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二章

日常 with カイウス

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「おらおらどうしたぁ!?」

「ぐっ!?」

「クレア! 下がれ!」

「は、はい! ドリアード! 二人の援護を!!」

「あいあいさ!」

 今日はゼルクさんが家事当番らしく、カイウス君も交えて ゼリカ VS 王子、カイウス、クレア で模擬戦を行っている。
 先日と違うのは、ゼリカさんが3人を攻め立てていることだ。ハルバードを振り回し、嵐のような攻撃を繰り広げている。
 クレアちゃんがドリアードに命じて、周囲から複数の根がゼリカさんに襲い掛かる。だが、ゼリカさんの一振りで全て薙ぎ払われてしまう。

「はっ! この程度かい!?」

「そこだ!」

 守っているだけでは埒があかないと判断したのだろう。ゼリカさんの薙ぎ払いの隙をついて、カイウス君が突っ込む。彼女の武器は長物だ。すぐには構えを戻せないだろう。これは防げないはず!
 だが、彼女はなんと素手で槍を掴んだ。

「なにっ!?」

「見え見えなんだよバカ弟子がぁ!!」

「ぬわっ!?」

「しまっ!?」

 そのまま王子に向かって槍ごとカイウス君を投げ飛ばす。どんな腕力してんだ。

「ほれ。チェックメイトだ」

「う……」

 クレアちゃんに自身のハルバードを向けて勝利宣言をする。
 いや、やっぱりこの人も化け物だわ。槍の動きが全然見えなかった。しかも振り回している時も時折、武器自体を回転させて威力を上げているように見えた。ハルバードってそんな使い方する武器か? とんでもない技術と力だ。

「まったくだらしないねぇ。今後、クレアはあたしらみたいな肉体強化は出来ない。そうなるとまず真っ先に狙われる。そして、あたしと兄貴を除いた他のメンバーの武器は杖、短剣、弓。なら、あんたたち二人の役割が重要になる。
 だってのになんだい! その体たらくは!!」

「「く……」」

「カイウス! あんたは見え見えの隙につられすぎだ! 槍は一撃必殺。それを焦って躱されたら元も子もないだろう!」

「はい!」

「シルヴァもだよ! さっきあんたが期待してたのは、あたしがハルバードで攻撃を受ける事だろう!? 実力差もあるから受けたけど、そのままあたしが下がったらどうフォローするつもりだったんだい!? 前線に一人浮いた槍兵なんざ簡単に狩られるよ!?」

「はい!」

「クレアもだ! 長物のあたしに手数で敗けてどうすんだい! なんのサポートにもなっちゃいないよ!?」

「は、はい!」

「よし! まだ息は切れてないね!? わかったら次だ!」

「「「はい!」」」

 そしてまた、鳴り響く金属音。
 ゼリカさん。意外とスパルタだな……。まぁ、優しいからこそ厳しく指導しているんだろうけど。戦場は命をかけて戦う場所。ここで甘くすることは死期を早めることにほかならないもんな。


「よし、今日はここまでだ。各自、柔軟はしとけよ」

「はぁ……はぁ……。……はい……」

「わ、わかりました……」

「あ、ありがとう……ございました……」

 暫くして、ようやく訓練が終わる。オレはまだボウガンが完成してないけど、完成したらここに混ざるんだよな? 足引っ張らないように、しっかり見とかなきゃな。

「皆様。お疲れ様でした。ぬるま湯を用意していますので、少しずつお飲みください」

「クレア。柔軟、付き合うわ」

 フローラさんがお湯を配り、サラちゃんが柔軟を手伝っている。大変そうだ……

「いやぁ~。姐さんホントに強いっすねぇ。それ、我流っすよね? よくそこまで鍛えましたね?」

「ま、戦場では生きるために必死だったからね。しかし、あんたは軽いねぇ。ウンディーネとは随分違うね」

「あはは。得意な事が違うだけっすよぉ。ウンディ姉は神聖さを、あたしは親しみやすさを出しているだけっす」

「ものは言いようだねぇ……」

「言い方は大事っすよ? 愚者の言葉も賢者のように聞こえます」

 ケラケラと笑う守護騎士。こいつとは気が合いそうな気がする。
 そんな守護騎士の後ろでは、王子に背中を押されながら、カイウス君が溜息混じりにぼやいている。

「それにしても……魔力を取り込む、というのはよくわからんな。シルヴァ。お前はどうだ?」

「いや、正直私も全くわからない。何かコツでもあればいいんだが」

「あたしの目から見ても、少しずつやれるようにはなってるっすよ? お二人とも才能はかなりあるんで、意識し続ければいずれ出来るようになると思うっす。ただ、どの道一朝一夕で出来る事じゃないから気長にやるしかないっすね」

「そうか……。師匠はどうなんですか? 彼女の言葉では師匠は出来ているとのことでしたが」

「そう言われてもねぇ……。あたしも兄貴もそんな事知らなかったし、感覚って言われても普通の感覚とやらがわからないからね」


 ふーむ。魔力を取り込むねぇ……。オレが飯も睡眠もいらないのは、それを無意識に行っているからなのかもしれないなぁ……
 そう思っていると、オレの考えを察したのかサラちゃんが聞いてくれる。

「ねぇドリアード? ひょっとして魔人って魔力を取り込んで生きてるの?」

「そうっすね。あたしたち守護騎士と魔人の違いはそこっすね。
 魔人は人の感情を核に魔力で動いているっす。対して、あたしたちは魔力を核にクレアちゃんの感情で動いているっす」

「そうなの? なら、魔人の善悪は核になる感情で決まるのかしら?」

「そう単純でもないっす。魔人の核になる感情ってのは一つじゃないっす。イメージとしては、怒りとか喜びが魔人になるってよりも、色んな感情全部が核になってるっす」

「つまり……一人の人間が複数の感情を抱いた場合でも、生まれるのは複数の魔人ではなく、一人の魔人だけという事?」

「そうっす、そうっす。だから魔人も喜怒哀楽を持ってるっす。玉木さんの場合、どうかは知らないっすけど」

「玉木? 誰だそれは?」

 サラちゃんと守護騎士の会話に、カイウス君が声を上げる。

「そういえば、カイウス様にはまだお伝えしていませんでしたね」

「丁度いい機会だ。話しておこう。実はーー」

 そうして王子の口から、サラちゃんがオレを異世界から召喚した事が伝えられた。

「ーーあの騒動の裏にそんなことが……」

「あぁ。そして彼はかなり有用な力を持っている。だからこそ、彼を操るサラの重要度はとても高い。
 ……戦闘能力はともかく、な?」

 王子がニヤリと笑う。弱さをからかわれた事は特に何とも思わない。寧ろ、姿の見えないオレのことをからかえる程信頼してくれている事が嬉しい。だから紙に書いたものをカイウス君の前でいきなり見せてみる。

『えぇ。メンバー中最弱の魔人。玉木でございます。以後、お見知りおきを』

「うおぉぉ!? なんだぁ!?」

「ハハハ! 珍しい表情だなカイウス! 玉木もノリがいい!」

「もう、シルヴァ様。それに玉木も。からかいが過ぎますよ」

「これが魔人!? 本当に見えないのか!」

 カイウス君がまじまじと見てくる。意外と面白い反応だな。後で姿も見せよう。
 それにしても……珍しく王子が楽しそうだ。まぁ、皇太子という立場だ。クレアちゃんと友達になった時にも言っていたけど、対等な友達は少ないんだろう。だからこうやって、カイウス君やオレとコミュニケーションを取れるのが楽しいんだろうな。完璧にしか見えない彼の意外な一面だな。

「しかし……おいシルヴァ……」

「悪い悪い。つい面白くてな。でも、主犯は玉木だぞ?」

『えぇ。王子の指示通りバッチリでしたね』

「あっ!? 玉木! 裏切るのか!?」

「全く……、付き合っていられるか……」

 そう言いつつも、苦笑いしているカイウス君。彼もきっと、いい子なんだろう。

「クスクス。お二人とも楽しそうね」

「本当ですね。あんな表情もなさるんですね」

「なーんか普通に仲良しで羨ましいっすね」

「玉木も楽しそうにしているんだろう? 見なくても分かるね」


 こうしてカイウス君を含めた初めての訓練を終えた。
 その後、オレの姿を見たカイウス君の驚きの声と、王子の笑い声が響くこととなった。
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