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聖女達は悲しみを乗り越えて

第27話 その涙を乗り越えて

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 アミーテ様の一言でメルクリウス様が一旦気持ちを落ち着かされる。
「アシュタロテ公爵、お気持ちは十分理解できます。私とてこのまま二人の所業は見過ごす事は出来ません」
 お爺様の堅実なる言葉聞きメルクリウス様も少しは納得できたのか、椅子の背にもたれかかりながら謝罪の言葉を口に出される。

「分かっておろうなダニエラ、いくら娘だとしてもそれ相応の処分を覚悟しておけ」
 お爺様が未だ俯いている叔母に向かい、重苦しい声色で言葉を掛ける。
 祖父母にとっては叔母も自分達の血を分けた大事な娘、どんな経緯があって爵位を譲らなかったのかは知らないが、公爵様に睨まれればどのみち叔母夫婦に明るい未来は望めないだろう。

「何でよ……」
「何?」
「何で姉さんだけ……いつもいつも、何で姉さんだけを特別扱いするのよ!」
 俯いていた叔母がお爺様の言葉を聞き、怒気をはらんだ言葉で睨みつけてくる。

「あの時だってそう、姉さんが公爵家との婚約を勝手に破棄して家を飛び出したって言うのに、誰も非難しようとしない。その上なに? 飛び出した先で結ばれてたですって? ふざけないでよ!
 姉さんが居なくなったって言うのに未だに私に爵位を譲ろうとしない、だから手紙を全て握りつぶしてやったのよ!」
「全て……だと?」
 叔母が捲し立てるように言葉を連ねるが、その中の一言にメルクリウス様が反応される。

「えぇ、二年前から急に手紙が来だしたわよ。どれもこれも自分勝手な事ばかり、旦那が亡くなって自分も病を患っているから娘を引き取って欲しいですって? そんな事させるわけないじゃない。だから全て握りつぶしてやった。いい気分だったわよ、徐々に弱っていく姉さんの手紙を見ているのは。
 姉さんね、最後まで謝っていたわよ。でも結局自分は両親に恨まれていると思って死んでいった、いい気味だわ」
 ここのいる誰もが静かに叔母の話に耳を傾けた。
 お母さんがお父さんの亡くなった頃から病にかかっていた事にも驚いたが、そんな前から私たち姉妹をお爺様達に引き取って欲しいと言っていた事も初めて聞いた。
 これだけ聞いていれば、叔母がお母さんに対して劣等感を抱いてしまっていたんだとはわかる。確かにお母さんは凄かった。聖女の力にしても、葬儀の時に多くの人達が集まった事にしても、自然と人を引き寄せてしまう不思議な魅力を持っていた。でも、だからと言って、徐々に弱っていくお母さんの手紙を見ていい気分だった? そんなのただの逆恨みじゃない。

「……言いたい事はそれだけか?」
 お爺様が低い、とても低い、今まで聞いた事のないような低い声で叔母に対して問いかける。
「お前はクラリスの事を恨んでいるようだが、そんな浅はかな理由で爵位を譲らなかった訳ではない」
「だったら何? どうせ大した理由でもないんでしょ? 言えるもんだったらこの場で言ってみなさいよ!」
 完全い開き直っている叔母に対してお爺様は一つ重いため息をつき
「お前は一度たりとも姉を、屋敷の者を、領民の事を思い遣った事はあるか?」
「何よそれ、今更説教なんてごめんよ。そんな言葉を聞きたいんじゃなくて、私に爵位を譲らなかった理由が知りたいのよ」

「これでは話にならんな」
「えぇ、まるで分かっていないわ」
 お爺様の代わりにお二人の公爵様が深いため息をついて言葉を出される。
 今まで貴族社会に関わらなかった私でもお爺様が何を言いたいのかがハッキリとわかる。叔母が語っているのはただ子供の戯言、我儘だとか傲慢いう以前の問題だ。

「二人揃って何を分かった風の口を。だったらその子なら分かるっていうの!」
 叔母が私を指差して怒りをぶつけてくる。こんな親と子ほど離れた私に当たってくるなんて、本当にこの人はお母さんの妹なのだろうか。
「ティナ、今のあなたならわかるでしょ。人を恨む事しか出来ない分からず屋に教えてあげないさい」
 王妃様がため息をつきながら私に振ってこられる。
 確かに今の私には答えられる、クラウス様を間近で見てきた私になら。

「貴族の心得……いえ、上に立つ者の心得と言うべきなのでしょか」
 クラウス様は領民の為に尽くされ、聖女様は各地を巡りながら人々の心の支えとなられている。
「以前クラウス様にこんな言葉を教えていただきました。『上に立つ者は特権的な地位を伴うにつれ、それ相応の義務が科せられる。だが己の行動に決して見返りを求めてはならない、もし義務を怠ればいずれ我が身に返り、多くの悲しみを生んでしまう。他の喜びは自身の喜び、これすなわち、ノブレス・オブリージュなり』と。
 貴族の心構えと、上に立つ者の心得とは少し異なるかもしれませんが、この言葉を聞いた時、私は皆さんを見る目が変わりました。
 私が生まれた街は平和で人々は明るく笑っていました。クラウス様の領地は生活が苦しいながらも誰もが前向きに暮らしていました。
 叔母さんのように自分の事だけしか考えていない人には、自分だけが不幸だと思って逆恨みしている人には、爵位を名乗る資格なんてない!」
 家を壊されたの事、騙されていた事、そしてお母さんの手紙の事もあってか、自分の中に溜まって気持ちが言葉が乗って口から飛び出す。

「小娘が、何を分かったような気になっているのよ。私に爵位を名乗る資格がない? だったら家を飛び出した姉さんや、その娘であるあんたにも当然ないわよね!」
「爵位なんて要らないわよ、でもあなただけには渡さない。お母さんの事をただ逆恨みしている叔母さんにだけは!」
「そこまでにしておきなさいティナ、こんな者に言うだけ無駄よ」
 売り言葉に買い言葉、叔母の反論に熱くなって言い返した私を王妃様が諌めてくる。

「ダニエラ、ベルナード、あなた達二人に退出を命じます。屋敷に戻って謹慎していなさい」
「ふん!」
 静かに放った王妃様の言葉に叔母は不満の言葉を残し、最後まで一言も喋らなかった叔父と共に、近くで控えていた騎士様に付き添われながら会場を後にしていった。


 再び静まり返る円卓、元凶とも言える叔母達がいなくなった事で心を落ち着かせようとするが、感情が上手くコントロール出来ない。なぜ王妃様がこのような場を設けたのか、なぜ聞きたくものない叔母の話を聞かされたのか。
 分かっている、これは叔母と同じただの逆恨みだ。王妃様は私の事を思って包み隠さず全てを明るみにしてくれた。分かっているけど負の気持ちが抑えきれない。

「怒りを抑えなさい」
 静かに、ただ静かに王妃様の言葉が心に突き刺さる。
「分かっています!」
 だけどいろんな気持ちが混ざり合い、怒りでどうしても語尾が強くなってしまう。
「悲しむ気持ちも抑えなさい」
「分かっています!!」
 王妃様に向かって何て態度を取っているのだろう、この場で感情を抑えなければならない事ぐらい私にだって分かっている。
 そんな乱暴な言葉遣いの私に近寄り、王妃様は皆から隠すように両腕で優しく包み込む。

「涙を隠しなさい、今はまだ泣いてはいけないわ」
 あぁ、私は泣いていたんだ。気づけば頬が涙で濡れている。王妃様は私にだけ聞こえるように一言『ごめんなさい』と耳打ちをする。
 暖かい、王妃様の温もりが体を通して伝わって来る。そういえばお母さんは最後の時を迎えるまで笑顔を絶やさなかったんだ。

「すみません、もう大丈夫です」
 涙を拭き、今できる精一杯の笑顔で王妃様の気持ちに応える。
「皆様もありがとうございました」
 この場にいる方達は少なくとも私の事を思って集まってくれたのだろう、それなのに悲しんでいる顔を見せてばかりでは失礼に価する。座ったままで申し訳ないが、軽く頭を下げ感謝の言葉を口にする。


「母上、ティナをお借りしてもよろしいでしょうか」
 やってこられたのはユフィのお兄さんでもあるラフィン王子。
 王妃様とユフィを私が独占していた関係で、来客のお相手をラフィン王子が一人で対応されていた。
「えぇ、いいわよ。ティナ、気晴らしに少し踊っていらっしゃい」
「……分かりました。それでは失礼いたします」
 この時の私はすでに感覚が麻痺していたのかもしれない。差し出されるラフィン様の手を取り、公爵様達に見送られながらダンスエリアへと足を運ぶ。

 音楽隊が私たちの姿を見るなり、メロディーが初心者でも優しいワルツに変わり王子と共に踊り出す。
「すまなかった」
「えっ、何がですか?」
 ラフィン様の上手なエスコートで踊りながら、私にだけ聞こえるように話しかけてこられる。
「母上を君の生まれ故郷に連れて行ったのは私なんだ。護衛を兼ねてだけどね」
「あぁ、それは先ほど王妃様から言われましたので」
「だが、結局君を悲しませる結果になってしまった。もう少し傷つかないやり方があったかもしれないのに」
 申し訳なさそうに言葉を紡ぎ出される。

「それは、何か理由があったからなんですよね? 例えば私に侯爵家の血が流れている事を知らしめる事と、二大公爵様の加護がある事を見せつける為」
 多分、王妃様は私を担ぎ出さなければならない理由があったのだろう。叔母の事だけならば祖父母と父方のアシュタロテ公爵様だけを呼べばいいに、あえておおやけの場で関係のないイシュタルテ公爵様まで担ぎ出してきた。
 国の二大公爵家をわざわざ私と引き合わせ、国内外の貴族たちに見せつけつように王族専用の円卓での茶会、これらの事を考えると出てくる答えは恐らく聖女様の代行に関わる事だろう。
 もしかすると他にも理由があるのかもしれないが、今の私にはこれ以上の事は思いつかない。

「聞いていた通り、頭の回転が速くて助かるよ」
「それじゃやっぱり」
 思わず口から出そうだった『私を聖女様の代行に』って言葉を寸前で思い留める。
 薄々は感じていた、レジーナ達が余程の力を秘めていない限り私には遠く及ばないだろう。
 あの子達は癒しの奇跡が使えればいいと思っている節があるけれど、癒しの力は聖女の力の副産物に過ぎない。聖女本来の役目は大地を活性化させる豊穣の祈りが使えて初めて聖女になりうるのだ。

「あぁ、だけどそれだけだと80点ってところだね」
「80点? それじゃ他にも理由があるって事ですか?」
 これ以上に他の理由が? もしかして私が考えている以上に複雑な事になっているんだろうか。
「すぐに分かるさ、そして君は自らの意思で聖女の座に就こうと思うだろう」
「えっ、私自ら?」
 それってどういう……

 答えを聞く前にメロディーが変わり、ラフィン王子と踊りたいであろうご令嬢達の恐ろしい視線突き刺さって来るので、まだ踊り足りなさそうな王子様の背中を押して丁重にお譲りする。
 フリーになった私にも何人ものダンスのお誘いが来るが全て丁重にお断りをし、外の空気を吸う為に人気がない中庭へと向かった。


「もうこんなに暗くなっていたのね」
 パーティーが始まったのが昼過ぎだったと言うに、辺りはすっかり暗闇に覆われている。
 一度に色んな事が起こりすぎた。叔母の事、家の事、祖父母の事。お陰で色んな事に踏ん切りがついた。

「お母さん、ごめんなさい。家を守れなかったよ」
 我慢していた涙が次から次へと溢れ出てくる。
 王妃様から涙を見せるなと言われていたが、誰もいないここなら少しぐらい泣いてもいいだろう。
「なんで、なんで死んじゃったのよ。もっと色んな話が聞きたかった、もっと色んな事を教えて欲しかった、もっともっと……甘えたかったのに……」
 心の支えにしていた家が無くなってしまった事で何かが外れたのだろう、ずっと心の奥に隠していた感情が言葉になって飛び出してくる。
 その時、突然私に差し出される一枚のハンカチ。

「わりぃ、盗み聞きするつもりはなかったんだがよ」
 そこには月明かりに照らされた一人の男性が立っていた。
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