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聖女達は悲しみを乗り越えて

第30話 その腕の中で

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 聖誕祭を皮切りに始まった社交界シーズン、この時期は聖女候補生達もそれぞれのお屋敷に戻って、各々のパーティーで華を咲かす。
 本来なら大勢の前で暴露された私も、フランシュベルグ家に戻らねばならないのだろうが、そこは思っていた以上に孫バカだったお爺様にウソ泣き……コホン、お願いして、フランシュベルグ家とお二方の公爵家、それとクラウス様のソルティアル家のみに絞らせてもらった。それでもかなりの苦行だけど。

 いやね、先日行われたお城のパーティーで逃げ回った事が裏目に出て、招待状が山のように送られてきたのよ。流石に一日で何件も回れないつぅーねん。
 結局王妃様に相談した上、フランシュベルグ家には戻らずそのまま私に割り振られた部屋でのんびり過ごしている。
 因みにレジーナは真っ先に実家でもあるお爺様の元へと里帰り、叔母さん達が大変だって時に全くのんきよね。現在叔母夫婦は国の最高権力者でもある国王陛下の名で、騎士団監視の元での自宅軟禁中。どうやら私への罪状以外にも小さな余罪が出るわ出るわで、流石のお爺様も一族追放という最も重いカードを切られた。
 今は犯した罪状の証拠書類が纏まっていない関係で、まだ拘束とまではいっていないが、容疑が固まり次第逮捕拘束の後、貴族裁判にかけられることになっている。
 
 そんな中、私の元へと届いたソルティアル家が主催するパーティーの招待状。こればかりは可愛いリィナの晴れ舞台を見る為に断ることはできず、用意して頂いた馬車に乗り込むため、お城の正門へと向かったのだが……

「ねぇ、これってもしかして……」
「ティナ様、なんだか私、以前も似たような光景を見た気がするんですが」
 私の隣にいるラッテが呆然と目の前に見える光景に立ち尽くす。
「偶然ね、私も丁度同じことを考えていたところよ」
 目の前に広がる護衛とおぼしき騎士様の姿、唯一前回と違うのはユフィの姿がない事ぐらいだろうか。それにしても何故馬車が二台?

「よぉ! 遅かったな」
 声を掛けてきたのは白いスーツを着こなした軽そうな性格の騎士様……って
「レクセンテール様?」
「ん? なんだ、俺が居たら変か?」
 いやいや、お城のパーティーに出ておられぐらいなので別に変って訳じゃないんだろうけど……ん~、やっぱ変かな?

「何故ここにおられるんですか?」
「そりゃお前のエスコート役に選ばれたからだよ」
「………………はいぃ?」
 きっちり10秒間、脳の機能が停止した後ようやく再起動して動き出す。
「一体誰がそんなの頼んだんですか!」
 こんな事を考えられる人で真っ先に思いつくのは王妃様。いや王妃様ならラフィン王子を寄越しそうだし、お爺様? いやいや、お爺様なら自らエスコートしたいと言い出しそうだし、何より後ほどパーティーで合流する手はずになっている。それじゃ考えられる範囲で思いつくのはメルクリウス様だけど、レクセンテール様とどう繋がるのかも全く分からない。

「ん? 聞いてねぇのか? 親父から」
「親父?」
 親父、つまりはレクセンテール様のお父さん。何だか最近似たような事でユフィにお兄さんを紹介された気が……
「この間のパーティーで会ってただろ? アシュタロテ公爵と。あれが俺の親父だ 」
 ブフッ
 言われてみれば何処となく似ている気がするが、メルクリウス様のご子息って事は私の従兄妹って事?

「聞いてないわよ」
「まぁ、いいじゃねぇか」
「良くないわよ、何だか私だけが蚊帳の外にいる気がして落ち着かないもの」
 結局先日のパーティーで私はものの見事に嵌められた。いや、実際当の本人たちにはその気がないのかもしれないが、結果的に私だけが何も聞かされていなかったのだ。
 まぁ、王妃様からすれば私に内緒にして欲しいと言われていた関係で、叔母を使って素性を暴露し、如何にも『今知りました!』って演出をしたかったのだろう。実際後日その辺りを尋ねたら「あら、あなたも見ていたじゃな。あれはダニエラが口を滑らせたのよ。うふふ」だって。
 ちゃぶ台が目の前にあったらひっくり返してたわよ!


「わぁったよ」
 レクセンテール様は諦めたように頭を豪快に掻き
「護衛だよ、親父からお前の護衛を頼まれてんだ」
「護衛? 公爵家のご子息様がワザワザ?」
 普通護衛と言えば騎士様の役目、それも目の前に大勢いるのにこの上公爵家のご子息がっておかしくない?

「念のためだよ、他の者じゃパーティー会場の中までは無理だろうが」
「あぁ、なるほど……って会場内まで付いてくるの!?」
「当然だろ、護衛なんだから」
 当然って……あれ? それじゃ先日偶然出会ったのも護衛を頼まれたから?
 何だろう、胸が苦しい。あれは公爵様に頼まれたからなんだと思うと息が出来ない……

「勘違いするなよ、護衛を頼まれたのは今日が初めてだ。先日の夜の事は本当に偶然だったんだ。そらぁ、パーティーでなんかやらかすって聞いてたから、名前だけは聞かされていたけど、俺と従兄妹だと言う事すら知らなかったんだからな。そうじゃなきゃこんな気持ち……」
「……えっ?」
 今何て? 声が小さくて良く聞こえなかった

「何でもねぇよ」
「よくないわよ、男の子ならハッキリ言いなさいよ」
「年上に向かって男の子ってなぁ、レクセンテールだ」
「知ってるわよ、てか言いにくいわねレクセンテールって。よしレクセル、今日からあなたはレクセルよ」
 何だか胸につっかえていたものが一瞬のうちに消えていく。
 楽しい、何でこんなの楽しいの。さっきまで心が苦しかったって言うのに一体私の体はどうなってしまったんだろう。

「はぁ……お前なぁ」
「いいじゃない、その方が言いやすいんだから」
「ったく、まぁいいや。それより遅くなっちまうから急ぐぜ、妹が持ってるんだろ」
「ふふふ、そうね。それじゃ今日一日、エスコートよろしくね。レクセル」





「しっかし、益々とんでもない事になってんな」
「すみません」しゅん
 私が到着した姿を見たクラウス様が、一番最初に放った言葉がこれだった。
 さほど貴族階級も高くなく、領地自体もそれほど裕福でないソルティアル家の王都邸は正直大きくはない。そこに前回よりかは多少人数は減っているいえ、私一人で30名近い騎士様の護衛付きで現れたとなると、ここは素直に謝るしかないだろう。

 取り敢えずクラウス様達にレクセルの紹介と一通りのご挨拶を済ませ、会場へとやってきた私たち。
 因みにここまで護衛をしてくださった騎士様達は何故かお城へは戻られず、現在お屋敷周辺を警備してくださっているんだとか。
 それにしても聖女候補生全員にここまでの護衛を付ければ結構大変だと思うんだけど……そういえば最近街に出かけるのもやたらと護衛が付くようになったっけ?

「お姉さまー」
「リィナ!」
 遠くの方からドレス姿で私の胸に飛び込んできたのは言わずもしれた可愛い妹。今日はユフィがいないので遠慮なしに抱きついてくる。

「久しぶりリィナ、少し大人っぽくなった?」
 ドレスを着ているせいだろうか、幼さも残るが何だか少し大人びている気がしてくる。
「ホント? このドレスこの間王妃様がくださったドレスなんですよ」
 あぁ、そういえばお土産にって事でお揃いのドレスを貰ったんだった。あれ、高そうだったから中々着る勇気が出ないのよね。今日はエステラ様から頂いたお古のドレスをチョイスさせてもらった。
 それにしても何時の間に私の呼び方がお姉ちゃんからお姉さまに変わったんだろう。まぁ、年頃の女の子にはよくある事だからね。

「この子がお前の妹か? 流石によく似てんなぁ」
 隣いたレクセルがリィナを見ながら尋ねてくる。
「お姉ちゃ……お姉さま、この人誰? もしかして彼氏?」
 ブフッ
 た、確かにリィナが抱きついて来るまでレクセルの腕に手を絡めていたけど、これはエスコートの基本であって特に深い意味はないと口を大にして否定したい。

「違うから! 説明邪魔くさいから飛ばすけど、只の従兄妹だから」
 うん、我ながら見事な説明だ。
「おいおい、邪魔くさいからって説明飛ばすなよ。俺はレクセンテール・アシュタロテ、お前らの父親であるレナード・アシュタロテは親父の弟なんだよ。まぁ早い話が親戚だな」
「親戚? お父さんの実家の人?」
 この様子じゃまだお爺様達とは話していないのかな? クラウス様達には先に伝えているが、今日はリィナをお爺様達と引き合わせて、簡単にお母さん達の事を説明しようと思っている。
 今まではお母さんの事情もあって話さなかったし、亡くなってからは嫌われていると思っていたから話題にも触れなかったけど、全てが誤解だと分かった今は寧ろ引き合わせたいとすら願っている。

「そう、お父さんのお兄さんであるメルクリウス様のご子息よ。私たちにとっては従兄妹にあたるの」
「従兄妹?」
「うん、そうだよ」
 何とか今の説明で分かってくれたようだ。一瞬彼氏とか言われた時は心臓が飛び出しそうなくらい驚いたが、年頃の女の子はこういう話は大好きだからね。きっと学校とかでそんな話がよく出るのだろう。

「あ、あのレクセンテール様」
「ん? なんだ?」
 リィナが私から離れレクセンルに向かって何かを言い出そうとする。
 また不慣れなカーテシーでも見せてくれるのだろう、妹の成長を見るのはやっぱりお姉ちゃんの特権よね。
「お姉さまはお料理も出来ないし、よく人に騙されちゃいますし、お人好しなところがありますが、すっごく優しいお姉さまなんで見捨てないであげてください」
 ブフーーーーッ!
「おぉ、任せとけ」
「ちょっ、何言ってるのよ。てか、今サラッとひどい事言わなかった!?」
 リィナ、それ全然分かってないよね! だから彼氏じゃないんだってば。

「気のせいだろう?」
「気のせいだよお姉さま」
 何故か一瞬で仲良くなってしまったリィナとレクセル。何だろう、この先不安な予感しかしないのは。



「ティナ」
「お爺様、お婆様」
 リィナ達が仲良くする隣で一人悶絶していると、やってこられたのはお爺様とお婆様。一応先日のパーティーでクラウス様をご紹介しているので、今日は招待客としてお越し頂いている。

 貴族社会の事は未だよく分かっていない事も多いが、子爵家であるクラウス様のパーティーに、格上の、しかも聖女様の弟でもあるお爺様が来られるのは大変珍しい事なんだそうだ。
 しかも先日のパーティーで密かに捜索されていた私が来ると知った貴族達が、こぞって参加を望んできたらしく、一時は大変な騒ぎになったんだとか。
 結局、今までソルティアル家と付き合いのある方達のみに絞り込んで招待状をだされたらしい。

「リィナ、紹介するね。お母さんの両親で、私たちのお爺様とお祖母様にあたる人よ」
「お爺ちゃんとお婆ちゃん?」
 私の話を聞き、思わず背後に隠れてしまうリィナ。
 お母さんが昔、お爺様と喧嘩をして家を飛び出したって聞かされているから警戒しているのだろう。私だって実際会おうともせず、ずっと逃げ回っていたんだから急には難しいか。

「すみませんお爺様、お婆様。リィナにはお母さんが喧嘩して家を飛び出したとしか伝えてなくて」
「仕方がないわね、急に現れたら誰だって驚いてしまうもの」
 少し悲しそうな表情を浮かべるお爺様達。
「リィナ、大丈夫よ。お爺様もお婆様も怒ってらっしゃらないわ。全部誤解だったんだから」
「……本当?」
「本当よ、自分で確かめてみなさい。お爺様お祖母様って」
 そろっと私の背後から前へ出て、小さな小さな言葉で只一言だけ呟く。
 それを聞いた二人は目に涙をいっぱい溜め
「リィナちゃん」
「リィナ」
「お爺ちゃん、お婆ちゃん」
 両手を広げたお婆様の腕の中に涙を溜めたリィナが勢い良く飛び込んだ。

 あぁ、知らなかった事とはいえ、私はずっとリィナに寂し想いをさせちゃってたんだ。お母さんが亡くなってからまだそれ程経っていないのに私と離れ、必死に頑張っていたんだだろう。
 もう二度と会えないと思っていた家族がこんな形で出会う事が出来たんだ。私より幼いリィナにとって二人の存在は非常に大きんだと思えてくる。


「ほら」
 隣にいたレクセルの腕が私顔を引き寄せ、スッポリと胸の中収まる。
「何よ、泣いてないわよ」
「あぁ、わかってるって。俺がこうしたいだけだ」
 もう、何でこの人はこんなにも優しいのよ。なんでこんなにも暖かいのよ。
 悔しい、悔しいけど、どうして安心してしまうんだろ。

「なんで何時も恥ずかしい姿の時ばかり近くにいるのよ」
「何も恥ずかしくなんてねぇじゃねぇか。泣きたきゃ泣けばいい、俺は泣けない人間よりみっともなくても泣ける人間の方が好きだぜ」
「……バカ、だから泣いてないもん」
「そうだったな」
 お母さん、お父さんと出会った時ってどんな気分だったの? やっぱり今の私のようにドキドキした? 胸が締め付けられるように苦しんだの?
 お母さんの事だからいっぱいお父さんを振り回したんだでしょ。二人が幸せだった事はちゃんとわかっているから、だから、だからね。遠くからでいいから私たちを見守っていて。大好きだよお父さん、お母さん。
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