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第一章 スチュワート編(一年)

第26話 私は料理マスター

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 夏休みも中頃を過ぎようかとしているある日、事件が起こった。

 アリスの様子がおかしい……のは何時もの事だが、ここ最近は特に行動が怪しかった。
 夏休みに入ってから私の日課になりつつある訓練所での鍛錬を終え、自室でこの後控えているマナー教育の為に着替えをしていと、同じくダンスレッスンから戻ってきたアリスと鉢合わせをした。
 幾ら友達以上の姉妹関係とはいえ、お城にいる間ずっと一緒にいるかと言えばそうではない。アリスは日々母様から淑女教育を徹底され、私はドレスを脱ぎ捨て剣の鍛錬に明け暮れている。

 これではどちらが本物の王女様かと問われそうだが、その気になればアリス以上に王女として振る舞える自信はあるし、ダンスだって私の方が上手く踊れる自身もある。そもそも私がアリスより劣っている事があるとすれば、聖女の力ぐらいではないだろうか。
 前に母様や姉様達から楽器に触れるなと言われた気もするが、私が奏でるメロディーを聞き入り、感動のあまり涙を流したメイド達が大勢いたくらいだ、アリスのピアノも姉様に負けないくらい上手くはなって来ているが、そんな程度では私の足元にも及ばないだろう。

「ねぇ、最近なんだか嬉しそうにしているけど何かあった?」
「え、えっ!?」
 うん、明らかに何かがおかしい。
 いつもならこの後私と同じマナー教育の練習があるのだけれど、ここ最近はずっと別行動。それもいつも以上にニコニコ笑顔で戻ってきては、この私にすら何も教えてくれない。

「なな、何でもないよ。ひゅーひゅー」
 本人はこれで隠しているつもりなのか、両手を後ろに組み口笛まで吹きながら誤魔化そうとしているが、その行動自体が何か隠し事がありますと言っているようなもの。そもそも口笛吹けてないし。

「今日もジークの所に行くんでしょ」
「ななな何言ってるの!?」
 あ、ビンゴだ。
 アリスがニコニコする原因をあげろと言われれば、その数は無数に存在する。だけど長年付き合いがある私には、最近のニコニコ笑顔がいつもと違う意味を持っている事ぐらい手に取るように分かる。
 この場にルテアがいれば「ミリィちゃんてアリスちゃんの事よく見てるよねぇ」と、恥ずかしいセリフを浴びせられるだろうが、アリスは私が見ていないと何をするかわからないからと大いに反論したい。

 それにしてもやはりジーク絡みだったか。
 ジークとアストリアはこの夏休みを利用して、お城の敷地内にある騎士団の訓練所に参加している。生憎私が通っているのは王族専用騎士ロイヤルガードの訓練所なので、今のところ二人と一緒に訓練する予定はないが、よもや私の知らない所で密会しているとは。
 アリスの様子から薄々は感じていたが、まさかそこまで二人の仲が進展していようとは思ってもいなかった。私だってまだダンス以外で、アストリアとは手すらも握った事がないと言うのに。
 マナー教育をサボってまで会いに行っているという事は、父様や母様も既に御存じなのだろう。私はともかく次期聖女アリスの嫁ぎ先に公爵家は打って付け。ジークの両親からも可愛がられ、妹のユミナからも姉として慕われており、私たちの両親も反対する様子は感じられない。
 私からすればジークよりアストリアの方が余程良いと思うのだが、この事をアリスに言えば逆に揶揄われてしまうので、一生この答えは聞けないだろう。

「で、何処まで進んだの?」
「えっ、何処まで進む? 何の事?」
 あれ? 二人の事だからキスまで、なんて答えは期待していないが、手を握ったり腕に手を絡めるぐらいは進んでいるんじゃないかと思っていた。だけど返ってきた答えはそのどちらでもなく疑問系。
 もしかして私の言っている意味が通じなかった?

「だったらいつも何してるのよ二人で」
「ふ、二人!?」
 あれあれ? なぜそこで慌てる?
 私はてっきり密会デートでもしているのかと思ってたが、アリスにそんな器用な事が出きるはずがないとも何処かで考えていた。そもそもアリスには常にエレノアが付き添い、影から護衛まで付いているぐらいだ。女の私が言うのも何だが、アリスの容姿は文句がつけようがないほど可愛く、性格も何処か垢抜けている様子から自然と守りたくなってしまう、そんな女の子。
 この場にルテアがいれば「ミリィちゃんてアリスちゃんの事が好きだよねぇ」と、こっ恥ずかしいセリフを浴びせられるだろうが、アリスは私が見ていないと以下省略。

「ねぇミリィ、何か勘違いしていない?」
「勘違い? それじゃ私に黙って何コソコソしているのよ」
 別にジーク絡みの事で今更私に隠す必要もないだろう。第一アリスがジークの事を好きなのは周知の事実だし、それはアリス自身もすではわかっている筈。
 少々焼きもち的な感情は否定しないが、二人の仲を邪魔するような野暮なマネをするつもりはないし、変な男とくっつくよりかは何十倍もマシ。まぁ、アリスを泣かすような事をすればすぐに連れ戻す気ではいるが。

「コソコソって……お菓子を作って差し入れしているだけだよ。っていうか、前にミリィも誘ったよね」
 えっ、誘った? あー、そう言えば数日前にそんな事を言ってたっけ。
 不器用な私と違って……コホン、細かな事が嫌いな私と違い、アリスはお菓子を作ったり小物を作ったりするのが大好きだ。この部屋だってアリスが勝手に飾り付けをし、重厚で重々しい雰囲気がすっかり可愛らしく様変わりしている。

 それにしてもマナー教育がサボれるんだったらアリスと一緒にお菓子作りの方が良かったか……いやいや、私だってその気になればお菓子の一つや二つぐらいチャチャっと作るれ筈だが、王女である私が作りと言うのもな話だろう。うん我ながら上手いダジャレね。

「よろしければミリィ様もご一緒になさりませんか?」
「私が?」
「最近私どもも心配しているんです。ミリィ様の女子力が枯れ果ててしまっている事に」
 ブフッ。
 ちょっ、何言い出すのよエレノアは。
 確かにアリスと違い、最近は剣の稽古に明け暮れてはいる関係で女の子らしい事はしていないが、私は『やれないん』じゃなくて『やらない』だけ。いくら私たちの事をよく知っているエレノアとは言え、女子力が枯れ果てていると言われるのは心外だわ。

「今日はミリィも一緒のお菓子作りする? ミリィの手作りだったらアストリアも喜ぶと思うよ」
 うっ、確かにここで女の子らしい事も出来るというのを、アストリアに見せつけておくのもいいかもしれない。夏休みに入ってからはアストリアとも会っていないし。
 べ、別に私の手作りを食べさせたいとか、無理に会う理由を作っているわけじゃないんだからね!
「ま、まぁいいわ、今日ぐらいは手伝ってあげるわよ」
「何赤くなってるの?」
 ブフッ
「あ、赤くなんてなっていないわよ! さぁ、さっさと作ってしまうわよ」
 思わず顔を背け、アリスを先導するように調理場へと向かうのだった。





「それじゃミリィはボウルに卵を割ってからホイッパーでかき混ぜてくれる?」
 アリスの指示に従うというのは何だか負けている気がして釈然としないが、お菓子作りが初めての私にとっては仕方がない事。どうせ今日一日でアリスのレベルを超えてしまうはずなので、今のところは素直に従っておこう。
 それにしても一体何人分を作るつもりなのか、普段私たちをお世話してくれているメイド達が揃ってアリスの指示のもと、お菓子作りを手伝っている。

 さて、アリスに言われた通り、ボウルに卵を入れてホイッパーでかき混ぜればいいのね。そういえばホイッパーってなにかしら?
 少し悩んだ素振りを見せてしまうと、さりげなくエレノアが道具を用意して渡してくれる。ナイスよエレノア。
 軽く視線だけでお礼を告げ、早速包丁片手に卵を割る作業に取り掛かる。

 フッ、アリスの事だから私が丸い卵を切れないとでも思っているだろう。しかし! 日々剣の鍛錬で鍛えた私に割れない物は一切ない!
「ちぇすとーーっ!!」
 パン! ぐちゃ。
「……」
 あれ?
 まな板に突き刺さった包丁が綺麗に球体状の卵を割っている。我ながらいい腕だが、何かが違っていると本能が告げている。っていうか、卵の中身って液体なの?

「ちょっとミリィ、何してるのよ!!」
「何をしているとは心外ね。この卵、不良品じゃない」
「もしかしてミリィって生卵を見た事がないの?」
「へ? 卵に生とかそうじゃないものとかあるの?」
 普段料理に出てくる卵は白い塊の中に黄身と呼ばれるものが入っている、ここまではよしとしよう。だが、中身が液体とは聞いた事がない。だったら不良品と思うのは仕方がないだろう。うん、私は悪くない。

「もう、卵はこう割るんだよ」
 コンコン、パカ。
「へぇ、以外と簡単に割れるのね」
 何だか白い目で見られている気がしないでもないが、私は生まれて初めて調理場に立つのだ。だったら初めからやり方を教えてくれればいいじゃないと思うのは私だけだろうか。
「ちゃんと出来る?」
「出来るわよ、貸してみなさい」
 アリスからボウルと卵を取り上げ、見よう見まねで卵を割る。

「こんなの一目みれば誰にでもできるわよ」
 コンコン、ぐちゃ。
 コンコンコン、ぐちゃ。
 ゴン! ぐちゃちゃ。
「……」
「ちっ、違うわよ。ちょっと今日は調子が悪いだけ。何時もの私ならこのぐらいの作業……」
 一体何が違うのか、自分で言っておいてまるで意味不明だが、決して言い訳ではいと大いに反論したい。

「卵を割るのはもういいから、ミリィはホイッパーでかき混ぜて」
 この程度で叱られるのは心外だが、今日のところは調子が悪いのでここは素直に従おう。エレノアが卵を割り、私がホイッパーでかき混ぜる。
「軽くだよ、その後にバターと砂糖を混ぜた中に少しづつ入れながら混ぜていくんだから」
 私の鍛えられたスペシャルなかき混ぜを披露しようとして、注意を受ける。
「し、知ってるわよ。私を誰だと思っているのよ」
 危なかったわ、もう少し遅かったら力任せにかき混ぜるところだった。こんな事で二度もアリスから叱られてしまうのは些か不本意だ、これでも私の方が二ヶ月お姉ちゃんなんだから負けるわけにはいいかない。

 アリスに言われた通り、パターに砂糖を練り込んだボウルにかき混ぜた卵を注ぎ、白い粉と牛乳を注いでいく。
 なんだ、簡単じゃない。
 それにしてもお菓子作りって邪魔くさいわね。これじゃ人数分を作るのにどれだけ時間がかかってしまうのよ。力を入れちゃダメといわれているので思っているように上手く混ざらない。

 要は力を入れなきゃいいのよね、だったら素早くかき混ぜればいいだけじゃない。どちらかと言えば私は力技じゃなくて早さを生かした剣術の方が得意。
 カシャカシャ
 カシャカシャカシャ
 ん~、面倒ね。アリスは少しづつ白い粉を加えていけと言っていたが、これじゃいくら時間あっても終わらない。
 だったら一気に入れて、もっと素早くかき混ぜればいいだけじゃない。

 それじゃ早速……投入!
 カシャカシャ
 カシャカシャカシャ
 見てさい! この私の早技を!!
 カシャカシャシャ
 カシャカシャシャシャシャ、ぷわぷわ
 シャシャシャシャシャシャシャシャシャ、ぷわぷわぷわぷわ
 ぷわぷわぷわぷわぷわわわわわわ!!!

 あ、あれ? なんだか様子が……って、あ、泡!?
「ちょっとミリィ! 何してるのよ!!」
「い、いや、一気に沢山かき混ぜようと……」
「もう、どれだけ薄力粉を入れたのよ! ちゃんと分量を分けて、ふるいにかけた物を置いておいたでしょ!」
「で、でも一気に作った方が楽……」
「もうミリィはいいから、焼く前のマフィンに蜜漬けレモンだけを乗せておいて。他の作業には絶対手をださないでよね!」
 しくしく、そんなに怒らなくたっていいじゃない。私だってがんばっているんだからね、ぐすん。

 気を取り直して綺麗に型どられたマフィンに蜜漬けのレモンを乗せていく。
 アリスの蜜漬けって以外と美味しいのよね。一度輪切りにする前の丸まま状を食べてみたいと思うは仕方がないが、残念な事に蜜漬けされたレモンは全て輪切りの状態。
 だったら新しいレモンをこの蜜の中に漬ければいいだけじゃない。私って天才ね、アストリアなら丸まま乗せておいた方が喜んでくれるわよ。
 ピチャピチャ、グリグリ、チョコン。
 うん、我ながら完璧な盛り付け。
 この微妙なレモンの角度が良いのよね。

 何だか周りから冷たい視線を感じるが、1つぐらいミリィスペシャルがあってもいいだろう。今度ばかりはアリスもジト目を送ってくるだけで、ダメだと叱られてはいない。
 うん、私はやれば出来る子。

 その後オーブンで焼き上がりを待ち、全員で騎士団宿舎までマフィンの差し入れを持って行った。
「やっぱり自分の手作りって美味しいわね、明日も手伝ってあげるわよ」
「「「いえ、ミリィ様は是非マナー教育を」」」
 何故か全員から笑顔でお断りされてしまいました。

 フッ、いつだって天才は孤独な存在。皆んな私の才能が怖いのね。

 一方騎士団領では……
「なぁ、なんで俺のだけレモンが丸々一個乗ってんだ? これって新手の嫌がらせか?」
 一人頭を悩ませるアストリアが居たとか居なかったとか。
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