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四章
誰が為に
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「サラ嬢ーーそ、それは本当かい……?」
「えぇ。エレナはスレイヤ様と共にマフィアに攫われました」
緊急事態だとの報を受けて城に集まった仲間達。そしてサラの口から、スレイヤがマフィア相手にイカサマをはたらいたこと、エレナとその護衛が巻き込まれたこと、更には今の状況下でエレナ達だけを助ければ、最終的に彼女らを逆恨みする者が現れかねないことが伝えられた。
仲間の一人であるロイドは、そんなサラの報告に愕然とする。
「そんな……エレナ……」
「ロイド様、大丈夫です。報告の後、玉木にはすぐに戻ってもらいました。彼がついていればエレナに危険はないはずです」
「そ、それはそうかもしれないけれど……あまりもたもたしていてはーー」
ロイドは普段のキザな姿からはかけ離れた様子で狼狽する。そんな彼を落ち着かせるように、シルヴァがロイドの肩に手を置いて身を乗り出す。
「あぁ。一刻も早くマフィアとの確執を解消しなければ。マークス家から賠償請求出来ないと分かった以上、相手がいつしびれを切らすかもわからない」
「えぇ、あまりゆっくりはしていられません。すぐに動く必要があります」
「だが、スレイヤについてはどうする? オレが直接指導するかは置いとくにしても、干渉する以上はこちらの立場を明確にしなきゃならん」
「そうだね。金額は交渉次第とはいえ、国庫から金を引っ張り出すんだ。甘い対応で臨むわけにもいかないね。だけど実際どうするんだい? 話を聞けば聞くほど、スレイヤってのは殴られて言う事を聞くタイプじゃないだろう?」
尤もなゼリカの問いかけに、サラは静かに頷いた。
「はい。スレイヤ様を仲間にする方法についてですが、玉木が一つだけ案を提示してくれました。しかし、これは皆様にも覚悟が必要となります」
「「覚悟?」」
「はい。この国の歴史から、我がシルフォード家を消し去る覚悟です」
「「なっ!?」」
「その方法ですがーー」
サラは語った。今のスレイヤに必要なものを。そしてそれを揃える方法を。
しかし、その方法を聞かされた仲間達は、全員が青い顔をしている。シルヴァやゼルクですらあまりの内容に全てを咀嚼しきれていないようだ
「お父様と私にフローラ。加えて当家の執事長を交えて一晩議論しました。結果、私達に異論はありません」
「な、成程……。確かにそれならいけるかもしれないが……」
「待て待てシルヴァ。簡単に納得すんじゃねぇ。おいサラ嬢。今の話、本当に玉木の案なんだな?」
「はい。彼には数日前から、スレイヤ様を損得だけで見捨てないで欲しいと伝えていました。この案は彼が数日間考えに考えた方法です」
「いくらなんでも無茶が過ぎるんじゃないかい……? フローラ。アンタはこの案、納得してるのかい?」
「……勿論、私にも色々と思う所はあります。何故あんなガキの為にと思わないではありません。しかし、そもそもスレイヤ様を助ける事を玉木に押し付けたのは私です。それに勝算も低くはない筈です。ならばお嬢様と旦那様の決定に私は従います」
年長者であるゼルク、ゼリカの二人はうぅむと唸って考え込むが、他の全員は事態の重さを受け止められていないようだ。誰一人言葉を発する気配がない。
そんな中、後ろの方で黙っていたメルクの婚約者、マリアがスッと手を挙げた。
「サラ様」
「マリア? どうしたの?」
「サラ様は先程、我々にシルフォード家を消し去る覚悟を求められました」
「えぇ。そうね」
「しかし正直、私には理解が出来ません。この方法を取るしかない、というのはひとえにスレイヤ様の為。もっと言えば、スレイヤ様のせいです。その不始末を何故私達が背負うのでしょうか?」
マリアの歯に衣着せぬ物言いに、周囲の者達はぎょっとした様子でマリアを見つめる。
しかし、そんなマリアにサラは優しく微笑んだ。
「貴方の言う事は尤もだわ。私だって貴方の立場なら同じような事を思ったもの」
「はい」
「覚悟、という言葉を使ったのは、無責任ではいられない、という事を示すためよ。この方法を使えば、よくも悪くもスレイヤ様は国中から注目されるわ。その時、私達は彼を全力で支えないといけないわ」
「……それは、スレイヤ様が勝手に問題を起こした場合も、ですか?」
「そうね。その場合、私達は全力で彼の尻ぬぐいにあたることになるわね」
「それならばお断りします。ただでさえスレイヤ様に興味などないというのに」
「それはそうね。私だってスレイヤ様の為に実家が無くなるなんて嫌だわ。それに沢山の人たちにも迷惑をかける事になる。だから本来、玉木も話すつもりは無かったらしいの」
「? では何がそうさせるのですか?」
「エレナ達3人を助ける為よ。さっきも話した通り、スレイヤ様を無視してエレナ達を助ける事は難しい。私が動く理由にスレイヤ様は関係ないわ」
「ですが、シルフォード家を潰すのはあくまでスレイヤ様の更生の為ですよね?」
「そうね。国を動かすには大義がいるもの」
「国を動かすのは金銭的な理由ですよね? お金の問題ならば、私達が協力して実家からーー」
「国の後ろ盾が無ければ、相手が法外な金額をふっかける可能性があるわ。ただでさえいくらかかるかも分からないのよ? 私達は所詮子供で発言権なんてたかが知れてる。それとも、貴方にはご両親を説得出来る自信があるの?」
スレイヤの為に動くのが嫌、という感情が先行していたらしいマリアは、思いがけない問題を提起されて固まってしまう。自分は実家から煙たがられている問題児、という事はマリアも自覚していた。だからこそ、ここに来て表層化してしまったことに、マリアの頭はフリーズしたようだ。
ただ、言葉を失っているのはマリアだけではない。先ほどから考え込んでいるゼルク、ゼリカ以外の面々も皆一様に難しい顔をしていた。
エレナを救うために力を貸すことに異論は無かったが、それでも三公の一角を自分達の責任で潰す、という事は簡単に受け入れられることでは無かった。
「ーーみんな!」
しかしそんな中、一人だけ迷いのない目をした男が地面に膝をつき頭を下げた。エレナの婚約者、ロイドである。
「難しい事なのは分かっている! だけど……お願いだ! エレナを助ける為に力を貸してくれ!」
「おい待てロイド。お前の言う事は分かるし、オレ達だってエレナ嬢は助けてやりてぇ。命をかける必要があるならかけてやる。ただな、流石にこの方法はーー」
「では、ゼルクさんにはこれ以外に方法が思いつくのですかーー?」
「ぐっ!?」
痛い所をつかれたゼルクはジリ、と後ずさった。そもそも彼は様々なことを天秤にかけた上でスレイヤの加入に反対していたのだ。
例えば、スレイヤの教育は諦め、とりあえず体裁の為だけに仲間にしたらどうなるか。
自分達の監視が無ければ、スレイヤは神鏡の仲間という肩書を使って好き勝手暴れるだろう。そうなれば自分達にまで被害が及ぶ。
次に、マフィアから助け出した後、こっそりとスレイヤを処分するのはどうか。流石に暗殺ほど後ろ暗い事をしてしまえば、おおやけになった時のリスクが高すぎる。しかし国外追放するにしても、公爵家の息子として最低限の教育を受けている上、マフィア相手にイカサマをするだけの胆力まである男だ。下手に有能である為、余計な怨恨を持たれるのも後々面倒になるだろう。
そして勿論、ゼルクがつきっきりになる、というのも他の面々の修行に影響が出てしまう。
国を守る、という事が最重要目的である以上、ゼルクとしてもこれ以上の方法というのはどうしても思いつけなかった。
「僕も考えてはみました。ですが……いくら考えても、玉木の案を超える方法が思いつかないんです。何より……僕は絶対にエレナを助けたいんでず! 彼女は僕にずっと苦しめられてきた。だからこそ、それを償うためなら僕はなんだってしてみせます! ですから……どうか……!」
その後もいくつか代案が挙げられたが芳しくなく、結局は全員が複雑な想いを抱えたまま、玉木の案が実行されることが決まるのだった。
「えぇ。エレナはスレイヤ様と共にマフィアに攫われました」
緊急事態だとの報を受けて城に集まった仲間達。そしてサラの口から、スレイヤがマフィア相手にイカサマをはたらいたこと、エレナとその護衛が巻き込まれたこと、更には今の状況下でエレナ達だけを助ければ、最終的に彼女らを逆恨みする者が現れかねないことが伝えられた。
仲間の一人であるロイドは、そんなサラの報告に愕然とする。
「そんな……エレナ……」
「ロイド様、大丈夫です。報告の後、玉木にはすぐに戻ってもらいました。彼がついていればエレナに危険はないはずです」
「そ、それはそうかもしれないけれど……あまりもたもたしていてはーー」
ロイドは普段のキザな姿からはかけ離れた様子で狼狽する。そんな彼を落ち着かせるように、シルヴァがロイドの肩に手を置いて身を乗り出す。
「あぁ。一刻も早くマフィアとの確執を解消しなければ。マークス家から賠償請求出来ないと分かった以上、相手がいつしびれを切らすかもわからない」
「えぇ、あまりゆっくりはしていられません。すぐに動く必要があります」
「だが、スレイヤについてはどうする? オレが直接指導するかは置いとくにしても、干渉する以上はこちらの立場を明確にしなきゃならん」
「そうだね。金額は交渉次第とはいえ、国庫から金を引っ張り出すんだ。甘い対応で臨むわけにもいかないね。だけど実際どうするんだい? 話を聞けば聞くほど、スレイヤってのは殴られて言う事を聞くタイプじゃないだろう?」
尤もなゼリカの問いかけに、サラは静かに頷いた。
「はい。スレイヤ様を仲間にする方法についてですが、玉木が一つだけ案を提示してくれました。しかし、これは皆様にも覚悟が必要となります」
「「覚悟?」」
「はい。この国の歴史から、我がシルフォード家を消し去る覚悟です」
「「なっ!?」」
「その方法ですがーー」
サラは語った。今のスレイヤに必要なものを。そしてそれを揃える方法を。
しかし、その方法を聞かされた仲間達は、全員が青い顔をしている。シルヴァやゼルクですらあまりの内容に全てを咀嚼しきれていないようだ
「お父様と私にフローラ。加えて当家の執事長を交えて一晩議論しました。結果、私達に異論はありません」
「な、成程……。確かにそれならいけるかもしれないが……」
「待て待てシルヴァ。簡単に納得すんじゃねぇ。おいサラ嬢。今の話、本当に玉木の案なんだな?」
「はい。彼には数日前から、スレイヤ様を損得だけで見捨てないで欲しいと伝えていました。この案は彼が数日間考えに考えた方法です」
「いくらなんでも無茶が過ぎるんじゃないかい……? フローラ。アンタはこの案、納得してるのかい?」
「……勿論、私にも色々と思う所はあります。何故あんなガキの為にと思わないではありません。しかし、そもそもスレイヤ様を助ける事を玉木に押し付けたのは私です。それに勝算も低くはない筈です。ならばお嬢様と旦那様の決定に私は従います」
年長者であるゼルク、ゼリカの二人はうぅむと唸って考え込むが、他の全員は事態の重さを受け止められていないようだ。誰一人言葉を発する気配がない。
そんな中、後ろの方で黙っていたメルクの婚約者、マリアがスッと手を挙げた。
「サラ様」
「マリア? どうしたの?」
「サラ様は先程、我々にシルフォード家を消し去る覚悟を求められました」
「えぇ。そうね」
「しかし正直、私には理解が出来ません。この方法を取るしかない、というのはひとえにスレイヤ様の為。もっと言えば、スレイヤ様のせいです。その不始末を何故私達が背負うのでしょうか?」
マリアの歯に衣着せぬ物言いに、周囲の者達はぎょっとした様子でマリアを見つめる。
しかし、そんなマリアにサラは優しく微笑んだ。
「貴方の言う事は尤もだわ。私だって貴方の立場なら同じような事を思ったもの」
「はい」
「覚悟、という言葉を使ったのは、無責任ではいられない、という事を示すためよ。この方法を使えば、よくも悪くもスレイヤ様は国中から注目されるわ。その時、私達は彼を全力で支えないといけないわ」
「……それは、スレイヤ様が勝手に問題を起こした場合も、ですか?」
「そうね。その場合、私達は全力で彼の尻ぬぐいにあたることになるわね」
「それならばお断りします。ただでさえスレイヤ様に興味などないというのに」
「それはそうね。私だってスレイヤ様の為に実家が無くなるなんて嫌だわ。それに沢山の人たちにも迷惑をかける事になる。だから本来、玉木も話すつもりは無かったらしいの」
「? では何がそうさせるのですか?」
「エレナ達3人を助ける為よ。さっきも話した通り、スレイヤ様を無視してエレナ達を助ける事は難しい。私が動く理由にスレイヤ様は関係ないわ」
「ですが、シルフォード家を潰すのはあくまでスレイヤ様の更生の為ですよね?」
「そうね。国を動かすには大義がいるもの」
「国を動かすのは金銭的な理由ですよね? お金の問題ならば、私達が協力して実家からーー」
「国の後ろ盾が無ければ、相手が法外な金額をふっかける可能性があるわ。ただでさえいくらかかるかも分からないのよ? 私達は所詮子供で発言権なんてたかが知れてる。それとも、貴方にはご両親を説得出来る自信があるの?」
スレイヤの為に動くのが嫌、という感情が先行していたらしいマリアは、思いがけない問題を提起されて固まってしまう。自分は実家から煙たがられている問題児、という事はマリアも自覚していた。だからこそ、ここに来て表層化してしまったことに、マリアの頭はフリーズしたようだ。
ただ、言葉を失っているのはマリアだけではない。先ほどから考え込んでいるゼルク、ゼリカ以外の面々も皆一様に難しい顔をしていた。
エレナを救うために力を貸すことに異論は無かったが、それでも三公の一角を自分達の責任で潰す、という事は簡単に受け入れられることでは無かった。
「ーーみんな!」
しかしそんな中、一人だけ迷いのない目をした男が地面に膝をつき頭を下げた。エレナの婚約者、ロイドである。
「難しい事なのは分かっている! だけど……お願いだ! エレナを助ける為に力を貸してくれ!」
「おい待てロイド。お前の言う事は分かるし、オレ達だってエレナ嬢は助けてやりてぇ。命をかける必要があるならかけてやる。ただな、流石にこの方法はーー」
「では、ゼルクさんにはこれ以外に方法が思いつくのですかーー?」
「ぐっ!?」
痛い所をつかれたゼルクはジリ、と後ずさった。そもそも彼は様々なことを天秤にかけた上でスレイヤの加入に反対していたのだ。
例えば、スレイヤの教育は諦め、とりあえず体裁の為だけに仲間にしたらどうなるか。
自分達の監視が無ければ、スレイヤは神鏡の仲間という肩書を使って好き勝手暴れるだろう。そうなれば自分達にまで被害が及ぶ。
次に、マフィアから助け出した後、こっそりとスレイヤを処分するのはどうか。流石に暗殺ほど後ろ暗い事をしてしまえば、おおやけになった時のリスクが高すぎる。しかし国外追放するにしても、公爵家の息子として最低限の教育を受けている上、マフィア相手にイカサマをするだけの胆力まである男だ。下手に有能である為、余計な怨恨を持たれるのも後々面倒になるだろう。
そして勿論、ゼルクがつきっきりになる、というのも他の面々の修行に影響が出てしまう。
国を守る、という事が最重要目的である以上、ゼルクとしてもこれ以上の方法というのはどうしても思いつけなかった。
「僕も考えてはみました。ですが……いくら考えても、玉木の案を超える方法が思いつかないんです。何より……僕は絶対にエレナを助けたいんでず! 彼女は僕にずっと苦しめられてきた。だからこそ、それを償うためなら僕はなんだってしてみせます! ですから……どうか……!」
その後もいくつか代案が挙げられたが芳しくなく、結局は全員が複雑な想いを抱えたまま、玉木の案が実行されることが決まるのだった。
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