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四章

スレイヤを救う策

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 パパさんの言葉に、スレイヤ君はこれまでで一番の驚きの表情を見せている。
 スレイヤ君の手で、シルフォード家を終わらせる。これこそが、オレの考えた策。

「おや? 聞こえなかったかい? では、もう一度言おうか。スレイヤ君、君の手でシルフォード家を終わらせて欲しい」

「……」

 パパさんから改めて言われたスレイヤ君だったが、それでも唖然とし続けている。

「ふむ……。いきなり結論を言われてもピンとこないかな。なに、そう複雑な話じゃない。君は私の養子となり、三年後の戦いを生き抜く。そしてその後、その功績を利用して私を追い出すんだ。まぁ、クーデターのようなものだと思ってくれ。勿論、表向きは王家からも反対されるがーーそこは既に根回しを済ませているから安心してくれ」

「……テメェ、本当に何がしてぇんだ? イカれた破滅願望の持ち主か?」

「君は本当に口が悪い。そこは矯正が必要だね」

「チッ。誤魔化すんじゃねぇクソ野郎」

 スレイヤ君が不機嫌そうに悪態をつく。

「ふむ。まぁ口調はともかく、疑り深いのは良い事だ。結論から言うと私はね、シルフォード家の力を落としたいんだよ」

「…………」

「意味が分からないかい? でもそれほど深い意味はないよ。単純にね、娘の幸せにーー当家の力は邪魔なんだよ」

「……娘? アイツの幸せってことはーー」

「そう。殿下と結ばれることだ」

 パパさんはスレイヤ君の瞳を見て頷いた。

 スレイヤ君の言った通り、今の状況で三年後の戦いを終えた場合、三公の中でシルフォード家だけが力を得る事になる。

 本来のシナリオ通りならば、サラちゃんは魔人におとしめられ、シルフォード家の権威も大きく失墜したのだろう。しかし、今は彼女の傍にオレがいる。その結果、サラちゃんは王子やクレアちゃん達とも肩を並べられる程の影響力を持てるだろう。

 ……しかし、それは良い事ばかりではない。元々彼女が王子と婚約破棄することになったのは、シルフォード家だけが王家と直接繋がりを持つ事を危惧した結果だ。
 シルフォード家の独走状態では、余計に王子との婚約は許されないだろう。

 だからこそ、この作戦だ。
 スレイヤ君がクーデターを起こせば、当然シルフォード家の信用は一気に堕ちる。加えてパパさんに忠誠を誓う優秀な騎士や従卒達も、離れていくだろう。そうなれば、シルフォード家への信頼は地の底だ。
 そしてその影響はサラちゃんにも及ぶだろう。しかし、それでも彼女には神鏡の仲間という箔がある。魔人を扱える唯一無二の戦士とでも公表すれば、国民からの支持も得られるはずだ。

「三公全ての信頼が落ちれば、当然国は荒れる。だが、殿下をはじめとした魔人から国を守った英雄がいれば、彼らを中心にまとまるだろう。そこには私の娘も含まれる。そうなれば、あの子の前に障害は何もない。後は殿下とあの子の問題だ」

「……三年後にアイツが王子に惚れ続けてるかは分かんねぇだろ」

「それはそれで構わないさ。あの子はあの子の幸せを追えばいい。少なくとも、余計なものに縛られる事は無くなる」

「……オレを生贄に、か?」

 スレイヤ君が不機嫌そうにつぶやく。

「テメェの言う事はつまり……オレを良いように利用したいってことだろ? 面倒なしがらみも、汚れ仕事も、全てオレに押し付けて、自分の娘達は幸せにってか? ……んなもん……やる訳がねぇだろうが!!」

 パパさんに向かってかすれ声で、しかしそれでも全ての力を振り絞り、スレイヤ君なりの大声で怒鳴りつける。
 まぁ、スレイヤ君の立場で聞けばそうだろう。これまでの話に、彼のメリットは何もないのだから。

 そんな彼に、パパさんはクスリと不敵な笑みを浮かべてスレイヤ君を見下ろした。

「勘違いしないで欲しいな。この話はね、君へのお願いなんかじゃないんだよ」

「なに?」

 笑みを浮かべていたパパさんからは表情が消え、横で見ていてもゾッとするような威圧感を発する。

「別に君が協力しなくとも構わない。その場合、とりあえずは神鏡の仲間としてここから救出した後、君は当家か王城で再び監禁させてもらう。期限は三年間かな?」

「なっーー」

「そして魔人との戦いが本格的になったあと、ゼルク殿たちに君を現場に連れていってもらう。戦場では何が起こっても事故扱いだからね。そして後継者が不慮の事故で無くなったのなら仕方ない。新しい後継者を別に見繕う。そしてその後継者に同じ事をさせればいいさ」

「そ……そんな事が出来る訳がーー」

「おや? どうしてだい? 私は腐っても公爵家当主だよ? それも殿下にはサラを通じて協力を要請できる。ただの子供の運命を決めるなんて造作もないよ」


 冷徹なオーラをまとって静かに威圧するパパさんに、さしものスレイヤ君も呑まれてしまっている。呼吸は荒くなり、瞳は落ち着きなく揺れている。

 そんなスレイヤ君を眺めた後、横目でパパさんに視線を向ける。
 これまでのパパさんには優しいお父さんって印象しかなかったけど、そこは公爵家当主。流石の迫力だ。ていうかゼルクさんもパパさんもオレより年上とはいえ同じ30代だよな? とてもじゃないけど同世代とは思えないんですが? ついついかしこまってしまうレベルだよ?
 ……いや、まぁシルヴァ君も含めて彼らは国のトップなんだから当然かもしれないけど……凡人にはついていけないよ……

 そうしてオレが恐れおののいていると、パパさんが張り詰めた空気を和らげるようにパン、と柏手かしわでを叩いた。

「さて、とりあえずは君の立場は分かったかな? 結局のところ君の取れる選択肢は、死ぬか従うかだけだ。それが分かった所で、君のメリットについて話そうか」

「……は? メリット?」

 急に空気を変えたパパさんについていけず、呆然とするスレイヤ君。

「当然だろう。従ったフリをされてどこかに逃げられても困るからね」

 そしてパパさんはニッコリとスレイヤ君に笑いかける。

「君、自分を虚仮にした実家を見返したくはないかい?」

「……なんだと?」

「考えてもみなさい。君が何故迫害されたのか。それは君の生まれから、君には何も成せないと思われていたからだ」

 スレイヤ君の母親は娼婦だったらしい。だから彼は周囲から迫害され、その結果ねじれてしまったのが今のスレイヤ君だ。

「それが神鏡の仲間となり、公爵家跡取りとなり、更にはマークス家では無く、君の好きな性を名乗って良い。例えば君の母の名ーーミレイでも良い」

「なっ!? テメェ、なんでそれを……!?」

「そのくらいは調べているさ。まぁ、そこは君に任せるよ。それから、こうして君を見下している私の扱いについても君の自由だ。殺すでも監禁でも好きにしたまえ。拷問は止めて欲しいけどね」

 肩をすくめて物騒な事を言うパパさんに、スレイヤ君は言葉も無く固まっている。ま、いくら何でも情報量が多いわなぁ。

「たださっきも言ったように、私を含めて君を見下した連中全てを見返すことが出来る。それに公爵家当主ほどの権力があればかなり好き勝手出来るよ。殿下やクレア様はともかく、神鏡の仲間である他のメンバーよりは大きな権力も持てる。君のメリットはこんな所かな」

 そしてパパさんは身体の向きを変え、牢屋の奥に歩き出す。

「さて、こちらからある程度の話はした。2、3日中に他の者がここの連中と交渉しにやってくる。君の答えはその時に聞かせてもらうよ」

 そして壁の近くに立ったパパさんは右手を前に出す。そんな彼の手をつかみ、そのまま背負ってゴースト化をする。
 そうしてオレ達は二人、スレイヤ君達を置いて帰路につくのだった……。
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