっていないのかもしれない。
 もしリアが居なければ、もしノヴィアやアクアが居なければ、今頃私は叔父のいいなりになって望まない結婚をしていたかもしれない。
 これがいい訳だという事は分かっている。だけど人間は孤独では生きて行けないのだ。

「ダメダメ、何弱気になっているのよ」
 沈み気味だった感情を強引に放り払い、据え置きのオイルコンロでお湯を沸かす。すると誰かが部屋の扉をノックしてきた。

 コンコン
 もしかしてノヴィアかしら? 仕事に集中しすぎて、慌ててやってきたってところかしら。
 私は少し笑顔になりながらノックの相手に「どうぞ」と入室を求めるが、やってきたのアレク。
 しかもその表情はどこか思いつめたような、厳しい様子だった。

「どうしたの!? そんな顔をして」
「実はリネアさんにお話しなければいけない事が起こりまして、しばらくこの地を離れようかと思っています」
「えっ?」
 アレクが居なくなる?
 その言葉が徐々に頭の中が理解し出すと、全身に恐怖と不安が一気に襲いかかってくる。

「実は国の方で些か不穏な影があるとゼストから手紙が来まして」
 この場合、国とはアレクの故郷のことだろう。
 もともとアレクとは期間限定での雇用契約なので、本来の仕事にトラブルが起こればそちらを優先させるようになっている。

 わかっていた事じゃない。アレクはただこの商会で学び、私はアレクから人脈や商人のノウハウを教わる。
 それは永遠ではなく、必ず別れがくるんだと。
 わかっていた、わかっていたのに、なんで……なんでこんな気持ちになるの……。

「あっ、えっと、そんな顔をなさらないでください。国に戻るとしても一時の間です。さすがに直ぐにというわけにはいきませんが、三ヶ月……いえ二ヶ月で戻ってまいりますので」
 いまの私の顔はそうとう酷いものだったのだろう。慌てたようにアレクが話を付け加えてくる。

「ご、ごめんなさい。急な話だったので驚いちゃって」
 無理やり笑顔を作りながら必死で心の中に生まれた不安を押し殺す。
 大丈夫、大丈夫よ。今までだって別れはいっぱい経験してきたんだ。
 それに国へと帰ると言ってもたった二ヶ月。ヴィスタもヴィルも居なくなっちゃたけれど、私にはまだノヴィアやアクア、家に帰れば家族同然の使用人達が暖かく迎えてくれるんだ。

 私は心を落ち着かせると同時に笑顔という仮面を被る。
「わかったわ。アレクの席はそのままにしておくから、そちらの問題が解決したらいつでも戻ってきて」
 そう、私は大丈夫。いまの私は昔の弱い私ではないんだ。

「ありがとうございます。出来るだけ早く戻ってまいりますので」
「えぇ、待っているわ」
 私は笑顔の仮面を被ったままアレクに言葉を返す。
 それを数日後に彼が旅立つ瞬間まで被り続けた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに恋も叶えちゃいます!

MEIKO
ファンタジー
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!  笑って泣けるコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。

処理中です...